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エインズワース辺境伯
決意
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フローラがラウルとの婚姻を承諾したという情報は一瞬にして城内を駆け巡った。
そして、祝宴の準備が進められると同時に、ラウルとフローラがいた部屋に次々と荷物が運び込まれてきた。
「もうすぐ本格的に寒くなりますからね!カーテンでは足りないんです。これは閣下が仕留められた熊の毛皮で、あちらが狼の毛皮です。これらを窓に下げると温かいんですよ!」
騎士達が誇らしげに見せ、女中たちが脚立を持ってきて手慣れた手つきで窓へ下げていく。
フローラがその大きさや質の高さに言葉を失っていると、今度は床に毛皮が敷かれ、高級そうなソファやテーブルが運び込まれてきた。
暖炉に薪がくべられ、火が入ると、しばらくして部屋が少しずつ温かさを持ち始めた。
大きなベッドまで運び込まれ、天蓋を取り付ける作業まで手際よくこなされて、フローラはずっと圧倒されていたが、はっとしたように黙ったまま様子を見ているラウルの顔を見上げた。
「ラウル、もしかして」
「ああ、準備はしていた。フローラが断れば、使われることはなかっただろうが」
「ありがとうございます…私のために、こんな…」
「いや、受け取ってもらえてよかった」
「あっ、フローラさん、落ち着かないでしょうから、どうぞ閣下のお部屋へご移動ください。終わりましたらまたお声かけしますんで」
燭台を抱えていたヴィクトルがにこにこと笑顔を浮かべて近寄り、続き扉のほうへと手を伸ばした。
ラウルが先に進み、フローラがお辞儀をしてそれに続こうとするとヴィクトルがさっと駆け寄り、小さな声でささやいた。
「フローラさん、高級な品物を注文したり、買ったりするのは城主の役割でもあるんですよ。経済を回すためにも、技術の研鑽のためにも必要なことなんです。持てる者がそれをしないと維持はできないんですよ。だから、何も気になさる必要はありませんからね」
フローラの心を見透かしたような言葉にフローラは思わず言葉を飲み込んだが、その意味を理解して小さく頷いた。
ヴィクトル達が見送る中で、フローラはラウルが待っている部屋へと歩いていった。
扉を閉めても、隣の部屋からは様々な物音がしてフローラは戸惑った表情のまま立っていると、ラウルが歩み寄り肩を抱き寄せるとソファへと移動した。
「すまない、こんな騒動になるとは思っていなかったんだが」
「いえ、みなさんの心遣いが嬉しいです。喜んでくださっているのなら、何よりです」
「結婚を申し込んだのに、宝石も指輪もなくてすまなかった。フローラの望むものを選ぼう」
「もう十分いただいていますから」
「俺が、そうしたいのだ」
ラウルの言葉にフローラは高い位置から無愛想なまま自分を見下ろしている赤い瞳を見つめ返した。
黙ったまま見つめあうと、ラウルが身をかがめ、そっと口づけを交わした。
唇が離れると、フローラはラウルの胸に頬を寄せ、涙をこぼした。
「私はここで幸せになってもいいのでしょうか…本当に…ラウルのそばを離れなくてもいいのでしょうか」
「大丈夫だ。俺が守る。そなたの望むように生きてくれ。この先、何が起きても、必ず守り抜く」
「ありがとうございます…私、あなたを心から愛しています」
「俺もだ。愛している、フローラ」
身を寄せ合う二人を見計らったように扉がノックされ、「閣下、祝宴の準備も進めておりますので、フローラ様にもご準備をと使用人達が言っています」と声をかけられて、ラウルは名残惜しそうに体を離した。
「私の、準備…?」
「ああ、よくわからないが、こういう時は奴らに従うのがいい。後からぶちぶちと文句を言われるからな…メレルのように」
「ふふふっ」
フェネルの邸宅で過ごした日々を思い出して二人は笑い合い、ラウルは続き扉へのもう一度フローラの手を取り歩き出した。
扉を開けると、そこにはあっという間に女主人の部屋が完成されていた。
「フローラ様、どうぞこちらへ。湯あみをされてから、身支度を整えましょう」
4人の使用人の女達が部屋で待機しており、部屋の奥に併設された浴室へ案内しようとしていた。
フローラを驚かせたのは、いつの間にか部屋に並べられた質素でありながら美しいドレスの数々だった。
目を見開いてラウルを見上げると、ラウルは苦笑したまま頭をかいた。
「好みのものがあればよいが。そなたは自分の服ではなく、侍女達の物を繕って着ていたのだろう?一度贈ろうとしたら、断られたが、今度は受け取ってくれないか。今度からは好みのものを仕立てるから、これは俺のわがままだと思って許せ」
「許すだなんて、私は本当に必要なだけでよいのです。お城でも働き続けるつもりですから」
「はい、そう思いまして、ドレスといってもあまり華美にならないように気を付けました。袖を通してみてくださいませ、とっても動きやすいようになっています」
「それに、フローラ様が救護室でお仕事をされるだろうと大公様からご指示を頂きまして、その際のお洋服もご準備してございます。こちらのお部屋が衣裳部屋になります。まだ全て運び込めておりませんが、祝宴の間に全て整えておきますので、後ほどご覧くださいませ」
「みんな、そんなかしこまった話し方をしないでください。私は、フローラ様と呼ばれるような存在ではないのはご存じでしょう?」
すると、使用人の女達が駆け寄り、フローラのもとに跪いた。
「フローラ様の御心は存じております。私たちはもうずっと、お仕えするのならフローラ様しかいらっしゃらないと思っておりました。大公様との婚姻をご決意くださいまして、本当にありがとうございます。ですが、大公妃殿下となられましてからには、どうぞこのように私達の心を示すことをお許しください。ですが、フローラ様と共に働き、時を過ごしたことを忘れたわけでは決してありません」
「フローラ、そなたがこのような待遇を望まないことはわかっている。立場が変わっても、そなたが城の者達への態度が何も変わらないことを承知した上だ。そなたはこれまで通りでいい。ただ、受け止めてやってくれ」
戸惑うフローラの肩にそっと手を置いたラウルの言葉に少しの間を開けてフローラは頷いだ。
「大公妃殿下としての役割…なのですね…」
「すまない、最初から背負わせるものが大きすぎるとはわかっている…」
「いえ…いいえ、私が選んだのです。もう、迷いませんわ、ラウル」
青い瞳から迷いがすっと消えたのをラウルも使用人達もしっかりと見てとり、その美しさに嘆息した。
ラウルはフローラを抱き寄せて、額に口づけると白い手を一度力強く握りしめ、フローラとしっかり目を合わせた後に頷いた。
「あとは、頼む」
「承知いたしました」
ラウルは身を翻して部屋を後にした。
それからフローラはあれこれと指示されるままに身を任せ、湯あみをしたり、髪や体に香油を塗り込まれ、化粧をされ、ドレスに袖を通して、走るのには決して向かない靴を履き、姿見の前に立った。
まるで見たことのない自分が映し出され、鏡の前で呆けていると女達が隣でその仕上がりにうっとりとした表情を浮かべて見つめていた。
「ここまでの美貌をお隠しになるなんて…」
「一国の王女と言われても嘘とは思えないほどの美しさと気品です…」
「どうしましょう、この質素なドレスでさえこんなに気高いのに婚礼の衣装に身にまとわれたらまばゆくて見ることもできないかもしれません…」
次々に賞賛の言葉を浴びせられ、フローラは恥ずかしそうにうつむいた。
廊下から扉をノックされ、女の一人が開けると、侍従が立っていた。
「祝宴の支度が整いましたので、どうぞホールへお越しください」
フローラは一度大きく息を吐いて、背筋を伸ばすとゆっくりと歩き出した。
そして、祝宴の準備が進められると同時に、ラウルとフローラがいた部屋に次々と荷物が運び込まれてきた。
「もうすぐ本格的に寒くなりますからね!カーテンでは足りないんです。これは閣下が仕留められた熊の毛皮で、あちらが狼の毛皮です。これらを窓に下げると温かいんですよ!」
騎士達が誇らしげに見せ、女中たちが脚立を持ってきて手慣れた手つきで窓へ下げていく。
フローラがその大きさや質の高さに言葉を失っていると、今度は床に毛皮が敷かれ、高級そうなソファやテーブルが運び込まれてきた。
暖炉に薪がくべられ、火が入ると、しばらくして部屋が少しずつ温かさを持ち始めた。
大きなベッドまで運び込まれ、天蓋を取り付ける作業まで手際よくこなされて、フローラはずっと圧倒されていたが、はっとしたように黙ったまま様子を見ているラウルの顔を見上げた。
「ラウル、もしかして」
「ああ、準備はしていた。フローラが断れば、使われることはなかっただろうが」
「ありがとうございます…私のために、こんな…」
「いや、受け取ってもらえてよかった」
「あっ、フローラさん、落ち着かないでしょうから、どうぞ閣下のお部屋へご移動ください。終わりましたらまたお声かけしますんで」
燭台を抱えていたヴィクトルがにこにこと笑顔を浮かべて近寄り、続き扉のほうへと手を伸ばした。
ラウルが先に進み、フローラがお辞儀をしてそれに続こうとするとヴィクトルがさっと駆け寄り、小さな声でささやいた。
「フローラさん、高級な品物を注文したり、買ったりするのは城主の役割でもあるんですよ。経済を回すためにも、技術の研鑽のためにも必要なことなんです。持てる者がそれをしないと維持はできないんですよ。だから、何も気になさる必要はありませんからね」
フローラの心を見透かしたような言葉にフローラは思わず言葉を飲み込んだが、その意味を理解して小さく頷いた。
ヴィクトル達が見送る中で、フローラはラウルが待っている部屋へと歩いていった。
扉を閉めても、隣の部屋からは様々な物音がしてフローラは戸惑った表情のまま立っていると、ラウルが歩み寄り肩を抱き寄せるとソファへと移動した。
「すまない、こんな騒動になるとは思っていなかったんだが」
「いえ、みなさんの心遣いが嬉しいです。喜んでくださっているのなら、何よりです」
「結婚を申し込んだのに、宝石も指輪もなくてすまなかった。フローラの望むものを選ぼう」
「もう十分いただいていますから」
「俺が、そうしたいのだ」
ラウルの言葉にフローラは高い位置から無愛想なまま自分を見下ろしている赤い瞳を見つめ返した。
黙ったまま見つめあうと、ラウルが身をかがめ、そっと口づけを交わした。
唇が離れると、フローラはラウルの胸に頬を寄せ、涙をこぼした。
「私はここで幸せになってもいいのでしょうか…本当に…ラウルのそばを離れなくてもいいのでしょうか」
「大丈夫だ。俺が守る。そなたの望むように生きてくれ。この先、何が起きても、必ず守り抜く」
「ありがとうございます…私、あなたを心から愛しています」
「俺もだ。愛している、フローラ」
身を寄せ合う二人を見計らったように扉がノックされ、「閣下、祝宴の準備も進めておりますので、フローラ様にもご準備をと使用人達が言っています」と声をかけられて、ラウルは名残惜しそうに体を離した。
「私の、準備…?」
「ああ、よくわからないが、こういう時は奴らに従うのがいい。後からぶちぶちと文句を言われるからな…メレルのように」
「ふふふっ」
フェネルの邸宅で過ごした日々を思い出して二人は笑い合い、ラウルは続き扉へのもう一度フローラの手を取り歩き出した。
扉を開けると、そこにはあっという間に女主人の部屋が完成されていた。
「フローラ様、どうぞこちらへ。湯あみをされてから、身支度を整えましょう」
4人の使用人の女達が部屋で待機しており、部屋の奥に併設された浴室へ案内しようとしていた。
フローラを驚かせたのは、いつの間にか部屋に並べられた質素でありながら美しいドレスの数々だった。
目を見開いてラウルを見上げると、ラウルは苦笑したまま頭をかいた。
「好みのものがあればよいが。そなたは自分の服ではなく、侍女達の物を繕って着ていたのだろう?一度贈ろうとしたら、断られたが、今度は受け取ってくれないか。今度からは好みのものを仕立てるから、これは俺のわがままだと思って許せ」
「許すだなんて、私は本当に必要なだけでよいのです。お城でも働き続けるつもりですから」
「はい、そう思いまして、ドレスといってもあまり華美にならないように気を付けました。袖を通してみてくださいませ、とっても動きやすいようになっています」
「それに、フローラ様が救護室でお仕事をされるだろうと大公様からご指示を頂きまして、その際のお洋服もご準備してございます。こちらのお部屋が衣裳部屋になります。まだ全て運び込めておりませんが、祝宴の間に全て整えておきますので、後ほどご覧くださいませ」
「みんな、そんなかしこまった話し方をしないでください。私は、フローラ様と呼ばれるような存在ではないのはご存じでしょう?」
すると、使用人の女達が駆け寄り、フローラのもとに跪いた。
「フローラ様の御心は存じております。私たちはもうずっと、お仕えするのならフローラ様しかいらっしゃらないと思っておりました。大公様との婚姻をご決意くださいまして、本当にありがとうございます。ですが、大公妃殿下となられましてからには、どうぞこのように私達の心を示すことをお許しください。ですが、フローラ様と共に働き、時を過ごしたことを忘れたわけでは決してありません」
「フローラ、そなたがこのような待遇を望まないことはわかっている。立場が変わっても、そなたが城の者達への態度が何も変わらないことを承知した上だ。そなたはこれまで通りでいい。ただ、受け止めてやってくれ」
戸惑うフローラの肩にそっと手を置いたラウルの言葉に少しの間を開けてフローラは頷いだ。
「大公妃殿下としての役割…なのですね…」
「すまない、最初から背負わせるものが大きすぎるとはわかっている…」
「いえ…いいえ、私が選んだのです。もう、迷いませんわ、ラウル」
青い瞳から迷いがすっと消えたのをラウルも使用人達もしっかりと見てとり、その美しさに嘆息した。
ラウルはフローラを抱き寄せて、額に口づけると白い手を一度力強く握りしめ、フローラとしっかり目を合わせた後に頷いた。
「あとは、頼む」
「承知いたしました」
ラウルは身を翻して部屋を後にした。
それからフローラはあれこれと指示されるままに身を任せ、湯あみをしたり、髪や体に香油を塗り込まれ、化粧をされ、ドレスに袖を通して、走るのには決して向かない靴を履き、姿見の前に立った。
まるで見たことのない自分が映し出され、鏡の前で呆けていると女達が隣でその仕上がりにうっとりとした表情を浮かべて見つめていた。
「ここまでの美貌をお隠しになるなんて…」
「一国の王女と言われても嘘とは思えないほどの美しさと気品です…」
「どうしましょう、この質素なドレスでさえこんなに気高いのに婚礼の衣装に身にまとわれたらまばゆくて見ることもできないかもしれません…」
次々に賞賛の言葉を浴びせられ、フローラは恥ずかしそうにうつむいた。
廊下から扉をノックされ、女の一人が開けると、侍従が立っていた。
「祝宴の支度が整いましたので、どうぞホールへお越しください」
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