どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

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離縁

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クリスティの死から半年は毎日が慌ただしかった。その大きな喪失に誰もが精神的なショックを抱え、必死に毎日を過ごした。

アマリアは、クリスティの死によって、これまでどれほどに支えられてきたかを実感していた。

アマリアが困っていると、自然にお茶に誘い、その悩みを忍耐強く聞いてくれたことも、さりげなく助け船を出してくれたことも数限りなくあった。

クリスティの仕事の割り振りも終わり、段々と全てのことが支障なく回り始めていた。



そして、クリスティの死によって、あの夜に湧いた小さな疑念をヘンドリックに問いかけることができず、それはアマリアの胸の中で燻り続けていた。



とある日、アマリアは突然、執事長に誘われて執務室へと向かっていた。

アマリアは日中に執務室に呼ばれたことに違和感を覚えていた。

ヘンドリックは滅多にアマリアを執務室には呼ばない。しかも今は特にひっ迫して何かを決めるようなことはなかったはず…となぜ呼ばれたのかを考えながら歩いていた。

執事長が扉を開けると、礼をして出ていき、そのまま扉を閉めてしまった。

部屋の中には、執務室の机の前に座っているヘンドリックとアマリアの二人だけだった。

ヘンドリックの眼光が鋭く突き刺さるようで、アマリアは気まずさのために視線を合わせることができなかった。



「こっちへ来てほしい」



ヘンドリックが自身の机を指すので、いつも座るソファではなく、机のほうへと歩みを進める。

そして、机の上に置かれた書類に気が付いた。



「ここにサインをしてほしい」



「それは、なんですの?」



「離縁宣誓書だ」



「っっ」



あまりに突然の申し出に、アマリアは呼吸を忘れた。ゆっくりとヘンドリックを見ると、まっすぐに見つめ返している。冗談ではない、とすぐにわかった。



なぜ…どうして…と心が叫んでいた。

しかし、アマリアの中ではどこかでその理由に気づいていた。



公爵夫人としての求心力がなかったことは露呈し、後ろ盾の実家が強い権力を持っているわけでもない。

跡継ぎの息子とも仲違いしているし、このまま公爵家に置いておいても仕方がない。

そして、もう若くない。夫を妻として、女として満足させられることもできていない。

ヘンドリックが余生を若い後妻を迎えて過ごしたいと思っても仕方がないことだと頭ではわかっていた。



でも、それを認めることを心が拒んでいた。



頭と心がバラバラになり、何も考えられない。そして、体は命令をただ実行するためにふらふらと勝手に動き出し、まるで何かにとりつかれたように渡されたペンを持ちさらさらとサインをしていた。涙も出なかった。

ヘンドリックと目を合わせることもなく、何か言葉を交わすこともなく、静かに扉を開けて部屋を出た。



あまりにあっけない終わりだった。16歳から31歳になった今日まで、全てを注いで愛してきた夫との終焉だった。



部屋までの道のりをどうやって戻ってきたのかもわからない。気づくと、ソファに座り込んでいた。

ふと、左手にある指輪に触れている自分に気づいた。

ヘンドリックがスタンリール侯爵邸の中庭で、アマリアの前に跪いて求婚したときにもらった指輪。

どんなドレスであろうとも、決してこの指輪を外すことはなかった。この指輪を身に着けている限り、ヘンドリックの愛に包まれている気がしていたからだ。

どんなに離れていても、心がすれ違ったと思う日々があったとしても、ヘンドリックとの思い出の数々がアマリアを公爵家に引き留めてくれていた。

アマリアはそっと指輪を外すと、自室に置かれた手紙などを書く机の上に置いた。

そして、その引き出しからハサミと小さな布袋を取り出し、ふらふらと続き扉を開け、衣裳部屋に入った。一番奥にある、古いドレスを取り出し、その胸元やパニエに装飾された宝石を縫い付けた糸を一つ一つ切っては、その宝石を布袋に入れていく。

公爵家に初めてやってきたときに着替えたドレスだった。スタンリール家で仕立てた最後のドレス、そして公爵家で初めて着たドレスとして、大切に大切にしまいこんでいたものだった。

とても長い時間、アマリアはその作業に没頭した。まだ高かった日はいつの間にか沈み、もう手元は灯りなしには何も見えなくなっていた。

アマリアはずっしりと重くなったその袋を持ち、外出用のバッグの中にそっと忍ばせた。



離縁を宣告されたものの、すぐに出ていけとは言われなかった。

けれど、アマリアはどこか冷静な頭で考えていた。公爵家で受け取ったものは何一つ持たずに出ようと。

公爵夫人として胸を張れるだけのこともできなかった自分に、それを受け取る資格はないと思っていた。



その日の食事は部屋に運び込まれた。ハンナ達も何も言わなかった。

ただ静かに仕事をこなし、アマリアが就寝するのを見届けて、部屋を出た。



もう、ここに私の居場所はない。

アマリアは静かにその事実を受け止め、一筋の涙を零した。
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