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砂上の楼閣
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クリスティの葬儀から2か月が経ち、クリスティの死を悼むためのお茶会が催され、公爵家の家門の夫人達が集められた。
主催は、公爵夫人であるアマリアであり、その仕事ぶりは完璧だった。
アマリアが挨拶をして、クリスティのことを思い出す話をすると、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてきた。
そして、一人、また一人とクリスティの慈愛に満ちた思い出を話し始める。
話しては泣き、聞いては泣き、夫人達のハンカチが乾く暇はなかった。
「アマリア様、ご心配には及びません。これからも私どもは、公爵家をお支えするべく、しっかりとお仕え致します」
「…ありがたくその忠誠を受けます。ですが、一つ、聞かせてください」
アマリアは立ち上がり、夫人達をゆっくりと見渡した。
「この中で、公爵家だからでも、クリスティ様のご意思だからでもなく、私だからと、ついてこようと思ってきたものはいますか?」
夫人達は突然の質問に驚き、呆然として、何も答えられなかった。
その様子をじっくりと見渡し、アマリアは小さく呟いた。
「砂上の楼閣だったのね…」
アマリアがお茶会を辞去して、屋敷の中に戻り、自室へと戻ろうと階段を上がっていると、話し声が聞こえた。
「あの人はお茶会だってことは知ってる。別に俺が挨拶に行かなくてもいいだろ。家門の夫人達なんだ。黙ってたって、ついてくるよ。それよりも、父上はいつも戻られるのかって聞いてるんだ」
コンラッドが誰かと話しているようだった。そのまま進むと、コンラッドは執事長と話をしていた。
執事長がアマリアに気づき、礼をすると、コンラッドが振り返る。
「戻っていたのね、コンラッド」
ゆっくり近づいていくと、コンラッドはまっすぐにアマリアを見据える。しかし、何も答えない。
目の前まで近づいて、その背がまた高くなっていることに気づいた。
「もう…私よりも背が高くなったのね…」
その頭に手を伸ばそうとしたら、コンラッドに払いのけられた。アマリアは驚きに手をすぐ体に引き寄せた。
「母親みたいなことするな」
低く、もう幼さはどこにもない、青年の声だった。
「私のことを…お母様とは…呼んではくれないの…?」
「私はあなたのことを母親だと思ったことは、一度もない」
コンラッドはそれだけ言うとアマリアの横を颯爽と通り過ぎ、階下へと下りて行った。
執事長が何か声をかけてくれたと思うけれど、もう何も聞こえなかった。
全ては、公爵家が与えてくれたものだった。
ヘンドリックが、クリスティ様が、私を守るために、全てを準備して、与えて。私はそれを享受していただけ。
私自身が成し遂げたものなど、何もなかった。
私が生んだコンラッドでさえ、私を拒絶する。
ここに、私の居場所はあるの?
私はここに必要なの?
アマリアは自室に入ると鍵をかけ、侍女一人も寄せ付けず、続き扉にも鍵をかけ、一人籠り続けた。
主催は、公爵夫人であるアマリアであり、その仕事ぶりは完璧だった。
アマリアが挨拶をして、クリスティのことを思い出す話をすると、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてきた。
そして、一人、また一人とクリスティの慈愛に満ちた思い出を話し始める。
話しては泣き、聞いては泣き、夫人達のハンカチが乾く暇はなかった。
「アマリア様、ご心配には及びません。これからも私どもは、公爵家をお支えするべく、しっかりとお仕え致します」
「…ありがたくその忠誠を受けます。ですが、一つ、聞かせてください」
アマリアは立ち上がり、夫人達をゆっくりと見渡した。
「この中で、公爵家だからでも、クリスティ様のご意思だからでもなく、私だからと、ついてこようと思ってきたものはいますか?」
夫人達は突然の質問に驚き、呆然として、何も答えられなかった。
その様子をじっくりと見渡し、アマリアは小さく呟いた。
「砂上の楼閣だったのね…」
アマリアがお茶会を辞去して、屋敷の中に戻り、自室へと戻ろうと階段を上がっていると、話し声が聞こえた。
「あの人はお茶会だってことは知ってる。別に俺が挨拶に行かなくてもいいだろ。家門の夫人達なんだ。黙ってたって、ついてくるよ。それよりも、父上はいつも戻られるのかって聞いてるんだ」
コンラッドが誰かと話しているようだった。そのまま進むと、コンラッドは執事長と話をしていた。
執事長がアマリアに気づき、礼をすると、コンラッドが振り返る。
「戻っていたのね、コンラッド」
ゆっくり近づいていくと、コンラッドはまっすぐにアマリアを見据える。しかし、何も答えない。
目の前まで近づいて、その背がまた高くなっていることに気づいた。
「もう…私よりも背が高くなったのね…」
その頭に手を伸ばそうとしたら、コンラッドに払いのけられた。アマリアは驚きに手をすぐ体に引き寄せた。
「母親みたいなことするな」
低く、もう幼さはどこにもない、青年の声だった。
「私のことを…お母様とは…呼んではくれないの…?」
「私はあなたのことを母親だと思ったことは、一度もない」
コンラッドはそれだけ言うとアマリアの横を颯爽と通り過ぎ、階下へと下りて行った。
執事長が何か声をかけてくれたと思うけれど、もう何も聞こえなかった。
全ては、公爵家が与えてくれたものだった。
ヘンドリックが、クリスティ様が、私を守るために、全てを準備して、与えて。私はそれを享受していただけ。
私自身が成し遂げたものなど、何もなかった。
私が生んだコンラッドでさえ、私を拒絶する。
ここに、私の居場所はあるの?
私はここに必要なの?
アマリアは自室に入ると鍵をかけ、侍女一人も寄せ付けず、続き扉にも鍵をかけ、一人籠り続けた。
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