上 下
67 / 103
エインズワース辺境伯

手練手管

しおりを挟む
「大公、最近近くの村に来た男のこと知ってます?美形で、村の女どころか、娼館の女達からさえも一目置かれてるらしいんですよ」



ヴィクトルが執務中であるのに、ラウルの執務机の後ろからそんな話を振ってきた。



「知らん。そんな話聞いたこともない」



「いやー、すごいらしいんです。ほら、あの男好きのケリーいるでしょ?あいつ、その男の家に忍び込んだらしいんですよ。味見してやろうとか思ったらしくて。そしたら返り討ちにあって」



「怪我でもしたのか?」



「それが、指だけでいかされまくったらしくて、そんな程度で二度と来るなって追い出されたって。あいつ、余計に燃えて毎晩のように通ってたら、そいつ娼館に移ったんだっていうんですよ」



いくら口の軽いヴィクトルでも、なぜ急にそんな話をし始めたのか、さすがにいぶかしんだ。



「それで、その男が今、フローラさんと話してますね、ほら」



ラウルが慌てて振り返ると、窓から城の中庭を見ていたヴィクトルが指さすところに、フローラと見かけない男がいるのを見つけて、急いで執務室を飛び出した。



中庭に駆け付けると、そこにはフローラしかいなかった。



「ラウル!どうしたの?」



ラウルの姿を見つけて、笑顔をみせたが、恐らくひどい形相だったためか、心配そうにフローラが小走りで近づいてきた。



「今、誰と話していた」



「今?トーリさんと話してたわ。娼館に薬を届けてくれるの。最近、あそこで働き始めたんですって」



「それで、他には?」



「えっと、娼館のリンダが熱を出してるから、熱さましを渡したわね」



「何もされていないか。何か言われたりしていないか」



「え?トーリさんに?いえ、何も。どうしたの?」



「い、いや…新しく入ってきた者はどうしても警戒するものだから…」



苦し紛れの言葉にも、フローラは小さく何度も頷いていた。



「確かに、トーリさんは最近移住してきた人だものね。でも、いい人よ。娼婦のみんなにも優しいみたい」



フローラが特にその男に興味があるわけではなさそうだということがわかると、小さく息を吐いた。

あまり接触してほしくはないが、救護室で働き続ける以上、そんな勝手なことも言えない。



「気をつけろ。何か不審なことがあれば、すぐに言うんだ」



「ええ、わかったわ」



フローラを救護室まで送り届け、執務室に戻った。

すると、机に書類を山のように置いているヴィクトルと目が合った。



「おかえりなさいませ、閣下」



「…あぁ」



「なんで俺がこんな話してるかっていうとですね、騎士団にも少なからずお世話になってる奴が数人いるんですよ」



椅子に座ろうかとしているのに、またわけのわからない話が始まった。

いぶかしんで視線をやるとヴィクトルが真剣な表情をしてこちらを見ていた。



「戦に出て、その時の衝撃で不能になった奴らがいるのはご存知でしょう?そいつらの一人がどうしても克服したくて酒場で泣いてたら、あいつ娼館に連れて行って女でも勃たせられなかったものをなんか技を使って勃たせたうえに、娼婦とやるところまで手伝ったっていうんですよ。その腕を見込まれて、あいつ娼館で下働きもしてるけど、自分の部屋があって、不能改善の手伝いしてるらしいです。これまでできなかった奴らにとっては、はたから見れば娼館に通ってるけど、実は不能を治してもらって、そのまま娼婦を抱けるって、よくできた商売ですよね。顔も相当いいらしいですけど、腕も頭もいいですね」



「確かにそうだな…。娼館というのは、情報が思わぬ形で漏れることもある。警戒を緩めるな」



「了解です。しっかし、女を虜にする男が増えるのは困るんすけどねぇ、いろんな意味で」



「おまえは好きでフラフラしてるんだろう」



「あ、身を固めろ的なお説教なら聞きませんよ。まずは息子であるセザールからお説教してください」



「あいつは…俺がどうこうして変わるようなものでもないだろう…」



「わー、やめてください。反抗期の子供を抱えた情けない父親みたいな表情見せないでください。俺達の主君は気高き獅子なんですから」



「減らず口はその辺にしてさっさと仕事に戻れ」



「えー、俺のこの話のお陰でフローラ様にもちょっと会えたんだからいいじゃないですかぁ」



ぶつぶつ言いながらヴィクトルは自分の机に戻った。

呆れながらその様子を一瞥し、ラウルはトーリという男の名前を記憶に留めた。

フローラの周りには、騎士達をはじめとして、フローラに感心を持ち言い寄る者は多かったが、特に危険性を感じなかった。一睨みすれば散るようなヤツばかりだったからだ。

しかし、野生の勘なのか、トーリという男の危険性をひしひしと感じずにはいられなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

処理中です...