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夢の叶う日

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その日は快晴だった。雲一つない青い空の元、王都の大聖堂の奥では、アマリアとヘンドリックが今日迎える結婚式を前に最後の準備を行っていた。



アマリアが公爵邸へやってきてから1年、婚約式から半年が経っていた。

既に、これまで公爵家の女主人として働いてきたクリスティの確固たる後ろ盾を得たアマリアは、社交界でもその中心となる存在にまで成長してきていた。

公爵夫人になるための教育や、流行の学びを更に深め、その振る舞いには感嘆の声ばかりが上がる。

いくつものサロンのデザイナーから支持され、貴婦人らの羨望の的になってきた。

アマリアはそれでも決して傲慢にはならず、社交界での自分の役割を果たす一方で、孤児院の運営や様々な社会活動への参加を積極的に行っていた。その姿勢は皇室から称賛されるほどに注目されていた。

この結婚式を迎えるまでに、アマリアは「この人こそ、ヘンドリック公爵にふさわしい人物だ」と思わしめるただ一人の淑女に成長した。

誰にも後ろ指をさされることなく、賛美と称賛の中、教会の中へと一歩、一歩と歩みを進める。



見つめる先には、愛して止まないヘンドリックがいつもと変わらない優しい笑顔を浮かべていた。

ヘンドリックの心は強い満足感に満ちていた。

アマリアを手に入れると決めてから3年。それが名実ともに実現される。

誰よりも美しく、気高い、自分だけの天使がこの手の中に舞い降りる瞬間を、待ち焦がれてきた。



二人の夢が完全に重なり、叶う日がやってきた。



神父の宣誓のもとに、誓いの言葉を交わし合い、指輪を交換した。

震えるアマリアの手にそっとヘンドリックは手を添え、小さく「大丈夫、落ち着いて」とささやくと、アマリアはふわりと笑った。

この笑顔が曇ることがないように、これからの人生も歩んでいくと心に誓いを立てた。



夫婦の誓いのキスを交わす前に、見つめあった二人は、これまでの軌跡を思い起こしていた。



「私、ヘンドリック様だけを生涯愛することを誓います。誰よりも、大切な、私だけの人」



「私も誓うよ。私のこの体も心も、この身に流れる血の最後の一滴まで全ては君のためにある。これからもずっと、君だけを愛すると誓う」



ゆっくりと瞼を閉じ、二人は唇を重ねた。

割れんばかりの拍手が聖堂の中に響き続けた。





教会での宣誓式の後には、公爵邸での披露宴が行われた。

アマリアの両親は、教会では必死にこらえていた涙も、娘のそばに来た瞬間溢れた。



「おめでとう、アマリア。こんなに嬉しいことはないわ」



「おめでとう。私達の元に生まれてくれて。こんなに幸せな瞬間を味合わせてくれるなんて、本当に、ありがとう」



「お母様、お父様…」



三人は抱き合ってその感動をわかちあった。

クリスティやロビン達もやってきて、アマリアとヘンドリックの周りは更ににぎやかになった。

披露宴の間に数回ドレスを替えて、アマリアはその支度に慌ただしく過ごしたが、幸せな時間に違いはなかった。

盛大なパーティは夜まで続いたが、アマリアはヘンドリックよりも先に屋敷に下がり、夜の支度を始めた。



入浴を済ませ、いつものように丁寧にマッサージを受け、朝からの疲れを癒した。

そして、予め決めていた漆黒のドレスに身を包むと、長い髪をふわりと後ろに流し、ヘンドリックの居室に移動した。

そこには、ヘンドリックの父であるマクシミリアンから贈られた高級なワインとグラスが1つテーブルに置いてあった。

マクシミリアンは体調が優れないために結婚式には参加できなかったため、多くの贈り物をこうして公爵邸に届けてくれた。

侍女のハンナがカートを押して、居室に入ってきた。そこにはティーポットとティーカップが載せられていた。アマリアが頷くと、ハンナは紅茶を注ぎ、静かに部屋を辞した。

それからしばらくして、髪がまだ濡れたままのヘンドリックがガウン姿で現れた。



「あぁ、昼は真っ白だったのに、今夜は黒を着てくれたのかい?私の色だね。ありがとう、アマリア」



まっすぐにアマリアの元にやってくると、優しく抱き寄せてキスをした。



「お義父様がワインを贈ってくださいましたの」



「あぁ、またどうやって手に入れたんだろうね、こんなワインを」



くすっと笑ったヘンドリックが慣れた手つきでワインの栓を開ける。しかし、そこにグラスがひとつしかないことに気づき、その手を止めた。



「珍しいね、うちの者たちがこんな初歩的なことを。少し、待っていて」



ワインを置き、歩き出そうとするヘンドリックの腕をアマリアはそっとつかんだ。



「お待ちください、ヘンドリック様」



「どうした?アマリア」



「私、もうお酒を頂くことはできなくなりましたの」



ヘンドリックはその意味をすぐには理解できなかった。しかし、アマリアの輝く笑顔を見て、体に激流のような感情が押し寄せた。



「アマリア…それは…」



アマリアをまっすぐに見つめ、歩み寄ったヘンドリックの手を、そっと自分の腹部へと導いた。



「はい。ここに、私達の赤ちゃんがいるんです」



「…アマリア」



ヘンドリックは強くその細い体を抱き寄せた。何の実感もわかないのに、一筋、涙がこぼれた。



「ありがとう、ありがとう、アマリア。こんなに嬉しいことがあるだろうか」



「私も、とっても嬉しいです。今日、こうしてお伝えできてよかった…」



ヘンドリックの胸に頬を寄せるアマリアの体を抱き上げ、ゆっくりとベッドに運び、横たわらせる。

顔にかかる髪を丁寧に流してやり、その頬に手を添える。



「疲れただろう?ずっと準備をしたり、挨拶回りをしたり、きつかったんじゃないか?」



「いいえ、大丈夫です。それに、今日だけは何が何でもやり切るって決めてたんです」



「もうすっかり、君は公爵夫人になっていたんだね。その信念をいつも尊敬しているよ。でも、もう無理はしないで。何よりも自分を優先してほしい」



「ええ、わかっていますわ、ヘンドリック様」



「そして、もう私達は夫婦だ、これからはヘンドリックと呼んでくれるかい?」



目を丸くしたアマリアは、頬を染めて、一度うつむいた後、小さく頷いた。



「じゃあ、呼んでみて?」



「えっ、でも、あの…」



静かに見つめ続けるヘンドリックに根負けしたアマリアは、小さな声でささやいた。



「愛しています、ヘンドリック」



「初めての呼び捨てにそんな言葉をつけてくれるなんて、アマリアは私の心の扱いが上手くなったね」



「もうっ、そんなことおっしゃらないで」



ぷいっと横を向いたアマリアに声を上げて笑いながら、ヘンドリックはベッドの端から立ち上がると、ソファ近くに置かれていたカートの元に歩いて行った。



「ハーブティーにしたんだね。うちには優秀な薬草師がいるし、アマリア自身ももはやその域だからね、きっとお腹の子は丈夫に育つことだろう」



カートにある紅茶をアマリアの元へと運んだ。ソーサーごとそれを受け取ったアマリアは、そっと口をつけて、その香りを堪能した。



「まだまだ会えるのは先ですけど、楽しみですね」



「ああ、本当に。こんな喜びを味わう日が来るなんて、想像もしていなかったよ。ありがとう、アマリア」



アマリアの額にキスをすると、ヘンドリックはアマリアの紅茶をまたカートへと置いた。



「子供が生まれるとなると何が必要だろうか。明日、早速ソシュール達に手配させないといけないな」



「まぁ、お待ちくださいませ、ヘンドリック様。まだわかったばかりですから、そんなに早く準備をなさらなくても」



「しかし、部屋の改装もしないといけないだろう。乳母の部屋の準備もあるだろうし。それとアマリア、まだ呼び方が戻っているよ」



「あ…まだ慣れなくて…」



あれこれと思いを巡らせている様子のヘンドリックを見て、アマリアはふと笑みを浮かべた。



私、ヘンドリックのもとに嫁ぐことができて、そばにいることができて、本当によかった…



そっと、お腹に手を当てて、ふふふっと笑った。



二人の夢が叶った夜、ただただ幸せであることを分かち合いながら、しっかりと寄り添って静かに夫婦の最初の時を過ごした。
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