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止まらない時間
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アマリアとヘンドリックの結婚から3年が経った。コンラッドもまもなく2歳になろうとしていた。
アマリアは社交を中心に活動し、流行の最先端となるように様々な輸入品や領地での製品の工夫ができないかと数々のデザイナーと商会とも話し合う日々である。
社会奉仕活動はアマリアの主軸の一つでもあり、公爵夫人としての威厳を保つことにも一役買っていた。
しかし、その名誉よりも、アマリアは孤児院や救済院などで過ごす自分の時間をとても大切にしていた。どれだけ華やかな場にいても、アマリアが好むのは一人静かに本を読んだり、薬草を調合したり、子供達と遊ぶ時間を過ごすことだった。
しかし、アマリアは孤児院で子供達と過ごして、馬車で家に戻る中、いつも皮肉な自分の状況に気を落としていた。
孤児院の子供達と過ごす時間を取ることはできるのに、自分の子供であるコンラッドとの時間をほとんど取ることができないためだった。まもなく2歳になろうというコンラッドは、少しずつ言葉も覚え、様々な表情を見せるようになっている。しかし、すっかり乳母になつき、アマリアのところにはほとんど寄りつかない。それほどに会える頻度が少なかった。コンラッドの生活時間も幼子ゆえにお茶会や夜会に忙しいアマリアと調整がつかないことが多いせいだった。それでも、去年は、社交シーズンが終わって、冬になれば一緒に過ごせると思っていたが、領地のことを学ぶためと言われてヘンドリックとアマリアだけで領地に戻った。コンラッドは長距離には耐えられないだろうと諭されて、別々で過ごさざると得なかった。
これで母親といえるのかという気持ちはいつもどこかでアマリアを傷つけていたが、公爵夫人としての地位を確立するためと自分に言い聞かせて、日々を過ごしていた。
ヘンドリックとの関係も、蜜月までとは言えないが、少しずつ戻ってきているように感じていた。
晩餐はほとんど一緒にとるし、優しい言葉をかけてくれるようになった。
コンラッドの育児方針でぶつからなくなったことが大きいようにアマリアは感じていた。
しかし、夜、寝室を共にすることは、出産から2年が経とうとする今でも一度たりともなかった。
公爵邸に来てから、一人寝をしたことがなかったアマリアにとって、それは大きな変化であり、精神的な衝撃だった。
ヘンドリックが自分への関心を失ってしまったのではないか、愛人がいるのではないか、娼館に通っているのではないかと考えることも多かったが、結局どれも口にすることはできなかった。
真実を知って、更に傷つくことも怖かった。
以前のように、熱い視線で見つめられることはなくなっても、アマリアのヘンドリックへの想いは変わらなかった。変わらない以上、知らなくていいのだと、疑念を封じ込めてきた。
ふと、机の上に置いてある、瓶いっぱいの薬草茶を手に取った。メリンダから、エルザが2人目を出産したことを聞き、準備したものだった。
エルザとロビンは相変わらず仲がいいようで、長男を出産して、体が回復したらまたすぐに子供ができたと聞き、驚いたものだった。きっとスタンリール侯爵家は2人目が生まれてにぎやかになっていることだろう。
アマリアは、そっと自分のお腹に手を当てた。
きっと、私にはもう妊娠は無理なのだわ…
初めての妊娠で死の間際まで行った自分には、二人目を願うことは難しいことはわかっていた。
そして、周りの誰もそれを望んでいないことも、アマリアの心に小さなひっかき傷を残していく。
ヘンドリックのこれまでの行為は、子供を作るためだけだったのかもしれないと気持ちは沈んでいくばかりだった。
「かーしゃ?」
開かれたドアから、コンラッドがひょっこりと顔を出していた。アマリアは喜びで笑顔になり、すぐに駆け寄った。
「コンラッド!あんよが上手になったわね!」
アマリアの向かいの部屋の子供部屋からやってきたらしいコンラッドは、アマリアを見てにこにこしている。
今日は機嫌がいいわ…よかった…
「抱っこ、させてくれる?」
アマリアが両手を差し出すと、コンラッドは両手を伸ばしてそれに応えた。アマリアが満面の笑みでコンラッドを抱き上げる。
「あぁ、こんなに大きくなって。大好きよ、コンラッド。私の愛しい子」
ぎゅうぎゅうと抱きしめると、コンラッドは腕の中できゃっきゃっと笑っていた。
「なにをしている」
冷たい声がしたのと同時に、コンラッドの乳母とハンナが部屋にやってきた。声の主はヘンドリックだった。
「旦那様、申し訳ございません。目を離した隙に」
「言い訳は聞きたくない。連れていけ。アマリア、今日は商会との打ち合わせがあるから私に同席してほしいと言っていただろう。早く準備をしなさい」
乳母がアマリアの腕からコンラッドを奪い取るように引き受けると、子供部屋へと走って戻っていった。
「今、抱いたばかりでしたのに…」
「必要ない。ハンナ、早くアマリアの支度を」
「承知致しました」
ヘンドリックは部屋を出て行ってしまった。アマリアは呆然と閉じられたドアを見つめていた。
「私…抱くことも、許されないの…?」
「奥様、お時間がなかったせいでございます。さぁ、お支度を」
ハンナに急かされ、アマリアは気の沈んだまま支度をした。
しかし、プライベートでの気持ちを引きずってはならないと、商会との打ち合わせでは夫婦共に完璧に演じきった。
交渉を成功させるための術をアマリアも着実に身に着けてきた。
公爵夫人として、誰からも後ろ指さされることはなくなった。しかし、いつまでもアマリアの心が幸福で満たされることはなかった。
アマリアは社交を中心に活動し、流行の最先端となるように様々な輸入品や領地での製品の工夫ができないかと数々のデザイナーと商会とも話し合う日々である。
社会奉仕活動はアマリアの主軸の一つでもあり、公爵夫人としての威厳を保つことにも一役買っていた。
しかし、その名誉よりも、アマリアは孤児院や救済院などで過ごす自分の時間をとても大切にしていた。どれだけ華やかな場にいても、アマリアが好むのは一人静かに本を読んだり、薬草を調合したり、子供達と遊ぶ時間を過ごすことだった。
しかし、アマリアは孤児院で子供達と過ごして、馬車で家に戻る中、いつも皮肉な自分の状況に気を落としていた。
孤児院の子供達と過ごす時間を取ることはできるのに、自分の子供であるコンラッドとの時間をほとんど取ることができないためだった。まもなく2歳になろうというコンラッドは、少しずつ言葉も覚え、様々な表情を見せるようになっている。しかし、すっかり乳母になつき、アマリアのところにはほとんど寄りつかない。それほどに会える頻度が少なかった。コンラッドの生活時間も幼子ゆえにお茶会や夜会に忙しいアマリアと調整がつかないことが多いせいだった。それでも、去年は、社交シーズンが終わって、冬になれば一緒に過ごせると思っていたが、領地のことを学ぶためと言われてヘンドリックとアマリアだけで領地に戻った。コンラッドは長距離には耐えられないだろうと諭されて、別々で過ごさざると得なかった。
これで母親といえるのかという気持ちはいつもどこかでアマリアを傷つけていたが、公爵夫人としての地位を確立するためと自分に言い聞かせて、日々を過ごしていた。
ヘンドリックとの関係も、蜜月までとは言えないが、少しずつ戻ってきているように感じていた。
晩餐はほとんど一緒にとるし、優しい言葉をかけてくれるようになった。
コンラッドの育児方針でぶつからなくなったことが大きいようにアマリアは感じていた。
しかし、夜、寝室を共にすることは、出産から2年が経とうとする今でも一度たりともなかった。
公爵邸に来てから、一人寝をしたことがなかったアマリアにとって、それは大きな変化であり、精神的な衝撃だった。
ヘンドリックが自分への関心を失ってしまったのではないか、愛人がいるのではないか、娼館に通っているのではないかと考えることも多かったが、結局どれも口にすることはできなかった。
真実を知って、更に傷つくことも怖かった。
以前のように、熱い視線で見つめられることはなくなっても、アマリアのヘンドリックへの想いは変わらなかった。変わらない以上、知らなくていいのだと、疑念を封じ込めてきた。
ふと、机の上に置いてある、瓶いっぱいの薬草茶を手に取った。メリンダから、エルザが2人目を出産したことを聞き、準備したものだった。
エルザとロビンは相変わらず仲がいいようで、長男を出産して、体が回復したらまたすぐに子供ができたと聞き、驚いたものだった。きっとスタンリール侯爵家は2人目が生まれてにぎやかになっていることだろう。
アマリアは、そっと自分のお腹に手を当てた。
きっと、私にはもう妊娠は無理なのだわ…
初めての妊娠で死の間際まで行った自分には、二人目を願うことは難しいことはわかっていた。
そして、周りの誰もそれを望んでいないことも、アマリアの心に小さなひっかき傷を残していく。
ヘンドリックのこれまでの行為は、子供を作るためだけだったのかもしれないと気持ちは沈んでいくばかりだった。
「かーしゃ?」
開かれたドアから、コンラッドがひょっこりと顔を出していた。アマリアは喜びで笑顔になり、すぐに駆け寄った。
「コンラッド!あんよが上手になったわね!」
アマリアの向かいの部屋の子供部屋からやってきたらしいコンラッドは、アマリアを見てにこにこしている。
今日は機嫌がいいわ…よかった…
「抱っこ、させてくれる?」
アマリアが両手を差し出すと、コンラッドは両手を伸ばしてそれに応えた。アマリアが満面の笑みでコンラッドを抱き上げる。
「あぁ、こんなに大きくなって。大好きよ、コンラッド。私の愛しい子」
ぎゅうぎゅうと抱きしめると、コンラッドは腕の中できゃっきゃっと笑っていた。
「なにをしている」
冷たい声がしたのと同時に、コンラッドの乳母とハンナが部屋にやってきた。声の主はヘンドリックだった。
「旦那様、申し訳ございません。目を離した隙に」
「言い訳は聞きたくない。連れていけ。アマリア、今日は商会との打ち合わせがあるから私に同席してほしいと言っていただろう。早く準備をしなさい」
乳母がアマリアの腕からコンラッドを奪い取るように引き受けると、子供部屋へと走って戻っていった。
「今、抱いたばかりでしたのに…」
「必要ない。ハンナ、早くアマリアの支度を」
「承知致しました」
ヘンドリックは部屋を出て行ってしまった。アマリアは呆然と閉じられたドアを見つめていた。
「私…抱くことも、許されないの…?」
「奥様、お時間がなかったせいでございます。さぁ、お支度を」
ハンナに急かされ、アマリアは気の沈んだまま支度をした。
しかし、プライベートでの気持ちを引きずってはならないと、商会との打ち合わせでは夫婦共に完璧に演じきった。
交渉を成功させるための術をアマリアも着実に身に着けてきた。
公爵夫人として、誰からも後ろ指さされることはなくなった。しかし、いつまでもアマリアの心が幸福で満たされることはなかった。
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