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借りてきた猫をかぶる

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階段を下りてリビングに行くと、長方形の食卓に両親と弟の俊哉が座っていた。
俺と玲奈さんの分らしい紅茶とケーキも並んでいる。
俺達が座った後にもう一人の弟の弦哉が手を洗ってきたらしくバタバタとやってきた。
紅茶とケーキは弦哉が調達してきたようだ。

「突然お邪魔してしまってすみません。こんなにおもてなしをしていただいて恐縮です…」

玲奈さんが深々と頭を下げた。
一瞬、みんながぽーっとなったのを俺は見過ごさなかった。

「とんでもない!こんなむさ苦しいところでごめんなさいね。みんなでっかいもんだから、余計狭く感じるでしょう?」

母さんが一番先に我に返って、にこにこと玲奈さんに話しかけている。
玲奈さんは小さく手を振りつつ、微笑みを浮かべたまま

「とんでもないです。いつも達哉さんにはお世話になっていて、今日こうしてご挨拶に伺えてとても嬉しいです」

と言った。た、達哉さん…。
何気に初めてそう呼ばれた気がする。なんだかぞわぞわと尻がむずがゆくなるような感じがした。
いや、いかん。俺がここでは仕切らないといけないったのに。

「まどろっこしいから単刀直入に言うけど、俺は玲奈さんと一緒に暮らす予定で、もう引っ越しの手続きも済んでる。結婚の約束もした。だから、今日は婚約者として紹介したいと思って連れてきたんだ」

隣に座る玲奈さんを見たら、きょとんとした顔で俺を見ていた。目が大きく開かれていてとてもかわいい。
俺と目が合うと玲奈さんはその目を細めて恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

「兄ちゃん、それマジなの?大丈夫?結婚詐欺とか、美人局じゃないの?こんな美人、ほんとのほんとーに兄ちゃんと結婚してくれるって言ってんの?」

言葉を全く選ばずにぶっこんで来たのは下の弟の弦哉だ。今年二十歳になった。美人局とかどこでそんな言葉を仕入れてくるんだ、まったく。

「ちがいます!私が達哉さんのことを好きになって付き合ってもらったので、詐欺とかそんなんじゃありません!」

ちょっと前のめりで大々的に宣言した玲奈さんを今度は俺があっけにとられて見つめる番だった。

「ね?」

振り返って同意を求められても、それは違うと思いますよ、だって俺が玲奈さんを…と思っていたら、我が家の全員が目が点になっていた。

「あ、ああ…そうなんだ…兄ちゃんすげー…」

「いや、違う!俺が…っていうのはよくてだな。そういう訳のわからんことを言うな。玲奈さんが驚くだろう」

「あー…ごめん。なんかびっくりし過ぎてついていけなくて」

頭をかきながら弦哉は上の弟の俊哉の隣におとなしく収まった。

「ええっと、玲奈さん?よかったらケーキをどうぞ。近くにおいしいケーキ屋さんがあってね。弦哉に買いに行ってもらったの。ほんとにおバカな息子でごめんなさいね。私達も達哉がこれまで彼女がいたそぶりも見せなかったのに突然結婚って言われて正直驚いてて」

「はい、ありがとうございます。そうですよね。もう少し早くに伺わないといけなかったですよね」

しゅん…となる玲奈さんを見て、俺は首を振った。

「違いますよ、玲奈さん。玲奈さんのせいじゃないです。彼女ができたとかもうこの歳でわざわざ親に連絡することじゃないですし、入籍を済ませてから言ったわけじゃないんで、別に遅くはないと思いますよ」

俺の熱弁を家族が凝視しているのを背中に感じた。

「あー…その、つかぬことを聞くようだけど、玲奈さんは達哉よりも…」

「あ、はい、3つ年上です。すみません、達哉さん私に気を遣ってくださって、ずっと敬語のままで…」

そこで家族の前での俺の言葉と玲奈さんに向けるものが違うことに気づいた。多分、それで年齢のことにも勘付いたんだろう。

「へぇ、兄さんが年上好きだったとは知らなかった。しっかり者だから、てっきり年下がいいんだと思ってた」

からかうように笑った俊哉を一瞥し、「余計なことをおまえまで言うな」と言った。

「玲奈さんは仕事何してんの?」と弦哉が聞いてきた。なんでおまえがため口なんだ。

「あ…えっと婦人服の店員をしてます。今は休職中なんですけど、もう少ししたら復帰する予定です」

「えっ、なんで休んでんの?転職すんの?あ、もしかして兄さんと結婚するのを踏まえて辞めちゃう前とか?」

「おまえは」

「あっ、違うんです。少し体調を崩して、職場に迷惑をかけないように休職にしてもらいました。達哉さんに支えてもらってやっと復帰のめども立ちました。それもありましてご挨拶が遅れてしまいました。すみません」

「まぁまぁ、そうだったの…」

母さんが玲奈さんの儚げな容姿からか弱い女性を連想したのか、哀れみの表情を浮かべている。
自分の前に置いていたケーキをさりげなく玲奈さんのほうへと押している。
母さん、玲奈さんはそんなに食わない!

「そうか…達哉が結婚か…」

今まで黙っていた父さんが口を開いたかと思うと、それだけ言ってまた黙り、ケーキを食べ始めた。
俊哉もそれに続いた。弦哉はちゃっかり食べ終わっている。
多分、みんな精神的な衝撃がすごかったんだろう。糖分を補給して乗り越えようとしているにちがいない。

玲奈さんもケーキをつつきながら、おいしいといって微笑んでいた。

「もう玲奈さんのご両親にもお兄さん達にもご挨拶はすんでるんだ。俺達が引っ越す家も、お兄さん達が別の場所に移るってことで、そこを貸してもらうことになってる」

「げっ、兄ちゃんがそっちの家に取られるとかねぇよな?いくら俺達男3人いるからって兄ちゃんとられるのやなんだけど」

弦哉がまた訳のわからないことを言いだした。

「いえ、それはないです。大丈夫です。うちも兄がいますし、普段はつかず離れずで過ごしてますから。私も復帰しましたら、こちらにもちゃんと顔を出すように予定を組みますね」

玲奈さんのそつのない答えに弦哉も「うーん」と押し黙った。こいつは俺になついている分、ブラコン気味になっている気がする。
玲奈さんが嫌な気持ちをしているんじゃないかと思ったが、玲奈さんはいつもの笑顔を決して崩さない。

ああ…確かここに来る前に言ってた気がする

「よく猫を被るって言うでしょ?私、接客業やってるだけあってそれ得意なの!でもね、くまちゃんのご家族の前だもん、ただの猫をかぶってもだめよね。借りてきた猫を被るくらいのおしとやかさ出していくから!」

なんか色々混じっていてその時はへ、へえ…ぐらいにしか返せなかったけど、きっと今それを発揮してくれてるんだろう。
すみません。でも、ありがたいです。
とりあえず、最初の関門である挨拶は無事に終えられたようだった。
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