どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

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アマリア・アルバートン/フローラ・エインズワース

虚像

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自分がかなり広い部屋に閉じ込めれていることには早い段階で気づけた。

この部屋に出入りするのは、テオと名乗った青年とブリジットという名の女性だけだった。

ブリジットは決して侍女ではないのだろうと想像がついた。身に着けているものが高価だし、立ち居振る舞いも綺麗だ。言葉遣いも丁寧だし、貴族の女性なのではないかと思う。

私とはあまり目を合わさない。シーツや部屋の掃除をするのを手伝おうとすると「テオ様に私が叱られます」と言って拒んだ。

彼女とテオには主従関係のようなものがあるのだろうと想像がついた。



テオは、私に対して強くは出ない。でも、目を覚ましたあの日からずっと、どれだけ拒んでも入浴を手伝うことをやめない。

湯舟に浸かる私の体を丁寧に洗い、拭きあげ、ガウンを羽織らせる。その行為が彼の何かを満たしているのか、連れ去られたときのような凶暴さが現れることはなかった。

時間がある限りこの部屋にいるようで、一緒にいる間はどれほど私達が愛し合っていたかを語り、公爵がどんなにアマリアを冷遇していたかを詳細に話す。



「アマリアの傷が治る日が楽しみです。これだけ俺を待たせたのだから、俺にゆっくり付き合ってくれますよね?」



ソファで隣同士に座っていると不意にそう告げられ、体がびくりと反応した。



「…私はアマリアではないことがわかっているのに…それでも、私を抱くというのですか…?」



「アマリアではなくても抱いた人がいますよね。まぁ、でも、やっとその痕も消えましたね」



すらりとした指が首筋や鎖骨を辿っていく。私の垂れる髪を後ろに流しながら、指を絡ませて楽しんでいるようだった。



「アマリアが本当にあなたを愛していたというなら、その記憶が戻るまで待つことはできないのですか?」



「もう1年ですよ?それでもまだ戻らないのに、記憶が戻るのを待てというのですか?そうやって時間を稼いでも、誰もここには来ませんよ」



私の浅はかな考えを見抜いていると不敵に笑われ、視線を落とした。



「まぁ、いいです。あと少ししたら傷も痛まなくなるでしょう。俺はその後あなたとゆっくり過ごすために仕事を色々と片付けてくるので、少しここには来られなくなります。その間に心を整理しておいてください」



すっと体を押され、拒む隙もなく押し倒されて口づけされた。当たり前のように舌を差し込まれ、逃げる舌を絡みとられる。顔を背けようとすると唇を離された。



「逃げるならこのまま押し入りますよ」



すっとドレスの下に手を入れられて太ももを撫で上げられた。慌ててそれ以上進まないようにと両手を伸ばすと簡単に片手でまとめられて頭の上で固定されてしまった。



「逃げないで。いいですね?」



「…っ…」



暗く光る瞳に見据えられ、頷くことも拒むこともできなかった。



「愛しています、アマリア」



ゆっくりと近づいてくる気配に目を閉じた。その瞬間、瞼から涙がこぼれた。

テオはじっくりと時間をかけて何度も唇を重ねると、体を起こして静かに立ち去った。

それからしばらくソファに身を投げ出したままだった。動く気力さえ湧かなかった。



窓から差し込む陽の光が赤く染まった頃、部屋のドアが開き、ブリジットが食事を運んできた。

のろのろと体を起こし、髪や服を整える。とてもいい香りがするのに食欲は全くなかった。

ブリジットは黙々と部屋の灯りに火を入れていく。その様子を眺めながらふと声をかけた。



「あのね、あの人はしばらく来ないというし、この部屋の掃除とかは自分でやるわ。道具を後で持ってきてくれるかしら?あなたも忙しいでしょう?目の下の隈が酷いわ。ゆっくり休んでほしいの」



ブリジットは振り返ると私をじっと見た。



「ここを逃げようとしても無駄です。この窓ガラスは二重になっていて割ることは不可能ですし、この高さから飛び降りれば怪我ではすみません」



「ちがうのよ。私はエインズワースでは身の回りのことは自分でしていたから。それに1日中何もしないでいるのは辛いの。体を動かしたくて」



「…そうおっしゃるのであれば」



ブリジットが渋々でも承諾してくれたことにほっとして、息を吐いた。

そしてもう一つどうしても気になっていたことがあり、ブリジットをそばへ来るように手招いた。

ブリジットは怪訝そうな顔でそばまで来た。そっと手を引いて隣に座らせ、燭台を手に持ちブリジットの顔をゆっくりと見た。



「どうされたのですか?」



「ねぇ、ブリジット、あなた強いお薬を常用していない?」



「…」



無言のまま目線をそらされ、やはりと思って手首の脈をとったり、首筋の腫れなどを確認した。



「夜、眠れていないんじゃないかしら…私以前、戦争に出た後不眠症に悩んでいた騎士を診たときと同じような感じがするの。その人もよく出回っている薬で無理やり眠ろうとしていたけれど、改善しなかったの。余計に悪い夢にうなされたりして。だからね、別の薬草と薬草茶を勧めたのよ。それでだいぶ良くなったの。ブリジット、あなたも試してみない?」



驚いたように私を見た彼女にできるだけ優しく微笑みかけた。



「わかってるわ。この部屋には紙やペンはない。私が外と接触できないようにしているんでしょう?でも、それならあなたが私が言うものをメモしてくれない?その薬とお茶はどこでも手に入ると思うし、他に不眠や疲れで悩んでいる人がいたら使ってみてほしいの。ここは、たくさんの人が働いているんでしょう?」



「なぜ、そう思われるのですか?」



「声が聞こえるもの。あの小窓から。話の内容は聞こえないけれど、朝や昼よりも夕方から夜にかけて段々とにぎやかになっていく。私、そういう場所に何度も足を運んでお薬を届けたり、働いている子とどんなことに困っているか話したりしてきたの。ここは娼館なんじゃないかしら」



ブリジットの目が揺らいだのを見て自分の勘が正しかったことに確信した。



「きっと眠れない子達もいるでしょう?その子達のためにも、用意してあげてくれないかしら」



ブリジットは頷いて、一度部屋を出た後紙とペンを持って戻って来た。私が言ったものをメモしてまた持ってきたものを全て手にして帰っていった。

その後しばらくして、ブリジットが掃除に必要な道具やシーツ類を持って戻って来た。



「ありがとう、ゆっくり休んでね、ブリジット」



ブリジットが一礼して部屋を出るのを見送り、窓辺に近づいた。頑丈な窓は夜の寒ささえ跳ね返すほどだった。ひんやりとする窓に額をつけ瞼を閉じた。



「大丈夫。大丈夫。諦めてはいけないの。強く、強くなるのよ…」
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