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信じるということ
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俺はこれまでの人生、自分が忍耐力がないとか、自制心がないと言われたことも思ったこともなかった。
小さいときから道場で厳しい環境の中で練習をしてきたし、家でも次々と生まれる弟達の世話にあけくれて、自分の気持ちを抑えることなんて日常的なことで、何も辛いことなんてなかった。
それなのに、玲奈さんのこととなると自制も理性もすっかり飛んでしまって、無理を強いてしまう。
玲奈さんはあんなに俺のことを考えて、俺のしたいようにって全部を俺に委ねてくれたのに。
初めてした日の夜、眠りについてから、玲奈さんの体はどんどん熱くなって、明け方までその熱は引かなかった。
俺も出勤しないといけなくて、声をかけようとも思ったけど、まだ下がりきらない熱のせいでぐっすり眠っている玲奈さんを起こすことはとてもできなくて、黙って帰ることになった。
ちゃんと介抱もできない自分が情けなくて、それ以前にそんな無理をさせてしまったことが許せなくて、自戒することにした。
ゆっくりのペースでまた進めばいいと思って、セックスはしなくても、玲奈さんと一緒に過ごせれば幸せだったから。一緒に食事したり、キスをしたり、眠ったりするだけで十分だと…。
セックスを始めるとうまいこと自分を調整できない気がして、どうしても二の足を踏んでいた。
で、それが職場のやつらにバレた。
俺がなんとなく元気がないとか、道場にもいかなくなったとか、色々な情報を掛け合わせて、落ち込んでることに気づいたらしく、なぜか今夜は飲むぞーと言ってついてきた。
明日は玲奈さんのお休みの日だから、玲奈さんの家に行く予定だと言ったのに、飲むと言ってきかないので、落ち合うまでの間軽く飲んでいた。
もうお酒を飲んでしまったから、明日は朝早くに電車で帰らないといけないな…なんてことを思いながら。
「俺たちはな、心配してるんだ」
「そうなんですか?」
別府先輩が真剣な顔をしてビールを飲みながら切り出した。河合先輩も横で頷いている。
「何も知らないおまえを、その女が騙してるんじゃないかと思ってな」
「ほら、デート商法とかもあるだろ、今は」
「あ、ああ…」
そんなことまで気を回して心配してくれていたなんて考えもしなかった。
「おまえ、金とかせびられてないか?これ買ってとか、あれ買ってとか言われてないか?」
「いや、全然ないです。むしろ食事を作ってくれるときの材料費を払いたいくらいですから」
「いきなりの惚気かっ!」
河合先輩がばしっと俺の背中を叩いて笑った。
「なんで元気ないんだよ、そんなら」
別府先輩がつまみをさりげなく俺のほうに差し出しながら聞いてきた。
でも、抱きつぶすのが怖くて自制してますとは言えない。
「きついことでも言われたか?」
「いえ、違います。俺が突っ走って、無理をさせるのが悪いなと思ってて」
「そうか…?あんまり抱え込むなよ?おまえが何かを隠してることを俺たちが気づくくらいなんだから、彼女も気づいてると思うぞ?」
「…はい…」
「今日、一緒に帰るんだろ?ここに呼べば?」
河合先輩が流れで言ったことだったけど、俺は首をぶんぶんと振った。
「なんでだよ。おまえも彼女の職場の人たちと飲んだんだろ?」
「いえ、あの時は俺が車だったんで、みんな酒無しでいてくれて」
「おー、すげー、いい職場だな、そんな気配りできるとか」
「はい…すごくいい人達でした」
あの日、玲奈さんの職場の人たちに玲奈さんを大切にしてくださいと念を押されたのに、俺はそれができているのか罪悪感でチクチクと胸が痛んだ。
「それに…まだ怖くて…」
「なにがだよ?」
「玲奈さんが、俺以外の人を好きになったらと思うと、たとえ先輩でも他の男に会わせるのが嫌で…」
初めて胸の内を明かしたら、別府先輩と河合先輩がしばらく黙った後に「そうか」と頷いた。
「惚れてんだなー彼女に」
「おまえとしか会わないってのは無理だろう、現実的に」
「わかってるんですけど…」
「大目に見てやってください、こいつの初めての彼女なんですから」
後ろから長峰がやってきて、俺の隣に座った。
「なにもかも初めてなら、怖くなるじゃないですか。それに、彼女、とんでもなく美人なんですよ」
その言葉に先輩達もへぇ~っといったからかいの表情になった。
長峰を肘でつついた。
「ほんとだろ?おまえの半分くらいしかないような細くて綺麗なお姉さんと付き合ってれば、そりゃ不安にもなるって」
「なんだよ、長峰には会ってんじゃねーかよ」
「あれは、不可抗力で」
「俺たちで練習すればいいじゃん、誰もおまえの彼女を取ろうとしたりしないってわかってる分、安心だろ?」
「でも、玲奈さんが」
「おまえ、もし、彼女がおまえ以外の男にもほいほい惚れるとかって思ってるなら、相当失礼だからな。それ、自覚しとけよ」
長峰の言葉が胸に突き刺さった。
俺が俺に自信がないことと、玲奈さんが他の誰かを好きになってしまうかもしれないという不安は同じじゃない。
玲奈さんを信じていれば、本当はそんな不安は起きないはずなのに。
玲奈さんは、そんな人じゃ、絶対にない。
「わかりました。玲奈さんに聞いてみます」
ちょうどそのとき、駅に着いたと玲奈さんからメッセージが届いた。
俺は駅に迎えに行くと返事をして、席を立った。
小さいときから道場で厳しい環境の中で練習をしてきたし、家でも次々と生まれる弟達の世話にあけくれて、自分の気持ちを抑えることなんて日常的なことで、何も辛いことなんてなかった。
それなのに、玲奈さんのこととなると自制も理性もすっかり飛んでしまって、無理を強いてしまう。
玲奈さんはあんなに俺のことを考えて、俺のしたいようにって全部を俺に委ねてくれたのに。
初めてした日の夜、眠りについてから、玲奈さんの体はどんどん熱くなって、明け方までその熱は引かなかった。
俺も出勤しないといけなくて、声をかけようとも思ったけど、まだ下がりきらない熱のせいでぐっすり眠っている玲奈さんを起こすことはとてもできなくて、黙って帰ることになった。
ちゃんと介抱もできない自分が情けなくて、それ以前にそんな無理をさせてしまったことが許せなくて、自戒することにした。
ゆっくりのペースでまた進めばいいと思って、セックスはしなくても、玲奈さんと一緒に過ごせれば幸せだったから。一緒に食事したり、キスをしたり、眠ったりするだけで十分だと…。
セックスを始めるとうまいこと自分を調整できない気がして、どうしても二の足を踏んでいた。
で、それが職場のやつらにバレた。
俺がなんとなく元気がないとか、道場にもいかなくなったとか、色々な情報を掛け合わせて、落ち込んでることに気づいたらしく、なぜか今夜は飲むぞーと言ってついてきた。
明日は玲奈さんのお休みの日だから、玲奈さんの家に行く予定だと言ったのに、飲むと言ってきかないので、落ち合うまでの間軽く飲んでいた。
もうお酒を飲んでしまったから、明日は朝早くに電車で帰らないといけないな…なんてことを思いながら。
「俺たちはな、心配してるんだ」
「そうなんですか?」
別府先輩が真剣な顔をしてビールを飲みながら切り出した。河合先輩も横で頷いている。
「何も知らないおまえを、その女が騙してるんじゃないかと思ってな」
「ほら、デート商法とかもあるだろ、今は」
「あ、ああ…」
そんなことまで気を回して心配してくれていたなんて考えもしなかった。
「おまえ、金とかせびられてないか?これ買ってとか、あれ買ってとか言われてないか?」
「いや、全然ないです。むしろ食事を作ってくれるときの材料費を払いたいくらいですから」
「いきなりの惚気かっ!」
河合先輩がばしっと俺の背中を叩いて笑った。
「なんで元気ないんだよ、そんなら」
別府先輩がつまみをさりげなく俺のほうに差し出しながら聞いてきた。
でも、抱きつぶすのが怖くて自制してますとは言えない。
「きついことでも言われたか?」
「いえ、違います。俺が突っ走って、無理をさせるのが悪いなと思ってて」
「そうか…?あんまり抱え込むなよ?おまえが何かを隠してることを俺たちが気づくくらいなんだから、彼女も気づいてると思うぞ?」
「…はい…」
「今日、一緒に帰るんだろ?ここに呼べば?」
河合先輩が流れで言ったことだったけど、俺は首をぶんぶんと振った。
「なんでだよ。おまえも彼女の職場の人たちと飲んだんだろ?」
「いえ、あの時は俺が車だったんで、みんな酒無しでいてくれて」
「おー、すげー、いい職場だな、そんな気配りできるとか」
「はい…すごくいい人達でした」
あの日、玲奈さんの職場の人たちに玲奈さんを大切にしてくださいと念を押されたのに、俺はそれができているのか罪悪感でチクチクと胸が痛んだ。
「それに…まだ怖くて…」
「なにがだよ?」
「玲奈さんが、俺以外の人を好きになったらと思うと、たとえ先輩でも他の男に会わせるのが嫌で…」
初めて胸の内を明かしたら、別府先輩と河合先輩がしばらく黙った後に「そうか」と頷いた。
「惚れてんだなー彼女に」
「おまえとしか会わないってのは無理だろう、現実的に」
「わかってるんですけど…」
「大目に見てやってください、こいつの初めての彼女なんですから」
後ろから長峰がやってきて、俺の隣に座った。
「なにもかも初めてなら、怖くなるじゃないですか。それに、彼女、とんでもなく美人なんですよ」
その言葉に先輩達もへぇ~っといったからかいの表情になった。
長峰を肘でつついた。
「ほんとだろ?おまえの半分くらいしかないような細くて綺麗なお姉さんと付き合ってれば、そりゃ不安にもなるって」
「なんだよ、長峰には会ってんじゃねーかよ」
「あれは、不可抗力で」
「俺たちで練習すればいいじゃん、誰もおまえの彼女を取ろうとしたりしないってわかってる分、安心だろ?」
「でも、玲奈さんが」
「おまえ、もし、彼女がおまえ以外の男にもほいほい惚れるとかって思ってるなら、相当失礼だからな。それ、自覚しとけよ」
長峰の言葉が胸に突き刺さった。
俺が俺に自信がないことと、玲奈さんが他の誰かを好きになってしまうかもしれないという不安は同じじゃない。
玲奈さんを信じていれば、本当はそんな不安は起きないはずなのに。
玲奈さんは、そんな人じゃ、絶対にない。
「わかりました。玲奈さんに聞いてみます」
ちょうどそのとき、駅に着いたと玲奈さんからメッセージが届いた。
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