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ワクワクドキドキの握手会
しおりを挟む「来てしまった」
Cieloのファンたちでごった返す会場で私は緊張していた。
ファンの女の子たちの声がざわざわと聞こえる。
彼女らは推しに会うためにバッチリ決めていた。モデルやアイドル並みに綺麗な子もたくさんいた。
これから推しに会えると思うと嬉しくて胸が高鳴る。彼女らはきっとそう思っている。私だって例外ではない。
推しに見てもらうために格好だって気を使った。
慣れないバッチリメイクにおめかし用の綺麗な服で着飾った。もちろんコウくんのファンなのでコラボアイシャドウの『シャインレッド』でアピールをしている。
コウくんのイメージカラーの赤をアクセサリーでもさりげなく取り入れた。
私が来ているのはCieloの個別握手会だ。
実はこの間シオンの財布を拾ったお礼にもらったのはコラボアイシャドウだけではなかった。
今回の握手会のチケットも一緒に同封されていたのだ。しかも家から1番近い会場のものだった。
本来ならばCDについてくる抽選券に応募し、その抽選に当たらないと握手会に参加する事すらできない。
今大人気のCieloの握手会のチケット倍率はえげつない。
握手会の抽選券を手に入れるために何十、何百枚とCDを積むファンも少なくはない。
あまりにもえげつない商法だ。
ちなみに言うと私はCDに関してはあまり積む方ではない。
もちろんCDの売り上げが今後の仕事に関わってくるので、それなりには買うが常識的な枚数だ。
コウ君がメインの時はたっぷり積むが普段はそこまでは買えない。
だってお金がない。
そんなライトオタクである私が握手会に当選する確率は宝くじに当たるようなものだ。
実際に今回も抽選に外れた。本来は参加できるはずがないのだ。
しかしシオンの粋な気遣いで、私は今ここにいる。
私はシオンにもらった握手会のチケットを握りしめてコウ君の列へと並ぶ。
チケットをくれたシオンには悪いが私はコウ君が最推しなのだ。
シオンもたくさんの人数を相手にしている私がいなくても変わりないだろう。むしろ誰が来たかなんていちいち覚えているはずがないだろう。
それに人気No. 1のシオンのブースは長蛇の列である。某ネズミーランドの行列かってくらいに並んでいる。
人気アイドルグループだから全員列の長さはゴールデンウィークの遊園地のアトラクション並みに長い。
それでもシオンの列だけは別格だ。紫色の洋服を着た女の子がずらりと並んでいる。
コウ君の列へと私も並ぶ。コウ君はネットでは不人気メンバーとバカにされている。
実際にお笑い担当でもあり、他のメンバーと比べると三枚目の印象が強い。
それでも人気アイドルグループのリーダーだからファンは多く、待ち時間は長そうだ。
スタッフの誘導に従って荷物のチェックと身体検査を受けて列へと並ぶ。
あまりにも人口密度がすごくてちょっと人酔いしそうだ。
「お姉さんもコウ君のファンなんですか?」
後ろから声をかけられる。
振り向くと可愛らしい赤いワンピースを着た女の子がいた。
「そうですけど」
「よかった。みんな友達と来てるから心細かったんですけど、私だけじゃなかったんですね」
「私は基本一人ですよ」
「よかったあ。あのぉ、コウ君推し同士で友達になってくれませんか? 友達はみんなシオン君やスイ君推しなんですよ。コウ君の事を語り合える仲間が欲しいんです」
ぐいぐいと来る彼女のペースに翻弄される。
でもコウ君の事を語り合える仲間が欲しいと思ったのは事実だった。だから彼女の提案に頷いた。
「わかりました」
「じゃあLIME交換しましょう」
LIMEを交換した後はコウ君の話になる。
売れる前のコウ君のエピソードや、昔のビジュアルとかについてそれぞれ語り合っていた。
そして順番を待っていた。
コウくんに会えると思うと胸がドキドキしてくる。ライブで会うのとはまた違う距離感なのだ。
***
「嘘っ!」
小さく漏れ出たのはブースにいたのがお目当てのコウ君じゃなかったからだ。
ブースにいたのは私服姿のシオンだった。
チェックのシャツにインディゴブルーのスキニージーンズを着ているシオンは高校生らしい爽やかさと清潔感に満ちていた。
皺ひとつないシャツ、一見無造作に見える髪の毛もワックスを使って丁寧にスタイリングされている。
両耳についた黒い小さなリングピアスがオシャレでよく似合っている。
流石人気ナンバーワンアイドル。どこからどう見ても完璧な姿だ。
だけどおかしい。間違いなく私はコウ君の列に並んでいたはずだ。
だって後ろの新規のコウ君ファンとコウ君トークで盛り上がった。
あまりにも不思議な現象に呆然としているとシオンが声をかけてくる。
「また会えて嬉しいです。今日は来てくれてありがとうございます。先日はお財布拾ってくれて本当に感謝しています」
シオンは私の狼狽に気がついていないようで、嬉しそうに私の手をゆっくりと握る。
シオンの手は少しだけ冷たくて心地いい。
私の目を見て綺麗に微笑むシオンは間違いなく本物のスーパーアイドルだ。
「いっいいえ。この間のライブ素敵でした」
「ありがとう。練習を頑張った甲斐があったよ。コウくん推してるのに僕のブースに来てくれて嬉しい。今度ライブに来る時はペンライトとアイシャドウは赤じゃなくて紫にしてね、桃さん。」
「えっ!」
ペンライトの紫はおそらくこの間のライブの事を言っている。
てっきりシオンは私の事を財布を拾ってくれたファンとしか認識していないと思っていたが違っていた。
あの時に既にシオンには認知されていたのだ。
「時間です」
後ろの警備員が事務的な声で終わりの時間を告げられてブースを出る。
私と入れ替わりに入ってきた女の子はさっきまで話していたあの子ではなかった。
ラベンダー色のふわふわとしたワンピースを着た見知らぬ子だった。
その子が大量の握手券を出すのが最後に目に入った。
シオン推しはすごいなあと思いながら会場を出たのだ。
狐につままれたような不思議な出来事だった。
コウ君に会いにきたのにと思いながら帰路につく。
シオンに握られた手はまだ彼の温度が残っている気がして胸がドキンとしたのは気のせいだろう。
握手会の余韻に浸っていると携帯から着信音が流れる。慌ててスマートフォンを確認するとそれは会社からの電話だった。
ブラック企業である弊社は休みの日だろうか容赦なく電話がかかってくる。
「はい、もしもし熊野です」
「お前一体何をしたんだ!とにかく今から会社来い!」
電話の相手は明石編集長で耳から携帯を離しても声が聞こえるほどだった。スピーカー機能をオンにしていないにも関わらずだ。
こうやって電話が来る時は大抵ロクな事ではない。プライベートにもかかわらず背筋が伸びる。
「今すぐ行きます‼︎」
周りの人がこちらに視線をやっているのを気もしないフリをして私は会社に向かって走って行った。
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