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アマリア・アルバートン/フローラ・エインズワース
遅すぎた到着
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「閣下!わかりました!この避妊薬の指示を出したのはこの先の娼館です!急ぎましょう!」
アンドリューが医師の家から出てきて馬に跨った。すぐに馬を走り出させた奴のすぐ後に続いた。似たような路地が入り組む王都を自由自在に駆け回れるこの存在がいなければフローラの足跡をたどることは容易ではなかっただろう。
アンドリューはフローラが公爵夫人として行方不明になったとき真っ先に公爵邸を出たという。そして、誰よりも先に居場所を突き止め、そのそばにあった。
「奥様はずっと薬草を通して人々に貢献されてきました。公爵邸を出られてもきっとそれで身を立てられるだろうと踏んだんです。王都近郊やスタンリール侯爵領を探し回った後、一度は親しかったという侍女が嫁いだバルク国まで抜けました。手がかりがなく戻った村で、夫人以外知るはずのない避妊薬の話を聞いたんです。あれは私が作り出したものです。あれを記載したのは公爵邸に保管されている本だけ。その調合法を知るのはそこに出入りを許可した子弟と奥様だけでした。だから、辺境領に残って出どころを辿り奥様の状況を知ることができたのです。奥様は必ず薬草を通して、私達に合図をくださいます」
その言葉に間違いはなかった。そして、俺達が公爵邸と辺境領で飲まれていた疲労回復と睡眠のための薬草を買い求めた者がいると聞き込みで情報を得ると、アンドリューは単身公爵邸に戻り、使用人らに掛け合い人手を確保して戻って来た。
薬草茶の元になる素材はかなりの数出回っているため誰が買ってもわからないが、こちらが提示したものと全く同じものを購入したという薬屋から近い場所を徹底的に調べた。薬屋は買いに来た男は使用人のようで、あまり見かけたことがない者だったと言った。
手がかりが途絶えそうになったとき、避妊薬の調合に娼館の女が画期的なものを持ってきたと薬草師が駆け込んできたと前に訪れた医師が俺達の馬を見て飛び出してきた。
アンドリューが医師宅に戻り、その内容を確認して確信を持ち、薬草師が言った娼館へととにかく急いだ。
しかし、その娼館は紹介制でしか入れないだの、オーナーの許可がいるだのごちゃごちゃと御託を並べていた。
押し入る他ないと馬から下り入口に立ち並ぶ護衛や侍従達と向かい合ったときだった。
何頭もの馬のいななきが聞こえ振り返ると粉塵を上げて、漆黒の馬が走って来た。それに乗っていたのはアルバートン公爵だった。
娼館の前で馬から下りると、懐から紐で縛られた紙を取り出して侍従に渡した。それを侍従が確認しようと紐を解こうとした。
「これは公爵夫人の捜査のために公爵家の権限を使用する旨の書面だ。この書面に抗議したいなら、王宮で直接陛下に嘆願するがいい。どけ!」
公爵と共に娼館に入ると、騒ぎを聞きつけて出てきていた女達が騒然としていた。
「ヴィクトル!地下がないか探せ!隠し部屋や隠し通路がないかくまなく確認しろ!」
「はっ!」
ヴィクトルが騎士数人を連れて行ったとき、後ろから「父上!」と呼ばれた。
「セザール、おまえも来たか」
「母上は、ここにおられるのですか!」
その時、中央階段に足を進めていた公爵が悠然と振り返り、俺達を見下ろした。
「ここを取り仕切っているのは俺の息子だ。惚れた女を地下に閉じ込めるような愚鈍な奴ではない。必ず、最も良い部屋をアマリアに与えているはずだ」
一番近くの使用人を捕まえ、「ここの主人の部屋はどこだ」と問うた。
使用人の男はぶるぶると震えながら「二階の渡り廊下を行った建物の最上階です」と答えた。
俺達は階段を駆け上りながら、残りの騎士に隣の建物から誰一人逃がすことのないように外を固めるように指示を出した。
居住空間となっている建物にいた女達も皆戦々恐々としていた。それを一瞥して最上階へ続く階段に急いだ。赤い絨毯の敷かれた階段を駆け上がりながら、フローラの無事をひたすら願った。
最上階の扉には鍵と閂がかけられていた。セザールと二人がかりで何度も体当たりしてその扉を突破すると、まるで人の気配がしなかった。逃げられた後でないことを祈りながら、部屋の奥へと進む。
大きなベッドが置かれた寝室の奥に、不自然に本が落ちている棚を見つけた。
そこまで進むと本棚の陰に開けられたままの扉があり、そこから階段が見えた。
「セザール!公爵!ここだ!」
声を張り上げた後、先陣を切って階段をのぼった。階段の上の扉も開いたままだった。隠し部屋から逃げられた後かもしれないと思いながらも部屋へ突入した。
額から汗がしたたり落ちる。居室には誰もいなかった。しかし、どこからか微かに声が聞こえる。
「フローラ!フローラ!!」
部屋の奥に進み、聞こえる声が大きくなり足を速めた。
「アマリア!」
「母上!」
後ろから続く声がする。しかし、フローラの声が返ってこない。どこからも。どこからも。
何度も経験した嫌な予感が全身を駆け巡る。戦場で仲間を失い、声が途切れたあの瞬間を思い出させた。
「フローラ!」
その部屋に足を踏み込んだとき、全ての音が急に消えた。
涙を流しながら何かを叫んでいる男がいる。その腕に抱かれているのはフローラだ。
金糸のような髪が床に広がり、その所々が赤く染まっている。
なぜ、なぜ彼女の腹にあんなものが突き刺さっているのだ。なぜ、彼女の口から血がこぼれているのだ。
「フローラ!」
「アマリア!」
「母上!」
全ての音が凝縮したように彼女のもとへと集中した。フローラの元に駆け寄り、力なく横たわり目を閉じた姿を見ると全身が凍り付くような感覚がした。
血がこぽこぽと出続ける様子を目の当たりにして、奥歯を噛みしめた。
「ここでは手当てのしようがない。処置するにしても人の出入りが難しすぎる。できるだけ動かさずにこの部屋の下にあった部屋のベッドまで連れていく。その前に止血をするぞ。そのシーツを破って腹にあてる。医師の家まで運ぶのは難しいだろうな。ヴィクトル!アンドリュー!」
指示を出しながらも心臓は早鐘を打ち続けていた。間に合うのか。いや、間に合わせなければならない。
「…みんな…いるの…?」
か細い声にその場にいた者すべてが動きを止めた。
アンドリューが医師の家から出てきて馬に跨った。すぐに馬を走り出させた奴のすぐ後に続いた。似たような路地が入り組む王都を自由自在に駆け回れるこの存在がいなければフローラの足跡をたどることは容易ではなかっただろう。
アンドリューはフローラが公爵夫人として行方不明になったとき真っ先に公爵邸を出たという。そして、誰よりも先に居場所を突き止め、そのそばにあった。
「奥様はずっと薬草を通して人々に貢献されてきました。公爵邸を出られてもきっとそれで身を立てられるだろうと踏んだんです。王都近郊やスタンリール侯爵領を探し回った後、一度は親しかったという侍女が嫁いだバルク国まで抜けました。手がかりがなく戻った村で、夫人以外知るはずのない避妊薬の話を聞いたんです。あれは私が作り出したものです。あれを記載したのは公爵邸に保管されている本だけ。その調合法を知るのはそこに出入りを許可した子弟と奥様だけでした。だから、辺境領に残って出どころを辿り奥様の状況を知ることができたのです。奥様は必ず薬草を通して、私達に合図をくださいます」
その言葉に間違いはなかった。そして、俺達が公爵邸と辺境領で飲まれていた疲労回復と睡眠のための薬草を買い求めた者がいると聞き込みで情報を得ると、アンドリューは単身公爵邸に戻り、使用人らに掛け合い人手を確保して戻って来た。
薬草茶の元になる素材はかなりの数出回っているため誰が買ってもわからないが、こちらが提示したものと全く同じものを購入したという薬屋から近い場所を徹底的に調べた。薬屋は買いに来た男は使用人のようで、あまり見かけたことがない者だったと言った。
手がかりが途絶えそうになったとき、避妊薬の調合に娼館の女が画期的なものを持ってきたと薬草師が駆け込んできたと前に訪れた医師が俺達の馬を見て飛び出してきた。
アンドリューが医師宅に戻り、その内容を確認して確信を持ち、薬草師が言った娼館へととにかく急いだ。
しかし、その娼館は紹介制でしか入れないだの、オーナーの許可がいるだのごちゃごちゃと御託を並べていた。
押し入る他ないと馬から下り入口に立ち並ぶ護衛や侍従達と向かい合ったときだった。
何頭もの馬のいななきが聞こえ振り返ると粉塵を上げて、漆黒の馬が走って来た。それに乗っていたのはアルバートン公爵だった。
娼館の前で馬から下りると、懐から紐で縛られた紙を取り出して侍従に渡した。それを侍従が確認しようと紐を解こうとした。
「これは公爵夫人の捜査のために公爵家の権限を使用する旨の書面だ。この書面に抗議したいなら、王宮で直接陛下に嘆願するがいい。どけ!」
公爵と共に娼館に入ると、騒ぎを聞きつけて出てきていた女達が騒然としていた。
「ヴィクトル!地下がないか探せ!隠し部屋や隠し通路がないかくまなく確認しろ!」
「はっ!」
ヴィクトルが騎士数人を連れて行ったとき、後ろから「父上!」と呼ばれた。
「セザール、おまえも来たか」
「母上は、ここにおられるのですか!」
その時、中央階段に足を進めていた公爵が悠然と振り返り、俺達を見下ろした。
「ここを取り仕切っているのは俺の息子だ。惚れた女を地下に閉じ込めるような愚鈍な奴ではない。必ず、最も良い部屋をアマリアに与えているはずだ」
一番近くの使用人を捕まえ、「ここの主人の部屋はどこだ」と問うた。
使用人の男はぶるぶると震えながら「二階の渡り廊下を行った建物の最上階です」と答えた。
俺達は階段を駆け上りながら、残りの騎士に隣の建物から誰一人逃がすことのないように外を固めるように指示を出した。
居住空間となっている建物にいた女達も皆戦々恐々としていた。それを一瞥して最上階へ続く階段に急いだ。赤い絨毯の敷かれた階段を駆け上がりながら、フローラの無事をひたすら願った。
最上階の扉には鍵と閂がかけられていた。セザールと二人がかりで何度も体当たりしてその扉を突破すると、まるで人の気配がしなかった。逃げられた後でないことを祈りながら、部屋の奥へと進む。
大きなベッドが置かれた寝室の奥に、不自然に本が落ちている棚を見つけた。
そこまで進むと本棚の陰に開けられたままの扉があり、そこから階段が見えた。
「セザール!公爵!ここだ!」
声を張り上げた後、先陣を切って階段をのぼった。階段の上の扉も開いたままだった。隠し部屋から逃げられた後かもしれないと思いながらも部屋へ突入した。
額から汗がしたたり落ちる。居室には誰もいなかった。しかし、どこからか微かに声が聞こえる。
「フローラ!フローラ!!」
部屋の奥に進み、聞こえる声が大きくなり足を速めた。
「アマリア!」
「母上!」
後ろから続く声がする。しかし、フローラの声が返ってこない。どこからも。どこからも。
何度も経験した嫌な予感が全身を駆け巡る。戦場で仲間を失い、声が途切れたあの瞬間を思い出させた。
「フローラ!」
その部屋に足を踏み込んだとき、全ての音が急に消えた。
涙を流しながら何かを叫んでいる男がいる。その腕に抱かれているのはフローラだ。
金糸のような髪が床に広がり、その所々が赤く染まっている。
なぜ、なぜ彼女の腹にあんなものが突き刺さっているのだ。なぜ、彼女の口から血がこぼれているのだ。
「フローラ!」
「アマリア!」
「母上!」
全ての音が凝縮したように彼女のもとへと集中した。フローラの元に駆け寄り、力なく横たわり目を閉じた姿を見ると全身が凍り付くような感覚がした。
血がこぽこぽと出続ける様子を目の当たりにして、奥歯を噛みしめた。
「ここでは手当てのしようがない。処置するにしても人の出入りが難しすぎる。できるだけ動かさずにこの部屋の下にあった部屋のベッドまで連れていく。その前に止血をするぞ。そのシーツを破って腹にあてる。医師の家まで運ぶのは難しいだろうな。ヴィクトル!アンドリュー!」
指示を出しながらも心臓は早鐘を打ち続けていた。間に合うのか。いや、間に合わせなければならない。
「…みんな…いるの…?」
か細い声にその場にいた者すべてが動きを止めた。
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