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家宝
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挨拶の後は家族みんなで談笑して、当たり障りのない話をした。
結婚とは言っても、別にすぐすぐというわけじゃないからと言ったら、弦哉が「なんだ、兄ちゃんが玲奈さん盗られないように先手打ったって感じか」と言ってきた。図星でもあるせいできつくたしなめることもできなかった。
そうこうしていたら、なぜか上機嫌のままの父さんが部屋の奥から家族のアルバムを取り出してきた。
「これが達哉の…」
と自慢げに玲奈さんの前に広げている。
「父さん!!」
せっかく部屋で卒アルを見せるのを必死に阻止したっていうのに、なんでそんなものを披露してんだ!!
「わぁーかわいい」
玲奈さんがにこにこしながら父さんが説明するのを聞いている。閉じたい。取り上げたい。
しかし、玲奈さんが俺の脚にそっと手を置いて、動いちゃだめと制止をかけている。くっ…。
「もおー、それならこっちの大会で優勝したときのを見せないとー」
母さんまで調子に乗って、別のアルバムを持ってきた。
「これはね、達哉が高校生のときに県大会で優勝したときなの」
誇らしげにアルバムをでーんと広げられてしまった。
「道着…学ラン…」
玲奈さんがぼそっと小さく聞こえるか聞こえないかぐらいで言ったのを俺は聞き逃さなかった。
「達哉はね、ずっと柔道をしてたんだけど、なかなか優勝できなくて悔しい思いをたくさんしてきたの…」
母さんが朗々と俺の武勇伝を語り始めたんだが、玲奈さんはそれにうんうんと頷きつつ、完璧なまでの美しい微笑みを浮かべながら、瞬きもせずに俺の写真を凝視している。
一体何を…。もしかして…写真を脳に焼き付けて…いる…?
透視でもせんばかりに食い入るように見ているので、何か自分を丸裸にされているような錯覚が起きて背筋がぞくっとした。
な、なにが起きているんだ…
「お、おわりにしましょう。俺達、明日もあるから、今日はこれで帰るから。今日は突然で悪かったけど、今度から玲奈さんも一緒に来るときはちゃんと言うから。じゃあね」
まだアルバムを見ようとする玲奈さんの腕をそっとつかんで「玲奈さん」と声をかけた。
ちょっと不満げにむうと口元が膨らんでいる。
「もう帰るの?夕飯は?」
「母さんも今から準備じゃ大変だろ?次もあるから。今日は挨拶だけしに来ただけだから。引っ越すことも言っとこうって思っただけ」
「すみません、突然お邪魔したのに長居してしまって。ありがとうございました」
「えっ、ほんとにこれで帰るの?」
弦哉がぽかんとしている。あんだけツンケンしてたくせに帰るってなると名残惜しそうにするんだよな、こいつは。
「また、ゆっくり帰れるときは連絡するからさ」
「兄ちゃん、俺、引っ越したら遊びに行きたい」
「………」
俺があからさまに嫌そうな顔をしていたのを俊哉も弦哉も見逃さず、しゅーんとなっていた。
「どうぞどうぞ、いつでも遊びに来てください。達哉さんも喜びます!」
「いや、俺は全然」
「あざーす!」
俺の家のはずなのに、俺がすっかり置いてけぼりなのはなぜだろうか。
見送りは玄関まででいいと断って、俺はどっと疲れが出た体をのしのしと歩かせながら、隣を楚々と歩いている玲奈さんを見た。
なんか…とても…良い顔をされている…なぁ…
いつもの見惚れるという感じより、どこか違和感があって、ちょっと背筋がぞくぞくしている。
そして、車に乗り、シートベルトをしめるなり玲奈さんが俺に言った。
「くまちゃん、ホテルに行く前にドラッグストア寄って!コンドーム買おう!私、今日できる気がする!」
ぐきっ
首が折れるかと思うほど盛大に音を立てて玲奈さんのほうを見た。
玲奈さんがうんうんと俺をしっかりと見て頷くなり、スマホで近くのドラッグストアを検索し始めた。
「いやいやいや、玲奈さん?」
「この勢いのままやってしまおう!ね!そうしよう!やれそうなときにやっとこう!」
いや、そんな、今日できることは今日やろうみたいな仕事の名言じゃないんですから…
「一体なにが玲奈さんを…」
思わず心の声が漏れてしまった。すると玲奈さんは宙を見つめながらうっとりと言った。
「くまちゃんの高校時代の写真すっごくよかったね。初々しくて。かわいかったぁ」
…高校の時既に180を超えていたし、柔道全盛期で高校生らしからぬでかさだったと思ったが、かわいらしい…?
玲奈さんの感覚はやはりずれているのではないだろうか…
「学ランとか、なんか写真撮られるの嫌そうな顔とか、試合の真摯な表情とか、組み合っててちらっと見える素肌とか…最高だったね!」
ちょっと最後のほうがあやしかったけど、玲奈さんはアルバムを全て覚えているかのように、あの写真のどこかどうとか、あっちの写真の俺がどうとか話し始めてしまった。
やっぱりあの時目に焼き付けてたんだな…
「いつかあのアルバムを貰い受けたい…。くまちゃん、あれ複製して持ってこれない?アルバムめくるのを動画で撮るのとかどうかな。ぜひ手元に置いておいて、いつでも見返したい」
「参考書じゃないんで、見返すとかいらないです。あんなものこの世に1つで十分です。いりません」
「でも、災害とか火事とかもしものことがあって無くなっちゃったらどうするの?バックアップは大切だよ?」
「…あれは無くなっても大丈夫です」
「…わかった」
これは絶対納得していない。今度俺の母親にでもアルバムのバックアップのために~とかなんとか言って動画を撮るに違いない!一度、玲奈さんなしで家に帰ってアルバム類を段ボールに詰めてどこか奥にしまってしまおう。
隣で妄想モードに入ったのか口元に微笑を浮かべながら前を向いている玲奈さんをちらっと見て、ホテルに帰る予定だったけれど、ご希望のドラッグストアに寄るべきかどうか、久々に訪れた触れあいの可能性に心がざわついていた。
結婚とは言っても、別にすぐすぐというわけじゃないからと言ったら、弦哉が「なんだ、兄ちゃんが玲奈さん盗られないように先手打ったって感じか」と言ってきた。図星でもあるせいできつくたしなめることもできなかった。
そうこうしていたら、なぜか上機嫌のままの父さんが部屋の奥から家族のアルバムを取り出してきた。
「これが達哉の…」
と自慢げに玲奈さんの前に広げている。
「父さん!!」
せっかく部屋で卒アルを見せるのを必死に阻止したっていうのに、なんでそんなものを披露してんだ!!
「わぁーかわいい」
玲奈さんがにこにこしながら父さんが説明するのを聞いている。閉じたい。取り上げたい。
しかし、玲奈さんが俺の脚にそっと手を置いて、動いちゃだめと制止をかけている。くっ…。
「もおー、それならこっちの大会で優勝したときのを見せないとー」
母さんまで調子に乗って、別のアルバムを持ってきた。
「これはね、達哉が高校生のときに県大会で優勝したときなの」
誇らしげにアルバムをでーんと広げられてしまった。
「道着…学ラン…」
玲奈さんがぼそっと小さく聞こえるか聞こえないかぐらいで言ったのを俺は聞き逃さなかった。
「達哉はね、ずっと柔道をしてたんだけど、なかなか優勝できなくて悔しい思いをたくさんしてきたの…」
母さんが朗々と俺の武勇伝を語り始めたんだが、玲奈さんはそれにうんうんと頷きつつ、完璧なまでの美しい微笑みを浮かべながら、瞬きもせずに俺の写真を凝視している。
一体何を…。もしかして…写真を脳に焼き付けて…いる…?
透視でもせんばかりに食い入るように見ているので、何か自分を丸裸にされているような錯覚が起きて背筋がぞくっとした。
な、なにが起きているんだ…
「お、おわりにしましょう。俺達、明日もあるから、今日はこれで帰るから。今日は突然で悪かったけど、今度から玲奈さんも一緒に来るときはちゃんと言うから。じゃあね」
まだアルバムを見ようとする玲奈さんの腕をそっとつかんで「玲奈さん」と声をかけた。
ちょっと不満げにむうと口元が膨らんでいる。
「もう帰るの?夕飯は?」
「母さんも今から準備じゃ大変だろ?次もあるから。今日は挨拶だけしに来ただけだから。引っ越すことも言っとこうって思っただけ」
「すみません、突然お邪魔したのに長居してしまって。ありがとうございました」
「えっ、ほんとにこれで帰るの?」
弦哉がぽかんとしている。あんだけツンケンしてたくせに帰るってなると名残惜しそうにするんだよな、こいつは。
「また、ゆっくり帰れるときは連絡するからさ」
「兄ちゃん、俺、引っ越したら遊びに行きたい」
「………」
俺があからさまに嫌そうな顔をしていたのを俊哉も弦哉も見逃さず、しゅーんとなっていた。
「どうぞどうぞ、いつでも遊びに来てください。達哉さんも喜びます!」
「いや、俺は全然」
「あざーす!」
俺の家のはずなのに、俺がすっかり置いてけぼりなのはなぜだろうか。
見送りは玄関まででいいと断って、俺はどっと疲れが出た体をのしのしと歩かせながら、隣を楚々と歩いている玲奈さんを見た。
なんか…とても…良い顔をされている…なぁ…
いつもの見惚れるという感じより、どこか違和感があって、ちょっと背筋がぞくぞくしている。
そして、車に乗り、シートベルトをしめるなり玲奈さんが俺に言った。
「くまちゃん、ホテルに行く前にドラッグストア寄って!コンドーム買おう!私、今日できる気がする!」
ぐきっ
首が折れるかと思うほど盛大に音を立てて玲奈さんのほうを見た。
玲奈さんがうんうんと俺をしっかりと見て頷くなり、スマホで近くのドラッグストアを検索し始めた。
「いやいやいや、玲奈さん?」
「この勢いのままやってしまおう!ね!そうしよう!やれそうなときにやっとこう!」
いや、そんな、今日できることは今日やろうみたいな仕事の名言じゃないんですから…
「一体なにが玲奈さんを…」
思わず心の声が漏れてしまった。すると玲奈さんは宙を見つめながらうっとりと言った。
「くまちゃんの高校時代の写真すっごくよかったね。初々しくて。かわいかったぁ」
…高校の時既に180を超えていたし、柔道全盛期で高校生らしからぬでかさだったと思ったが、かわいらしい…?
玲奈さんの感覚はやはりずれているのではないだろうか…
「学ランとか、なんか写真撮られるの嫌そうな顔とか、試合の真摯な表情とか、組み合っててちらっと見える素肌とか…最高だったね!」
ちょっと最後のほうがあやしかったけど、玲奈さんはアルバムを全て覚えているかのように、あの写真のどこかどうとか、あっちの写真の俺がどうとか話し始めてしまった。
やっぱりあの時目に焼き付けてたんだな…
「いつかあのアルバムを貰い受けたい…。くまちゃん、あれ複製して持ってこれない?アルバムめくるのを動画で撮るのとかどうかな。ぜひ手元に置いておいて、いつでも見返したい」
「参考書じゃないんで、見返すとかいらないです。あんなものこの世に1つで十分です。いりません」
「でも、災害とか火事とかもしものことがあって無くなっちゃったらどうするの?バックアップは大切だよ?」
「…あれは無くなっても大丈夫です」
「…わかった」
これは絶対納得していない。今度俺の母親にでもアルバムのバックアップのために~とかなんとか言って動画を撮るに違いない!一度、玲奈さんなしで家に帰ってアルバム類を段ボールに詰めてどこか奥にしまってしまおう。
隣で妄想モードに入ったのか口元に微笑を浮かべながら前を向いている玲奈さんをちらっと見て、ホテルに帰る予定だったけれど、ご希望のドラッグストアに寄るべきかどうか、久々に訪れた触れあいの可能性に心がざわついていた。
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