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奴隷商人と皇太子

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煌びやかに着飾る自分の姿にお前は誰だと言いたくなる。ただでさえ、制服姿の自分も見慣れないのに、今日の正装は一段と自分らしくもない。

「アリマ。」

終いにはこの名前だ。視線を正面に向けると、これはまた一段と神々しい一同が座っている。馬車から出たい気分だ。

「その名前、やっぱ聞き慣れないです。」
「私は気に入ってるぞ。」
「私もよ!」

夫婦仲良く共感、いや家族で共感されても困る。

「セスもそう思うわよね?」

熱い視線を受けてセスも首を振る。そりゃ、こんな威圧されたら、「はい」としか言えないだろう。もしかしたら、セスだったら普通に否定出来るかもしれないが。

アリマという名前はこの3人が付けた。名付け方は簡単だ。アレツ皇帝、リアム皇太子、マイラ皇后の頭文字だ。さすがに、人前で空杜と帝国名らしくない名前を呼ぶことは出来ないため、新たに名付けられた。

玲於は本来の名前を知っているが、何も知らないフリをしてくれる。自分が以前、呼ばれたくないと言ったからだろう。両親にさえ黙っていてくれる玲於の優しさに胸が温かくなる。

それから少ししてから、舞踏会の会場となる場所に到着した。セスと一緒に先に降りて、周囲を確認してから馬車の扉を開ける。3人が外に出ると、一気に視線を浴びる。

空杜は皇族の護衛アリマとして気持ちを切り替えた。辺りを見回して警戒していると入り口に目が止まった。そこに、見慣れた後ろ姿の男が見えたのだ。この世にもう存在しないはずなのに、自分の記憶の中の人物とその髪色が結びつく。

「兄ちゃん…?」
「アリマ。」

セスに名前を呼ばれてすぐにハッとする。そうだ、今は護衛中なんだ。

「申し訳ございません。」
「気を引き締めて。」
「はい。」

セスとアリマはリアム皇太子の傍を護るように歩く。皇帝と皇后にはそれぞれ専属騎士が付いている。

歩いていると周囲から隠れ見るように視線を送られる。尊敬を込めた視線、嫉妬する視線、そして殺意を持った視線と様々なものが向けられる。

ウィルの疲れると言っていた意味がすぐに分かった。これは神経をかなり要するからだ。これを初めから完璧にこなし続けたセスを尊敬する。19歳の自分とは違って、10歳で行ったのだから。

舞踏会では、皇帝と皇后は共にし、リアム皇太子だけは別行動で行動した。もちろん、俺達はリアム皇太子に付いて行く。

リアム皇太子が別行動を取ると間もなく色んな人が寄って来た。仲良くなって取り入ろうとする者や何か弱みを握ろうとする者、そして皇太子妃を狙う者が絶え間なく近寄って来る。

本来ならば男性から踊りを誘うものだが、彼の場合は違う。女性の方から誘い、また女性の両親が勧めて来るのだ。リアムも丁重に断っているが、めげずにアタックして来る人が多い。

彼がモテることは分かっていた。でも、正直これほど人気だとは思ってもいなかった。鈍い胸の痛みを気付かないふりをして周囲に気を配る。

それから3時間程すると、リアム皇太子がこちらに目配せをしてくる。それを合図にセスと共に御令嬢達に頭を下げる。

「申し訳ございません。皇帝陛下が皇太子をお呼びのため、席を外させて頂きます。」

残念そうな声が上がるが、それを無視するかのようにセスが片手を皇帝がいる方向に向ける。指先を少しばかり逸らして失礼のないように。

そして、リアム皇太子は皇帝陛下の元に挨拶に行くと、話を合わせていた通りに休憩所に促される。休憩所に行くことを指示され、俺達は舞踏会場の上にある部屋へと向かった。

騎士が周囲を護るように配置された部屋の中に入ると、リアム皇太子は服装を緩めてソファーの上に身体を寝かせた。さすがの彼でも、やはり疲れるようだ。

「もー、まじで疲れる。」

顔を隠して嘆く姿を見て、俺は安心した。舞踏会場に居る時の彼はいつもと違って見えたが、今の彼は自分の知る玲於の姿だった。

「2人とも、お疲れ様。さすがにここは気を抜いても大丈夫だよ。」

そう言われて少しばかり気を緩める。これ程の部屋なら、このくらい気を緩めていても大丈夫だと判断した。侵入する場所はドアだけだから。

「アリマも面外していいよ。」
「はい。」

言われた通りに外すと、彼は自分の顔を見て嬉しそうに笑った。

「やっぱ、空杜が1番良いや。」

玲於は多くの人々に囲まれ、尚更空杜の側が居心地が良いと思った。

対して、空杜突然意味が分からないことを言われ眉間に皺を寄せた。とりあえず「ありがとうございます」と口にしといた。

それから、少しすると玲於に両親の様子を見て来て欲しいと頼まれた。始めはセスが行こうとしていたが、自分から名乗り出て空杜が行くことになった。セスの方が皇太子のことを護れることが分かっていたからだ。まだ、皇帝と皇后には専属騎士がいるため、彼に劣る自分が行った方が良いと思った。

俺は再び猫の面を被って部屋から出た。廊下を歩いていると、突然背後に誰かの気配を感じたので慌てて距離を取った。これ程近付かれるまで気付かないのは、セス以外初めてである。セスの場合は気付けないことの方が多いが…

警戒して相手を見ると、思わず目を見開く。それは相手も同じだったらしくて、驚いたように差し出した手をそのままにしていた。

「まさか、掴む前に気付かれるとは思わなかったな。」

…嘘だ。

「久しぶりだね、ソラ。」

そう優しく微笑む姿には見覚えがあった。光が当たると紺色に見える黒い髪と醸し出す雰囲気。例え、顔を覚えていなくてもそれが何より彼という証拠だった。

「い、きてたの…兄ちゃん?」

そう溢すと彼は首を傾げて近付いて来る。

「生きてた?よく、分からないけどソラは元気だった?」

兄ちゃんは頬に触れると、そのまま面の紐に向かって手を伸ばす。そして、紐を引っ張って緩めようとすると、突然背後に視線を向けた。それで、ようやく、誰かが近付いて来ていることに気付いた。

「タイミング悪いな…」

触れていた手が離れていくと、空杜は慌てて手を掴んだ。そして、縋るように握り締める。

「やだ、行かないで!」
「ソラ…」
「俺を置いて行かないでっ!」

諭すような視線を向けられても、何も考えられなかった。ただ、幼い頃の自分が表に出てきた気分だ。

「…日曜に噴水広場来れるか?9時に。」
「いける、と思う」
「なら、そこで会おう」
「ほんと?本当に会える?」
「うん、本当。俺だって、ずっと会いたかったんだから。」

目の前の青年は切なそうに微笑むと空いた方の手で彼の頭を引き寄せた。そして、頭にキスを落とすと空杜の緩んだ手の隙に人気のない方向に走り去って行ってしまった。

駆け寄ってくる足音に反応するように振り返ると、そこには慌てた様子を見せる皇帝陛下の専属騎士がいた。

「大丈夫でしょうか?!」
「だ、大丈夫です…」

声を震わせて答えると、彼の後ろから新しい自分の名を叫ぶ声がする。

「「アリマっ!」」
「皇帝陛下、皇后陛下。走られてはいけま…」

言い切る前に抱き締められる。

「大丈夫だった?あの者に何かされなかった?」
「そうだ、何をされたか言ってみなさい。」

心配そうに触られ、空杜はふと幼い頃の記憶を思い出した。

昔から兄ちゃんは空杜を心配するとすぐに触れて怪我していないか、無事かどうか確認していた。今の2人のように。

……兄ちゃんが、生きてた…でも、なんで?…本当に、あれは兄ちゃんだったのだろうか…

今更ながら死んだと思っていた兄ちゃんが生きていたことに戸惑い、現実なはずなのにどこか夢現状態に陥ってしまう。
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