現役DKアイドルと契約恋人〜超人気イケメンアイドルの正体は執着ストーカー?!

べーこ

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スーパーアイドルだって涙します

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「桃さん、思い出していただけましたか? このぬいぐるみずーっと大切にしてたんですよ。寂しい時はこの子を抱きしめている日もありました」

 シオンはぬいぐるみをそっと取って、抱きしめる。

「シオンがつーちゃんだったの?」
「そうですよ。あの頃は訳あって女の格好をして、偽名を名乗っていました」

 言葉が出てこない。あの小さくて可愛い女の子がシオンと同一人物なのは信じられない。
 つーちゃんは小さくて細くて、手足なんか今にも折れそうでお人形さんみたいだった。

 シオンは男性でもかなり身長がある部類だ。180cmあると前に言っていた。日本人女性の平均の身長である私は顎をあげないとシオンの顔は見えない。
 それに細身ではあるが程よく筋肉のついた引き締まった身体は男性そのものだ。私が思っているよりもずっと逞しい。

 あまりのメタモルフォーゼに開いた口が塞がらない。
 
「信じられない」
「でもあの子は俺なんです。鍵を無くした俺に桃さんが振舞ってくれたオレンジジュースは今まで1番美味しかったです」

 正直覚えていない。鍵を無くした女の子——つーちゃんを家に入れたのは覚えている。だけどどんな飲み物を振る舞ったかまでは流石に記憶に残っていなかった。
 だけど思い出を語るシオンはとても幸せそうだった。
 シオンは私をベッドへと座らせると自身も隣に腰掛けた。そして私の手をぎゅっと握る。
 シオンの骨ばった大きな手が私の手を包み込む。
 優しく微笑むシオンは機嫌が良さそうだ。私が昔のことを思い出したからだろうか。

 今ならいけるかもしれない。

「あ、あのさ、訊いてもいい?」
「なんですか? なんでも訊いてください」

 シオンの声色はいつもよりも明るく弾んでいる。

「あのさ、何訊いても怒らない? ひどいことしない?」
「それは質問によります。ここから逃げたいとか俺から離れたいとかだったら怒ります」
「そっ、そうじゃなくて! どうしてこんなことをしたの? だって普通軟禁なんかされたら好かれるものも好かれやしないじゃない!」
「……」

 シオンの纏う空気が変わる。穏やかで落ち着いていたものがピリピリとした重く鋭いものへと変化した。
 シオンの目つきもスッと細められ、険しい表情になる。きっとこの質問は地雷だったのだろう。
 でも私は知りたいのだ。シオンは馬鹿ではない。このような方法で想いを遂げられるはずがないのはわかっているはずだ。
 それに不思議な事にシオンへの恋心はまだ残っていた。あんなひどい事をされているのにも関わらずシオンのことは嫌いになりきれていない。
 シオンの手に力が入る。そして私の手を痛いくらいに握りしめる。

「……か」

 ボソリとシオンが呟く。聞き取れずに私はえ?と聞き返す。
 するとシオンは大きな声で繰り返す。

「正攻法で行ったけどダメだったじゃないか! それこそ出会いこそは仕組んだ。けど本気で桃さんに好きになってもらいたかった! だからデートも桃さんに喜んでもらえるように一生懸命考えた。話題だって桃さんについていけるように勉強した! コウくんの話しをされる度に、眼鏡をかけた同僚の男と楽しそうにしているのを見ると嫉妬でおかしくなりそうだった。それでも、好かれたくて俺はずっと必死だった。それなのに! 別れようって桃さんは言った! 俺がどれだけ桃さんのこと好きか桃さんは知らないんだ」

 シオンの目にはうっすらと水の膜が張る。そしてシオンが瞬きをするとそれは一筋の雫となって顔を伝っていく。

「役作りで街歩きのデートをした日から桃さんの態度が素っ気なくなって不安だった。何か嫌われる事をしたかってずっと気になっていた。嫌われたとしても理由を知りたかった。どうにかして話をしたくても、俺はCieloとしてアイドルの仕事があるし、桃さんは仕事あるしで全然会えない。連絡を取ってものらりくらりとかわされる。だから桃さんが何考えているかわからなかった。久々に連絡きたと思えば別れ話! どれだけ俺が絶望したかわかりますか⁉︎」

 シオンは堰を切ったように喋り続ける。涙声で気持ちを吐き出す姿はスーパーアイドルではなく普通の高校生の男の子だった。
 今まで見てきたどの姿よりも年齢相応で人間らしかった。

 そして私がシオンに恋心を抱いている事に気がついて避け始めた事をかなり気にしていた事がわかった。
 LIMEで連絡取り合っている時はそのような素振りは一切なかったので驚いた。

「さよならされるくらいなら嫌われたとしても側にいてくれる方がずっといい。だからここに桃さんを連れ去った。防犯・防音に優れているし、サービスも充実しているのがこの物件でした。何かあった時のために前から用意していた部屋です」

 想像以上にシオンは私のことが好きでびっくりした。そして私とシオンの間で大きなすれ違いがあることもわかった。
 私はシオンに気持ちを言わずに避けていた。シオンからしたら気分は良くないし、嫌われたと考えてもおかしくはない。
 逆の立場だったら私だって同じように思うはずだ。
 私もきっと言葉にして伝えなくてはいけないのだ。

「ごめんね。私、シオンの気持ちを知らない間に傷つけていた。私からも言いたい事あるの!」
「……何ですか?」
「私がシオンを避けてたのはシオンの事好きだって気づいたからなの。シオンと一緒にデートしたり連絡取り合っているうちに段々と惹かれていった」
「……ちょっと待ってください。それって桃さんも俺のことを好きって解釈してしまうんですけど」

 シオンの涙は止んで、少し戸惑ったように私に聞き返す。

「そうだよ。私も本当はシオンに惹かれていた。だけどアイドルと恋愛は御法度だし、シオンは役作りのために恋人関係になってると思ってたからこの気持ちはずっとしまっておくつもりだった。そして本気になる前に別れなきゃって思った」
「嘘…。桃さん本当ですか⁉︎  俺の事好きになってくれてたんですか。嘘、やった!」

 シオンの表情はコロコロと変わる。
 戸惑った顔だったり、笑顔になったりと見ていて思わず笑ってしまう。

「そうだよ。いつの間にか惹かれてた。シオンなんてすごいカッコいいんだから惹かれないわけばいじゃない。それに推しと恋愛感情の好きは違うよ。コウくんはかっこいいし、アイドルとしては最推しだよ。でもね、恋愛として惹かれているのはシオンだよ」

 そう言って私はシオンの手をそっと握り返す。

「嬉しい。でもいつかは桃さんに最推しになってもらえるように頑張りますね。好きって事はずーっと俺のそばにいてくれるよね?」

 シオンは極上の笑みを浮かべる。
 このままだとこの軟禁生活に同意した事になってしまう。ずっとここに閉じ込められるのは困るし、私だって色々と出かけたい。
 何よりも順序をすっ飛ばしすぎている。

「待って待って! 先飛ばしすぎ。未成年の子供が、しかも人気No. 1アイドルがアラサーの女と2人で住んでいるって大問題でしょ! 何よりもバレたら捕まるのは私だし! シオンだってスキャンダルは避けられないでしょ!」
「俺、普通の人間じゃないんですよ。いくらでも世間を欺くことはできます。それに昔は結婚から始まる時代もあったんですよ」

 駄目だ。暖簾に腕押しだ。確かにシオンは人間には不可能な不思議な力を操ることができる。だけどそういう問題ではない。
 私が倫理的に受け入れられないのだ。

「そうだとしても私が無理。好きな人とはちゃんと段階踏んで、お付き合いしてそれから然るべき関係に……」
「じゃあ俺がアイドルやめて一般人になればいいんですね。いいですよ。今すぐ間宮マネージャーに脱退の連絡します」

 シオンはスマートフォンをを取り出して電話をかけようとする。

「待って!待って! とにかく話し合い! 先走るな! まずは話し合いしよう」

 私は慌ててシオンから携帯電話をひったくったのだ。



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