45 / 103
逃がさない
しおりを挟む
「探せ!この屋敷の者たちも街へ出ろ!なんとしてでも、アマリアを連れ戻せ!」
執務室の机の上のものは既に薙ぎ払われ、ソファやローテーブルは部屋のそこかしこでひっくり返っている状態だった。
肩で息をしながら、乱れた髪を直しもせず、ヘンドリックは壁を殴りつけた。
アマリアと共に出かけた護衛が馬を走らせて戻ってきたのは一刻前のことだった。ちょうど馬車で王宮から戻ってきたヘンドリックと鉢合わせし、そこで、アマリアが行方不明になったことを告げられ、ヘンドリックはその足でアマリアが最後に向かった孤児院へ急いだ。
孤児院では、顔面蒼白のハンナがヘンドリックを見るなり、走り寄って土下座して謝罪した。同様に、護衛達と御者のダンカンも急いで集まり、ヘンドリックの足元にひれ伏した。
「どういうことだ!」
「奥様は、子供達と共に街へお菓子を買いに出られました。騎士達に子供達をみるように言いつけられ、菓子店に行かれたのですが、そのまま行方がわからなくなったそうです。申し訳ありません、私が遅れて行ったばかりに…奥様が…」
ヘンドリックは護衛達に目を向けた。
「申し訳ございません、旦那様。奥様が入られた菓子店に、しばらくして戻られなかったため中に入ったのですが、奥様の姿はありませんでした。孤児院に戻られたのではないかと、その道も確認しましたがいらっしゃいませんでした。辺りを捜索して、もう一度奥様を探しに菓子店に戻りましたところ、奥様は菓子を注文し、孤児院に戻るとおっしゃられてその店を出たそうなんですが、そこからの足取りが全くわかりません」
頭を下げ続ける護衛達の肩はわずかに震えていた。ヘンドリックから発せられるすさまじい威圧感に死の恐怖さえ感じていた。
「見つけろ。なんとしてでも、見つけてくるんだ」
「はっ!」
護衛達は一目散に駆け出して行った。既に辺りは真っ暗で、灯りなしに歩くことはままならないほどだった。
孤児院のシスターが入口近くに立ち尽くしているのが見えたが、ヘンドリックは軽く頭を下げ、馬車に戻った。
公爵邸に戻っているかもしれないとその道のりを馬車の窓から注意深く見ながら、その成果もなく公爵邸に到着した。
同乗していたハンナは、手の平に血がにじむほど握りしめ、ぽたぽたと涙をこぼしていた。
公爵邸に着くと、使用人達は不安そうな様子であちこち走り回っていた。
執事長が玄関まで出迎えると、ヘンドリックは首を振った。
「誘拐かもしれない。残りの騎士たちを連れてこい」
「かしこまりました」
ヘンドリックは執務室に戻り、上着を投げ捨て、乱暴に椅子に座った。頭を掻きむしり、机を壊さんばかりの力で殴りつけた。
そこへ、開かれたままの扉をノックする音がした。そちらを見ると、アマリアの部屋付きの侍女が立っていた。
「なんだ」
「旦那様…奥様の机にこれが…」
侍女が涙を浮かべて持ってきたものは、求婚したときにアマリアに渡したはずの指輪だった。アマリアはそれを片時も外すことなく、どの装いでも身に着けていた。
ヘンドリックは渡されたそれを呆然と眺めた。
「奥様の…ドレスの1つが…解体されていました」
「どういうことだ?」
「ドレスについていたはずの宝石が1つ残らずなくなっています。でも、ドレス1つだけなんです。他にたくさんドレスがあるのに、1つのドレスだけ、宝石が…」
ヘンドリックは素早く立ち上がり、階段を駆け上ると、アマリアの居室に向かった。そこには2人の侍女がいた。「こちらです」と持ってきたドレスは、とても古いものだった。
「こちらは、奥様が公爵邸にお越しなった際に身に着けていらっしゃったものだそうです。奥様がこれだけは残しておきたいとおっしゃって、ずっとここの奥に保管しておりました。このドレスの存在自体、奥様と部屋付きの侍女である私達くらいしか知らないことなんです」
ヘンドリックはその言葉の意味を理解して、拳を握りしめた。
「アマリアは、自分で宝石を取り、それを持って家を出たのか…」
「申し訳ございません。奥様のご様子の変化に気づくことができずに、誠に申し訳ございません」
侍女達が床にひれ伏した。ヘンドリックはそれを一瞥すると、居室をぐるりと見渡した。
「他に何か持って出ていないのか。どこに行くか、誰かと連絡を取ったことはないのか」
「いえ、他になくなったものはございません。奥様は今日、孤児院へ訪問されるときのいつもと同じ装いと荷物で出かけられました。どこか遠くに出られるような荷物は何も持っていらっしゃいません。ここ最近ではどなたとも会うお約束も、ご予定も立てられておりません」
ヘンドリックは目の前が闇に包まれていく感覚に襲われていた。
アマリアが、この腕からすり抜けていく。17歳で初めてアマリアを見た日から、25でアマリアを手に入れると決めた日から、アマリアの全てを把握してきた。
アマリアはどこまでも自分のものだと思っていた。
それなのに、アマリアは自分から逃げ出した。自分の意思で、ここを出て行ったのだ。
ヘンドリックを形作っていたものが全て壊れていくような音がした気がした。
「こんな、こんなはずではなかった…アマリア…」
主を失った部屋で、ヘンドリックは力なく呟いた。
執務室の机の上のものは既に薙ぎ払われ、ソファやローテーブルは部屋のそこかしこでひっくり返っている状態だった。
肩で息をしながら、乱れた髪を直しもせず、ヘンドリックは壁を殴りつけた。
アマリアと共に出かけた護衛が馬を走らせて戻ってきたのは一刻前のことだった。ちょうど馬車で王宮から戻ってきたヘンドリックと鉢合わせし、そこで、アマリアが行方不明になったことを告げられ、ヘンドリックはその足でアマリアが最後に向かった孤児院へ急いだ。
孤児院では、顔面蒼白のハンナがヘンドリックを見るなり、走り寄って土下座して謝罪した。同様に、護衛達と御者のダンカンも急いで集まり、ヘンドリックの足元にひれ伏した。
「どういうことだ!」
「奥様は、子供達と共に街へお菓子を買いに出られました。騎士達に子供達をみるように言いつけられ、菓子店に行かれたのですが、そのまま行方がわからなくなったそうです。申し訳ありません、私が遅れて行ったばかりに…奥様が…」
ヘンドリックは護衛達に目を向けた。
「申し訳ございません、旦那様。奥様が入られた菓子店に、しばらくして戻られなかったため中に入ったのですが、奥様の姿はありませんでした。孤児院に戻られたのではないかと、その道も確認しましたがいらっしゃいませんでした。辺りを捜索して、もう一度奥様を探しに菓子店に戻りましたところ、奥様は菓子を注文し、孤児院に戻るとおっしゃられてその店を出たそうなんですが、そこからの足取りが全くわかりません」
頭を下げ続ける護衛達の肩はわずかに震えていた。ヘンドリックから発せられるすさまじい威圧感に死の恐怖さえ感じていた。
「見つけろ。なんとしてでも、見つけてくるんだ」
「はっ!」
護衛達は一目散に駆け出して行った。既に辺りは真っ暗で、灯りなしに歩くことはままならないほどだった。
孤児院のシスターが入口近くに立ち尽くしているのが見えたが、ヘンドリックは軽く頭を下げ、馬車に戻った。
公爵邸に戻っているかもしれないとその道のりを馬車の窓から注意深く見ながら、その成果もなく公爵邸に到着した。
同乗していたハンナは、手の平に血がにじむほど握りしめ、ぽたぽたと涙をこぼしていた。
公爵邸に着くと、使用人達は不安そうな様子であちこち走り回っていた。
執事長が玄関まで出迎えると、ヘンドリックは首を振った。
「誘拐かもしれない。残りの騎士たちを連れてこい」
「かしこまりました」
ヘンドリックは執務室に戻り、上着を投げ捨て、乱暴に椅子に座った。頭を掻きむしり、机を壊さんばかりの力で殴りつけた。
そこへ、開かれたままの扉をノックする音がした。そちらを見ると、アマリアの部屋付きの侍女が立っていた。
「なんだ」
「旦那様…奥様の机にこれが…」
侍女が涙を浮かべて持ってきたものは、求婚したときにアマリアに渡したはずの指輪だった。アマリアはそれを片時も外すことなく、どの装いでも身に着けていた。
ヘンドリックは渡されたそれを呆然と眺めた。
「奥様の…ドレスの1つが…解体されていました」
「どういうことだ?」
「ドレスについていたはずの宝石が1つ残らずなくなっています。でも、ドレス1つだけなんです。他にたくさんドレスがあるのに、1つのドレスだけ、宝石が…」
ヘンドリックは素早く立ち上がり、階段を駆け上ると、アマリアの居室に向かった。そこには2人の侍女がいた。「こちらです」と持ってきたドレスは、とても古いものだった。
「こちらは、奥様が公爵邸にお越しなった際に身に着けていらっしゃったものだそうです。奥様がこれだけは残しておきたいとおっしゃって、ずっとここの奥に保管しておりました。このドレスの存在自体、奥様と部屋付きの侍女である私達くらいしか知らないことなんです」
ヘンドリックはその言葉の意味を理解して、拳を握りしめた。
「アマリアは、自分で宝石を取り、それを持って家を出たのか…」
「申し訳ございません。奥様のご様子の変化に気づくことができずに、誠に申し訳ございません」
侍女達が床にひれ伏した。ヘンドリックはそれを一瞥すると、居室をぐるりと見渡した。
「他に何か持って出ていないのか。どこに行くか、誰かと連絡を取ったことはないのか」
「いえ、他になくなったものはございません。奥様は今日、孤児院へ訪問されるときのいつもと同じ装いと荷物で出かけられました。どこか遠くに出られるような荷物は何も持っていらっしゃいません。ここ最近ではどなたとも会うお約束も、ご予定も立てられておりません」
ヘンドリックは目の前が闇に包まれていく感覚に襲われていた。
アマリアが、この腕からすり抜けていく。17歳で初めてアマリアを見た日から、25でアマリアを手に入れると決めた日から、アマリアの全てを把握してきた。
アマリアはどこまでも自分のものだと思っていた。
それなのに、アマリアは自分から逃げ出した。自分の意思で、ここを出て行ったのだ。
ヘンドリックを形作っていたものが全て壊れていくような音がした気がした。
「こんな、こんなはずではなかった…アマリア…」
主を失った部屋で、ヘンドリックは力なく呟いた。
4
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」


蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる