氷雪の縁

べーこ

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本編

3話

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 民家に戻り休息をとりながら二人はどうするのかを話し合うことにした。
 寒いからと言って潤は火鉢の準備を再びする。慣れた手つきで準備を進めていく彼女を歩はただ眺めているだけだった。

「少し休んだら、民家周辺と神社辺りを探索してみようと思う。手がかりがあるかどうかはわからないが、何もしないまま野垂れ死ぬのだけは絶対に避けたい」


 火鉢を囲むように二人は座り込んで会話する。潤は拳をぐっと握りしめる。

「そうだよね。私だってこんなわけのわからない所にずっといたくない!」

 その時、グーと音が聞こえた。音の出どころは歩の腹からだった。歩は顔を赤くする。

「ふふふ、ははは。こんな時でもお腹が鳴るのか。歩らしいな」

 潤は口を開けて笑う。ここに迷い込んでから初めて見せた笑顔だった。

「だってお腹空いたんだもん」
「お前らしくて嫌いじゃないよ。どうせチョコレートや飴持ってるんだろう? 食べて一息つくか」
「うん。潤も食べる?」
「ああ。一つ貰っていいか?」
「もちろんだよ!」

 歩はリュックサックから飴の入った袋やチョコレートの袋を取り出す。後ペットボトルのお茶も出てきた。

「お前、準備いいな。それにしてもチョコレートの種類多すぎやしないか?」
「うっ。ご当地チョコレートとか大好きなんだもん」

 歩の所持していたチョコレートは誰もが知っている製菓メーカーのものもあれば、お土産屋にしか売ってないようなご当地チョコレートもある。

「確かに美味しいとは思うけど、これだけあると胸焼けしそうだ」
「大丈夫、お煎餅もあるよ」
「あり過ぎるだろう。そういえば瑞雪神社に行く途中も色々買ってたな」
「いいじゃん。食べよう」

 潤は地域限定と言われる日本酒入りのチョコレートを口に入れる。ほんのりとした日本酒のフレーバーとチョコレートの甘さが疲れを癒してくれる。潤も歩と同じく飲み物は持っていた。ペットボトルのお茶で喉を潤す。
 
 二十分ほど二人は休息を取った。そしてどう行動するかという方針を話し合った結果、近くの民家や神社を手当たり次第に回って何か手がかりを探そうとなったのだ。
 このままだと寒さで凍死するか、食糧が尽きて餓死してしまうかの二択だったからだ。二人は再び準備をして外に出る。

 外は相変わらず分厚い雲に覆われている。灰色の雲は日光を遮る。日の光が入らないせいか外は暗く、澄んではいるが重たい空気に包まれている気がする。
 その光景は水墨画のような芸術的ではあるがどこか寂しいものだった。2人の雪を踏みしめて歩く音がよく響く。

 少し歩くと民家が見えてくる。その時、後ろから男の声が聞こえた。
 二人は思わず振り返る。すると赤いダウンジャケットを着た人影が近づいてくる。

 この不思議な雪国に迷いこんでから初めてみた赤はとても鮮やかだ。そして白と灰色のどこか作り物めいた世界が色づいて一気に現実味を帯びた。
 そして赤い人影はだんだんと二人との距離を縮めていく。

「よかった~。俺だけじゃなかった‼︎ 貴方達もここに迷い込んだんですか?」

 そう笑った青年の笑顔は明るく人懐っこい印象を与えた。身長は成人男性の平均ほどで猫のようなつり目が特徴的だ。

「そうだけど、貴方は誰なの?」
「俺っすか? 俺の名前は松前遥まつまえはるかです。こー見えても結構有名な大学に通ってるんですよ」

 遥は誇らしげに自分の通っている大学の名前を告げる。告げられた大学の名は由緒ある国立大学だった。

「すっごい超有名大じゃん‼︎ って自己紹介遅れました。私は北見歩です。よろしくお願いします」
「北見さんっすね。よろしくお願いします。隣のキレーなお姉さんはなんていうんですか?」

 遥は潤の方に目を寄せる。

「岩内潤だ。松前君は何故ここに?」
「そんなの俺が聞きたいくれーですよ。卒論で雪国をテーマにしたんすよ。それで雪と密接な関係のある瑞雪神社に取材に来たんすけどその取材中に変な音が聞こえて、目を覚ましたらここにいたってワケです」

 遥はムスッと眉を歪める。おそらくこの奇妙な状況をまだ飲み込む事はできていないのだろう。置かれている状況は歩達と全く同じである。

「そうなんだね。私たちは瑞雪神社に観光に来てたら鈴の音が聞こえて、目を覚ましたらここにいたの」
「観光っすか~。そういえば瑞雪神社は写真映えするって有名ですからね。それにここいらでは一番信仰されている神様だからそりゃあ観光客も多いのも当たり前ですよね」
「へー、結構立派な神社だったんだ」
「そうですよ。そうそう、これは地元の人しか知らないんすけど瑞雪神社含め、この辺りは結構面白い話あるんですよ。知りたいっすか?」

 遥がニンマリとする。声をひそめて秘密の話をするようなトーンへと変わる。まるで聞いてくれと言わんばかりの様子だ。

「聞きたい聞きたい!」
「歩……。お前少し能天気じゃないか? こんな状況なのに」

 潤は呆れたように歩に言う。だけれどもその口ぶりには冷たさはない。

「言っていることはわかるけど、瑞雪神社の話とかは気になる」
「わかったよ。じゃあ外で立ち話なんかしたら凍え死ぬから、どこかに入るか」

 潤の意見により三人は近くの一番大きな民家に入り休憩を取ることにした。そこで休憩をしようと提案したのは遥だ。

 一番大きい民家——つまりは裕福であるという事だ。
 裕福な家ならば何かしら暖をとる手段があるのではという遥の意見だった。そして金銭面にゆとりのある家ならば本をはじめとした資料が置いてあり手がかりがわかる可能性もあるのではと遥は提案した。

 その提案に潤も歩も納得し、視界に入る一番大きな家へと三人は向かった。

 少し歩くとすぐに目的の家に着いた。近くで見ると古めかしい雰囲気が漂う家だ。聳え立つ家はどこか近寄り難い。
 
 潤が先頭を切って格子門戸を開けようとする。
 しかし木でできた扉は雪の水分を吸っているのか滑りが悪く開けるのに潤は苦労した。
 
 扉を開けた家の中は生活感がなく、空虚な空気が漂う。
 人がいる気配は微塵も感じられなかった。
 そして余りにも綺麗に整えられているのが一層気味が悪い。

「なんか古臭いっていうか、テーマパークで昔の家を再現してみたって感じの雰囲気っすね」
「言われてみればそうかも~」

 歩達が目を覚ました長屋とは違い、やはり広い。
 そして遥の予想通り囲炉裏と燃料となる炭や薪があった。

 潤の指示に従って囲炉裏に火をつけて暖を取る。
 僅かな熱でも今の三人には天国のようだった。それほどまでに外は寒かったのだ。

「ふー生き返る~。外はめちゃくちゃ寒いから今天国っすよ」
「そうだね。チョコレート食べる?」
「いただきます。やったー俺甘いもの大好きっす!」

 歩は鞄からチョコレートの包みを遥に渡す。潤にも同じものを渡す。

「お前の食い意地がこんな所で役に立つとはな」
「えへへー。もっと褒めていいよ」
「調子に乗るな。で、松前君、曰くつきの話ってなんだ?」
「岩内さんも気になるんですね!」
「まあな……」

 二人の反応を見て遥はゴホンと咳払いをする。そして過去の話を語り始めた。
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