熊ちゃん配達員を食べたい腹ペコな私 清純なのは見た目だけ!とにかくおとなしく食べられなさい!

あさひれい

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お鍋を持って

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「はい」

玲奈さんが電話口に出ると、向こうの会話が途切れ途切れに聞こえてきた。

「はい、はい、大丈夫です…ご心配おかけ」

『大丈夫なわけ…から…休め…相川…』

「すみません…ありがとうございます」

玲奈さんがだんだんと涙ぐみ始めた。俺は膝の上で握りしめられた手を包み込むことしかできなかった。

『……好きなんだろ…あきらめるな…今は…』

途切れ途切れの会話の内容が聞いてはいけないことのような気がして、俺はどうしたらいいのかと焦っていた。

そのとき、インターフォンが鳴って、玲奈さんが体を震わせた。

「大丈夫です。俺が見てくるんで」

インターフォンの画面を確認すると、知らない女性が映っていた。通話ボタンを押すと

「百合子です!玲奈ちゃん?!生きてるの?!ポトフ持ってきたから!開けて!」

という声が響いて、玲奈さんがふらふらとインターフォンのところにやってきた。
玲奈さんが頷いたのを見て、解錠ボタンを押した。

「マネージャー、百合子さん来ました」

と玲奈さんが電話で話して、通話を切った。
すぐに部屋のインターフォンが鳴って、俺が出ると、背のすらっとした綺麗な人が両手に鍋を抱えて立っていた。

「あ、あなたが玲奈ちゃんの彼氏ね?玲奈ちゃん、どう?何も食べてないんじゃない?」

「あ、はい、そうみたいなんです」

「あがるね。玲奈ちゃん、具合悪いとき、ポトフなら食べられるの」

勝手知ったる感じでリビングにどんどん進んでいく。その後に続くと、百合子さんはカウンターの上に鍋を置くと、立ったまま待っていた玲奈さんをぎゅうと抱きしめた。

「遅くなってごめんね。頑張ったね、玲奈ちゃん。大丈夫だからね」

「百合子さん…またご迷惑をおかけして…」

「玲奈ちゃん、いいから。今はそんなこと考えなくていいの」

百合子さんが玲奈さんをソファに座らせると、ブランケットを膝にかけなおして、キッチンへと戻って来た。
バッグからエプロンを出してささっと身に着けた。

「玲奈ちゃんのそばにいてあげて?あなたがそばにいるのが一番だと思うから」

「は、はい…」

てきぱきと指示されて俺は玲奈さんの隣に座ると、玲奈さんが肩にもたれかかってきた。
頭をそっと撫でていると、百合子さんがポトフをお皿に移して俺の分まで持ってきてくれた。

「はい、二人ともどうぞ。こういう時でもね、ちゃんと食べないとね。お粥作ってくれるなんて、いい子ね~」

「すみません、俺の分まで」

「いーのいーの。一人も二人も同じだから」

「百合子さん、ありがとうございます」

「はいはい、食べてね。ちょっと諒一に連絡するわ。あいつすんごい心配してたから」

「すみません、さくらちゃんもいるのに、私のことまで」

「いーのいーの、たまには親子二人でやればいいのよ。私の普段の大変さを少しはわかっていい機会でしょ」

リョウイチという響きに心当たりがあって、玲奈さんをふと見ると、ポトフを一口食べた玲奈さんがふーっと大きく息を吐いた。

「百合子さんのポトフ、すっごくおいしいの。食べてみて?」

「はい」

俺も一口もらって、体の中からぽかぽか温まるような味わいに思わず声が漏れた。

そんな俺達の前に百合子さんが座って、にこにこしている。

「またうちに連れて帰ろうかなって思ってたけど、今回はこんな素敵な子がいるなら安心ね。でも、無理はしちゃだめよ?仕事もね、諒一が相川くんに連絡したって。1週間、とりあえず休みなさい」

「そんな…」

「みんな、ちゃんとわかってるから、こんな時は頼りなさい。このまま玲奈ちゃんが潰れちゃったら、私たち、絶対自分のこと許せない。だから、私たちのためにも、休んで」

「…ありがとうございます…」

「さて、ちょっとお掃除とか洗濯とかしちゃうね。シーツは前のとこと同じ?」

「すみません、何から何まで、後でちゃんと払います」

「これは仕事じゃないから。まぁ、とにかく座ってなさい」

笑顔でそう言うと、百合子さんはリビングから出て行ってしまった。
玲奈さんがスプーンを口に運びながら、少しずつ話し始めた。

「百合子さんは佐々木マネージャーの奥さんで、家事代行サービスをしてるプロの方なの。前にね…私、ストーカーに遭って…百合子さんの家に避難させてもらってたことがあるんだ…」

「ストーカー?」

「私、今の系列のお店に移る前はね、アウトドア系のお店にいたの。そこの常連の男の人がね、最初はよく買ってくれる人だなくらいにしか思ってなかったのに、一緒に飲みに行こうとか、出かけようとか、キャンプに行こうとか言ってくるようになって。仕事が終わるのをずっと外で待ってるようになって」

玲奈さんがふーっと息を吐いて、ソファの背もたれに寄りかかった。

「お店の人が一緒に駅まで行ってくれるようになったら、今度は駅のホームにいるの。知らないうちに家までついてきてて、それからはお店や駅や家の前、いつあの人が現れるのか全然わからなくて、怖くて怖くて」

玲奈さんの声が震え始めて、思わず抱き寄せた。玲奈さんの体が何かを思い出したかのように震えていた。

「その時、佐々木マネージャーはまだマネージャーになったばかりで、私のことをその時の店長づてには聞いてたんだけど、具体的にどうしようもなくて。名札をやめたり、偽名にしたりとか、ショップのブログにも顔写真載せないとか色々細かいことはしてくれたんだけど、もうその時には名前も、家も、通勤ルートさえ把握されちゃってたから…」

「ごめんなさい。斎藤が来たことで思い出したんですね…」

「もう平気だと思ってたの。3年も前の話だし、防犯カメラとか、お店のも、その時住んでたマンションのももらったりして警察に届けたし、警察からも注意はしてもらって、弁護士立てて親や会社に言うってなってようやくあきらめたみたい。謝罪の手紙も弁護士づてに渡してきたりして…読まなかったけどね」

「そんなことがあったんですか…」

「あの時、別ブランドに異動するか、内勤になるか佐々木マネージャーともたくさん話したんだ。でも、私お店に立って接客するのが好きだから、異動したいって決めて、女性の店長で仕事ができて、佐々木マネージャーからも信頼の厚い澤店長のところに移ったんだ。それが、今の系列のとこで、澤さんがその後エリアマネージャーに昇進したから、相川店長が配属されて。今、すっごく楽しくて。でも、こんな調子じゃ、店頭に立つこともできないし、みんなに迷惑かけるし、もう仕事変わったほうがいいのかな…ってちょっと考えてた」

「すみません、俺のせいで」

「ううん…いつかはこんな日が来てたのかもしれないし、くまちゃんがそばにいてくれて、私すごく嬉しいよ」

玲奈さんの小さな手をぎゅっと握りしめた。
その時、リビングのドアが開いて、百合子さんが入って来た。

「玲奈ちゃん、シーツ交換したから、休んでいいわよ。食器はそのままでいいから。彼氏君も今来たとこなんじゃない?シャワーとかしちゃったら?私、料理してくから。好きにしててね」

「ありがとうございます、百合子さん」

「俺、何か手伝いましょうか」

「いーのいーの、一人でぱぱっとやるほうが速いから。玲奈ちゃんのことが心配なら、寝るまでそばにいてあげて」

ちゃちゃっと指示を出して、俺達の食べた食器をあっという間にキッチンに運んでしまって、もうすでに料理の準備に入っていた。
その言葉に甘えて、玲奈さんと寝室に移った。少しだけ顔色がよくなった玲奈さんをベッドに寝かすと、俺はその横に転がって、眠るまでそばにいた。
玲奈さんが眠りについたのを確認して、深い息を吐いた。

玲奈さんと佐々木さんのことは俺の勘違いでよかったけど、このままじゃいけない。そう思った。
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