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アマリア・アルバートン/フローラ・エインズワース
旦那様
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食事を終え、寝る支度を終えると侍女達は静かに部屋を去っていった。
出された食事は初めて口にするのにどこか懐かしく、廊下で待機していたという料理長のことを聞き、入室を促すと、料理長は目を潤ませながら近づいてきて、椅子に座る私の横に跪いた。
「お料理、とても美味しかったです」と声をかえると、滂沱の涙を流して、床に嗚咽しながらすがっていた。
「奥様…奥様…お戻りくださいまして、また私にそのように温かいお言葉をかけてくださること恐悦至極にございます」そう途切れ途切れに言葉を紡ぎ、「これからも誠心誠意料理を作って参ります」と真っ赤な目で私を見つめて退室した。
その様子を部屋の隅で見ている侍女や侍従が涙ぐんでいることにも気づいていた。
アマリア公爵夫人の偉大さを身に染みる一日だった。
ソファに深く腰掛け、ため息をつくと、ノックの音がした。振り返るとそこには公爵様が簡易な服をまとって立っていらっしゃった。
なぜかはわからない。公爵様に見つめられると呼吸が止まりそうなほど胸が苦しくなる。
瞳から私の全てを見透かされているような、暴かれているような感覚になってしまう。
公爵様は優しい笑顔のまま私のそばまで来ると、ゆっくりと隣に座り、私の左手をとり両手で包み込んだ。
「体はきつくないかな?」
「は、はい、公爵様におかれましては」
「アマリア」
「は、はいっ」
緊張のあまりうわずる声に、ふっと公爵様は笑った。
「ヘンドリックと呼んでくれ。夫婦なのだから」
口を開き、なんとか呼ぼうとするのにうまく声が出てこない。まるで夢の中に出てきた白い手が私の口を塞いでいるような息苦しさを感じた。
公爵様は手を取り、指先に口づけして、私の瞳をまっすぐに見た。
「さて、この1年間どう過ごしていたのか話してもらいたいな。君の口から」
柔和な微笑みを浮かべているのに、その声の奥には影が宿っていることを無視できなかった。
この方はもう既に知っている。私とラウルの関係を。
「わ、私はエインズワース辺境領で薬草師として従事しておりました」
「そう、確かにそう聞いているよ。身を粉にして働いていたようだね」
「私は…」
「エインズワース辺境伯と婚姻する予定だったそうだね。部屋も共にしていたと聞いたよ」
「……っ」
握られている手にも背中にもどっと汗がにじみ出た。
公爵様が表情を変えずにゆっくりと片手で私の首元から髪を流す仕草に、私の体がびくりと震えた。
「アマリアはね、彼女の生涯で私しか知らなかったんだ。彼女の純潔も、その後のすべても私だけのものだった。私達は貴族であっても愛人は持たなかった。愛し合っていたんだよ。生涯、お互いしか抱かないと誓いを立てたほどに」
がくがくと唇が震えた。私を見据える黒い瞳は怒りに燃えている。
「辺境伯のことは何度か王宮で見たことがあるし、言葉を交わしたこともあるよ。アマリアのこの華奢な体があの大男を受け止めていたのかと思うとぞっとするね」
何か、何か言わなければ。そう思うのに、喉はからからに乾き、ひゅうひゅうという呼吸音が虚しくこだまするばかりだった。
公爵様はまるでそうすることが当然のように私の服の紐とボタンを外していく。肌が露になっていくたびにその黒い瞳には妖しい光を宿していった。
ソファに腰掛けたまま上半身を裸にされ、恐怖のあまり涙が止まらなかった。それでも、公爵様は平然と私の裸身をゆっくりと眺めていた。
「も、申し訳」
「彼は卑怯者だね。君を手に入れるために都合の悪いことは揉み消そうとしたんだから」
謝罪の言葉を遮り、唐突に語られ始めたことに再び私の声は封印された。
「君も気づいていたんじゃないかい?君は平民ではないだろうと。記憶を失ってもその所作や言葉遣い、薬草の知識なんかもね。事故でけがは負っただろうけれど、健康的な肉体をとっても、まず貴族だろうと思ったはずだよ」
「そ、それは…」
「だいたい、辺境で散々不審者の対応に当たってきた彼らが見落とすわけないだろう?でも、辺境の地から王都には行方不明になった貴族女性を尋ねるような動きは何一つなかった。だからこそアマリアを見つけるのにこんなに時間がかかったんだ。彼は、君を手に入れるために不都合なことを捻じ曲げようとしたんだよ」
本当は、心のどこかではわかっていた。本来の私は平民ではないかもしれないと。それでも、平民としてならラウルのそばにいられるならそれでよかった。身分違いと言われて、妻になれなくても想いを通じ合わせることができるならそれで充分だと言い聞かせていたのは建前だ。
むしろ、それは自分が望む形だったのだ。どこかの貴族であっていつか連れ戻されてしまうくらいなら、身分などなくていいと思っていた。
「彼はこの罰を受けないといけないね。陛下に上訴しようと思っているよ。辺境の地も治める者が変わってもいい頃だろう。新しい風を吹かせるのもいい考えだと思っていてね」
「それはどうかおやめくださいませ!どうか、どうかっ」
非情な言葉に慌てて両手をついて懇願した。今の自分がどんな格好になっているかなんてどうでもよかった。
私のために、ラウルが、エインズワースのみんなが傷つくことだけは避けなけばならなかった。
「私の妻を抱いたのに…?それを何もなく許せを言うのかい…?」
「それは全て私のせいでございます。どうかどんな罰でも私にお与えください。なんでも、どんなことでもお受けいたしますっ」
「そう…君はアマリアの体で随分とあの男に入れ込んでしまったようだね…」
むき出しの両腕を捕まれ、体を起こされるとそのまま腕を差し込まれて抱き上げられた。腰のあたりまで下げられていた服がその弾みで床に落ちていく。どうにか身に着けていたドロワーズもいともたやすく片手で取り去らわれてしまい、抵抗する間もなく裸にされてしまった。
公爵様は動きを止めることなくベッドへと進み、そこへ私の体を下ろし、慌てて逃げようとする体の上に跨ってそれを制止した。
「どうか…お許しください…どうか…」
公爵様の表情はもう涙で見えない。絹ずれの音がして公爵様の裸身が眼前に近づいてきた。
顔をそらそうとしたのを大きな手で阻まれ、顎を捕まれた。恐怖に目を閉じると唇に熱いものが押し当てられた。
「ふっ…んんっ…」
呼吸さえ呑み込もうとする濃厚な口づけの苦しさに、必死に体を押し返すのにびくともしなかった。
力の入らなくった体を見下ろした公爵様は残酷に告げた。
「この体のどこにあの男の痕跡が残っているのか調べないといけないね」
出された食事は初めて口にするのにどこか懐かしく、廊下で待機していたという料理長のことを聞き、入室を促すと、料理長は目を潤ませながら近づいてきて、椅子に座る私の横に跪いた。
「お料理、とても美味しかったです」と声をかえると、滂沱の涙を流して、床に嗚咽しながらすがっていた。
「奥様…奥様…お戻りくださいまして、また私にそのように温かいお言葉をかけてくださること恐悦至極にございます」そう途切れ途切れに言葉を紡ぎ、「これからも誠心誠意料理を作って参ります」と真っ赤な目で私を見つめて退室した。
その様子を部屋の隅で見ている侍女や侍従が涙ぐんでいることにも気づいていた。
アマリア公爵夫人の偉大さを身に染みる一日だった。
ソファに深く腰掛け、ため息をつくと、ノックの音がした。振り返るとそこには公爵様が簡易な服をまとって立っていらっしゃった。
なぜかはわからない。公爵様に見つめられると呼吸が止まりそうなほど胸が苦しくなる。
瞳から私の全てを見透かされているような、暴かれているような感覚になってしまう。
公爵様は優しい笑顔のまま私のそばまで来ると、ゆっくりと隣に座り、私の左手をとり両手で包み込んだ。
「体はきつくないかな?」
「は、はい、公爵様におかれましては」
「アマリア」
「は、はいっ」
緊張のあまりうわずる声に、ふっと公爵様は笑った。
「ヘンドリックと呼んでくれ。夫婦なのだから」
口を開き、なんとか呼ぼうとするのにうまく声が出てこない。まるで夢の中に出てきた白い手が私の口を塞いでいるような息苦しさを感じた。
公爵様は手を取り、指先に口づけして、私の瞳をまっすぐに見た。
「さて、この1年間どう過ごしていたのか話してもらいたいな。君の口から」
柔和な微笑みを浮かべているのに、その声の奥には影が宿っていることを無視できなかった。
この方はもう既に知っている。私とラウルの関係を。
「わ、私はエインズワース辺境領で薬草師として従事しておりました」
「そう、確かにそう聞いているよ。身を粉にして働いていたようだね」
「私は…」
「エインズワース辺境伯と婚姻する予定だったそうだね。部屋も共にしていたと聞いたよ」
「……っ」
握られている手にも背中にもどっと汗がにじみ出た。
公爵様が表情を変えずにゆっくりと片手で私の首元から髪を流す仕草に、私の体がびくりと震えた。
「アマリアはね、彼女の生涯で私しか知らなかったんだ。彼女の純潔も、その後のすべても私だけのものだった。私達は貴族であっても愛人は持たなかった。愛し合っていたんだよ。生涯、お互いしか抱かないと誓いを立てたほどに」
がくがくと唇が震えた。私を見据える黒い瞳は怒りに燃えている。
「辺境伯のことは何度か王宮で見たことがあるし、言葉を交わしたこともあるよ。アマリアのこの華奢な体があの大男を受け止めていたのかと思うとぞっとするね」
何か、何か言わなければ。そう思うのに、喉はからからに乾き、ひゅうひゅうという呼吸音が虚しくこだまするばかりだった。
公爵様はまるでそうすることが当然のように私の服の紐とボタンを外していく。肌が露になっていくたびにその黒い瞳には妖しい光を宿していった。
ソファに腰掛けたまま上半身を裸にされ、恐怖のあまり涙が止まらなかった。それでも、公爵様は平然と私の裸身をゆっくりと眺めていた。
「も、申し訳」
「彼は卑怯者だね。君を手に入れるために都合の悪いことは揉み消そうとしたんだから」
謝罪の言葉を遮り、唐突に語られ始めたことに再び私の声は封印された。
「君も気づいていたんじゃないかい?君は平民ではないだろうと。記憶を失ってもその所作や言葉遣い、薬草の知識なんかもね。事故でけがは負っただろうけれど、健康的な肉体をとっても、まず貴族だろうと思ったはずだよ」
「そ、それは…」
「だいたい、辺境で散々不審者の対応に当たってきた彼らが見落とすわけないだろう?でも、辺境の地から王都には行方不明になった貴族女性を尋ねるような動きは何一つなかった。だからこそアマリアを見つけるのにこんなに時間がかかったんだ。彼は、君を手に入れるために不都合なことを捻じ曲げようとしたんだよ」
本当は、心のどこかではわかっていた。本来の私は平民ではないかもしれないと。それでも、平民としてならラウルのそばにいられるならそれでよかった。身分違いと言われて、妻になれなくても想いを通じ合わせることができるならそれで充分だと言い聞かせていたのは建前だ。
むしろ、それは自分が望む形だったのだ。どこかの貴族であっていつか連れ戻されてしまうくらいなら、身分などなくていいと思っていた。
「彼はこの罰を受けないといけないね。陛下に上訴しようと思っているよ。辺境の地も治める者が変わってもいい頃だろう。新しい風を吹かせるのもいい考えだと思っていてね」
「それはどうかおやめくださいませ!どうか、どうかっ」
非情な言葉に慌てて両手をついて懇願した。今の自分がどんな格好になっているかなんてどうでもよかった。
私のために、ラウルが、エインズワースのみんなが傷つくことだけは避けなけばならなかった。
「私の妻を抱いたのに…?それを何もなく許せを言うのかい…?」
「それは全て私のせいでございます。どうかどんな罰でも私にお与えください。なんでも、どんなことでもお受けいたしますっ」
「そう…君はアマリアの体で随分とあの男に入れ込んでしまったようだね…」
むき出しの両腕を捕まれ、体を起こされるとそのまま腕を差し込まれて抱き上げられた。腰のあたりまで下げられていた服がその弾みで床に落ちていく。どうにか身に着けていたドロワーズもいともたやすく片手で取り去らわれてしまい、抵抗する間もなく裸にされてしまった。
公爵様は動きを止めることなくベッドへと進み、そこへ私の体を下ろし、慌てて逃げようとする体の上に跨ってそれを制止した。
「どうか…お許しください…どうか…」
公爵様の表情はもう涙で見えない。絹ずれの音がして公爵様の裸身が眼前に近づいてきた。
顔をそらそうとしたのを大きな手で阻まれ、顎を捕まれた。恐怖に目を閉じると唇に熱いものが押し当てられた。
「ふっ…んんっ…」
呼吸さえ呑み込もうとする濃厚な口づけの苦しさに、必死に体を押し返すのにびくともしなかった。
力の入らなくった体を見下ろした公爵様は残酷に告げた。
「この体のどこにあの男の痕跡が残っているのか調べないといけないね」
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