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好きになるのも勇気がいることを知りました
しおりを挟む三人は俺を見て、黙って三人で顔を見合わせて、ゆっくりと別府さんが俺と目を合わせて言った。
「それは…詳しく聞いてもいいか?」
それで、俺は荷物を届けるたびにおしぼりとドリンクをもらったこと。お返しをしたいと思っていること。でも、しばらく届ける仕事もないから何も特に進展はないこと。職務上で知り合った(と俺が勝手に思ってるだけかもしれないけど)人にそういうことをしていいのかわからないことを正直に話した。
「なんつーか、ただの親切な人かもしらんよな」
「おまえ、世間話とかしてたの、その人と」
「いや、暑いですねとかそうですねくらいしか」
「でも、おしぼりとドリンクを3回もくれるって、親切だとしても、そんだけ準備してくれてるかもしれないわけでしょ?なら、期待しちゃだめなんすかね?」
長峰が俺の気持ちを代弁するようなことを先輩達に聞いてくれる。
「うーん、たまにいるよな、そういう親切な人。たいて、おばあちゃんとかだけど」
「あー、これ持ってけ、あれ持ってけって渡そうとしたりされるな。河合は法人担当なんだから、もらったりするだろ、女性社員とかに」
「まぁ、連絡先聞かれたりはなー。でもそんな簡単に交換してらんないでしょ。評判も下がるし」
面倒見の良さが外見から溢れる別府さんは、個人住宅地のエリアが担当なだけあって、そういうことも日常茶飯事のようだ。
河合さんは元気溢れるイケメンということもあって、企業回りが多いらしい。そんな女慣れした河合さんでもそうそうには連絡先を交換しないということは、俺が連絡先を交換したいと思うのはやはり図々しい希望なんだろうか。
「それで、熊野はどうしたいと思ってるわけ?」
「…お礼を渡したくて…何にしたらいいか…」
俺の答えに三人ともうーんとうなって、黙ってしまった。
「お客様に物品渡すのはなぁ…形が残ると後からクレーム来るかもしれないし…」
眉間にシワを寄せて別府さんが俺が危惧していたことを指摘した。
「そう…ですよね。やっぱり、やめたほうがいいですよね」
「でもさ、タオル返すのくらいはよくないか?」
河合さんが落ち込む俺の背中を軽くぽんと叩いてくれた。
長峰は、しばらく黙ったまま、俺を見て言った。
「おまえはさ、タオル返して終わりでいいと思ってんの?本当はどうしたいと思ってんの?」
お見通しだよな、やっぱ。
「終わりにしたくない。できれば、その…連絡先を知って、お礼に食事とかに誘いたい…でも、俺」
「あー、だから!でもとかだっては余計!おまえ、このまま何事もなかったことになって、後悔しないわけ?おまえの人生で一度でもこんなことあった?」
「…ない」
「なら、当たって砕けろだろ。誘うだけ誘ってみたらいいじゃん。断られるかもしれないけど、断られるだろうけど、うまくいったらそれでいいじゃん」
今、それとなく断られるって言ったよな、長峰…
「まぁ、どうするかは熊野次第だけどさ、俺達はいつでも聞くから、あんまり考え込むな。運転中とかにぼーっとしたら事故って問題になるから、しっかりしろよ」
別府さんがうまいことまとめてくれて、とりあえずその話は終わりになって、あとはみんなで楽しく飲んだ。
胸のモヤモヤを話せたことが、少し気を楽にしてくれた。
長峰に言われて、明日は柔道の練習に出ることにした。俺たちみたいな脳筋は、考えてもダメなことは体を動かして解決しろ、だってさ。
確かに、体を動かして、頭をすっきりさせないといけない気がしてたから、俺もそれに頷いた。
それほどに、俺の人生で初めて訪れた色恋に、俺はすっかり頭の中を占領されてしまっていた。
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