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お外デート〜私のハートはドキドキ
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集合場所である駅前に向かうと目当ての人影が見えた。向こうも私に気がつくとこちらへと向かってくる。
「桃さん、今日はよろしくお願いしますね」
いつもとは違うラフな格好をしたシオンが明るく微笑む。
シオンは番組の衣装、握手会などのファンミーティングでの私服は綺麗目でスマートな印象を与える服が多い。そのためか実年齢より少し大人びた印象を与える。
だけど今日はざっくりとした少しサイズの大きい紺色のTシャツにベージュのテーパードタイプのチノパンに黒いキャップを合わせている。背中には黒いリュックを背負っている。
さらに黒縁眼鏡をかけているせいかテレビで見る彼とは全く雰囲気が違う。やんちゃな印象を与え、年相応に見える。
私ならシオンとはわからないかもしれない。
「よろしくお願いします」
今日のお出かけはシオンの役である拓海とヒロインの絢音のデートコースを周るものだ。
ドラマでのデートは高校進学をきっかけに上京し、絢音の実家に下宿することになった彰人が東京の街を歩くというものだ。
絢音の家は隅田川沿いにある下町だ。シオンが言うにはドラマでのデートコースは下町を歩き、純喫茶でおしゃべりをするらしい。
ドラマと全く同じコースを今日は辿るのだ。
シオンの役作りのためである。シオンからドラマの舞台を下見したいから一緒に付き合ってほしいと言われたのだ。
最初はアイドルと出かけるなんて週刊誌にでも取られたらまずいと断った。しかし、シオンに「俺がドラマで無様な演技を晒して視聴者の皆さんから叩かれてもいいんですか?」と言われると断れなかった。
外は快晴で陽射しが降り注ぐ。気温も快適で絶好のお出かけ日和だ。
「俺、ロケとかでいろんな所行ってますけど、こうやってゆっくりと周りを見ることはないから新鮮だな」
隅田川沿いの下町——といっても東京なので開発も進んでおり、現代らしい風景と昔ながらの家屋が融合した独特の街並みだ。
江戸時代の文化が色濃く残る地域で意外と見るところは多い。美術館や資料館、さらに観光地として人気の庭園もあるのだ。
さらにカフェ街としても今は有名で、オシャレなコーヒーショップが立ち並んでいる。
「私もこっちの方はほとんど行ったことないんだよね」
私の休日は家で寝ているか、撮り溜めたコウくんの出演番組を見ているかだ。それ以外は推しグッズを見に行く事が多い。
「そうですか。じゃあ今日は目一杯楽しみましょうね。役作りとはいえどもプライベートで女性とこうやって出かけるのは初めてです」
「アイドルだからそういうのは御法度でしょ?」
芸能界の中でもアイドルに関しては男女問わず恋愛には厳しい。熱愛が発覚した女子アイドルのファンだった男性が集めた推しグッズを全て壊すという過激な動画がバズる。そんな世界だ。
実際にサンディアプロモーションに所属する研修生の男の子が女性とデートしてそれがSNSにあげられて炎上した事もある。
「そうですね。でも桃さん、アイドルだって人間です。デートを楽しむくらいはしますよ。大事なのはいかに隠し通せるかです。芸能界なんて嘘を纏ってなんぼの世界ですよ」
「うわー、現実突きつけないでー。コウくんもデートとかするのかな? 想像したら辛くなってきたああ」
「さあ、どうでしょうね? それよりも桃さんデート中に他の男の名前出すのは感心しませんよ」
綺麗な街並みを歩きながら不機嫌そうにシオンが呟く。そして、ぎゅっと私の手を握る。
そして私の顔をじっと見つめる。吸い込まれそうな深い色をしているその瞳は綺麗だ。でも見ているとその瞳に飲み込まれてずっとそこに閉じ込められそうだ。
「他の男の事は見ないでください。名前を出すのもダメです。今だけは俺を見てよ。桃さんの恋人は俺ですよ」
シオンの独占欲が剥きでたセリフに少しギョッとする。漫画やドラマでしか見たことのない台詞だ。
いくらドラマのためとはいえ、私みたいな冴えない社会人にでも恋人を演じるプロ根性に感心する。
実際にシオンの演じる拓海は独占欲が強く、絢音の周りに嫉妬する事も多い。
絢音の周りの男に牽制をかけるシーンも見られるらしいのだ。
「シオンってそういうことさらっと言えるのすごいよね。恥ずかしくならない?」
「アイドルやってるんだからこれくらい朝飯前ですよ。では行きましょうか」
道を歩いていて気がついたのはシオンは必ず車道側を歩いてくれる事、私の歩みに合わせて歩くスピードを調節してくれている事だった。
「この辺初めて来たけど色んなお店があるんだね」
「そうですね。このあたりはカフェ激戦区なのと雑貨屋も多いですね。興味のあるお店があったら言ってください」
言われてみて気がついたがレトロな雰囲気のオシャレなお店が多く建ち並んでいた。私は一軒のお店が目についた。
「ここ入ってみてもいい?」
「もちろんですよ」
店のドアを開けると古い本の香りが漂う。そして背の高い本棚にはぎっしりと本が並んでいた。
ヨーロッパの本屋さんのような内装はオシャレだ。
「見たところ外国の古本をメインに取り扱っているみたいです。後はアクセサリーの雑貨とかも販売しているみたいですね」
「へえ、すごいなあ。あっ表紙見て、可愛いね」
私は一冊の本を手に取る。クマのぬいぐるみの表紙の絵本だ。
「そうですね。外国の絵本とか見るのは初めてです。フランスの本みたいですね」
「そういえばシオンってクマのぬいぐるみが宝物って聞いたけどこのクマに似てる?」
前にインタビューでコウくんが暴露していた内容な触れてみた。現役男子高校生の宝物がぬいぐるみって少し変わってるなと思っていたのだ。
「俺の持ってるぬいぐるみの方がずーっと可愛いですよ。でも、1番可愛いのは隣にいる桃さんですよ」
シオンはそう言ってウィンクする。
シオンの出演するドラマの原作である漫画では『ぬいぐるみよりも絢音の方が可愛いよ』という台詞があるのだ。
「シオンったらすっかり拓海になりきってるね」
「これは拓海として絢音に言った台詞ではなくてシオンとして桃さんに言った台詞ですよ。俺は雑貨の方を見てきますね」
そう言ってシオンは雑貨コーナーへと姿を消した。
顔が赤くなるのを感じる。昔から芋臭い、垢抜けないと周りの男性に言われていたせいかこうやって素直に褒められると照れてしまうのだ。
まさかアラサーになってからこんな風に男の子とデートしてドキドキするとは思っていなかった。
街をひとしきり歩いた後は休憩でシオンのおすすめのカフェで休憩していた。
ドラマの喫茶店のモデルとなった純喫茶だ。
昭和レトロを思わせる内装とオルゴールで流れるBGMは外とは別世界だ。外の喧騒とは無縁だ。
「へえ。すごい昭和感あるね。タイムスリップしたみたい」
「ここは雰囲気も最高ですけど、コーヒーとケーキも美味しいんですよ」
メニューを渡されて注文を決める。私はカフェオレにフルーツサンドを頼み、シオンはブラックコーヒーとナポリタンスパゲッティとチーズケーキを注文した。
「シオンはここに来たことあるの?」
「1回だけ来たことあります。オフの日に雰囲気に惹かれてふらっと入りました。その時はコーヒー飲んで終わりましたけど」
「そっか」
「ここは絢音と拓海がデートしている喫茶店のモデルなんですよ。原作の漫画ではデート以外でも度々出てくるんです」
確かにこのレトロで洒落た内装は絵になる。好きな人は好きな雰囲気だ。
「なるほど」
「そういえば桃さんに聞きたいことがあったんです。こないだ一緒にいた男の方誰ですか? 眼鏡かけた男の人と街歩いてましたよね? 桃さんの会社の近くの繁華街で2人きりで」
シオンの表情が剣呑なものに変わる。声も1トーン落ちて少し怖い。
私が最近男の人と歩いたのは同僚兼ドルオタ仲間の阿賀野君だけだ。というかそれは間違いなくこないだの推し語りをした時だろう。
「ど、同僚だよ」
「恋人じゃないんですか? ずいぶん楽しそうに話しながら歩いていましたけど。しかもそういう事するホテルもたくさんありますよね?」
そりゃあCieloについて語れるんだから楽しくもなる。シオンはもしかして阿賀野君と私が付き合っていると思っているのだろうか?
偽りの恋人とは思えない言動に何かが引っ掛かる。小骨が刺さった感じというべきか。
「違う違う。そういう関係ではないよ。楽しそうに見えたのはおそらくお互いに推しの話してたから。阿賀野君もCieloファンなの。ちなみにシオン推し」
「俺推しですか……。じゃあ桃さんはあの阿賀野さんという方とは付き合っているとかじゃないんですね」
「違う違う」
「よかった。こう見えて俺嫉妬深いんです。浮気とか絶対許せない派なんですよ。二股かけるとかもっての他ですね」
カラッとした明るい笑いをシオンは見せる。だけどさっき見せた表情があまりにも冷たく、私はその余韻が抜けきっていなかった。
話題を変えようと私は気になっていた事をシオンに問いかける。
「そういえばCieloってグループ名は誰がつけたの?」
Cielo——スペイン語で空を意味する言葉。彼らの爽やかさを象徴するグループ名が私は結構気に入っていた。
「俺たち4人で相談してつけたんですよ。空って色んな顔を見せるじゃないですか。晴れ渡った青、燃えるような赤い夕焼け、日暮れの青とオレンジのグラデーションで僅かに見える緑、そして夜に近づくにつれて紫に染まっていくって感じで空には色んな顔があるんです」
確かに空は様々な顔を見せる。そしてその顔はどれも魅力的だ。実際に空を写した写真集が発売されているとつい手に取ってしまう。
でも私の故郷の空はそんな事はなかった。1年の半分は雨が降る街だった。だから常に灰色の雲が空を覆っていたのだ。
「確かにそうだね。空って綺麗だもんね」
「俺たちも空みたいに色んな姿を見せて輝きたいっていう願いを込めてつけたんですよ」
「素敵」
「褒めてもらえて嬉しいです。でも俺の知っている空は違いました。常に厚い雲に覆われた灰色が俺の知る空でした。でもそんな空嫌いじゃないんですよ。だっていつも快晴だったらその空の青が綺麗なのはわからないじゃないですか」
話していると注文していた料理が来た。
それからはなんて事のない事を話した。シオンはどんな話題でもさらりと返しは話に乗ってくれる。
本人に曰く「番組とか出るのに話に乗れないのは致命的ですので」との事だ。
「ご馳走様でした。美味しかったね」
「そうですね。もうそろそろ解散ですかね。桃さんと別れるの寂しいな」
シオンは本当に恋人と別れを惜しむかのように呟く。シオンのその表情はずるい。そんな顔されたら本気になってしまいそうだ。
契約恋人なのに今まで付き合ってきたどの彼氏よりも寂しそうにしてくれる。シオンと付き合う女の子はきっともっともっと大切にしてもらえるのだろう。
そう思うと胸がきゅうと締め付けられる。
「私も寂しいな」
一瞬だけ溢れた本音に慌てて口を塞ぐ。
「桃さん、何か言いましたか?」
「なっ、なんでもないよ。そうだ。今日は楽しかったよ! ご飯も美味しかったし。そ、そうだ。私仕事残ってたんだ。ごめん帰るね」
誤魔化すように明るく笑う。自分の心境の変化を悟られてはいけない。シオンは私を信頼して契約恋人を持ちかけたのだ。
だから私が彼を好きになるのは彼の信頼を裏切る真似な気がする。
送っていきますという言葉を無視して私はシオンと別れた。
このままだとシオンの事を本当に好きになってしまいそうなのが怖かったのだ。
私は振り向かずにそのまま家へと帰ったのだった。
「桃さん、今日はよろしくお願いしますね」
いつもとは違うラフな格好をしたシオンが明るく微笑む。
シオンは番組の衣装、握手会などのファンミーティングでの私服は綺麗目でスマートな印象を与える服が多い。そのためか実年齢より少し大人びた印象を与える。
だけど今日はざっくりとした少しサイズの大きい紺色のTシャツにベージュのテーパードタイプのチノパンに黒いキャップを合わせている。背中には黒いリュックを背負っている。
さらに黒縁眼鏡をかけているせいかテレビで見る彼とは全く雰囲気が違う。やんちゃな印象を与え、年相応に見える。
私ならシオンとはわからないかもしれない。
「よろしくお願いします」
今日のお出かけはシオンの役である拓海とヒロインの絢音のデートコースを周るものだ。
ドラマでのデートは高校進学をきっかけに上京し、絢音の実家に下宿することになった彰人が東京の街を歩くというものだ。
絢音の家は隅田川沿いにある下町だ。シオンが言うにはドラマでのデートコースは下町を歩き、純喫茶でおしゃべりをするらしい。
ドラマと全く同じコースを今日は辿るのだ。
シオンの役作りのためである。シオンからドラマの舞台を下見したいから一緒に付き合ってほしいと言われたのだ。
最初はアイドルと出かけるなんて週刊誌にでも取られたらまずいと断った。しかし、シオンに「俺がドラマで無様な演技を晒して視聴者の皆さんから叩かれてもいいんですか?」と言われると断れなかった。
外は快晴で陽射しが降り注ぐ。気温も快適で絶好のお出かけ日和だ。
「俺、ロケとかでいろんな所行ってますけど、こうやってゆっくりと周りを見ることはないから新鮮だな」
隅田川沿いの下町——といっても東京なので開発も進んでおり、現代らしい風景と昔ながらの家屋が融合した独特の街並みだ。
江戸時代の文化が色濃く残る地域で意外と見るところは多い。美術館や資料館、さらに観光地として人気の庭園もあるのだ。
さらにカフェ街としても今は有名で、オシャレなコーヒーショップが立ち並んでいる。
「私もこっちの方はほとんど行ったことないんだよね」
私の休日は家で寝ているか、撮り溜めたコウくんの出演番組を見ているかだ。それ以外は推しグッズを見に行く事が多い。
「そうですか。じゃあ今日は目一杯楽しみましょうね。役作りとはいえどもプライベートで女性とこうやって出かけるのは初めてです」
「アイドルだからそういうのは御法度でしょ?」
芸能界の中でもアイドルに関しては男女問わず恋愛には厳しい。熱愛が発覚した女子アイドルのファンだった男性が集めた推しグッズを全て壊すという過激な動画がバズる。そんな世界だ。
実際にサンディアプロモーションに所属する研修生の男の子が女性とデートしてそれがSNSにあげられて炎上した事もある。
「そうですね。でも桃さん、アイドルだって人間です。デートを楽しむくらいはしますよ。大事なのはいかに隠し通せるかです。芸能界なんて嘘を纏ってなんぼの世界ですよ」
「うわー、現実突きつけないでー。コウくんもデートとかするのかな? 想像したら辛くなってきたああ」
「さあ、どうでしょうね? それよりも桃さんデート中に他の男の名前出すのは感心しませんよ」
綺麗な街並みを歩きながら不機嫌そうにシオンが呟く。そして、ぎゅっと私の手を握る。
そして私の顔をじっと見つめる。吸い込まれそうな深い色をしているその瞳は綺麗だ。でも見ているとその瞳に飲み込まれてずっとそこに閉じ込められそうだ。
「他の男の事は見ないでください。名前を出すのもダメです。今だけは俺を見てよ。桃さんの恋人は俺ですよ」
シオンの独占欲が剥きでたセリフに少しギョッとする。漫画やドラマでしか見たことのない台詞だ。
いくらドラマのためとはいえ、私みたいな冴えない社会人にでも恋人を演じるプロ根性に感心する。
実際にシオンの演じる拓海は独占欲が強く、絢音の周りに嫉妬する事も多い。
絢音の周りの男に牽制をかけるシーンも見られるらしいのだ。
「シオンってそういうことさらっと言えるのすごいよね。恥ずかしくならない?」
「アイドルやってるんだからこれくらい朝飯前ですよ。では行きましょうか」
道を歩いていて気がついたのはシオンは必ず車道側を歩いてくれる事、私の歩みに合わせて歩くスピードを調節してくれている事だった。
「この辺初めて来たけど色んなお店があるんだね」
「そうですね。このあたりはカフェ激戦区なのと雑貨屋も多いですね。興味のあるお店があったら言ってください」
言われてみて気がついたがレトロな雰囲気のオシャレなお店が多く建ち並んでいた。私は一軒のお店が目についた。
「ここ入ってみてもいい?」
「もちろんですよ」
店のドアを開けると古い本の香りが漂う。そして背の高い本棚にはぎっしりと本が並んでいた。
ヨーロッパの本屋さんのような内装はオシャレだ。
「見たところ外国の古本をメインに取り扱っているみたいです。後はアクセサリーの雑貨とかも販売しているみたいですね」
「へえ、すごいなあ。あっ表紙見て、可愛いね」
私は一冊の本を手に取る。クマのぬいぐるみの表紙の絵本だ。
「そうですね。外国の絵本とか見るのは初めてです。フランスの本みたいですね」
「そういえばシオンってクマのぬいぐるみが宝物って聞いたけどこのクマに似てる?」
前にインタビューでコウくんが暴露していた内容な触れてみた。現役男子高校生の宝物がぬいぐるみって少し変わってるなと思っていたのだ。
「俺の持ってるぬいぐるみの方がずーっと可愛いですよ。でも、1番可愛いのは隣にいる桃さんですよ」
シオンはそう言ってウィンクする。
シオンの出演するドラマの原作である漫画では『ぬいぐるみよりも絢音の方が可愛いよ』という台詞があるのだ。
「シオンったらすっかり拓海になりきってるね」
「これは拓海として絢音に言った台詞ではなくてシオンとして桃さんに言った台詞ですよ。俺は雑貨の方を見てきますね」
そう言ってシオンは雑貨コーナーへと姿を消した。
顔が赤くなるのを感じる。昔から芋臭い、垢抜けないと周りの男性に言われていたせいかこうやって素直に褒められると照れてしまうのだ。
まさかアラサーになってからこんな風に男の子とデートしてドキドキするとは思っていなかった。
街をひとしきり歩いた後は休憩でシオンのおすすめのカフェで休憩していた。
ドラマの喫茶店のモデルとなった純喫茶だ。
昭和レトロを思わせる内装とオルゴールで流れるBGMは外とは別世界だ。外の喧騒とは無縁だ。
「へえ。すごい昭和感あるね。タイムスリップしたみたい」
「ここは雰囲気も最高ですけど、コーヒーとケーキも美味しいんですよ」
メニューを渡されて注文を決める。私はカフェオレにフルーツサンドを頼み、シオンはブラックコーヒーとナポリタンスパゲッティとチーズケーキを注文した。
「シオンはここに来たことあるの?」
「1回だけ来たことあります。オフの日に雰囲気に惹かれてふらっと入りました。その時はコーヒー飲んで終わりましたけど」
「そっか」
「ここは絢音と拓海がデートしている喫茶店のモデルなんですよ。原作の漫画ではデート以外でも度々出てくるんです」
確かにこのレトロで洒落た内装は絵になる。好きな人は好きな雰囲気だ。
「なるほど」
「そういえば桃さんに聞きたいことがあったんです。こないだ一緒にいた男の方誰ですか? 眼鏡かけた男の人と街歩いてましたよね? 桃さんの会社の近くの繁華街で2人きりで」
シオンの表情が剣呑なものに変わる。声も1トーン落ちて少し怖い。
私が最近男の人と歩いたのは同僚兼ドルオタ仲間の阿賀野君だけだ。というかそれは間違いなくこないだの推し語りをした時だろう。
「ど、同僚だよ」
「恋人じゃないんですか? ずいぶん楽しそうに話しながら歩いていましたけど。しかもそういう事するホテルもたくさんありますよね?」
そりゃあCieloについて語れるんだから楽しくもなる。シオンはもしかして阿賀野君と私が付き合っていると思っているのだろうか?
偽りの恋人とは思えない言動に何かが引っ掛かる。小骨が刺さった感じというべきか。
「違う違う。そういう関係ではないよ。楽しそうに見えたのはおそらくお互いに推しの話してたから。阿賀野君もCieloファンなの。ちなみにシオン推し」
「俺推しですか……。じゃあ桃さんはあの阿賀野さんという方とは付き合っているとかじゃないんですね」
「違う違う」
「よかった。こう見えて俺嫉妬深いんです。浮気とか絶対許せない派なんですよ。二股かけるとかもっての他ですね」
カラッとした明るい笑いをシオンは見せる。だけどさっき見せた表情があまりにも冷たく、私はその余韻が抜けきっていなかった。
話題を変えようと私は気になっていた事をシオンに問いかける。
「そういえばCieloってグループ名は誰がつけたの?」
Cielo——スペイン語で空を意味する言葉。彼らの爽やかさを象徴するグループ名が私は結構気に入っていた。
「俺たち4人で相談してつけたんですよ。空って色んな顔を見せるじゃないですか。晴れ渡った青、燃えるような赤い夕焼け、日暮れの青とオレンジのグラデーションで僅かに見える緑、そして夜に近づくにつれて紫に染まっていくって感じで空には色んな顔があるんです」
確かに空は様々な顔を見せる。そしてその顔はどれも魅力的だ。実際に空を写した写真集が発売されているとつい手に取ってしまう。
でも私の故郷の空はそんな事はなかった。1年の半分は雨が降る街だった。だから常に灰色の雲が空を覆っていたのだ。
「確かにそうだね。空って綺麗だもんね」
「俺たちも空みたいに色んな姿を見せて輝きたいっていう願いを込めてつけたんですよ」
「素敵」
「褒めてもらえて嬉しいです。でも俺の知っている空は違いました。常に厚い雲に覆われた灰色が俺の知る空でした。でもそんな空嫌いじゃないんですよ。だっていつも快晴だったらその空の青が綺麗なのはわからないじゃないですか」
話していると注文していた料理が来た。
それからはなんて事のない事を話した。シオンはどんな話題でもさらりと返しは話に乗ってくれる。
本人に曰く「番組とか出るのに話に乗れないのは致命的ですので」との事だ。
「ご馳走様でした。美味しかったね」
「そうですね。もうそろそろ解散ですかね。桃さんと別れるの寂しいな」
シオンは本当に恋人と別れを惜しむかのように呟く。シオンのその表情はずるい。そんな顔されたら本気になってしまいそうだ。
契約恋人なのに今まで付き合ってきたどの彼氏よりも寂しそうにしてくれる。シオンと付き合う女の子はきっともっともっと大切にしてもらえるのだろう。
そう思うと胸がきゅうと締め付けられる。
「私も寂しいな」
一瞬だけ溢れた本音に慌てて口を塞ぐ。
「桃さん、何か言いましたか?」
「なっ、なんでもないよ。そうだ。今日は楽しかったよ! ご飯も美味しかったし。そ、そうだ。私仕事残ってたんだ。ごめん帰るね」
誤魔化すように明るく笑う。自分の心境の変化を悟られてはいけない。シオンは私を信頼して契約恋人を持ちかけたのだ。
だから私が彼を好きになるのは彼の信頼を裏切る真似な気がする。
送っていきますという言葉を無視して私はシオンと別れた。
このままだとシオンの事を本当に好きになってしまいそうなのが怖かったのだ。
私は振り向かずにそのまま家へと帰ったのだった。
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