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心の語らい

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年月が流れ、アマリアは23歳、ヘンドリックは34歳、コンラッドは6歳になっていた。

コンラッドが3歳になってからは、冬は領地に3人で来ていたが、6歳になる直前に、ヘンドリックから「コンラッドは寄宿学校に入れる」と宣言されて、アマリアはヘンドリックと大きな衝突を初めて経験した。言い合う二人の間には誰も割り入ることはできず、ヘンドリックは決してその決定を覆さなかったため、結局ヘンドリックが公爵邸を出て行ってしまい、アマリアが泣き崩れる形で終わった。



やっと朝や夜の食事だけでも一緒にとれるまでに大きくなったのに。もう寄宿学校に入れてしまうなんて。

親子として、家族としての時間は必要ないと言われているようで、アマリアは泣き通しだった。



社交シーズンも終盤になっていたため、いつものように冬を領地で過ごす支度をしていたら、執事から「今年は旦那様とコンラッド様は寄宿学校入学の準備がございますので、領地には戻られません」と告げられ、アマリアも残ることを主張したが、「誰かが領地のことは管理しませんと」と言われ、アマリアは一人で向かうことになった。何度も訪れてきた領地だったが、長期で一人で滞在するのは初めてだった。





公爵領の邸宅も広大で、アマリアの部屋も広々としている。

防寒のために暖炉の炎は強く、その前にあるソファに座ってあたっていると、頭がぼんやりとしてしまう。

社交にも、家のことにも縛られずに過ごせるはずなのに、アマリアの心は少しも晴れなかった。

ハンナを筆頭に数人の使用人も一緒に来てくれているから、公爵領を見て回るなど気分転換をしようと思っていたのに、一向にその気持ちになれなかった。



ヘンドリックとのすれ違いはますますひどくなっているように思えたし、息子と過ごす時間すら取れない。



「あの子がもう、寄宿学校に入るような年になるなんて…」



コンラッドが生まれてから過ごしてきた6年間を振り返ると、その関係の希薄さにため息をつく。



「これで母親と言えるのかしら…」



アマリアが一人つぶやいたとき、扉がノックされた。



「奥様、失礼いたします。大旦那様がお加減がよろしいようで、お会いできるそうございます」



「まぁ、そうなの。すぐに行くわ。支度は大丈夫。お待たせしてはいけないわ」



アマリアはすぐに立ち上がり、扉の向こうにいたハンナに服装や髪、化粧の乱れがないか確認してもらい、すぐにヘンドリックの父であり、公爵家の大旦那様と呼ばれるマクシミリアンの部屋へ急いだ。



マクシミリアンはヘンドリックに公爵家の家督を譲る数年前から少しずつ体に不調をきたしており、ヘンドリックが当主になったすぐに王都での全ての職から引退し、領地に下がった。

あまり公にはされてこなかったが、年々不調は深刻化し、2年程前からはベッドに寝た切りの状態が続いている。

人と話すことは体力を使うため、今では極力最小限にすませている状態だ。



アマリアがマクシミリアンの部屋に着き、ノックをして入ると、マクシミリアンはベッドの背にいくつものクッションを置き、そこに背をあてて優雅に座っていた。



「やぁ、よくきたね」



その表情は柔らかく、ヘンドリックの面影があった。

アマリアは礼をして、ベッドのそばに置かれた椅子に腰かける。



「お義父様、大変ご無沙汰をしておりました。こちらでしばらく過ごさせていただきます。長く不在に致しまして申し訳ございません」



「いやいや、アマリアが帰ってこれなかったのは、うちの息子の我がままのせいだろう?あれは、アマリアがそばにいないとだめなやつだから。それに、ここには私の気心の知れた者しかいない。王都のあの煩わしさよりはずっといい」



アマリアの謝罪に、温かい言葉をかけてくれる。会える時はいつでも、この義父はアマリアを実の娘のようにかわいがってくれた。



「アマリア…疲れたんだろう?」



「お義父様…」



ヘンドリックに似た声で問いかけられると、胸が苦しくなってしまう。



「私…至らないばかりで…ヘンドリックをお慕いしているのに…何も…妻としても、母としても、公爵夫人としても、できないことばかりで…どうお詫びすればよいのか…」



「アマリア、そんなに自分を責めてはいけない。できないことばかりを数えてはいけないよ。アマリアが生きていることだけで、喜びはあるんだ。それを忘れてはいけないよ」



アマリアはぽろぽろと涙が溢れてきた。それをじっと見つめながら、マクシミリアンは続けた。



「私はね、ジョスリンを亡くしてからは抜け殻なんだよ。何もかも、心から喜ぶこともできなくなってしまった。ジョスリンがいたから、私の世界は輝いていただけなんだ」



マクシミリアンは、静かに話し続けた。



「ロビンが生まれた翌日、ジョスリンは死んだ。それからしばらくのことは記憶にもないよ。どうやって葬儀をしたのか、私はどうしていたのか、子ども達はどうしていたのか、何も覚えていない。きっとロビンを抱いてやったことさえなかっただろう。魂が抜かれてしまったようだったよ。いつも自分を責めていた。クリスティも、ヘンドリックという嫡男までいたのに、なぜまた産ませてしまったんだろうってね。そうしなければジョスリンは死なずにすんだんじゃないかって。ロビンを見ることもできなくなった」



「そんな…」



「でも、メリンダがね、怒ったんだ。奥様はたとえ自分の命を失われても、旦那様との御子をお産みになりたかったはずです!今の旦那様のご様子をご覧になれば、きっとお怒りに、そしてお悲しみになるでしょうってね。そんな周りの言葉に気づけるようになるのに2年かかったんだよ。そして、何が起きたかわかるかい?」



アマリアは沈黙した。わかっていたが、とても口に出せなかった。



「…クリスティに毒が盛られたんだ。公爵家の勢いを削ぐにはぴったりの時期だったから。クリスティは私の不甲斐なさのために、生死をさまよい、脚を失い、嫁ぐ先を失った。子を持つ未来さえもね…。私は、私のせいで、ジョスリンとの宝を傷つけ、危うく失ってしまうところだった…あの子にはいくら謝罪しても足りないぐらいだよ」



「でも、クリスティ様はお義父様のことをお恨みになどなっていらっしゃいません」



「そう。あの子は優しい子だよ。ダメな父親を持ったせいで、誰よりも強く、賢く、気高くあろうとずっとずっと自分を偽り続けている。かわいそうな子なんだ。私の愛しい子なんだ…生きているだけで私の幸せであり続ける存在だと遅すぎるけれど気づけて、やっとクリスティとヘンドリックとロビンを見つめられるようになった」



ベッドの淵に置かれていたアマリアの手にそっとマクシミリアンは手を重ねる。



「アマリアはね、ヘンドリックのそういう存在なんだよ。生きているだけでいいんだ。何も責任を負う必要はない。アマリアを公爵家に引き込んだのはあいつなんだからね。あいつが負うべき責任だよ」



「そんな、私は…そんな大きな存在ではありません…」



「笑ってごらんアマリア。それだけでいいんだよ。私もね、ジョスリンに泣かれるといつもどうしていいのかわからなくて固まってしまったものだよ。情けないだろう?」



いたずらっぽく笑いかけられて、アマリアもつられて微笑んでしまう。



「情けないものなんだ、男ってのはね。好きな女性の前では、どうしても格好をつけたがってね。きっとジョスリンは私のどうしようもないところだって、受け入れてくれただろうに」



そう言うと、懐かしそうにどこかを見つめていた。

アマリアもこの優しい空間が心地よくて、しばらく二人で無言のまま過ごした。



「アマリア、君が出産の前に体調を崩したときも、出産後に生死をさまよったときも、君に関わった全ての者が君が助かることを心から祈っていたよ。私も、私と同じ痛みをどうかヘンドリックに与えないでほしいと願った夜もあった。連れていくなら、私の命を連れて行ってほしいと」



「お義父様…」



「こうして、また会えるんだから、私の祈りも無駄じゃなかったな。よく頑張りましたって褒美をもらいたいところだ」



「ふふっ。お義父様のためならどんなご褒美でもご用意いたしますわ」



「ありがとう、アマリア。君も、私の大切な娘だよ。忘れないで」



「ありがとうございます、お義父様。こんなに長くお話してしまってごめんなさい。お疲れですよね」



「いや、久しぶりにジョスリンの話ができて嬉しかった。ジョスリンのことを思い出すだけで、私は幸せを感じることができるから」



慈愛に満ちた言葉と、その瞳に、アマリアはもう一度礼を言い、静かにマクシミリアンの部屋を出た。





その数日後の朝、マクシミリアンを起こしに来たメイドが既に冷たくなっている姿を発見した。

ベッドの上で、眠るように、安らかな顔で息を引き取ったようだった。



賢明で、慈愛に溢れた前領主の葬儀には、領民の多くが涙し、嘆き、その死を悼んだ。

王都から急いで駆け付けた、ヘンドリックとクリスティ、ロビン、そしてコンラッドもその葬儀に参列した。

王宮からも弔問の手紙が多く届けられ、その死を惜しんだ。



家族も、使用人達もそのあまりに突然の死を受け入れられずに呆然としつつ、生きるための作業をただ淡々と進めているようなものだった。



クリスティがそっとアマリアに声をかけた。



「あなたが領地にいてくれてよかった。家族が誰もそばにいない中で死なせてしまうところだったわ。ありがとう」



アマリアは、車椅子に座るクリスティの膝にすがりついて泣いた。

最後まで優しかった義父を思い、思いの溢れるままに泣いた。

その背中をゆっくりと撫でながら、クリスティもようやく、涙を流すことができた。

二人で静かに抱き合い、マクシミリアンの死を悲しんだ。



薄く開いたドアからそれを見つめていたヘンドリックは足音も立てずにその場を去った。

夜は更けていたが、ヘンドリックは馬車を出させ、コンラッドを連れて王都へと帰還した。
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