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奴隷商人と皇太子

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「もー!可愛いい、可愛いすぎる!やっと、抱き締められたわ。」

自分よりも小柄な女性、しかも皇后陛下に抱き締められては、さすがにどうしたらいいのか分からなくなる。しかも、俺の中ではお菓子のメイドさんが皇后陛下という衝撃の事実に晒されている。助けを求めるように視線を後ろに向けると、様々な表情を浮かべる彼らがいた。

呆れたように頭を抱える玲於。苦笑を浮かべるカール。そして、思考が停止したように固まるウィルと無表情で立ち尽くすセス。セスに助けを求めようかと考えていると、それよりも早く声が掛かる。

「マイラ、彼が困ってるから離してあげなさい。」
「えー、仕方ないわね。」

どこか不服そうに答えながらも皇帝の言うことを聞く、マイラ皇后陛下。でも、今度は手を握り締めて離そうとはしない。皇帝も苦笑を浮かべるとこちらに近寄って来た。

「すまないね、マイラが。」
「いえ、こちらこそお呼び頂きありがとうございます。」

頭を深く下げようとすると、肩に手を置かれて首を振られる。戸惑いながらも身体を起こすと、満足そうに微笑まれた。

2人を見るとやっぱり、玲於の両親なんだなと感じた。彼の容姿はやはり、親譲りなのだろう。

「君にはハンクのことで感謝しないといけないね。ありがとう。」
「有り難きお言葉です。ですが、ただ私の願いを述べさせて頂いたまでなので、皇帝陛下の考えとは異なります。」

皇帝陛下の目を真っ直ぐ見て答えると、彼は嬉しそうに顎に手を当てる。

「君は、「空杜ちゃんっ!」空杜は「空杜ちゃん!」…空杜ちゃんは賢いね。」

「…っ…そんなことありません。」

思わず笑ってしまいそうになる。皇帝でも皇后には頭が上がらなさそうだ。なんか、貫禄のある大人がちゃん付けで呼んでくるのは面白いな。

「だが、庇ってくれなくても大丈夫だ。皇族の願いを代弁したと気付かれても何も問題はない。」

空杜は何もかも見透かされているのだと思った。

自分が彼らの願いを察して代弁したことで、皇族の権力に何か影響が出てしまうのではないかと恐れたため、自分の願いだと伝えた。皇族の身近な者だから罰しなかったと、国民に知られてしまっては信頼問題に関わるからだ。

誰かが隣に来たので視線を向けると、頭を抱えた玲於だった。

「母さん、またやったの?」
「何が?」
「また、何かに変装して近付いたの?」
「ええ、今回はメイドよ!」

玲於は大きな溜息を吐く。彼の様子からこれが初めてではなさそうだ。

「でも、本当に驚きましたよ。」
「ふふ、メイドの真似も上手でしょ?カールに会った時は驚いちゃったけど、乗り切れたし!」

玲於がジロリとカールを睨む。カールは視線を外して知らないふりをする。

「でも、2人のお茶会は楽しかったわ!空杜ちゃんが可愛くて、いつも長居しちゃいそうになるの!」
「いつも?!」

玲於の言葉にマイラ皇后陛下は目をパチクリさせる。

「ええ、そうよ。」
「…今回は1日だけじゃなかったんですね。何で、父さんも止めなかったんですか?」

息子から鋭い視線を向けられて、皇帝陛下も思わず視線を外していた。さすが親子だ、迫力がある。

「あらっ、だってアレツも私の同士よ?」
「え?」

思わずアレツ皇帝陛下に顔を向けると、彼は気まずそうに視線を彷徨わせる。そして、肩の力を抜いたように威厳のある態度を崩した。

「ああ、もう少し風格のある自分を見せたかったのに…」

先程とは打って変わって、なんか優しい雰囲気が滲み出てる。でも、なんか見覚えある気がする。こっちの考えが分かったのか、皇帝陛下は優しく笑いかけてくる。

「好きな相手と過ごせているか?」

その言葉でようやく、ピーンときた。

「あの時の騎士か!」

あっ、やばっ…口元を抑えると皇帝はクスリと笑って頭を撫でてくる。

「そうそう、君を「空杜ちゃんっ!」‥を地下牢まで連れて行った騎士だよ。」

もう、頭が痛い。

何これ、俺会ったことあんじゃん。え、しかも失礼な態度取った記憶あるし…

「申し訳ご「謝るな」…はい。」

すぐさま止められたので押し黙る。彼らから怒っている様子が見られないのが、せめてもの救いだ。

「でも、どうして私に会いに来られたんでしょうか?」
「それは、空杜ちゃんのことが気になったからよ!ほら、玲於が誰か連れて来るなんて珍しいのに、専属騎士、婚約者にしたいって直談判してきたから!」

皇后陛下がまた抱き締めて来ようとすると、身体が横に引っ張られた。肩には玲於の手があり、彼に引き寄せられたんだと思った。その姿に皇后はクスリと笑うと皇帝の腕に手を絡めた。

「まあ、そういうことだ。」
「それなら、これまで通りに母さんが1度探りを入れたら良かったじゃないですか。」
「それは、専属騎士と婚約者となると変わって来るからだろ「だって、空杜ちゃんと仲良くなりたかったんだもん。アレツも私の話を聞いて会いたくなったんでしょ。」…そうだね。」

皇帝はもう諦めたかのように苦笑している。

「私達は、とっくに玲於の傍に居てくれることを認めてるんだ。ただ、周囲に知らしめるために、このような試合は取らせて貰ったけどね。」
「空杜ちゃん、これからも宜しくね。」

2人からの言葉を受けてじんわりと胸が温かくなる。

「はい!こちらこそ宜しくお願い致します!」

頭を下げて満面の笑みを浮かべると、2人は一瞬動きを止めた。その途端、玲於は俺を隠すように背後に追いやる。

「ちょっと!玲於!」
「ダメだ!もう抱き付くな!父さんも手を伸ばすな!」

なんか、でっかい子どもが3人いるみたい。いいな、これ。やっぱ、俺はこの人を守りたい。

そう思っていると今度は後ろに引っ張られたので、背後から抱き締めて来た人物を見上げる。意外な人物で思わず目を見開くと、彼も驚いたように瞳を瞬かせる。

「セス?」
「…ここにいると巻き込まれる。おいで。」

セスに腕を引っ張られるとカールとウィルの側に移動させられる。3人は親子の間に入るのがめんどくさそうで、ただ見守っていた。いや、放置しているという方が正しいだろう。

それから、親子の喧嘩が終わったのは数分後のことだった。思っていたよりは短く終わったかな…

皆んなで城に戻っていると皇后陛下には頻りに、お茶会に誘われた。俺もまた一緒に出来るならしたかったから、勿論了承の返事で返した。

城に到着するとそれぞれ解散となり、自室へと足を運んだ。セスがじっとこちらに視線を向けて来たので、俺はいつもやってくれるように彼の頭を撫でてみた。

「おやすみ。」
「お、やすみ。」

微笑んで別れると俺は階段を上がった。なんだかんだ、1日中濃い時間となって驚くほど疲れたのだ。だから、部屋に着くと眠るように目を閉じた。

♦︎

洗面台の前で、彼に触れられた所に手を置くと、そっと下ろした。濡れた髪から雫が頬に落ちる。グレイの髪を掻き上げると、セスは鏡の中の自分を見つめた。

「…紅い眼。」

彼を抱き寄せた時、ほんの僅かだが空杜の瞳が変わった。綺麗なスカイブルーの瞳がガーネットのように紅い瞳を映し出したのだ。このことに気付いたのは間近で見ていた自分だけだろう。

「やっぱりソラは…」

そう溢した時、鏡に映る自分の瞳は紅く変わった。
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