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奴隷商人と皇太子
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目を開けるとまた知らない場所にいた。自分はただ水の上に立っていて、目の前には知らない男がいる。赤い月に照らされているのに、男の顔だけは暗く何も見えない。
どこかの貴族服を身に付けているが、まるで見覚えがない。真っ暗な服に身を纏い、手袋までもが黒い。
『いらっしゃい。』
「あなた、誰ですか?」
夢の中だと分かっていても、口に出さずにはいられなかった。男は足を踏み出した瞬間、目の前から消えた。驚いて目を見開くと背後から水が鳴る音がする。
『あなたの心は良いですね。』
重低音の声が耳に届く。男は視線を下から上へと向けてくる。そして、嫌な笑みを浮かべて顎に手を置く。
『あんたさえ、いなければ。』
その言葉にピクリと身体は反応する。
『あんたのせいで、私は不幸になった。あんたを産まれなければ、あんたが死ね「黙れっ!」』
手を握り締めて怒鳴ると、足元には先が尖った靴が視界に入る。
『君は面白いね。そんなにボロボロの心で今世はよく生きていられるな。』
「黙れって言ってるだろ。」
顎を無理矢理掴まれて視線を上げると、紫色の瞳だけが光って見えた。
『もっと欲を出せ。』
「離せ!」
腕を振り払うと同時に俺は現実世界へと戻ってきた。身体からは冷や汗が流れており、気持ち悪かった。
「何なんだよ……」
ラドリエン帝国に来てからは悪夢を見ることが多くなった。始めは、ただ水面の上にいるだけだったが次第に風景は不気味なものへと変化していった。淡い水色の水面はどす黒い色に変化し、夜空に浮かぶ白い月は赤色に染まった。
そして、遠い位置からこっちをじっと見つめていた1人の男。次第に近付いて来てはいたが、ただそれだけで済んでいた。だが、今日ついにあいつから話しかけてきた。
…怖い。前世のことまで知っていたアイツは誰なのか分からないし、あの空間も心が落ち着かない。
「玲於…」
会いたくて仕方がなかった。ここに来て、半年しか経っていないのに彼の元に戻りたかった。
心臓が煩くて、ベッドから立ち上がるとそのままテラスに立ち寄る。冷たい風が髪を撫でていき、少し熱くなった身体を冷やしてくれる。
「…玲於に会いたい。」
4年間も会えないなんて嫌だった。彼の顔を見たい、彼の声を聞きたい。自分がこんなに誰かを欲することになるなんて考えたこともなかった。
ここで必死に悪魔の血をについて勉強はしているが、難しいことばかりで学ぶことが嫌になる。
始めは周りから奇怪な目で見られていたが、今ではそれなりにここの人達とは仲良くなった。でも、ログナート帝国が恋しくして仕方がなくなる。始めから自分の存在を受け入れてくれた彼らに救われていたのだと改めて感じる。身体を抱き締めるように座り込む。
「玲於…玲於……」
愛おしい人の名前を呼ぶと更に会いたくなる。でも、口は止まらず彼の名前を呼び続けた。身体が暗闇に包まれる感じがする。このまま何も考えずに眠ってしまえたらいいのにと思ったが、すぐに元の感覚に戻る。
でも、先程とは違いどこか地面が温かい感じがする。
「空杜?」
「え?」
ふと、顔を上げるとじっとこちらを見つめてくる青い瞳と目が合う。俺は思わず目の前にいる彼に抱き付いた。
夢でもいい…ただ、この時間を好きなだけ味わいたかった。
「玲於!」
「え、夢?」
目の前の青年は驚いた声を上げながらも力強く抱き締めてくれる。懐かしい匂いに包まれて、嬉しくて泣きたくなった。
「これ、夢じゃないの?」
「夢じゃ、ないな。」
玲於は俺のことを確かめるように片手を頬に当てる。それに擦り寄るように頬を寄せて手を重ねると優しく微笑まれる。
「空杜、お帰り。」
「うんっ!」
玲於の首に両手を回すとそのまま彼の唇を奪った。そして、何度目かの口付けで口内に彼の舌が入り込んでくる。それに応えるように絡ませると身体を支えられ、そのままベッドへと押し倒された。
「空杜…」
切なそうに名前を呼ばれて、彼も自分に会いたかったのだとひしひしと感じた。再び抱き締められて、ようやく騒ついていた心が落ち着き始める。
玲於は隣に寝転がると、そっと頭を撫でてきた。そして、嬉しそうに微笑んでくれる。俺は大好きな匂いを嗅ぐように顔を胸に押し当てた。彼の匂いや温もりがこれは現実なんだと教えてくれて嬉しかった。
「ねえ、何で俺ここにいるの?」
「さあ?何か気配を感じて起きたら、黒い霧みたいなものに包まれた空杜が部屋の中にいたけど。」
黒い霧…それが何なのかは分からなかった。でも、説明が付けられないものは大体、悪魔の血のせいだと割り切れる。きっと、魔法を無意識のうちに使ってしまったのだろう。また、イーサンにでも聞いてみようと考え込んでいると、玲於に目尻をそっと撫でられる。
「何?」
「空杜、寝てないの?」
夢の出来事が一気に思い浮かんで、思わず身体が一瞬震えてしまう。玲於はそれに気付いたように身体を引き寄せてくれる。
「ここで休みな。」
背中を撫でてくれる手が心地良い。玲於と会った瞬間、緊張していた糸が切れたように眠気は訪れていた。
でも、ここで眠りたくはなかった。やっと、会えたのにこんな短い時間しか話せていないのに…
「大丈夫だよ。ラドリエン帝国にはあともう少しで行けるようになるから。」
「え?」
耳を疑ってしまう。条約を交わした時、イーサンは確かに4年後ではないと無理だと言っていた。まだ、半年しか経っていないのにそんなことが可能なのだろうか?
「空杜は分かりやすいよね。」
頭にキスを落とされる。
「父だけだと、交友関係を持つためには4年掛かっていただろうね。でも、俺だけじゃなくて、母もウィルもカールも手伝ってくれてるんだ。何なら、その部下達まで頑張ってくれてるんだよ。」
玲於はクスリと思い出すように笑う。
「皆んな、空杜やセスに会いたがってるんだよ。」
始めて知った。それに、そんなに沢山の人が敵国と仲良くしようと動いてくるてるなんて思ってもみなかった。しかも、俺とセスが何か影響を与えているなんて知らなかった。
「今年中には会いに行ってみせるから。だから、空杜も体調に気を付けて。このままだと、ヤってもすぐに気を失っちゃいそう。」
お尻を撫でられて、思わず払い除けると玲於は痛いと見せつけるように手を横に振る。
「玲於が変なことするから…」
そっぽを向くと宥めるかのように頬にキスを落とされる。
「ごめん。俺も空杜に会えて浮かれてるんだ。」
玲於はまた子供を寝かしつけるかのようにあやしてくる。子ども扱いされるのは嫌だったが、今回ばかりは嬉しく思う。
眠気に誘われて瞼が重くなる。それを見越したように玲於は「おやすみ」と口にする。空杜は最後に玲於に抱き付くとそのまま目を閉じた。
「大、すき………」
「俺も大好きだよ」
その言葉を最後に俺は眠りに付いた。
どこかの貴族服を身に付けているが、まるで見覚えがない。真っ暗な服に身を纏い、手袋までもが黒い。
『いらっしゃい。』
「あなた、誰ですか?」
夢の中だと分かっていても、口に出さずにはいられなかった。男は足を踏み出した瞬間、目の前から消えた。驚いて目を見開くと背後から水が鳴る音がする。
『あなたの心は良いですね。』
重低音の声が耳に届く。男は視線を下から上へと向けてくる。そして、嫌な笑みを浮かべて顎に手を置く。
『あんたさえ、いなければ。』
その言葉にピクリと身体は反応する。
『あんたのせいで、私は不幸になった。あんたを産まれなければ、あんたが死ね「黙れっ!」』
手を握り締めて怒鳴ると、足元には先が尖った靴が視界に入る。
『君は面白いね。そんなにボロボロの心で今世はよく生きていられるな。』
「黙れって言ってるだろ。」
顎を無理矢理掴まれて視線を上げると、紫色の瞳だけが光って見えた。
『もっと欲を出せ。』
「離せ!」
腕を振り払うと同時に俺は現実世界へと戻ってきた。身体からは冷や汗が流れており、気持ち悪かった。
「何なんだよ……」
ラドリエン帝国に来てからは悪夢を見ることが多くなった。始めは、ただ水面の上にいるだけだったが次第に風景は不気味なものへと変化していった。淡い水色の水面はどす黒い色に変化し、夜空に浮かぶ白い月は赤色に染まった。
そして、遠い位置からこっちをじっと見つめていた1人の男。次第に近付いて来てはいたが、ただそれだけで済んでいた。だが、今日ついにあいつから話しかけてきた。
…怖い。前世のことまで知っていたアイツは誰なのか分からないし、あの空間も心が落ち着かない。
「玲於…」
会いたくて仕方がなかった。ここに来て、半年しか経っていないのに彼の元に戻りたかった。
心臓が煩くて、ベッドから立ち上がるとそのままテラスに立ち寄る。冷たい風が髪を撫でていき、少し熱くなった身体を冷やしてくれる。
「…玲於に会いたい。」
4年間も会えないなんて嫌だった。彼の顔を見たい、彼の声を聞きたい。自分がこんなに誰かを欲することになるなんて考えたこともなかった。
ここで必死に悪魔の血をについて勉強はしているが、難しいことばかりで学ぶことが嫌になる。
始めは周りから奇怪な目で見られていたが、今ではそれなりにここの人達とは仲良くなった。でも、ログナート帝国が恋しくして仕方がなくなる。始めから自分の存在を受け入れてくれた彼らに救われていたのだと改めて感じる。身体を抱き締めるように座り込む。
「玲於…玲於……」
愛おしい人の名前を呼ぶと更に会いたくなる。でも、口は止まらず彼の名前を呼び続けた。身体が暗闇に包まれる感じがする。このまま何も考えずに眠ってしまえたらいいのにと思ったが、すぐに元の感覚に戻る。
でも、先程とは違いどこか地面が温かい感じがする。
「空杜?」
「え?」
ふと、顔を上げるとじっとこちらを見つめてくる青い瞳と目が合う。俺は思わず目の前にいる彼に抱き付いた。
夢でもいい…ただ、この時間を好きなだけ味わいたかった。
「玲於!」
「え、夢?」
目の前の青年は驚いた声を上げながらも力強く抱き締めてくれる。懐かしい匂いに包まれて、嬉しくて泣きたくなった。
「これ、夢じゃないの?」
「夢じゃ、ないな。」
玲於は俺のことを確かめるように片手を頬に当てる。それに擦り寄るように頬を寄せて手を重ねると優しく微笑まれる。
「空杜、お帰り。」
「うんっ!」
玲於の首に両手を回すとそのまま彼の唇を奪った。そして、何度目かの口付けで口内に彼の舌が入り込んでくる。それに応えるように絡ませると身体を支えられ、そのままベッドへと押し倒された。
「空杜…」
切なそうに名前を呼ばれて、彼も自分に会いたかったのだとひしひしと感じた。再び抱き締められて、ようやく騒ついていた心が落ち着き始める。
玲於は隣に寝転がると、そっと頭を撫でてきた。そして、嬉しそうに微笑んでくれる。俺は大好きな匂いを嗅ぐように顔を胸に押し当てた。彼の匂いや温もりがこれは現実なんだと教えてくれて嬉しかった。
「ねえ、何で俺ここにいるの?」
「さあ?何か気配を感じて起きたら、黒い霧みたいなものに包まれた空杜が部屋の中にいたけど。」
黒い霧…それが何なのかは分からなかった。でも、説明が付けられないものは大体、悪魔の血のせいだと割り切れる。きっと、魔法を無意識のうちに使ってしまったのだろう。また、イーサンにでも聞いてみようと考え込んでいると、玲於に目尻をそっと撫でられる。
「何?」
「空杜、寝てないの?」
夢の出来事が一気に思い浮かんで、思わず身体が一瞬震えてしまう。玲於はそれに気付いたように身体を引き寄せてくれる。
「ここで休みな。」
背中を撫でてくれる手が心地良い。玲於と会った瞬間、緊張していた糸が切れたように眠気は訪れていた。
でも、ここで眠りたくはなかった。やっと、会えたのにこんな短い時間しか話せていないのに…
「大丈夫だよ。ラドリエン帝国にはあともう少しで行けるようになるから。」
「え?」
耳を疑ってしまう。条約を交わした時、イーサンは確かに4年後ではないと無理だと言っていた。まだ、半年しか経っていないのにそんなことが可能なのだろうか?
「空杜は分かりやすいよね。」
頭にキスを落とされる。
「父だけだと、交友関係を持つためには4年掛かっていただろうね。でも、俺だけじゃなくて、母もウィルもカールも手伝ってくれてるんだ。何なら、その部下達まで頑張ってくれてるんだよ。」
玲於はクスリと思い出すように笑う。
「皆んな、空杜やセスに会いたがってるんだよ。」
始めて知った。それに、そんなに沢山の人が敵国と仲良くしようと動いてくるてるなんて思ってもみなかった。しかも、俺とセスが何か影響を与えているなんて知らなかった。
「今年中には会いに行ってみせるから。だから、空杜も体調に気を付けて。このままだと、ヤってもすぐに気を失っちゃいそう。」
お尻を撫でられて、思わず払い除けると玲於は痛いと見せつけるように手を横に振る。
「玲於が変なことするから…」
そっぽを向くと宥めるかのように頬にキスを落とされる。
「ごめん。俺も空杜に会えて浮かれてるんだ。」
玲於はまた子供を寝かしつけるかのようにあやしてくる。子ども扱いされるのは嫌だったが、今回ばかりは嬉しく思う。
眠気に誘われて瞼が重くなる。それを見越したように玲於は「おやすみ」と口にする。空杜は最後に玲於に抱き付くとそのまま目を閉じた。
「大、すき………」
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その言葉を最後に俺は眠りに付いた。
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