動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

10

最近、ヒスイさんは過保護だと知った。


1日3食は当たり前に食べさせてくれるが、ベッドから起きあがろうとすると止められる。倒れて3日後、ようやく自由に動くことを許可された。まあ、ずっと後ろについて来て心配そうに見つめてくるが…


でも、俺からしたら嬉しかった。また、どこかに行ってしまうという不安を抱えずに生活出来るからだ。それに、誰かと共にしたことの方が少ないためこのひと時が幸せに感じる。


「あっ。」


嫌な感覚がしてそちらの方に視線を向けたら、ヒスイさんは顔を顰めながらも俺の後をついて来てくれる。もう、彼から行くなと止められることはなくなった。


曲がりくねりながら足を進めると、1人の女性の獣人が足を押さえて蹲っていた。その人に近付くと、小さな悲鳴をあげて後退りをされた。でも、俺の傍にいる人を見ると驚いたような顔をする。


「ヒスイ様？！」


俺はヒスイさんに視線を向けたが、彼は訝しげに彼女を見ていた。その反応で知り合いではないのかなと思ったけど、女性は嬉しそうに狐の尻尾を振り始める。


その反応に俺は嫌でも察しがついた。でも、俺はわざと知らないフリをして腰を下ろした。


「治療するので足を出して下さい。」


そう言うと彼女はチラリとヒスイさんに視線を向けてから、恐る恐る足を出して来た。人間を初めて見るせいだと分かるが、ヒスイさんとの反応の差に少しだけムカついた。


「ヒール」


淡い黄色の光が足を包み、消えると同時に骨折した足は綺麗に治った。足をパタパタと動かして痛みがないことを確認すると、彼女は頭を下げてお礼を言ってきた。


「ありがとうございます！」


「いえ、治って良かったです。それでは。」


この場を去ろうとすると腕を引かれる。


「あの、…よろしければ一緒に食事はどうでしょうか？」


恥ずかしそうに口を開くと自分の背後にいる人物に視線を向ける。モジモジと指先を弄る姿はどこか可愛らしさを演じさせる。


嫌だ…


そう思ったが口から言葉は出てこなかった。彼女はヒスイさんを目的としていることが明白なのに、自分が断っていいのか分からなかった。


どうしようか迷っていると、後ろに手を引かれてそのまま身体が支えられる。顔を上げるとどこか不機嫌そうなヒスイさんの顔が映る。


「ヒスイさん？」


「帰るぞ。」


腕を引かれて慌てて足を進めると、行手を阻むように狐人が両手を広げる。


「待って下さい！」


「何？」


「えっ？あっ…そのですから、一緒に食事をーー」


「必要ない。」


ヒスイさんはバッサリと言い切る。悲しそうに顔を歪めた彼女に密かに同情してしまう。でも、俺だって嫌だから何も言ってあげられない。


いまだに前を退こうとしない彼女に向かって、ヒスイさんは溜め息を吐く。それに反応するように小さな肩はピクリと動く。


「退け。」


鋭い眼光を受けて彼女は涙を浮かべながら、横に退く。ヒスイさんは真っ直ぐ足を進めると、一度も振り返ることなく家まで歩いた。


家に着いた瞬間、ベッドに寝て休むように言われがさすがに嫌でソファーに座る程度で許してくれた。さすがにここまで心配されるのは行き過ぎではないかと思うが、自分が反対の立場だと同じことしてるんだろうなと思い直した。


「ルカ。」


隣から名前を呼ばれたので、両手を広げてみるとヒスイさんが抱き締めてくれる。


「どうしたの？」


「狐の匂いがする。」


あの人に触られたところをヒスイさんが上書きするように撫でる。少しくすぐったくて思わず笑ってしまうと、彼は不服そうに顔を歪める。


「ごめん、くすぐったくて。」


「ルカ。何で、あいつの誘いを断らなかった？」


「え？」


ヒスイさんはじっと見つめてくる。


「あいつと一緒にいたかったのか？」


「え、違うよ。」


そう答えると首を傾げられる。


「なら、何故断らなかった？」


「いや、だって…あの人の目的はヒスイさんだったから。」


「俺？」


「うん。だから、俺が勝手に断るわけにもいかないでしょ？」


ヒスイさんの顔には意味が分からないと書いてある。


「俺はルカ以外と一緒にいる気はない。だから、断ればいい。」


何で俺に言うんだろう？自分で断りにくいのかな？


「うん、分かった。」


その答えでようやくヒスイさんの顔は緩む。やっと、機嫌を直してくれた彼にほっとして、腕に力を込めた。ヒスイさんの腕も優しく込められて身体が更に密着する。


誰かと抱き合うのってこんなに温かいんだって思った。とても居心地が良くて、時々1日中こうしていたいと考えてしまう。


ヒスイさんは好きなだけ甘えろと言ってくれたが、これも許してくれるのだろうか？許してくれる気がするが、迷惑な顔をされたら……うん、言うのは止めておこう。


ヒスイさんといると、つい我儘を言ってしまいそうで困る。前世でお願い事をすると決まって打たれたので今世では気をつけていた。

でも、ヒスイさんは優しいからお願いを言うと叶えてくれる。自分が食べたい物を言ったら作ってくれるし、一緒に寝て欲しいと言ったら横で寝てくれる。ヒスイさんの眼を見たいと言ったら好きなだけ見させてくれる。こんなに幸せでいいのかなと思うほど、今は恵まれていた。