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俺の配役はなんですか
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食事を終え、片付けをしていると、隣で皿を拭いていた玲奈さんが「あっ!」と言ってお兄さんに声をかけた。
「お兄ちゃん、前言ってたスーツ持ってきてくれた?」
「あー、そうだった。車に乗せたままだ。今、取ってくる」
そう言ってお兄さんは車の鍵を持って出て行ってしまった。
「スーツ?がいるんですか?」
俺は食器の泡を水で流しては玲奈さんに渡し、楽しそうに頷く玲奈さんを見た。
「今度ね、うちのお店で執事デーっていうイベントやろうかって話してるの」
「ひつじデー?」
「めぇーめぇーの羊じゃなくて、こう、お金持ちの家にいるキリっとした男性の召使いみたいな人のほうの執事」
玲奈さんが羊の着ぐるみを着てもかわいいと思うが予想は外れたようだ。
「みんなで執事みたいに男装して、その日はお客様にお仕えする感じって楽しいねって」
「ははっ。それはおもしろそうですね」
「うん。それで試しにお兄ちゃんのスーツ着させてもらおうかなってお願いしてたの」
「玲奈さんが男の格好するなんて想像できないですね」
「あ、そうだ。せっかくだし、どんな感想持つか教えてね。くまちゃんここにいて、私お兄ちゃん来たら着替えてくるから!」
「え?あ、はい」
玲奈さんはふきんをかけるといそいそとリビングを出て行った。
俺も手を拭きつつそれを眺めていたら、ソファに座っていた光さんが立ち上がった。
「じゃあ、熊野くんはここに座ってて」
と言われ、おとなしくソファに座ると光さんまで部屋を出て行ってしまった。
なんとなく落ち着かないが、とりあえずスマホをとって何の連絡も来ていないか確認した。長峰からLINEが入ってたので、それに返事をしたり、引っ越し作業の段取りなんかを頭で考えていたら、リビングのドアが開いた。
俺は完全に固まった。思考も身体もぴたりと止まった。
ドアから颯爽と入って来たのは、光さんだ。黒スーツを身にまとっている。ネクタイ、サングラス、片耳には黒いイヤホンのようなものがある。
ボディガード…?
男性にも引けをとらないたくましさでとても似合っていると思う。でも、なぜ…?
その後ろに続いたのは、お兄さんだ。お兄さんに間違いない。でも、スーツ姿をした王子様がそこにいる。
目をごしごしとこする。後光…?オーラ…?なんだろう、目を細めないと直視できないほどにまばゆい。
ボディガードに警護されるように誘導されたお兄さんが近づいてくる。
どしっと隣に座られ、ふっと微笑まれて胸がばくばくする。
さっきまでのにこにこ柔らかいお兄さんはどこに…?
「玲奈はもう少しかかるけど、いい感じに仕上がったよ」
なんだかよくわからないがこくこくと頷く。
足音が近づいたので、玲奈さんかな?と思い、目をやってまた固まった。
玲奈さんが白いシャツに黒いベストを着て、黒いパンツスーツを履いている。黒髪を後ろで一つにまとめて、かなりきりっとした印象のお化粧になって登場した。
ドアのところで一礼する徹底っぷりだ。
すすっと俺のそばまで来ると片膝をついて、「いかがでしょうか、お客様」と声をかけられた。
待て。待て。俺はどこにいるんだ。
隣に護衛付きのこんなイケメンが座って、ボーイのような声かけをされるなんて、ホストクラブに来たのか?
Tシャツにジーンズの俺は客か?イケメンホストに惚れちゃってやってきた田舎者か、ボーイを好きになってつい通ってしまうダメ男なのか?
なんにしても、なんなんだろうこの三人の完璧な擬態っぷりは。
もしかして、大人になるとこういうこともできなければならなかったんじゃないだろうか。
俺はその階段を知らないうちにすっ飛ばして来たんだろうか。
ぐるぐると頭の中は大混乱していると、お兄さんの長い指が俺の顎をつかんだ。
「へ?」
「どうしたんだい?緊張してるのかな?」
「?!!!」
だ、出せない…俺にはそんな色気…到底出せない…
「ま…参りました…」
「えー?熊野くん、今勝負してないのにー」
「お兄ちゃんの色気モードであてられなかっただけ、すごいでしょ」
「はー。初々しい熊野くんに更に好印象を持ったよ」
けらけらと笑い、さっきまでの雰囲気にいっきに戻った。俺はやっと人心地ついて、胸を撫でおろした。
「な…なんでそんなに皆さんなりきれるんですか?」
「「楽しまないと損でしょ?」」
玲奈さんとお兄さんは見事に声を揃えて言った。光さんはソファの後ろでサングラスを外しつつ、「私は付き合ってるだけ」とクールに応えている。
大人になると個性が失われるというけれど、失われるどころか、この独自路線の三人に囲まれて、俺は体積こそでかいけど、存在感のなさを痛感した。
「さて、玲奈の元気な顔も見れたし、引っ越しのことも話がまとまったし、そろそろ帰ろうか、光」
「そうだなぁ。玲奈と離れるのは名残惜しいけど」
「光さ~ん。また会いに行きますね」
「玲奈はしっかり体を休めなさい。無理はしないこと」
「ありがとうございます~」
男装の二人が抱き合っている。というか、今この部屋男と男装しかいないんじゃ…?
「じゃあね、玲奈。また何かあったらお兄ちゃんにすぐ連絡すること」
「わかったー。気をつけてね~」
「…え?そのままで帰るんですか?」
「そうだけど?」
お兄さんも光さんも全く気にする様子もなく、玄関に向かおうとしている。光さんに至っては小道具のサングラスをかけなおしている。
「目立ちませんか?」
「えぇ~そんな目立たないよ~。ただのスーツだし」
はははとお兄さんは笑うが、絶対に目立つと思う。美形の護衛付けたイケメンなんてどうやっても目立つだろう。
「見送りはいいよ。じゃあね~」
と言って本当にそのまま帰ってしまった。唖然としている俺に玲奈さんはけろっと言った。
「お兄ちゃんと光さんは、天然のネタ提供マシーンなんだよね~。あれを二人して違和感なくやっちゃうあたりがすごいよねぇ」
その日の夜、玲奈さんが光さんのインスタを見せてくれた。
それは自宅のソファにワイングラス片手に座るスーツ姿のお兄さんとその後ろに控える護衛姿の光さんだ。
とんでもない数のいいねとコメントが寄せられていた。
「あはは。二人ともこれ結構気に入ったんだね。また誰かのツボに入っちゃうかも」
玲奈さんが楽しそうに笑うのを見ながら、今日の出会いを嬉しく思っていた。
「お兄ちゃん、前言ってたスーツ持ってきてくれた?」
「あー、そうだった。車に乗せたままだ。今、取ってくる」
そう言ってお兄さんは車の鍵を持って出て行ってしまった。
「スーツ?がいるんですか?」
俺は食器の泡を水で流しては玲奈さんに渡し、楽しそうに頷く玲奈さんを見た。
「今度ね、うちのお店で執事デーっていうイベントやろうかって話してるの」
「ひつじデー?」
「めぇーめぇーの羊じゃなくて、こう、お金持ちの家にいるキリっとした男性の召使いみたいな人のほうの執事」
玲奈さんが羊の着ぐるみを着てもかわいいと思うが予想は外れたようだ。
「みんなで執事みたいに男装して、その日はお客様にお仕えする感じって楽しいねって」
「ははっ。それはおもしろそうですね」
「うん。それで試しにお兄ちゃんのスーツ着させてもらおうかなってお願いしてたの」
「玲奈さんが男の格好するなんて想像できないですね」
「あ、そうだ。せっかくだし、どんな感想持つか教えてね。くまちゃんここにいて、私お兄ちゃん来たら着替えてくるから!」
「え?あ、はい」
玲奈さんはふきんをかけるといそいそとリビングを出て行った。
俺も手を拭きつつそれを眺めていたら、ソファに座っていた光さんが立ち上がった。
「じゃあ、熊野くんはここに座ってて」
と言われ、おとなしくソファに座ると光さんまで部屋を出て行ってしまった。
なんとなく落ち着かないが、とりあえずスマホをとって何の連絡も来ていないか確認した。長峰からLINEが入ってたので、それに返事をしたり、引っ越し作業の段取りなんかを頭で考えていたら、リビングのドアが開いた。
俺は完全に固まった。思考も身体もぴたりと止まった。
ドアから颯爽と入って来たのは、光さんだ。黒スーツを身にまとっている。ネクタイ、サングラス、片耳には黒いイヤホンのようなものがある。
ボディガード…?
男性にも引けをとらないたくましさでとても似合っていると思う。でも、なぜ…?
その後ろに続いたのは、お兄さんだ。お兄さんに間違いない。でも、スーツ姿をした王子様がそこにいる。
目をごしごしとこする。後光…?オーラ…?なんだろう、目を細めないと直視できないほどにまばゆい。
ボディガードに警護されるように誘導されたお兄さんが近づいてくる。
どしっと隣に座られ、ふっと微笑まれて胸がばくばくする。
さっきまでのにこにこ柔らかいお兄さんはどこに…?
「玲奈はもう少しかかるけど、いい感じに仕上がったよ」
なんだかよくわからないがこくこくと頷く。
足音が近づいたので、玲奈さんかな?と思い、目をやってまた固まった。
玲奈さんが白いシャツに黒いベストを着て、黒いパンツスーツを履いている。黒髪を後ろで一つにまとめて、かなりきりっとした印象のお化粧になって登場した。
ドアのところで一礼する徹底っぷりだ。
すすっと俺のそばまで来ると片膝をついて、「いかがでしょうか、お客様」と声をかけられた。
待て。待て。俺はどこにいるんだ。
隣に護衛付きのこんなイケメンが座って、ボーイのような声かけをされるなんて、ホストクラブに来たのか?
Tシャツにジーンズの俺は客か?イケメンホストに惚れちゃってやってきた田舎者か、ボーイを好きになってつい通ってしまうダメ男なのか?
なんにしても、なんなんだろうこの三人の完璧な擬態っぷりは。
もしかして、大人になるとこういうこともできなければならなかったんじゃないだろうか。
俺はその階段を知らないうちにすっ飛ばして来たんだろうか。
ぐるぐると頭の中は大混乱していると、お兄さんの長い指が俺の顎をつかんだ。
「へ?」
「どうしたんだい?緊張してるのかな?」
「?!!!」
だ、出せない…俺にはそんな色気…到底出せない…
「ま…参りました…」
「えー?熊野くん、今勝負してないのにー」
「お兄ちゃんの色気モードであてられなかっただけ、すごいでしょ」
「はー。初々しい熊野くんに更に好印象を持ったよ」
けらけらと笑い、さっきまでの雰囲気にいっきに戻った。俺はやっと人心地ついて、胸を撫でおろした。
「な…なんでそんなに皆さんなりきれるんですか?」
「「楽しまないと損でしょ?」」
玲奈さんとお兄さんは見事に声を揃えて言った。光さんはソファの後ろでサングラスを外しつつ、「私は付き合ってるだけ」とクールに応えている。
大人になると個性が失われるというけれど、失われるどころか、この独自路線の三人に囲まれて、俺は体積こそでかいけど、存在感のなさを痛感した。
「さて、玲奈の元気な顔も見れたし、引っ越しのことも話がまとまったし、そろそろ帰ろうか、光」
「そうだなぁ。玲奈と離れるのは名残惜しいけど」
「光さ~ん。また会いに行きますね」
「玲奈はしっかり体を休めなさい。無理はしないこと」
「ありがとうございます~」
男装の二人が抱き合っている。というか、今この部屋男と男装しかいないんじゃ…?
「じゃあね、玲奈。また何かあったらお兄ちゃんにすぐ連絡すること」
「わかったー。気をつけてね~」
「…え?そのままで帰るんですか?」
「そうだけど?」
お兄さんも光さんも全く気にする様子もなく、玄関に向かおうとしている。光さんに至っては小道具のサングラスをかけなおしている。
「目立ちませんか?」
「えぇ~そんな目立たないよ~。ただのスーツだし」
はははとお兄さんは笑うが、絶対に目立つと思う。美形の護衛付けたイケメンなんてどうやっても目立つだろう。
「見送りはいいよ。じゃあね~」
と言って本当にそのまま帰ってしまった。唖然としている俺に玲奈さんはけろっと言った。
「お兄ちゃんと光さんは、天然のネタ提供マシーンなんだよね~。あれを二人して違和感なくやっちゃうあたりがすごいよねぇ」
その日の夜、玲奈さんが光さんのインスタを見せてくれた。
それは自宅のソファにワイングラス片手に座るスーツ姿のお兄さんとその後ろに控える護衛姿の光さんだ。
とんでもない数のいいねとコメントが寄せられていた。
「あはは。二人ともこれ結構気に入ったんだね。また誰かのツボに入っちゃうかも」
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