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公爵邸へ
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アルバートン公爵から正式に求婚され、三日後に迎えに来ると決まってからのスタンリール家は慌ただしかった。
アマリアの持参するものの整理と同時に、同伴する侍女のケイシーも荷造りをしながら、アマリアを心配する両親からの教えを書き留めたり、あれこれと買い足したりとしていたためだった。
しかし、三日後の朝、アルバートン公爵の迎えが到着する前に急ぎの知らせがスタンリール家に届いた。
それは、ケイシーの実家からで、ケイシーの結婚相手が決まったから急ぎ帰ってきてほしいというものだった。寝耳に水のことに、ケイシーはもちろんスタンリール家の者たちも騒然となった。
ミリアリアがその手紙をケイシーから受け取り、改めて内容を確認した。
「まあ、お相手はバルク国でも有名なマトル商会の次男の方なのね。兄弟で商会を運営されているなら、ケイシーの嫁ぐ先も裕福でしょうね。なんてよい縁談なんでしょう。おめでとう、ケイシー」
「は、はい、ありがとうございます、奥様。でも…私はアマリアお嬢様と公爵家へ…」
「そんな、ケイシー、だめよ。私についてきてしまっては、この縁談が流れてしまうかもしれないわ。急ぎ帰ってくるようにとのことだもの、お相手も何が事情があるのかもしれないでしょう?」
「でも、お嬢様がお一人でいらっしゃるなんて、心配で」
ケイシーが話していると、にわかに屋敷が騒がしくなる。アマリアは、ヘンドリックが到着したのだと気づき、慌てて玄関ホールへと向かった。その後に、ケイシーも複雑な表情で続いた。
玄関ホールには予想通り、アルバートンが数人の使用人を従えて立っていた。アマリアの姿を見つけると、目を細めて、微笑んだ。
「おはよう、アマリア。約束通り、迎えに来たよ」
「ヘンドリック様、わざわざいらっしゃってくださるなんて。ありがとうございます」
アマリアが同じように微笑みながら近づくと、ヘンドリックはそっと抱き寄せて額にキスをした。
まだ婚約者としての触れ合いに慣れないアマリアはぎくしゃくと視線を落とし、少しだけ背に回した手に力を込めた。
「私の大切な婚約者を迎える日だ。私が来ないことにはね。私はそんなに薄情者ではないよ?」
いたずらっぽく笑うヘンドリックに、アマリアもつられてふっと笑う。
「荷物は私の使用人たちが運ぶよ。アマリアは馬車に、あとは荷馬車を持ってきたからそちらに載せてもらおうね」
「あの、それが、少し事情が変わってしまって」
「うん?どうしたんだい?」
ヘンドリックがアマリアの腰に手を添えて、顔をのぞきこむと、アマリアは少し言いづらそうに声を小さくして話し始めた。
「彼女は私に同伴する予定だったケイシーです。でも、先ほど、彼女の家から婚姻の知らせが届いて、その、一緒には行けなくなってしまって」
「…そうか。彼女は君付きの侍女だったね。公爵家に来られないことはとても残念だけど、ひとまず祝福させてほしい。おめでとう。アマリアがこれまでお世話になったんだ、私からも何か贈り物をさせてもらおう」
ヘンドリックが声をかけると、ケイシーは顔を真っ赤にして、深々と頭を下げた。
「と、とんでもございません、公爵様。お嬢様が公爵家にいらっしゃる日に私の都合など、お気になさらなくて大丈夫です。私はお嬢様付きの侍女です。結婚できなくとも、お嬢様にお仕えいたします」
「だめよ、ケイシー。そんなことはさせられないわ。今まで一生懸命に仕えてくれたのだもの。いつか結婚することも夢見ていたでしょう?私のことはいいから、急いでご実家に帰るのよ?」
「お嬢様…」
やり取りを見ていたエドワードとミリアリアがそっと近づき、ヘンドリックに挨拶をして、ケイシーに声をかける。
「そうよ、ケイシー。今までアマリアのために本当にありがとう。領地から王都まで何年もずっと仕えてくれて、あなたも家族の一員だったわ。今日は娘が二人も嫁ぐような気持ちね」
ミリアリアがそっとケイシーの肩を抱く。ケイシーの目は涙でいっぱいだった。
「今日、公爵様のところへ行くように荷造りもしていたことだし、あなたの分を持ってご実家に帰りなさい。これも思し召しなのよ、きっと」
「奥様…私にまでそのような温かいお言葉を…ありがとうございます」
ぽろぽろと涙をこぼすケイシーを見つめながら、アマリアも感極まっていた。ケイシーに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめ合う。
「ああ、ケイシー。必ず手紙を頂戴。私もケイシーに必ず手紙を書くわ。あなたが私に仕えてくれたこと、絶対に忘れないわ。私は大丈夫。心細いなんてこと、言っていられない。私は強くならなければならないのだもの」
「お嬢様、私こそ、お嬢様にお仕えできたこと、心より誇りに思います」
涙をこぼしながら、二人が抱き合う様子を、周りの者たちが目を潤ませながら見つめていた。
ヘンドリックがそばに控えていた使用人に声をかけ、何か話すとアマリアに向き直った。
「では、ケイシー嬢は公爵家の馬車でお送りしよう。我が家への使いを出したから、馬車がすぐに来るだろう。スタンリールの領地までは数日かかるだろう?少しでも快適な旅をしてほしいからね」
「公爵様、そんな、私には恐れ多くて」
「馬車を出すことぐらい、私たちにはどうってことないよ。ささやかなお祝いだから、気にしないで」
ヘンドリックがにこりと微笑むと、アマリアは両手を胸の前で組み、感謝の気持ちでじっとヘンドリックを見上げた。
「ありがとうございます、ヘンドリック様。何から何まで、私たちのためにお心を砕いてくださって。私、必ず御恩返しをいたします」
「ははっ、大袈裟だよ、アマリア。それに、君が我が家に嫁いできてくれることが一番の恩返しというか、私への褒美だから」
アマリアははしたないとわかっていたが、湧きあがる気持ちを抑えきれず、ヘンドリックの胸に飛び込んだ。ヘンドリックはその春風のような衝撃を温かい胸で受け止めた。
「ありがとう、ありがとうございます」
「かわいいアマリア。君の願うことはなんでも叶えてあげるよ」
どこまでも甘い言葉をささやいてくれるヘンドリックに抱きしめられながら、アマリアは自身に次々に起きる幸せな出来事に感謝を捧げていた。
やがて、慌ただしく時が経ち、ケイシーの荷物は除いて、アマリアが公爵家に持っていく予定だった荷物は全て積み込まれ、アマリアは両親にしばしの別れを告げて、涙ぐみつつ公爵家の馬車に乗り込んだ。
これから始まるであろう、新しい生活に期待を寄せつつ、この身に務まるかという一抹の不安を抱いていた。
しかし、隣に座るヘンドリックの優しいまなざしと温かく包んでくれる腕のぬくもりにその不安も少しだけ和らぎ始めていた。
アマリアの持参するものの整理と同時に、同伴する侍女のケイシーも荷造りをしながら、アマリアを心配する両親からの教えを書き留めたり、あれこれと買い足したりとしていたためだった。
しかし、三日後の朝、アルバートン公爵の迎えが到着する前に急ぎの知らせがスタンリール家に届いた。
それは、ケイシーの実家からで、ケイシーの結婚相手が決まったから急ぎ帰ってきてほしいというものだった。寝耳に水のことに、ケイシーはもちろんスタンリール家の者たちも騒然となった。
ミリアリアがその手紙をケイシーから受け取り、改めて内容を確認した。
「まあ、お相手はバルク国でも有名なマトル商会の次男の方なのね。兄弟で商会を運営されているなら、ケイシーの嫁ぐ先も裕福でしょうね。なんてよい縁談なんでしょう。おめでとう、ケイシー」
「は、はい、ありがとうございます、奥様。でも…私はアマリアお嬢様と公爵家へ…」
「そんな、ケイシー、だめよ。私についてきてしまっては、この縁談が流れてしまうかもしれないわ。急ぎ帰ってくるようにとのことだもの、お相手も何が事情があるのかもしれないでしょう?」
「でも、お嬢様がお一人でいらっしゃるなんて、心配で」
ケイシーが話していると、にわかに屋敷が騒がしくなる。アマリアは、ヘンドリックが到着したのだと気づき、慌てて玄関ホールへと向かった。その後に、ケイシーも複雑な表情で続いた。
玄関ホールには予想通り、アルバートンが数人の使用人を従えて立っていた。アマリアの姿を見つけると、目を細めて、微笑んだ。
「おはよう、アマリア。約束通り、迎えに来たよ」
「ヘンドリック様、わざわざいらっしゃってくださるなんて。ありがとうございます」
アマリアが同じように微笑みながら近づくと、ヘンドリックはそっと抱き寄せて額にキスをした。
まだ婚約者としての触れ合いに慣れないアマリアはぎくしゃくと視線を落とし、少しだけ背に回した手に力を込めた。
「私の大切な婚約者を迎える日だ。私が来ないことにはね。私はそんなに薄情者ではないよ?」
いたずらっぽく笑うヘンドリックに、アマリアもつられてふっと笑う。
「荷物は私の使用人たちが運ぶよ。アマリアは馬車に、あとは荷馬車を持ってきたからそちらに載せてもらおうね」
「あの、それが、少し事情が変わってしまって」
「うん?どうしたんだい?」
ヘンドリックがアマリアの腰に手を添えて、顔をのぞきこむと、アマリアは少し言いづらそうに声を小さくして話し始めた。
「彼女は私に同伴する予定だったケイシーです。でも、先ほど、彼女の家から婚姻の知らせが届いて、その、一緒には行けなくなってしまって」
「…そうか。彼女は君付きの侍女だったね。公爵家に来られないことはとても残念だけど、ひとまず祝福させてほしい。おめでとう。アマリアがこれまでお世話になったんだ、私からも何か贈り物をさせてもらおう」
ヘンドリックが声をかけると、ケイシーは顔を真っ赤にして、深々と頭を下げた。
「と、とんでもございません、公爵様。お嬢様が公爵家にいらっしゃる日に私の都合など、お気になさらなくて大丈夫です。私はお嬢様付きの侍女です。結婚できなくとも、お嬢様にお仕えいたします」
「だめよ、ケイシー。そんなことはさせられないわ。今まで一生懸命に仕えてくれたのだもの。いつか結婚することも夢見ていたでしょう?私のことはいいから、急いでご実家に帰るのよ?」
「お嬢様…」
やり取りを見ていたエドワードとミリアリアがそっと近づき、ヘンドリックに挨拶をして、ケイシーに声をかける。
「そうよ、ケイシー。今までアマリアのために本当にありがとう。領地から王都まで何年もずっと仕えてくれて、あなたも家族の一員だったわ。今日は娘が二人も嫁ぐような気持ちね」
ミリアリアがそっとケイシーの肩を抱く。ケイシーの目は涙でいっぱいだった。
「今日、公爵様のところへ行くように荷造りもしていたことだし、あなたの分を持ってご実家に帰りなさい。これも思し召しなのよ、きっと」
「奥様…私にまでそのような温かいお言葉を…ありがとうございます」
ぽろぽろと涙をこぼすケイシーを見つめながら、アマリアも感極まっていた。ケイシーに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめ合う。
「ああ、ケイシー。必ず手紙を頂戴。私もケイシーに必ず手紙を書くわ。あなたが私に仕えてくれたこと、絶対に忘れないわ。私は大丈夫。心細いなんてこと、言っていられない。私は強くならなければならないのだもの」
「お嬢様、私こそ、お嬢様にお仕えできたこと、心より誇りに思います」
涙をこぼしながら、二人が抱き合う様子を、周りの者たちが目を潤ませながら見つめていた。
ヘンドリックがそばに控えていた使用人に声をかけ、何か話すとアマリアに向き直った。
「では、ケイシー嬢は公爵家の馬車でお送りしよう。我が家への使いを出したから、馬車がすぐに来るだろう。スタンリールの領地までは数日かかるだろう?少しでも快適な旅をしてほしいからね」
「公爵様、そんな、私には恐れ多くて」
「馬車を出すことぐらい、私たちにはどうってことないよ。ささやかなお祝いだから、気にしないで」
ヘンドリックがにこりと微笑むと、アマリアは両手を胸の前で組み、感謝の気持ちでじっとヘンドリックを見上げた。
「ありがとうございます、ヘンドリック様。何から何まで、私たちのためにお心を砕いてくださって。私、必ず御恩返しをいたします」
「ははっ、大袈裟だよ、アマリア。それに、君が我が家に嫁いできてくれることが一番の恩返しというか、私への褒美だから」
アマリアははしたないとわかっていたが、湧きあがる気持ちを抑えきれず、ヘンドリックの胸に飛び込んだ。ヘンドリックはその春風のような衝撃を温かい胸で受け止めた。
「ありがとう、ありがとうございます」
「かわいいアマリア。君の願うことはなんでも叶えてあげるよ」
どこまでも甘い言葉をささやいてくれるヘンドリックに抱きしめられながら、アマリアは自身に次々に起きる幸せな出来事に感謝を捧げていた。
やがて、慌ただしく時が経ち、ケイシーの荷物は除いて、アマリアが公爵家に持っていく予定だった荷物は全て積み込まれ、アマリアは両親にしばしの別れを告げて、涙ぐみつつ公爵家の馬車に乗り込んだ。
これから始まるであろう、新しい生活に期待を寄せつつ、この身に務まるかという一抹の不安を抱いていた。
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