上 下
9 / 103

閨の教育

しおりを挟む
けだるいような体の重みを感じながら、うっすら目を開けると、自分のものではない黒髪が目に入って思わず息をのんだ。

ぱちっと目を開ききると、目の前にはヘンドリック様の美しいお顔があり、もう一度びっくりして体を起こそうとしたら、私の体はしっかりとヘンドリック様の腕に抱え込まれていて身動きがとれなかった。しかも、ヘンドリック様は、上半身の健康的な肌をおしげもなくさらしてお休みになっていて、そのあまりの色香にくらくらと再び倒れ込んでしまいそうになった。



「起きた?アマリア」



「ヘンドリック様!あの、私、昨夜は、あの、これは一体…あっ」



混乱しすぎて言葉がうまく出てこないうえに、ヘンドリック様にぐいっと引き寄せられて、そのたくましい胸元に顔をうずめるように抱きしめられて、もう何も言えなくなってしまった。



「朝目を覚まして、アマリアが腕の中にいることがこんなに幸せだとは想像以上だったよ」





私が腕の中にいることを想像したことがあるのですか…と、ヘンドリック様の私への関心を少し垣間見た気がした。でも、それ以上に今の自分の状況が全く受け入れられない。一体、何が起きているのか。

私は昨日、公爵家にやってきて、ご挨拶をして、湯あみをして、気持ちのいいマッサージを受けて…



はっとそこで、気づいて顔を上げ、ヘンドリック様を見る。ヘンドリック様はまだ気持ちよさげに目をつぶったままだ。



「ヘンドリック様、私、昨日、あのまま寝てしまったのですね?!どうしましょう。クリスティ様との晩餐にご招待されていたのに」



眠たげに目を開けたヘンドリック様が、ぽんぽんと背中を優しく叩いた。



「落ち着いて、アマリア。疲れていたんだから、仕方ないよ。姉上も全く気にしておられなかった。むしろ、嬉しすぎてこんなに詰めた予定を組んで申し訳ないと言っていたよ。もう一緒に住んでいるんだから、晩餐はいつでもできるしね」



微笑みながら、ヘンドリック様は体を起こし、ベッドボードにクッションをいくつか置き直し、そこに寄りかかると私をまた引き寄せた。流れるような仕草で、私の頭をヘンドリック様の胸に押しつけ、私の頭にキスをした。

し、知らない。こんな甘い雰囲気を私は知らない。私が読んだ小説でもこんなことが書いてあったかしら、書いてあったかもしれないけれど、いざ自分の身に起きると、それは全く別物だわ、と心臓をばくばくさせながら、ヘンドリック様の腕の中で固まり続けていた。



色気が…ヘンドリック様の色気が…これを大人の妖艶さというのかしら。

頭は固定されているけれど、手をどこに置いていいのか、うかつに動くとヘンドリック様のむき出しの肌に触れてしまいそうで、恥ずかしくてとても動けない。

両腕が変に体の脇に固定されている私に気づいたのか、ヘンドリック様がふっと笑って、私の両脇に手を差し込んで、持ち上げ、なんとヘンドリック様の上にひょいと乗せてしまわれた。



「ひゃああ」



情けないほど変な声が出てしまった。



「はい、アマリアの頭はここ。体は楽にもたれて。手は背中にでもまわしていたら?」



がっちり腰に両腕を回されて、完全に固定されてしまった。

手を背中…?この状況で背中に手を回したら、ただでさえ隔てるものもないのに、体がさらにに密着してしまう…



これまでドレス姿では抱きしめられたことはあるけれど、今は寝間着だけ。コルセットもしていないし、厚いドレスで体を覆っているわけでもない。つまり、お互いの体がひっついているようなもので…

私の貧相なあれこれをヘンドリック様に押しつけるなんて、とてもできない。



「アマリアは寝顔もかわいかったけれど、やっぱりこうしてくるくる表情が変わるのを見るのが楽しいね」



「寝顔をご覧になったのですか?!」



「まぁ、アマリアをここへ運んだのは私だからね」



そう言われてはっと辺りを見回す。私のために準備された部屋ではない。天蓋付きのベッドに代わりはないが、私のお部屋にあったのは淡いクリーム色で、レースのドレープがいくつも重なっていた。

でも、ここは黒檀のベッド。天蓋は深紅だ。お部屋も落ち着いたダークブラウンの壁紙だし、随分と広い。



「ここは私の部屋だよ。初めてアマリアが来てくれた日に一人で寝るなんて嫌だったから、こちらに運んだだけ。アマリアを抱いて寝るのはとても心地が良かった」



ちゅっと音を立てて額にキスをされ、顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。

私の頬にかかる髪を美しい指で耳にかけてくださりながら、ヘンドリック様はにこりと微笑んだ。



「アマリア?公爵夫人になったら、一番大切なことはなんだと思う?」



「一番大切なことですか…?」



唐突にされた質問に、ふと考え込む。スタンリール家の後継者として教育を受けていた時は確か…



「家門を繁栄させ、守ることです!」



「はははっ。それは後継者としての大切なことだね。さすがだよ、アマリア」



言ってしまってから、確かにこれは後継者としての心構えだったと思い、夫人として大切なこと…と考えてみるもすぐには浮かんでこない。



「それはね、跡継ぎを産むことだよ。私とアマリアの子供をね」



そう言うと、私の頬にキスをして、瞳をしっかりと見つめられてしまった。

そう。そうだ、夫人になるなら、跡継ぎを産むのは義務だ。必ず果たさなければならない。しかも公爵家の跡継ぎならば、その抱える家臣や領民の数を考えても、決して途絶えさせてはならない。



「は、はい。わかっております。私、一生懸命お努めします!」



意気込みを力強く宣言したのに、ヘンドリック様は声をあげて笑って、私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。



「頑張るのは私のほうなんだけれど、そうだね、アマリアにはまず私に触れられることに慣れてもらわないといけない。そして、私にも遠慮なく触れられるようにならないといけない」



簡単に頑張る!と宣言したものの、頬や額のキスだけでぽーっとなってしまうし、ヘンドリック様の美しい肌にこうして触れているだけでも心臓の鼓動が激しくなるのに、これにどうやって慣れるというのだろう。



「アマリアは閨の教育を受けたのかな?」



「閨…ですか?」



意味することは、わかる。つまり、夫婦としての、男女の触れ合いのことだ。

恥ずかしくて、両手で顔を覆ってしまう。



「あ、あの、家庭教師の方には教えていただいてないのですけど、その本で…少し」



「本?どんな本を読んだの?」



「あの…えっと…『木漏れ日の中で』とか『薔薇の花束』など…です」



スタンリール家の侍女たちが教えてくれて読んだ恋愛小説を挙げる。なんだか、とても恥ずかしい。



「あぁ、なるほど。ははっ。アマリアは騎士に憧れていたの?それとも王子様に薔薇の花束を贈られたかった?」



「いえっ、ちがいますっ。私の侍女たちが、好きで、よく話していて、それで、少し…」



「いいんだよ、かわいいアマリア。君が読んで楽しむにはちょうどいい本だと思う。アマリアの教育は姉上が担当するけれど、閨の教育だけは私が直接する」



「えっ?」



「私以外の男と触れ合うことはないのだから、私以外のことなんて知る必要はないだろう?」



そ…そういうものなのだろうか。そもそも閨の教育が何をするのかもよくわかっていないので、なんとも言えないのだけれど、ヘンドリック様がそうおっしゃるのなら、そうなのだろう。



「はい、わかりました。その、閨の教育では、私は何をすればいいのでしょうか」



「私に触れられることに慣れること、私に触れることに慣れること。そして、これを受け入れられるようになることだよ」



低い声でささやき、私の手にそっとその大きな手を添えて、ヘンドリック様のお腹の少しした辺りへと誘導された。

私の下腹部にずっと当たっていた温かいものにトラウザーズ越しに触れた。



「…?これは…?」



温かいと思っていたが、触ってみると熱いほどの、何か固くて大きいものがそこにはあった。

ヘンドリック様の手がそれを握りこむように私の手を包んだ。私の手にはようやく収まる大きさのものだ。



「これをアマリアの中にいれて、子種を中で受け入れてもらわないと子供はできないんだよ」



「ええっ。こ、こんな大きなもの、どこに入れるというのですか?」



「女性が子供を産む場所だよ。アマリアも月の障りのときに出血するところがあるだろう?あそこだよ」



絶句。本当に衝撃を受けたときは、声も出ないのだと実感した。

月の障りの時、いったいどこからこんなに血が出るのだろうかとは常々思っていたが、ヘンドリック様のこれを入れられるほどのものだっただろうか。自分の体なのに、全然わからない。



「大丈夫。これから毎日、解すから。少しも怖いことはないよ」



解す?昨夜受けたような心地よいマッサージのことだろうか。それを直接ヘンドリック様から受けるのだろうか。もうわからないことばかりで頭が追いつかない。



まだ、ヘンドリック様の熱いものを握りしめたままの姿勢で固まっていると、ノックの音が聞こえた。



「なんだ」



短くヘンドリック様が応えると、扉の向こうから返事がきた。



「旦那様、お目覚めでいらっしゃいますでしょうか。お食事のご用意できております。奥様の身支度は奥様のお部屋にて侍女が控えております」



「ああ、すぐ行く」



ヘンドリック様はすっと体を起こすと私をもう一度ぎゅっと抱きしめ、ベッドから下ろしてくださった。



「ゆっくり準備するといい。私は今日は王宮に行かなければならないから、戻るのは夜になるよ。姉上と楽しく過ごすといい」



「はい、ありがとうございます」



礼をして、私の部屋につながる扉を開けると、エルザと数人の侍女がカートに朝の支度の洗面器や水差しを準備して待っていた。

数人がかりで朝の支度をされ、公爵家で準備してくださっていた淡いブルーのドレスを着た。裾にいくにつれて色が濃くなる美しいグラデーションだった。胸元には大きなオニキスのブローチがアクセントでついている。

ふと、左手の指輪に触れる。まるで、この指輪のようなドレス…と一人で感動していた。



支度が終わったとき、既に食事を終えていたヘンドリック様がお出かけになるところだった。

急いでお見送りに行くと、嬉しそうに微笑んで、私をぎゅっと抱きしめて、額にキスをしてくださった。

にこっと微笑み返し、ふとヘンドリック様のトラウザーズに目をやり、思い浮かんだことをそのまま口にした。



「ヘンドリック様、あれはどこにしまわれたのですか?お着替えなさるときに窮屈かもしれないと思ってはいたのですけれど、こうして見ると全然窮屈ではなさそうですのね?」



一瞬、美しい黒い目が大きく開かれて、すぐに優しげに細められた。

そして、私の耳元に口を寄せて、そっとささやかれた。



「どこにしまったのかは、また今夜、ゆっくり教えてあげるからね、アマリア」



それがとても色っぽく感じて、体がぞわぞわとしてしまった。



「は、はい、お待ちしております。お気をつけていってらっしゃいませ」



それだけをようやく口にすると、赤くなってしまったであろう頬をおさえて、ヘンドリック様の馬車が走り去るのを見届けた。



エルザに声をかけられ、中へと戻る。

公爵家にやってきて、初めての朝は、既に初めてのことがたくさんあり過ぎて、このまま公爵家で1日を過ごすうちに私は知恵熱で倒れてしまうのではないか、そしてヘンドリック様が戻られた夜はどのようなことになるのか、心配でならなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...