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閑話休題 イベントは考える段階が一番盛り上がる

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店長の相川だ。
うちのスタッフは真面目だし、文句も言わずよく働くし、注意されても引きずらずに自力で立ち直る強さも持っている。
企画力もあると思う。
だが


「なんだ、この執事デーってのは?」


定例ミーティングが終わり、帰ろうかとしているときに、ふと手渡された紙にはどーんと『執事デー お嬢様に心を込めてお仕えします』と書かれていた。
ご丁寧に執事のイラストには『執事の必須アイテム』と細かく矢印から注意書きまでしてある。

「誰の案だ?」

「全員です!全員一致で執事デーを押すことになりました!」

「いや…別に言い出しっぺに何か言おうとかそういうんじゃなくてだな」

「では、まず、執事のコスチュームからご説明いたします!はい、アイリ!」

するとパーテーションの向こうから、シャツにネクタイ、黒ベストに黒パンツスーツのいで立ちのアイリが登場した。

「おい…何やってんだ…」

「店長!大丈夫です!これ、私の自前なんで!」

「…自前…?」

「ほら、男装って言ったらやっぱりスーツじゃないですか。でも、普通のサラリーマンの中でもやっぱりこのベスト着てると萌えるポイント上がるじゃないですか!」

「いや、全然わからん」

「彼氏いないし、着てくれるような男友達もいないし、だいたい若い男がこんなの着たってコスプレですよ。で、もういっそコスプレなら私が着ればいいんじゃない?ってことで、メルカリで買いました!」

「えらーい」

「いいぞー」

ぱちぱちと拍手と歓声が上がるが、どの辺が共感ポイントだったんだ?

「メイドじゃなくて、執事の理由は…?」

「メイドに尽くされたいのなら本場に行けって話なんですよ。うちの客層は20代女性ですから!執事にかしづかれたいじゃないですか!」

「かしづかれたいのか?」

隣に座っていたマキに聞くと、え、何当たり前のこと聞いてくるんですか?って人外のものを見るような顔になっていた。

「でも、正直男の人にかしづかれると恐縮しちゃうんで、おふざけもありで私達がかしづくんです!」

「あー…そうか。いや、わからん」

「店長にもちゃんと私達のこの男装の楽しさを味わってもらうためにちゃんと用意しました!」

「は?」

じゃーん、と誇らしげな顔でパーテーションの裏から出してきたのは、メイド服だった。
ふりふりの襟元に赤いリボンと黒ワンピースのいわゆるメイド喫茶にでもいそうなメイドの制服だ。

「はい、店長どうぞ」

座っている俺に手渡された。

「…は?」

「私達が男装という性別リバースの楽しみを堪能させていただくわけですから、店長にもぜひ女装の楽しみを」

「楽しめるか!」

なんだうちの店舗は。アホか。お気楽なアホしかいないのか!

「あ、橘先輩からだ」

突っ返そうとメイド服を持って立ち上がったのに、俺の怒りを完全にスルーしてスマホを見始めた。

「きゃ~、やっぱり橘先輩かっこいい~!」

マキのスマホにわらわらと群がっていく。おい、このメイド服を受け取れ…

「てか、この中心のホストと後ろの護衛は何者…?」

「うーん、でもやっぱり橘先輩顔色いつもより悪いね」

「たしかに」

「こんな写真送って、私達を安心させようとしてくれてるんだね」

「ありえるー」

「絶対、このイベント成功させよう!みんな頑張ろうね!」

勝手に一致団結された上に
「店長、ちょっとメンズのスーツの情報集めてきます!ついでに執事バーってのがあるらしいんで、調査に行ってきます!」
「あ、私は未成年なんで今度執事喫茶に行きます!」
「え、それは一緒に行きたい…」

とさわぎまくって、荷物をまとめるとわいわいと出て行った。

マキが戻って来たかと思うと「店長、そのメイド服、好きにいじって大丈夫ですんで!胸のとこも詰め物OKです!お疲れ様でした!」


いや、だからこのメイド服を着るとは一言も言ってないんだが…
棒立ち状態の俺(一応この店舗の店長)は一切無視。

おまえら上司の話はちゃんと聞け!

こうして休憩室の裏にメイド服が下げられるようになったわけだが。これ本社から人来たらどう説明すんだよ!


数日後、締めを終えて帰ろうと準備していると囲まれた。

「店長、私達間違ってました!」

と切実そうな目で言われてなんのことかさっぱりわからなかった。

「あのメイド服のことなんですけど!」

「ああ…やっとおまえたちもわかってくれたか」

「はい!執事を王道でいくのに、メイドを邪道でやるわけにはいきませんよね!そもそも長い歴史からみてもメイド服は足首丈でした。こんな色気たっぷりのメイドじゃ即クビですもんね!」

「…は?」

「ですから、これを!」

自信満々に差し出されたのは襟元と袖元だけが白で、黒のロングワンピースだ。いや、受け取らないぞ、俺は。

「この、隠す分が多いほど想像力をかき立てるパワーがすごいことを忘れてました!」

いや、何を、会えないぶんだけ愛育てるみたいな感じで言い切ってんだ。

「店長、それにメイド服に詰め物なんてしなくていいですから!メイド=巨乳なんて男の妄想に付き合う必要なかったんです、だいたい」

「ですよねー」

「店長が巨乳でも、貧乳でも、私達ちゃんと萌えますから!」

「あのな…男の胸には凹凸はない、そもそも…」

するとアイリが目を輝かせて前に出てきた。

「そうなんです!私達、男装を甘く見てたんです!胸のある執事なんでダメですよね。だから今、サラシの巻き方練習してます!胸と同じくらいお腹にも巻きます!」

「だいぶ練習したおかげで私達いつでも切腹できるくらいサラシ巻くのうまくなりましたよ」

「切腹…?」

「さらし、お腹、巻き方でたどり着いたのが切腹だったんです」

「あぁ…そうか…」

もうそもそもの会話がなんだったのかわからなくなってきた。三人寄れば文殊の知恵とは言うが、知恵が次々出過ぎて情報過多だ。

「だいたいなんで俺が女装しなきゃならねーんだよ…執事デーってんなら、俺も執事でいいんじゃないのか…」

言った後ではっとした。全員の目がぎらりと光ったからだ。
おまえら…まさか…

「店長を…執事に…いい…」

「早速イメージ考えましょう」

またしても俺を置いてそそくさと退却していった。やられた。メイドじゃなくなってよかったとかいう問題じゃなくて、なんで最低限のラインが執事なんだよ。
ここは服屋じゃないのか。夢か、夢を売るのか。


翌朝、出勤しようとする俺に嫁さんが結構でかめの袋を手渡してきた。中を見るとスーツを入れる不織布タイプのハンガー付きの袋が入っていた。

「なんだ、これ?」

「マキちゃんから、執事やるからスーツ一式お願いしますって。インスタのDMで連絡きたから」

俺の味方はどこにもいないのか…がっくりと肩を落としてでかい袋を持って家を出た。
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