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一報
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婚約式を終え、招待客はしばらく滞在を楽しんだ後にそれぞれの領地や王都へと帰っていった。
アマリアも両親との別れを惜しみながら、再会を約束して離れた。
ヘンドリックとアマリアは公爵領に滞在して、領地経営や領民の生活を視察するために様々なところを見て回った。
また、エルザが後々、アマリアの専属侍女を辞めることが決まったので、その後続となる侍女を選ぶために数人の侍女がエルザの指導のもと、アマリアにつくことになった。
ヘンドリックは「まだ、エルザの域まで達してはいないのだけれど、早く実地に基づいて指導しなければいけないから」と、何かを懸念しているような表情だった。
そんな穏やかな日々が続いていたが、王都から第三皇子がお忍びで公爵領にやってくるという知らせが届き、公爵邸は騒然となった。
第三皇子はまだ15歳であり、アカデミーを来年卒業する予定だった。まだまだ、皇族としての教育はこれからだが、既に皇太子もおり、第二皇子もいるため、ゆくゆくは領地を賜って臣下に下ることを理解している分、地位にこだわらない行動を起こすことが多かった。
これには、さすがにヘンドリックもため息をつき、父マクシミリアンと話し合って、ヘンドリックが王都からこちらに向かっているという道のりを進み、出迎えることにした。
公爵家の騎士団から隊をいくつか作り、ヘンドリックは「すぐに戻る」とアマリアにキスをして、笑顔で出発した。
アマリアも、クリスティもロビンも、それをいつものように送り出した。
予定通りにいけば、皇子たちとは2日後に領地の端で落ち合い、5日後にはこの公爵邸に戻ってくるはずだった。
その間に迎賓館を磨き上げなければならないと、使用人達は意気込んでいた。
アマリアも公爵夫人になるために、お客様をお迎えするためにはという指導をクリスティから受けて、慌ただしく過ごしていた。
その2日後、騎士団の一人が早馬を走らせて血相を変えて戻ってきた。
「皇子との合流地点よりも手前の崖で落石と土砂崩れがあり、ヘンドリック様が負傷されました!」
この一報が、公爵邸に婚約式から続く華やいだ空気を一変させた。
アマリアは青ざめて、その場に倒れ込みそうになるのをエルザが支え、なんとか立てる状態だった。
ロビンはすぐに「俺の馬を用意しろ!ライル!俺はすぐに出る、おまえは後からついてこい!」と叫んで部屋を飛び出していった。
クリスティは、ただ一人落ち着いた様子で、伝令の騎士から様子を詳細に聞き取り、ヘンドリックが滞在している先に医師や薬師を呼びに人を走らせ、必要となる物資を手配するために使用人達に的確に指示を出し、大急ぎで馬車の用意をさせた。
ロビンは自分の馬で既に出発しており、ロビンの側近のライルは荷物を持ってその後に続いていた。
夕刻近くになって、その手配が終わり、医師と薬師と物資を乗せた馬車が出発した。
アマリアはただひたすらにヘンドリックの無事を祈ることしかできなかった。
食事を用意されても、部屋に閉じこもり続け、何も口にすることはなかった。
窓のそばに跪いたアマリアは涙をぽろぽろとこぼしながら、小さな声を絞り出した。
「どうか、どうか私からヘンドリック様を奪わないでください。私の命でもなんでも、お持ちください。でも、どうか、ヘンドリック様を助けて…」
一晩中、アマリアは一睡もすることなく、祈り続けた。
翌日も、騎士団からの伝令が来たが、ヘンドリックが帰ってくることはなかった。
脚を負傷して、近くの小さな街の宿屋で休んでいるということだった。そこは街と言っても崖の近くにあるため、医師や十分な治療ができる環境が揃っていなかったため、ヘンドリックは熱を出して苦しんでいるという。
クリスティが迅速に手配した者たちをこちらに戻る道中で確認したそうなので、彼らが向かえば快方に向かうだろうと言っていた。
アマリアは、自分もそこへ向かうことを主張したが、全員がそれを引き留めた。
「ロビンは、騎士団でも訓練を受けているし、道中何があっても対処できるの。でも、あなたは違うわ。あなたにまで何かあってはいけないの。ヘンドリックのことは心配なのはわかっているわ。でも、あなたはここで公爵家を守らないといけないの。辛いけれど、これだけは我慢して」
クリスティに優しく、そしてはっきりと断言され、アマリアも涙をこらえて了承した。
翌日には、公爵領内で起きたがけ崩れをそのままにしておくことはできず、編隊を組んで、騎士団や領民の中から作業に手慣れた者たちが選ばれて出発した。
再びやってきた伝令から、皇子一行はこの事故の責任を感じ、こちらにこれ以上向かうことなく、王都へ引き返したと聞かされ、使用人達に安堵の色がみえた。
今のこの状況で、皇族を迎える心の余裕がないというのが、誰しもの本音だった。
ヘンドリックの様子は、高熱や意識の混濁といった状況から、安定した状態になったと聞き、クリスティは揺れの少ない最も頑丈な馬車をヘンドリックのもとへと走らせた。
もうすぐこちらに戻る予定だと伝令が帰ってきたときには、既に2週間が経っていた。
アマリアは夜はエルザ達が出す薬草茶で眠れてはいるものの、食事が喉を通らないせいで、一回りも細くなってしまっていた。
何も手につかず、思い出したようにぽろぽろと涙をこぼしていた。しかし、誰も安易なことを言えず、ただそっとアマリアを見守ることしかできなかった。
ヘンドリックを乗せた馬車が街を出ると伝令がきたのは、事故から3週間が経った日だった。
アマリアも両親との別れを惜しみながら、再会を約束して離れた。
ヘンドリックとアマリアは公爵領に滞在して、領地経営や領民の生活を視察するために様々なところを見て回った。
また、エルザが後々、アマリアの専属侍女を辞めることが決まったので、その後続となる侍女を選ぶために数人の侍女がエルザの指導のもと、アマリアにつくことになった。
ヘンドリックは「まだ、エルザの域まで達してはいないのだけれど、早く実地に基づいて指導しなければいけないから」と、何かを懸念しているような表情だった。
そんな穏やかな日々が続いていたが、王都から第三皇子がお忍びで公爵領にやってくるという知らせが届き、公爵邸は騒然となった。
第三皇子はまだ15歳であり、アカデミーを来年卒業する予定だった。まだまだ、皇族としての教育はこれからだが、既に皇太子もおり、第二皇子もいるため、ゆくゆくは領地を賜って臣下に下ることを理解している分、地位にこだわらない行動を起こすことが多かった。
これには、さすがにヘンドリックもため息をつき、父マクシミリアンと話し合って、ヘンドリックが王都からこちらに向かっているという道のりを進み、出迎えることにした。
公爵家の騎士団から隊をいくつか作り、ヘンドリックは「すぐに戻る」とアマリアにキスをして、笑顔で出発した。
アマリアも、クリスティもロビンも、それをいつものように送り出した。
予定通りにいけば、皇子たちとは2日後に領地の端で落ち合い、5日後にはこの公爵邸に戻ってくるはずだった。
その間に迎賓館を磨き上げなければならないと、使用人達は意気込んでいた。
アマリアも公爵夫人になるために、お客様をお迎えするためにはという指導をクリスティから受けて、慌ただしく過ごしていた。
その2日後、騎士団の一人が早馬を走らせて血相を変えて戻ってきた。
「皇子との合流地点よりも手前の崖で落石と土砂崩れがあり、ヘンドリック様が負傷されました!」
この一報が、公爵邸に婚約式から続く華やいだ空気を一変させた。
アマリアは青ざめて、その場に倒れ込みそうになるのをエルザが支え、なんとか立てる状態だった。
ロビンはすぐに「俺の馬を用意しろ!ライル!俺はすぐに出る、おまえは後からついてこい!」と叫んで部屋を飛び出していった。
クリスティは、ただ一人落ち着いた様子で、伝令の騎士から様子を詳細に聞き取り、ヘンドリックが滞在している先に医師や薬師を呼びに人を走らせ、必要となる物資を手配するために使用人達に的確に指示を出し、大急ぎで馬車の用意をさせた。
ロビンは自分の馬で既に出発しており、ロビンの側近のライルは荷物を持ってその後に続いていた。
夕刻近くになって、その手配が終わり、医師と薬師と物資を乗せた馬車が出発した。
アマリアはただひたすらにヘンドリックの無事を祈ることしかできなかった。
食事を用意されても、部屋に閉じこもり続け、何も口にすることはなかった。
窓のそばに跪いたアマリアは涙をぽろぽろとこぼしながら、小さな声を絞り出した。
「どうか、どうか私からヘンドリック様を奪わないでください。私の命でもなんでも、お持ちください。でも、どうか、ヘンドリック様を助けて…」
一晩中、アマリアは一睡もすることなく、祈り続けた。
翌日も、騎士団からの伝令が来たが、ヘンドリックが帰ってくることはなかった。
脚を負傷して、近くの小さな街の宿屋で休んでいるということだった。そこは街と言っても崖の近くにあるため、医師や十分な治療ができる環境が揃っていなかったため、ヘンドリックは熱を出して苦しんでいるという。
クリスティが迅速に手配した者たちをこちらに戻る道中で確認したそうなので、彼らが向かえば快方に向かうだろうと言っていた。
アマリアは、自分もそこへ向かうことを主張したが、全員がそれを引き留めた。
「ロビンは、騎士団でも訓練を受けているし、道中何があっても対処できるの。でも、あなたは違うわ。あなたにまで何かあってはいけないの。ヘンドリックのことは心配なのはわかっているわ。でも、あなたはここで公爵家を守らないといけないの。辛いけれど、これだけは我慢して」
クリスティに優しく、そしてはっきりと断言され、アマリアも涙をこらえて了承した。
翌日には、公爵領内で起きたがけ崩れをそのままにしておくことはできず、編隊を組んで、騎士団や領民の中から作業に手慣れた者たちが選ばれて出発した。
再びやってきた伝令から、皇子一行はこの事故の責任を感じ、こちらにこれ以上向かうことなく、王都へ引き返したと聞かされ、使用人達に安堵の色がみえた。
今のこの状況で、皇族を迎える心の余裕がないというのが、誰しもの本音だった。
ヘンドリックの様子は、高熱や意識の混濁といった状況から、安定した状態になったと聞き、クリスティは揺れの少ない最も頑丈な馬車をヘンドリックのもとへと走らせた。
もうすぐこちらに戻る予定だと伝令が帰ってきたときには、既に2週間が経っていた。
アマリアは夜はエルザ達が出す薬草茶で眠れてはいるものの、食事が喉を通らないせいで、一回りも細くなってしまっていた。
何も手につかず、思い出したようにぽろぽろと涙をこぼしていた。しかし、誰も安易なことを言えず、ただそっとアマリアを見守ることしかできなかった。
ヘンドリックを乗せた馬車が街を出ると伝令がきたのは、事故から3週間が経った日だった。
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