上 下
51 / 103
エインズワース辺境伯

監視対象

しおりを挟む
トレドで落石があった事故は2,3日は城の中でも話題に上っていたが、その日のうちに作業も完了したためにそこまで大きく広がることはなかった。

事故は最近続いた長雨のせいで地盤が緩んだために起きた事故だと調査で判明し、既に騎士達がトレドの村の男たちも集まって周辺の安全性を確認した。

その際、周辺の捜索もくまなく行ったが、当日に見つけた所持品以外の物は何も見つからなかった。



城の中で安置している御者の遺体は身元不明のまま、共同墓地に埋葬する検討を始めていた。

それには、救護室の隣で療養している女性にとある問題が生じていたためだった。



ヴィクトルは食堂で昼食を食べているラウルの前に座り、その報告をしているところだった。



「負傷した女性は、左脚の骨折と、左腕の裂傷以外は特に大きな怪我はありませんでした。ケヴィン医師の診断では、事故のときに投げ出された際に頭を打ったかもしれないが、外傷は特になかったそうです。」



「ああ。つまり記憶の混乱は演技の可能性もあるということだな」



「はい、そうなりますね。その女性は、名前や出身、なぜその馬車に乗っていたのか、御者は誰なのかということに関して一切の記憶がないですが、身の回りのことや日用品に関する知識は残っています。話し方からして、マルク国の訛りも、この周辺の訛りもないですね。この数日でわかったことはそれくらいです。尋問は体調も考慮して長時間できないんですよね。熱が出て中断することもありますし」



「難しいところだな。ただのけが人なのか、間諜なのか、それを区別するには体が万全になるのを待つしかないか。体が自由になれば、怪しい行動もとるようになるだろう。監視の騎士達はちゃんと会話や振る舞いに気を付けているだろうな」



「はい、もちろんです。監視できるのは、上級騎士だけに限定しましたし、間違っても情報漏洩することはないと思います」



「世話をする女たちはどうしてるんだ」



「今のところ、清拭や包帯の交換もすべて救護室付きの看護師見習いがやってます。食事は部屋で取らせてるので、他の者との接触はないですし」



「やけに、いろんな手を尽くしてるな。俺の指示がなくてもそれだけ動けるとはな」



ラウルはヴィクトルの顔が一瞬緩んだ後に強張ったのを見逃さなかった。



「なんだ…早く言え」



「すっごい美人なんですよ~。真っ白い肌に、大きな青い瞳、金髪で。俺、あんな美人、初めて見ました~。年齢はわからないんで正確なことはわからないですけど、きっと20代だと思います!まだ怪我の痛みと高熱で青白かったり、うなされてることも多いんですけど、うっかりそれもみとれるほどで…。最初に運ばれてきたときの身なりからすると平民でも良家のお嬢様か奥様って感じですね。貴族ならあんな荷馬車には乗らないじゃないですか」



報告のときとは打って変わって、嬉々としてにやけた顔になるヴィクトルに呆れたラウルは、ため息をついた。



「だから、それも手段の一つかもしれんだろう」



「油断はしませんよ、一応みんな騎士ですから!でも、目と心の保養は誰にでも必要でしょう?」



「わかった。もういい。その女のことはお前に任せる。怪しいことがあればすぐに報告しろ」



「承知しました!」



食事を終え、食器の片づけを近くにいた給仕係の女性に頼むと食堂を後にした。

ヴィクトルは補佐官として優秀で、騎士としての腕も立つ。22歳という年齢からも、いつ結婚してもいいのだが、顔がよく、誰にでも気さくに接する社交性も相まってかなり女性からモテる。しかし、恋人ができても長続きせず、ふらふらしてばかりいるので、最近では周りから呆れられ始めていた。



とはいえ、ラウルはヴィクトルに結婚を無理に勧めようと思ったことは一度もなかった。

ラウルは20年前に結婚し、2年後に嫡男であるセザールを設けた。その1年後に妻と離縁し、それからはずっと独り身だった。

セザールもラウルに似て、屈強な男に成長し、1年の半分は領地の南の地で警護に当たっている。残りの半分は城に戻り、やがては後を継ぐためにラウルについて様々なことを学んでいる。辺境伯の仕事は机の上だけで済むことではない。戦争で誰よりも勇敢に戦うことも求められるし、部下達と辛苦を共にし、仕えたいと思わせるだけの存在にならなければならない。だから、ラウルはセザールも一兵卒から訓練を行ってきたし、跡継ぎというだけで特別扱いをしてこなかった。

それでも、たった一人の息子を大切に思う気持ちは変わらず、またセザールも父であり、偉大な辺境伯であるラウルを心から尊敬していた。

ふと過去のことが頭によぎりそうになり、ラウルは目を閉じてその思いを振り払った。



執務室に戻ると補佐官のジャンが書類を整理しているところだった。ジャンはまだ20歳だが、頭脳明晰で知識豊富なところを見込まれて補佐官に抜擢された。武道には疎く、慎重で内気な性格から騎士団を退団しようとしているところを文官として引き抜いた人材だった。息子のセザールが後を継いだときに貴重な人材になるだろうとその将来性を見込んでいる。



「閣下、お戻りですか。これが今日中にご確認いただきたい書類です」



「そうか。今日も遅くまでかかりそうだな」



ラウルは苦笑しつつ、ジャンの肩をぽんと叩くと執務机についた。ジャンも執務室内に設置された自分の机に戻り、書類の整理を始めた。

そうして多忙な時間を過ごしている中で、ヴィクトルが報告した女性のことが一瞬よぎったが、ヴィクトルと騎士達に任せ、次の報告を待とうと思いなおし、次々と書類の確認を処理していった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18/TL】息子の結婚相手がいやらしくてかわいい~義父からの求愛種付け脱出不可避~

宵蜜しずく
恋愛
今日は三回目の結婚記念日。 愛する夫から渡されたいやらしい下着を身に着け、 ホテルで待っていた主人公。 だが部屋に現れたのは、愛する夫ではなく彼の父親だった。 初めは困惑していた主人公も、 義父の献身的な愛撫で身も心も開放的になる……。 あまあまいちゃラブHへと変わり果てた二人の行く末とは……。 ──────────── ※成人女性向けの小説です。 この物語はフィクションです。 実在の人物や団体などとは一切関係ありません。 拙い部分が多々ありますが、 フィクションとして楽しんでいただければ幸いです😊

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜

レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは… ◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。

色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。 恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...