89 / 103
アマリア・アルバートン/フローラ・エインズワース
献身
しおりを挟む
それから数日間、朝早く起きて、シーツをはがし、置いていてくれていた新しいものに交換した。
桶に水を入れて雑巾を絞り窓や棚や目につくところはとにかく磨き続けた。体を動かして無心でいる時間が欲しかった。
エインズワースで薬草を摘んだり、乾燥させたり、調合していた時間が懐かしかった。
気弱になる心を叱咤して、今私に何ができるのか、どうすればいいのか思いを巡らしながら体を動かし続けた。
掃除を始めた最初の日、昼食を持ってきたブリジットが部屋の隅に置かれた洗濯かごや汗だくになっている私を見て驚いていた。きっと本当に私が掃除をするとは思わなかったのだろう。もし、彼女にテオが私のことを公爵夫人なのだと伝えていれば信じがたいことだったに違いない。
「お食事をお持ちしました」
「ありがとう、ブリジット」
ブリジットは軽く頭を下げて洗濯かごを手に持つと部屋を出て行った。昼食をすませた後、再び掃除を始め、夕方にはお湯を張り、一人でゆっくりと湯舟に浸かった。深く息を吐き、自分を落ち着かせるために自分の呼吸や浴室に広がる香りに集中した。
これは…何の香かしら…フリージア…?
すうっと吸い込んだ瞬間、頭が晴れるような気がした。どこか懐かしくて、とても馴染みのあるものに思えた。
その瞬間、脳裏に公爵とテオの姿が交互に現れた。
テオと観劇をしている様子が見えた。でも、テオの表情は今まで私に見せていたような柔らかいものではなかった。それは無表情に近く、まるで怒っているかのようにさえ思えるものだった。
ぱっと目を開けた瞬間全ては消えてしまったけれど、私の心には何本かの道筋が見えた気がした。
入浴と着替えを済ませて外に出ると、既にそこには夕食が並べられていた。
それを下げに来たブリジットに「少し話す時間がほしい」と言って、またソファに二人で腰掛けた。
「あのね、この前伝え忘れたのだけれど、私がエインズワースで娼館に作って渡していた避妊薬があるの」
「避妊薬ですか?」
「そう。飲むものではなくて、膣の中にあらかじめ塗り込んでおくものなんだけれど、それでも何もしないよりはずっと効果があるの。ただ、体の中に入れるものだから、煮沸した水や薬草の乾燥のさせ方にも注意が必要でね。水っぽいとすぐに出てきてしまうから、ある程度は粘りがなければならないし……だからね、材料を集めた後の注意事項などを細かくメモしてほしいの。少し手間なんだけれど…」
「わかりました。紙とペンを持ってくればいいのですね。少々お待ちください」
ブリジットはすぐに動いてくれた。紙もインクも多めに持ってきてくれたことに私は嬉しくなった。
「アマリア様がお書きになりますか?間違ってはいけないものなのですよね?」
「いいの?」
「はい、私が見ていますから。全ての紙も回収しますし、大丈夫です」
「ありがとう」
かなり長く時間はかかってしまったが、全てを書き上げ、更に薬草師に伝えるわかりやすい方法などを伝えているうちにすっかり夜は更けていた。
「遅くまでありがとう。薬草茶は手に入ったかしら?」
「はい、本当に簡単に手に入るものばかりでした。ここの子達も飲んでから体の調子がいいと喜んでいます」
「そうよかったわ。もし、体に合わなかったら教えてほしいわ。分量や調合が間違っているのかもしれないから」
「わかりました。今夜はこれで失礼いたします」
「ブリジット、もしよかったらクローゼットのドレス、いくつか持って行って。私のためにこんなにあっても仕方ないもの。ここで働く子達に譲りたいの」
「ですが、あれは」
ブリジットがためらったのを見て、私はそれ以上強く言わなかった。
その代わりに「明日ハサミが欲しい」と伝えると、「テオ様からナイフやハサミや針など危険の及ぶものを渡してはならないと言いつかっております」と返された。
「あなたがいる間なら使っても構わないということ?」
「…ええ、そうなりますね…」
「なら、あなたの都合のいいときに一緒に過ごせる時間を作ってくれる?」
私の申し出にブリジットは曖昧に頷き、紙やインクなどを持って出て行った。
それを見届けると、燭台を持ってクローゼットに向かった。その中から一着を手に取り、部屋へと移動した。それを椅子にかけると、大きく息を吐いてベッドに横になった。
桶に水を入れて雑巾を絞り窓や棚や目につくところはとにかく磨き続けた。体を動かして無心でいる時間が欲しかった。
エインズワースで薬草を摘んだり、乾燥させたり、調合していた時間が懐かしかった。
気弱になる心を叱咤して、今私に何ができるのか、どうすればいいのか思いを巡らしながら体を動かし続けた。
掃除を始めた最初の日、昼食を持ってきたブリジットが部屋の隅に置かれた洗濯かごや汗だくになっている私を見て驚いていた。きっと本当に私が掃除をするとは思わなかったのだろう。もし、彼女にテオが私のことを公爵夫人なのだと伝えていれば信じがたいことだったに違いない。
「お食事をお持ちしました」
「ありがとう、ブリジット」
ブリジットは軽く頭を下げて洗濯かごを手に持つと部屋を出て行った。昼食をすませた後、再び掃除を始め、夕方にはお湯を張り、一人でゆっくりと湯舟に浸かった。深く息を吐き、自分を落ち着かせるために自分の呼吸や浴室に広がる香りに集中した。
これは…何の香かしら…フリージア…?
すうっと吸い込んだ瞬間、頭が晴れるような気がした。どこか懐かしくて、とても馴染みのあるものに思えた。
その瞬間、脳裏に公爵とテオの姿が交互に現れた。
テオと観劇をしている様子が見えた。でも、テオの表情は今まで私に見せていたような柔らかいものではなかった。それは無表情に近く、まるで怒っているかのようにさえ思えるものだった。
ぱっと目を開けた瞬間全ては消えてしまったけれど、私の心には何本かの道筋が見えた気がした。
入浴と着替えを済ませて外に出ると、既にそこには夕食が並べられていた。
それを下げに来たブリジットに「少し話す時間がほしい」と言って、またソファに二人で腰掛けた。
「あのね、この前伝え忘れたのだけれど、私がエインズワースで娼館に作って渡していた避妊薬があるの」
「避妊薬ですか?」
「そう。飲むものではなくて、膣の中にあらかじめ塗り込んでおくものなんだけれど、それでも何もしないよりはずっと効果があるの。ただ、体の中に入れるものだから、煮沸した水や薬草の乾燥のさせ方にも注意が必要でね。水っぽいとすぐに出てきてしまうから、ある程度は粘りがなければならないし……だからね、材料を集めた後の注意事項などを細かくメモしてほしいの。少し手間なんだけれど…」
「わかりました。紙とペンを持ってくればいいのですね。少々お待ちください」
ブリジットはすぐに動いてくれた。紙もインクも多めに持ってきてくれたことに私は嬉しくなった。
「アマリア様がお書きになりますか?間違ってはいけないものなのですよね?」
「いいの?」
「はい、私が見ていますから。全ての紙も回収しますし、大丈夫です」
「ありがとう」
かなり長く時間はかかってしまったが、全てを書き上げ、更に薬草師に伝えるわかりやすい方法などを伝えているうちにすっかり夜は更けていた。
「遅くまでありがとう。薬草茶は手に入ったかしら?」
「はい、本当に簡単に手に入るものばかりでした。ここの子達も飲んでから体の調子がいいと喜んでいます」
「そうよかったわ。もし、体に合わなかったら教えてほしいわ。分量や調合が間違っているのかもしれないから」
「わかりました。今夜はこれで失礼いたします」
「ブリジット、もしよかったらクローゼットのドレス、いくつか持って行って。私のためにこんなにあっても仕方ないもの。ここで働く子達に譲りたいの」
「ですが、あれは」
ブリジットがためらったのを見て、私はそれ以上強く言わなかった。
その代わりに「明日ハサミが欲しい」と伝えると、「テオ様からナイフやハサミや針など危険の及ぶものを渡してはならないと言いつかっております」と返された。
「あなたがいる間なら使っても構わないということ?」
「…ええ、そうなりますね…」
「なら、あなたの都合のいいときに一緒に過ごせる時間を作ってくれる?」
私の申し出にブリジットは曖昧に頷き、紙やインクなどを持って出て行った。
それを見届けると、燭台を持ってクローゼットに向かった。その中から一着を手に取り、部屋へと移動した。それを椅子にかけると、大きく息を吐いてベッドに横になった。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる