どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

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エインズワース辺境伯

歓待

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ラウルとフローラはフェネルの街をあちこちと歩いて、夕刻前に別邸に戻ってきた。

ドーシュは腹いっぱいになって、帰りも支障ないだろうと踏んでいたが、支障が出たのはそのせいではなかった。



「ご婦人を!なんだとお思いですか!騎士ではありません!このような可憐な女性をお連れしておきながら!どのような行程を組めば、日帰りで往復されようなどとお考えになったのですか!!」



別邸に戻り、帰り支度をと口にした途端、メレルの妻で、城の侍女でもあったマーリーンに怒鳴られた。

大公である自分にここまで臆することなく対応ができるのはマーリーンぐらいだと、ラウルはしみじみと思っていた。



「あ、あの、私は平気ですから、その」



「大丈夫ではございません!今夜はここにお泊まりいただきます!もう食事も用意できておりますし、湯の準備もできております。大公様、よろしいですね?」



「まぁ、仕方がない。1日くらい帰還が伸びてもうちの城はびくともしないからな」



「左様でございます。もし、支障が出るようなことがあるならば、また小童どもの尻を叩きにいかねばなりませんな」



メレルがかつての厳しい一面を見せると、ラウルは苦笑しつつ、懐かしい気持ちになっていた。

メレルもマーリーンも、まだラウルが騎士として過ごしていた頃から、家族のように過ごし、時に厳しく、時に優しく過ごしてくれた大切な者達だったからだ。



「たまにはここで過ごせばあいつらも羽を伸ばせるだろう」



「それはようございました。さぁ、フローラ様、先に湯に入られまして、お疲れを取りましょう」



フローラはマーリーンに先導されて、邸宅の奥へと進んでいった。

ラウルの後ろにはメレルがぴったりと付き従っている。



「なんだ、メレル」



「いつ、あのようなお方をお迎えになったのか、お話くださるのかと思いまして」



「‥‥」



「ほう、だんまりでございますか。どうやら、街中では手を取り合い、それはそれは仲睦まじいご様子と聞き及んでおりますが」



今しがたか帰ってきたはばりだというのに、なぜその情報が筒抜けになっているのか、ラウルは頭を抑えた。



「フローラは、そういうものではない。記憶がないから、その助けになりはしないかとここに連れてきたのだ」



「なるほど、わざわざご自身でお連れになったわけですね。供の一人も連れず、二人っきりでお越しになったわけですね。副官や補佐官はどうしました?みんな、怪我か病気で倒れましたかな?」



厭味ったらしく後ろからチクチクと刺してくるメレルに、振り返ってじろりと睨み付ける。



「そのようなお顔をされますとあのような可憐なお方は震えあがってしまいますなぁ。まぁ、私にはただの子供の睨み付けにしか見えませんが」



「たいがいにしろ、メレル」



「ここまでに致しましょう。どうぞ、お湯を使われてください」



その言葉にようやくラウルも肩の力を抜くことができた。何かと鋭いメレルの前では、まだまだ若輩者なのだと痛感した。



湯を浴び、夜着に着替えたラウルは中庭に敷かれた敷布とクッションの上で横になり、メレル達が持ってきた酒を飲んでいた。

火照った体を冷ますのにちょうどいいと、くつろいでいたときだった。

ふわりと爽やかな香りがしたと思ったら、フローラが夜着のワンピースにショールを羽織っただけの軽装で目の前に現れた。

普段は襟元まできっちりとした服ばかり着ているため、襟ぐりが深く、その鎖骨までくっきりと見える装いは初めてだった。レースの襟元から控えめに膨らんだ胸、そこから流れるような曲線を描く腰から臀部にラウルは釘付けになった。まるでその視線から隠すようにフローラの長い金髪がふわりと垂れた。



「大公様?」



じっと動かないラウルを見て、フローラが心配そうに顔を覗き込んだ。

ラウルは半身を起こし、盆に乗っていたもう1つのグラスにワインを注ぐと、フローラに差し出した。

フローラはラウルの横に敷かれたクッションの上に座ると、それを受け取った。



「とてもいい香りがしますね」



「フェネルの東にある村がワインを作るのがうまくてな。ここらへんは酒を飲むしか楽しみがないんだ」



「厳しい土地ですから。でもお酒は寒いときに体を温めてくれますから、ここで親しまれるのもわかります」



ふふふと笑いながら、フローラがワインに口をつけるのをラウルは直視できなかった。



『こんな、飲んだくればかりの辺鄙な場所では、何を口にしても、味など感じません』



かつての妻がそう蔑んだ記憶が蘇った。



「なぜだろうな」



「え?」



ラウルはグラスを置き、まっすぐにフローラを見据えた。



「なぜ、君は、俺の聞きたいことばかりを聞かせてくれるんだろうか」



フローラが身構えるよりも先に、ラウルは俊敏に動き、フローラの細い腰を左手でつかみ強く引き寄せた。

フローラが持っていたグラスが手から滑り落ち、がしゃんと割れる音がした。

二人とも瞼を閉じることを忘れたまま、唇を重ねていた。

ラウルはフローラのどんな仕草も見逃したくはなかった。揺らめく青い瞳が自分を映していることに恍惚とした喜びを感じた。



「大公様…?」



「いやか?」



「いえ、そんな」



「逃げるなら、今だ。今だけ、その猶予をやろう」



ラウルはつかんでいたフローラの腰から手を離した。フローラは困惑した表情を浮かべ、やがて視線を落とした。

ラウルは大きな手でフローラの頬に触れた。



「フローラ」



「……」



低い声で名前を呼ばれたフローラは、びくと体を跳ねさせた。ゆっくりと視線が絡み合い、何も言葉を発することなく見つめ合った後、フローラは静かに瞼を閉じた。

腹の底から溶岩のように沸いた衝動にラウルは突き動かされた。並べられたクッションの上にフローラを押し倒し、その唇を深く侵した。まるで獣のようだと自虐的に思った。

しかし、止めることはできなかった。自分の半分程しかない華奢な体に覆いかぶさり、押しつぶさんばかりにのしかかる。決して逃がさないと表すように。

フローラの両手がラウルの胸にそっと添えられたのを感じると、ラウルの激流のような感情は更に暴れまわった。

フローラの小さな舌を追い回り、吸い上げてはその唾液をすすった。フローラが苦し気に顔をそらすと、唇をそのまま首筋へと這わせた。



「んんっ…」



フローラが漏らした甘い声に背筋が痺れるような感覚が走った。何度も首筋を吸い上げてはその声を堪能した。夜着がはだけ、フローラの胸元に顔を寄せようとしたときだった。



「ま、待ってください…」



フローラが絞り出すように言った言葉に、ラウルはやっと我を取り戻した。体を起こし、自分の体の下にいるフローラを呆然を見下ろした。

すっかり髪も服も乱れてしまったが、その妖艶な表情は、これまで城で見てきたものとは全く異なっていた。ラウルはフローラを横抱きにすると、邸宅をずんずんと突き進んだ。フローラはあまりの高さに驚き、ひしとラウルの首に腕を回して、遠慮のない揺れのせいで落ちないようにするのに必死だった。



ラウルは迷いのない足取りで主寝室へと向かうと足で蹴り開け、そのままベッドへと進んだ。
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