どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

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はじまり 社交デビューの夜

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アマリア・スタンリールが、自分が世間から「名ばかり侯爵の娘」と揶揄されていることを知ったのは、社交デビューの日だった。
煌びやかな夜会のホールにうっとりとできたのは、一瞬のことで、くすくすと含み笑いの声や突き刺さる視線を一歩、一歩と進むたびに感じずにはいられなかったからだ。
エスコートをしてくれているのは、父のエドワードだ。きっと父もこの苦しい状況に歯噛みしているに違いない。

アマリアの父、エドワードはスタンリール侯爵という地位を持ちながらも、先代である祖父には遠く及ばないといつも非難されている。しかも、エドワードは先代の一人娘であったアマリアの母、ミリアリアに婿入りした身であり、没落寸前だったしがない男爵だったエドワードの一家では、幼い頃からの英才教育など受けてこなかった。デビューの日の夜会で、エドワードに入れ込んだミリアリアが「エドワードと結婚できないなら修道院に入る!」と散々な駄々をこねた末の結婚だったのだ。
領地経営は未だに先代から指摘を受けることばかりで、先代から仕えている執事なしでは立ち行けないとさえ言われている。世間では嘲笑の対象であり、それを隠しもしない。スタンリール侯爵家はもはや「名ばかり侯爵」と言われて久しいのだ。

しかし、その一方、そこまで人々の耳目を惹きつけるだけの美貌をスタンリール侯爵家は持ち合わせていた。
母、ミリアリアは侯爵家の一人娘であるだけで社交界では社交デビュー前から噂に上っていた。
そして、社交デビューの日、その美しさに誰もが目を奪われたのだ。金髪碧眼、透き通るような白い肌にバラのように薄く色づく頬、朱色の唇はぷるぷるとみずみずしく、16歳の可憐な胸元はみずみずしく輝いており、そこから続く折れそうに華奢な腰、そこから膨らむ腰への曲線美に誰もが吐息をもらした。先代は誇らしげに胸を張り、侯爵家が好んで身に着ける青と白を基調としたドレスを身にまとう娘をエスコートしていた。


そして、現在、誇らしげなデビューとは到底言えないアマリアの社交デビューをエスコートするエドワードは、緊張のあまり小刻みに震えだした娘アマリアの手をそっと包み込んだ。
泣きそうに歪んでいた母親譲りの碧眼を温かく見つめ「大丈夫だよ」と優しく声をかける。

「ミリーのデビューの日もね、そのあまりの美しさに歯噛みした人たちがこぞって色々なことを口にしたものだよ。ミリーにはかなわないってわかっていたからね。嫉妬は人の口を軽くするんだよ。気にしない気にしない」

「はい、お父様」

ふわっと微笑むアマリアに幾人もの紳士が息をのむ。

アマリアもまた、スタンリール侯爵家の血をしっかりと引き継いだ美しい少女だった。
スタンリールの証とさえ言われる、金髪碧眼。白い肌。
そして、代々強すぎると言われていた性格は、父エドワードの柔らかさを受け継ぎ、控えめで、儚げでさえあった。
男の欲望をそのまま具現化したような存在に、突き刺さるような視線はさらに鋭さを増していく。
うつむきがちに歩くアマリアを支えながら、エドワードはその視線にさらされる娘がかわいそうでならなかった。

「お父様?今夜はお父様とだけ踊るのでは、やっぱりだめなの…?」

「うーん、そうだね。デビューの夜とはいえ、父とだけというのはね…」

「でも、私…こわくて…」

青い瞳がすぐに涙でいっぱいになってしまう。そっと拭いながら、震える肩をさすってやる。
アマリアのダンスは完璧だ。ミリアリアから直接指導を受け続けてきたのだから。きっと目をつぶっていでもステップを間違うことはない。それだけの淑女教育をアマリアはこなしてきた。
でも、それ以上に好奇の目で見られることが怖くてならないのだ。アマリアもまた一人娘であり、厳しい先代からでさえ溺愛され、父母からも愛され、使用人たちからも慕われ、家庭教師に温かく成長を見守られてきた。優しい大人に包まれ、同年代との関わりをほとんど持つことなく、領地にある広大な屋敷からほとんど出ることなく育ったアマリアには晴れやかなデビューの日は嫌で嫌でたまらない日でもあったのだ。

「私、ずっとお父様とお母様のもとにいたい。お嫁にも行きたくない」

「ははっ。父親としては嬉しいけど、ミリーはきっと許してくれないんじゃないかな?家を出るときだって言われたろう?素敵な人を見つけなさいねって」

「ちがうわ。お父様のような素敵な人を見つけなさいねって言われたのよ」

「そうだったね。私はミリーに見つけてもらったんだよ。今でもこうして愛されていて幸せだ。そして、こんなにかわいい娘まで授けてくれて、もう何も不満なんてないよ」

エドワードはそっとアマリアの頬にキスをする。青白くなっていた頬に少しだけ赤みが出た。
アマリアは人目もはばからずエドワードに抱きつく。
エドワードもそっとその背に手をそえて、落ち着くように撫でてくれている。

「でも、アマリアが社交の場を嫌いになったら困るから、今夜は一曲踊ったら、休憩室で休んでいようか。頃合いを見て、帰ることにしよう」

「本当に、お父様っ」

ぱっと嬉しそうに顔を上げたアマリアに苦笑しつつ、そっと手を差し出してエスコートを続ける。

「でも、必要な方々への挨拶はしないといけないからね」

「はいっ、わかりました」

ようやく満面の微笑みを見せてくれた娘にエドワードも満足気に頷いていた。

エドワードに手を添えながら、アマリアは長身の父の横顔をそっと見上げる。

お父様、お母様が見つけたのはお父様ただ一人なんですよ。あんなに美しいお母様が心惹かれたのはお父様だけ。

アマリアは控えめで優しい父が大好きだった。人々は嘲笑の対象にするけれど、エドワードもまた人の目を引かずにはいられない美貌の持ち主でもあった。
すらりとした長身、茶色の髪は年を重ねるごとにその深みを増していく。髪と同じ茶色の瞳はいつでも慈愛に満ちていた。その美貌とは対極に、幼い頃から領民と共に農作や盗賊退治にさえ駆り出されていたため、体は騎士のように鍛え上げられている。
没落寸前の男爵家だった父は、社交デビューさえ危うかった。それを親類縁者が「きっと最後の社交の日」となけなしのお金をはたいて、型落ちではあったものの正装一式を用意してくれた。そして、その好意を無下にできずに参加した夜会で、エドワードはミリアリアに出会った。
社交の華であったミリアリアが、うんざりしてバルコニーに出たときに、先客として涼んでいたのがエドワードだった。
社交どころか、貴族としての嗜みさえ知らないエドワードは、ミリアリアのことなど知るよしもなかった。

「あぁ、君も休みに?どうぞ、私はもう失礼するから」

普段通りに声をかけただけだった。それがミリアリアの心を強く揺さぶった。

「お待ちになって」

ミリアリアの横を通り過ぎようとしていたエドワードを引き留め、バルコニーで他愛ない話をして過ごした。


それが、父と母の始まりだったそう。母が繰り返し話して聞かせてくれた。
欲のない父だから、母は惹かれた。

私のような、醜聞の家門の娘に、跡取りになりたいという欲目もなく、私自身に興味を持ってくれる方がいるなんて到底思えない。
お母様のような人を見抜く力さえ、私にはないのだもの…
それに…お母様のようにはお胸も大きくならなかったし…
視線を落とすと、ギリギリ平らではないだけの自分の胸を見ては落ち込む。
お母様と並ぶと姉妹のようって言われるけれど、私、いつになったらお母様のようになれるのかしら。
お父様と出会ったときはお母様はもうお胸は大きかったのかしら…お父様に聞いたら教えてくれるかしら…

アマリアは父母のような運命的な出会いに憧れながらも、それが非現実的であることも理解できていた。
そして、自分が至らないところばかりで、優しく包んでくれるのは周りにいる大人ばかりということも薄々気づいていた。それが今夜確信に変わっただけだ。


あぁ、帰りたい。もうずっとお屋敷にこもっていたい。


必死に覚えた貴族名鑑を頭の中で広げながら、挨拶周りとしているアマリアには、「帰りたい」以外のことは何も浮かんではこなかった。


そして、そのアマリアをじっと張り付くように見つめている存在にも当然、気づくことはなかった。
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