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護衛としては優秀だと思います
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俺が注文したノンアルコールビールがくると、みんなでグラスを持って乾杯をすることになった。
当然のことのように、視線が相川店長さんに集まる。店長さんはいたって自然にグラスを持って、俺を見てから
「熊野くんのこれからの苦労をねぎらって、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
「えっ、えっ」
「???」
俺と玲奈さんは全く理解できない内容だったが、みんなは気持ちよくグラスを鳴らしてるし、俺にも乾杯してくれて、ぐびぐびと飲んでいた。
苦労をねぎらう?これからの?
これからの前途を祝してとか、決まりきったフレーズからかけ離れ過ぎて、グラスに口をつけるのも忘れていた。
玲奈さんは隣で口を尖らせて「もー」と言いながら、カシスオレンジを飲んでいる。
その様子にほっこりして、俺も半分ほど一気に飲んだ。
「わー、いい飲みっぷり~。今日はお酒を飲ませてあげられなくてごめんなさい」
確か、マキさんという人が申し訳なさそうに俺に小さく頭を下げた。
「いえいえ、全然大丈夫です。酒は寮でもよく飲むんで、飲まない日があっても楽しいですから」
「くっ…いい人…」
「??」
声が小さくて聞き取れなかったが、マキさんは口を手で覆って、顔を横にそらしてしまった。
「私と熊野さんは同い年だから、敬語使わなくていいからね。気楽にいこうね」
そう声をかけてくれたのは、カホさんだったはず。「ありがとうございます」と返した。
最後にアイリさんが「私、一番年下なんですね!どうぞ、パシッてください!」と元気に声をかけてくれた。
「みなさん、俺の年をご存知なんですね」
と俺がぽつりと言ったら、いっせいに目をそらされて、どんどん料理を盛られて、食べるように勧められた。
腹がかなり減っていたので、遠慮なく渡されたものを食べ進めていく。
どれも美味しくて、普段食堂や弁当や居酒屋では味わえないものばかりで、こういう料理もいいなぁと一人感動していた。
「今日は遅くなってごめんね。時々ミーティングがあるから、こんな時間になっちゃって」
「いえ、残業も大変ですね」
「熊野さんのお仕事も残業あったり、遅くなったりするんじゃない?」
「はぁ、まぁ、もう残業がいつものことのようになってますね。夜9時までの配送指定もあるので、それから戻ると11時とかになったりします」
「ひゃ~やっぱり想像以上に大変だねぇ」
残業の大変さは職種を超えるものがある。こうして経済は回っているわけだから、仕方ないといえば仕方ない。
玲奈さんの職場の人達はとてもいい人ばかりで、俺に話を振ってくれたり、お店の話をわかりやすくしてくれたり、全然疎外感を感じることもなかった。相川店長さんがなんというか、お父さんのようなまなざして俺を見ているというか、困っていないかずっと気にかけてくれている気がした。
玲奈さんがお手洗いに立ったとき、マキさんがおもむろに話し出した。
「橘先輩のこと、どうぞよろしくお願いします」
と深々と頭を下げるので、驚いた。状況が飲み込めず、きょろきょろしていると、カホさんが続けた。
「サブ、モテるんです。たぶん、想像を遥かに超えて。しっかり捕まえててください」
「そうなんです。サブは浮気もしませんし、一途なんでそういう心配はいらないんですけど、厄介な男どもが言い寄ってくるんです」
アイリさんがうんうん、と力強く、俺にとってはとても恐ろしいことを言い出した。
「橘を恋人にすると、そういう苦労はつきまとうと思うし、本人に自覚がない分、熊野くんは大変だと思う」
相川店長さんが念押ししてきて、俺は背中にじっとりと汗をかき始めた。
「でも、あいつほど、真面目で、一生懸命で、優しいやつはそうそういないと思う」
その言葉に、俺は「はい」と頷いて、心の奥が温かくなる感じがした。
あぁ、玲奈さんは職場の人たちにとても大切にされていて、信頼されているんだなと思った。
「だから、サブのこと、大切にしてください」
アイリさんに言われて、それにも俺は「はい」と短く答えた。
なんとなく部屋の雰囲気が丸くなった気がした。
「あと、夜のほうもっ」
アイリさんが何か言いかけたが、隣に座っていたカホさんが口を塞いでしまったのでわからなかった。
ちょうど玲奈さんも席に戻ってきて、その話はうやむやになった。
デザートが運ばれてきて、それを食べ終わったら、そろそろ帰ろうかという話になった。
俺も払おうとしたが、みんなから「呼び出したのは私達だから!」という徹底したガードで金額さえ確認できなかった。しかも、結局相川店長がカードで支払ってしまったので、全員で「ご馳走様でした」と一礼した。
終電にはギリギリ間に合うそうなので、店の前で別れて、俺と玲奈さんは駐車場へ向かった。
「私、軽トラ乗るの初めて~」
玲奈さんはにこにこしながら助手席に腰かけて、シートベルトをしようとしている。
ふわふわの揺れるスカートと綺麗なハイヒールは、軽トラにミスマッチだなぁと思いながらも、玲奈さんはそういうところを全く気にしないでいてくれるから、とても助かるなと心の中で思っていた。
俺もシートベルトをしめて、エンジンをかけた。
「じゃあ、帰りましょうか」
そう言葉にして、あぁ、こんな言葉を玲奈さんにかけられるなんて、幸せなことだと心底感じていた。
当然のことのように、視線が相川店長さんに集まる。店長さんはいたって自然にグラスを持って、俺を見てから
「熊野くんのこれからの苦労をねぎらって、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
「えっ、えっ」
「???」
俺と玲奈さんは全く理解できない内容だったが、みんなは気持ちよくグラスを鳴らしてるし、俺にも乾杯してくれて、ぐびぐびと飲んでいた。
苦労をねぎらう?これからの?
これからの前途を祝してとか、決まりきったフレーズからかけ離れ過ぎて、グラスに口をつけるのも忘れていた。
玲奈さんは隣で口を尖らせて「もー」と言いながら、カシスオレンジを飲んでいる。
その様子にほっこりして、俺も半分ほど一気に飲んだ。
「わー、いい飲みっぷり~。今日はお酒を飲ませてあげられなくてごめんなさい」
確か、マキさんという人が申し訳なさそうに俺に小さく頭を下げた。
「いえいえ、全然大丈夫です。酒は寮でもよく飲むんで、飲まない日があっても楽しいですから」
「くっ…いい人…」
「??」
声が小さくて聞き取れなかったが、マキさんは口を手で覆って、顔を横にそらしてしまった。
「私と熊野さんは同い年だから、敬語使わなくていいからね。気楽にいこうね」
そう声をかけてくれたのは、カホさんだったはず。「ありがとうございます」と返した。
最後にアイリさんが「私、一番年下なんですね!どうぞ、パシッてください!」と元気に声をかけてくれた。
「みなさん、俺の年をご存知なんですね」
と俺がぽつりと言ったら、いっせいに目をそらされて、どんどん料理を盛られて、食べるように勧められた。
腹がかなり減っていたので、遠慮なく渡されたものを食べ進めていく。
どれも美味しくて、普段食堂や弁当や居酒屋では味わえないものばかりで、こういう料理もいいなぁと一人感動していた。
「今日は遅くなってごめんね。時々ミーティングがあるから、こんな時間になっちゃって」
「いえ、残業も大変ですね」
「熊野さんのお仕事も残業あったり、遅くなったりするんじゃない?」
「はぁ、まぁ、もう残業がいつものことのようになってますね。夜9時までの配送指定もあるので、それから戻ると11時とかになったりします」
「ひゃ~やっぱり想像以上に大変だねぇ」
残業の大変さは職種を超えるものがある。こうして経済は回っているわけだから、仕方ないといえば仕方ない。
玲奈さんの職場の人達はとてもいい人ばかりで、俺に話を振ってくれたり、お店の話をわかりやすくしてくれたり、全然疎外感を感じることもなかった。相川店長さんがなんというか、お父さんのようなまなざして俺を見ているというか、困っていないかずっと気にかけてくれている気がした。
玲奈さんがお手洗いに立ったとき、マキさんがおもむろに話し出した。
「橘先輩のこと、どうぞよろしくお願いします」
と深々と頭を下げるので、驚いた。状況が飲み込めず、きょろきょろしていると、カホさんが続けた。
「サブ、モテるんです。たぶん、想像を遥かに超えて。しっかり捕まえててください」
「そうなんです。サブは浮気もしませんし、一途なんでそういう心配はいらないんですけど、厄介な男どもが言い寄ってくるんです」
アイリさんがうんうん、と力強く、俺にとってはとても恐ろしいことを言い出した。
「橘を恋人にすると、そういう苦労はつきまとうと思うし、本人に自覚がない分、熊野くんは大変だと思う」
相川店長さんが念押ししてきて、俺は背中にじっとりと汗をかき始めた。
「でも、あいつほど、真面目で、一生懸命で、優しいやつはそうそういないと思う」
その言葉に、俺は「はい」と頷いて、心の奥が温かくなる感じがした。
あぁ、玲奈さんは職場の人たちにとても大切にされていて、信頼されているんだなと思った。
「だから、サブのこと、大切にしてください」
アイリさんに言われて、それにも俺は「はい」と短く答えた。
なんとなく部屋の雰囲気が丸くなった気がした。
「あと、夜のほうもっ」
アイリさんが何か言いかけたが、隣に座っていたカホさんが口を塞いでしまったのでわからなかった。
ちょうど玲奈さんも席に戻ってきて、その話はうやむやになった。
デザートが運ばれてきて、それを食べ終わったら、そろそろ帰ろうかという話になった。
俺も払おうとしたが、みんなから「呼び出したのは私達だから!」という徹底したガードで金額さえ確認できなかった。しかも、結局相川店長がカードで支払ってしまったので、全員で「ご馳走様でした」と一礼した。
終電にはギリギリ間に合うそうなので、店の前で別れて、俺と玲奈さんは駐車場へ向かった。
「私、軽トラ乗るの初めて~」
玲奈さんはにこにこしながら助手席に腰かけて、シートベルトをしようとしている。
ふわふわの揺れるスカートと綺麗なハイヒールは、軽トラにミスマッチだなぁと思いながらも、玲奈さんはそういうところを全く気にしないでいてくれるから、とても助かるなと心の中で思っていた。
俺もシートベルトをしめて、エンジンをかけた。
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そう言葉にして、あぁ、こんな言葉を玲奈さんにかけられるなんて、幸せなことだと心底感じていた。
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