上 下
26 / 51
奴隷商人と皇太子

24

しおりを挟む
次の日、朝から玲於達が部屋に訪れて来た。昨晩は誰にも会うことなく、部屋に閉じ籠ったので今日会いに来たらしい。でも、彼らは焦った様子を見せる。

「空杜君、兄ちゃんって人が訪問して来たんだけど!」
「もう、来たんだ。」

昨日、イーサンと別れ際に約束をしたのだ。明日の朝、城に迎えに行くと。

空杜は応接間に向かって足を進めると、彼らも後をついてきた。部屋に入ると昨日とは違って、帝国の紋章が入った貴族の格好をしている。

「ソラ!」

名前を呼んで笑顔でこちらに足を進めてくる男は、両手を広げている。空杜は意思を固めると彼に向かって駆け寄った。

「兄ちゃん!今日も会いに来てくれたの?」

他の者からは不穏な雰囲気が流れる。本来なら、敵国の皇帝を城に招き入れることさえも嫌だったはずなのに、客として応接間に通してくれたのは俺のためだろう。

イーサンは身体を離すと昔のように頭を撫でてくる。

「ああ、ソラ。俺と、一緒に帰ろうか?」

うんと返事をしようとしたのに、声が出てこない。息を呑んで再び、返事をしようとすると後ろに身体が引かれる。

「やめて下さい。」
「玲於?」

上を見上げると優しく笑いかけられる。それだけで、不安に思っていた気持ちが和らいでいく。

「俺はソラと話してるんです。」
「ここではアリマって呼んで下さい。」
「はあ?」
「それが我が帝国の国民であるの名前ですから。」

見えない火花がどこか散っているように見える。それは他の者も同じらしく、頭を抱えている。

「ラドリエン皇帝、息子が失礼致しました。どうか、こちらに腰を掛けて頂けないかな。」
「…いえ、私も失礼致しました。」

イーサンはチラリとこちらに視線を向けると不服そうに身体を翻した。

「それで、私達からもアリマを連れて行かれるのは困るのですよ。彼は皇太子の専属騎士でもあるので。」
「それは、知らずに勝手なことを申してしまいましたね。でも、アリマを連れて帰らないと、後悔するのはそちらですよ?」
「どういう意味でしょうか?」

視線を向けて押し黙るイーサンに溜息を吐くと、空杜は玲於から離れた。そして、イーサンの側に立つと指輪を外して視線を前に向けた。それぞれが驚いたように視線を向ける。

「ご覧の通り、アリマも俺の仲間の1人になるんです。力を抑える方法は我が国でしか学べないんですよ。ですので、アリマは知識がなく、今すぐ学ばなければ悪魔の力に乗っ取られてしまうんですよ。」
「…そういうことですか。」

イーサンの瞳を見て、沈黙が部屋を包む。空杜は大好きな彼らの顔が見えなかった。自分の存在が忌み嫌われることを分かっていたのに、自分は騙して傍にいたのだ。

「なら、ラドリエン帝国が教えに来たらどうでしょうか?」

彼の言葉に反応するように視線を向けると、彼はいつもと変わらぬ態度で立っている。そして、自分と視線が合うと優しく微笑み掛けてくれた。

「…いえ、敵国に来るのは危険を伴いますので無理です。まず、この場所では教育材料が足りない。それに、もし何かあった時に治療を行えないではありませんか。薬では治らないんですよ。俺らと違って魔法を使えないですよね?」
「それなら、アリマを敵国に行くことも危険を伴うではありませんか。だから、平和条約でも結んで指導者が来ればいい。」
「皇太子、誰が好き好んで自分たちを貶めようとする国に行こうとするんですか?我らは先代の皇帝によって実験された被害者にも関わらず、人間達によって苦しめられてきたのです。アリマは受け入れられても、他の人は無理です。」
「アリマだけではないだろ?」

玲於は視線を背後に向ける。それにセスは答えるかのように瞳を赤く変化させた。空杜にとっては衝撃的だった。彼らは元からセスの身体に流れる血について知っていたのだ。

「…知っておられたんですね。」
「ええ、もちろんですよ。セスもアリマも我々によく仕えてくれる良い騎士ですよ。」

皇帝が話をする。隣にいる皇后も堂々としており、自分のことを思ってた以上に認めてくれていたんだと知った。

やっぱり、無理だ…この人達から離れたくない。そう思うと勝手に涙が溢れてくる。泣きたくないのに、泣いたら自分の意思で行こうとしているわけではないことがバレてしまうのに…

優しくて大きな手が自分の頭の後ろに回る。いつの間にか、目の前に来た彼に抱き締められており、そっとその背中に手を回した。

生きたいのに、離れたくない。でも、セスにも生きて欲しい。そんな感情を胸を蝕んで苦しかった。

暫くすると、隣に座っていた彼が溜息を吐く。そして、彼は姿勢を少しばかり崩すと、また大きな溜息を吐いた。

「…仕方ないですね。これでも、好きな相手には弱いんですよ。」

イーサンは自嘲をするとセスに視線を向けた。

「平和協定を結びましょう。そして、セス、貴方も力の使い方について学びに来なさい。我々がこちらに来るのは無理ですが、この場にいるあなた方を来るのは拒みません。ただし、受け入れられる存在ではないことを認識して来訪して下さいね。我が国では、貴方は敵国の騎士として有名すぎる。」

驚いてイーサンに視線を向けると、彼は柔らかな笑みを浮かべた。その姿はかつて、お兄さんと慕っていた時の彼のように見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり… 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

主人公は俺狙い?!

suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。 容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。 だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。 朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。 15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。 学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。 彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。 そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、 面倒事、それもBL(多分)とか無理!! そう考え近づかないようにしていた。 そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。 ハプニングだらけの学園生活! BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息 ※文章うるさいです ※背後注意

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て運命の相手を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ──────────── ※感想、いいね大歓迎です!!

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

処理中です...