どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

文字の大きさ
上 下
53 / 103
エインズワース辺境伯

ここにいればいい

しおりを挟む
それから1か月もすると、フローラの姿はそこかしこで見るようになった。

食堂で食事をとるようになり、救護として訓練場に現れたり、使用人の女たちとその子供達とにぎやかに過ごすようになったからだった。

ラウルは、フローラを視界にとらえると、その姿が消えるまでずっと目で追ってしまう。

その可憐な笑顔に吸い寄せられるように、目が離せなくなってしまうのだ。

そして、いつもなぜこんなことになってしまうのか、と自分を叱咤するために鍛錬に励む日々だった。



フローラは、屈強な騎士達にも臆することなく笑顔で接してくれるし、その中でも一段と頑強なラウルにも何の恐れも感じずに近づいてきてくれる存在だった。

ラウルは偉大な辺境伯として、騎士達からは尊敬され、使用人達からは敬服され、一人の人間というよりも付き従う存在として崇められるような立場だったために、フローラのように人として対等な立場で接してくれることが新鮮だった。



とはいえ、この1か月でできたことは、食堂で共に食事をしたり、他愛ない話をしたり、中庭で遭遇したときにはその辺りを歩きながら近況を聞いたり、城壁の上に案内して辺境の地を見える限りで説明したりする程度に過ぎなかった。



その様子を、騎士や使用人達が温かい目で見ていることは当人達は全く気づいてはいなかったが。



「最近、フローラさんが煎じてくれる薬草茶を飲むとすっごい疲れが取れるんですよ。不眠のヤツもよく眠れるって言ってました」



執務室でお茶を運んできたヴィクトルがテーブルに置くなり、そんなことを言い出しだ。



「俺は今眠くなると困るんだが」



「これはその薬草茶じゃないです。ていうか、閣下はいつでも起きられる態勢でいないと落ち着かないんですから、そんなお茶飲ませたら、俺、斬られちゃうじゃないですか」



減らず口を叩いて、また自分の机に戻っていった。お茶を飲みながら、フローラの淹れるお茶はどんなものなのだろうかと想像しては、フローラの姿まで思い出してしまい、ラウルは頭を軽く振った。



「今度、フローラさん乗せて近くの街行ってみようと思うんですよ」



「え、ヴィクトルさんがですか?」



ヴィクトルの机の隣で作業をしていたジャンが唐突に声を上げた。何気なく話されたた内容としては聞き逃せないことだった。



「フローラさんって、遠出の格好じゃなかったから、近隣の村の人かもしれないって言ってたけどさ、誰もいなかったじゃん、そこらへんでいなくなった人。だから、今度の休みに街まで行こうかなって」



「フローラさん、馬に乗れるんですか?」



「乗れないよ?だから、俺と一緒に行くんじゃん」



当然のことのように言うヴィクトルをジャンが黙って睨み付けている。



「それ…誰が他に知ってますか…」



「今、話したばっかりだけど」



「それなら、全員に平等にフローラさんと出かける権利がありますよね?!」



ジャンが机をばんっと叩いて立ち上がった。



「こんなの早い者勝ちだろ。ぼーっとしてるおまえたちが悪い」



険悪な雰囲気になり、ラウルが「やめろ」と一喝した。



「執務室でやり合うな。ヴィクトルもけしかけるんじゃない。街へ行くというなら、フローラは俺が連れて行こう」



「げっ、それはずるくないですか?!」



「ずるいとかずるくないという問題ではない。お前たちがそれで争うというのなら、俺が行けば何の問題もないだろう」



「……それ、本気で言ってます…?」



ヴィクトルがため息交じりに言うと、肩を下げて「わかりましたよ、俺が引き下がります」と言って作業に戻った。

ジャンも再び手を動かし始めたので、一旦落ち着きは取り戻した。



その日の夕方、業務時間を終えたフローラを執務室に呼び出した。

小さくノックされ、ラウルは「入れ」と返した。

髪をひとつにまとめた、フローラが姿を現した。ここに来たときに身に着けていた服ではなく、今では同世代らしき使用人や女中らと仲が良くなったようで、背丈が変わらない者たちから服をもらって、それを着て過ごしているようだった。



「お待たせして申し訳ございません。御用でしょうか」



「あぁ、そこに座ってくれ」



ラウルが執務室のソファを指すと、フローラは美しい所作で移動して、腰かけた。

記憶が戻らなくとも、フローラは平民ではないだろうと、誰もが思っていた。立ち居振る舞いというのは、一朝一夕では変えられない。もはや、これはフローラが無意識でも変えることのできない、洗練された美しさに他ならなかった。



「ヴィクトルと街まで行く約束をしたのか?」



「え?はい、私の記憶が戻る手助けになればと申し出てくださいました。もしかして…何か不都合なことがありましたか?もし、そうでしたら、私は街に出なくても構いませんので…」



「いや、そういうことではない。たまに街に出ることくらい誰でもすることだから気にしているわけではない。それに同行するのがヴィクトルから俺に代わったと言おうと思っていただけだ」



「え…?」



フローラが驚いて口元に手を当てている。



「あ、なるほど。私の行動を監視するには大公様が良いとのお考えなのですね?」



ラウルはその質問にどう答えるか、口を一文字にして考えたが、良案は浮かばなかった。



「でも、本当に私は街へ出なくても構わないので。ですから、大公様のお手を煩わせるわけには参りません」



「いや、もう行くことは決定した。それでいい。三日後だ。」



「え?あ…はい…」



「馬に乗るから、そのつもりでいるように」



「大公様と二人で乗るのですか?」



「嫌なのか」



「いえ、でも、よろしいのですか?私と二人で乗るところを領民に見られても…」



「ヴィクトルと乗るところを見られるのは気にならないのに、俺とだと気になるのか」



「大公様ですから、その行動の一つ一つが領民の目にどのように映るかを考えておりました」



あぁ、まただ…



ラウルは、フローラが恐らく貴族だろうと、しかも、統べる立場にあっただろうと思わずにはいられなかった。

話していると言葉の端々に、その地位にいたのだろうと、勘付くものがあった。

共に、先を見据えることのできる存在ではないかと、ラウルの心をざわつかせるほどに。



「気にするな。話はそれだけだ」



「かしこまりました。失礼いたします」



フローラが一礼して部屋を出ていくとラウルは大きくため息をついた。



いつか、フローラを探しに誰かがやってくるだろうという思いが消えない。

恐らく、あの所持品からして、着の身着のままで逃げてきたのだろうと今では想像がついている。バルク国へこの地を通って出ようとしたのではないかと思われた。

フローラがいた場所でどんなことが起きたかは何もわからない。しかし、逃げてきたのなら、それはきっと辛いものだったろう。

近隣の村には裕福な家はない。近くの街でも商人の家がようやく5軒ほど生活に余裕がある程度だ。

フローラがここに着いたとき、肌の白さが輝くばかりだったし、手荒れひとつなかった。今では、共に働くために変化してきてはいるが、そもそもが身を粉にして働くような環境にはいなかっただろうと容易に想像できた。

そうなると、辺境からはだいぶ南に向かった先の貴族たちの領地にまで行かないと恐らくは見つからないだろう。

つまり、それほどの距離をフローラは逃げてきたのだ。それならば、ここで匿ってやりたいと、ラウルは少しずつ思うようになっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...