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本編
プロローグ
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貴方の事を愛している。貴方のためならなんだってできる。それほどまでに貴方に恋焦がれているのだ。でも貴方はきっとそれを知らないのだろう。だけど、いつの日にかきっと気づいてくれると信じている。そして貴方が愛に溺れて、沈み行く日をずっと、ずっと待っている。
季節外れの雪だった。神無月の頃なのに白い花びらのように雪がひらりと舞い落ちる。木々が赤く色づきはじめていて白と赤の対比が目を惹く光景だ。人気のない山の中に静かに雪が降る風景は厳かだ。雲に覆われた灰色の薄暗い空のせいでどこか暗く寂しい雰囲気も感じる。
山の中に男と女がいた。女は口を開く。
「雪が降っていますね」
「そうだな。この時期に雪が降るって話は初めて聞いたな」
冷たく吹いてくる北風が二人の体を冷やしていく。
風が、雪が、空の色が全てがこれから自分たちの行いを咎めるように思えた。
男の手が震えるのはきっと寒さだけのせいではないだろう。今から愛しい人の命をこの手で奪うのだ。
もう自分たちは後戻りすることは出来ない。
「利吉さん……」
まだ少女と言っても差し支えのない歳の女が男の名前を呼ぶ。その声は不安でありながらもどこか期待に満ちたもののように聞こえる。
「本当にいいのか」
男は静かに問う。ただ女と違い声には迷いの色を感じ取ることが出来る。男の顔は不安に満ちている。体も震えていて顔色も頗る悪い。
「もちろんです。私は貴方としか結ばれたくないのです。この恋が叶わぬのならせめて愛しい貴方の手で死にたい。そして願わくば来世で再び貴方と巡り会いたいのです」
女は迷いなく答える。迷いが見える男とは違い女の目は決意に満ちている。簡単にその決意は揺らがないだろうと男は察した。
女は男の右手を握り、自分の左の胸へと持っていく。
「貴方の短刀で私の心の臓を貫いてくださいませ。私は先に涅槃でお待ちしております」
男は懐から短刀を取り出す。鞘から刀を抜いた。刀身は青黒い光を放っている。とてもよく切れるのだろう。
しかし男は躊躇う。今世では結ばれることのできない2人だ。しかし命を奪うのは気がひけるのだ。愛しいから殺したくない。愛しいから生きていて欲しいと思う。
男の心境を読み取ったのか、女が口を開く。
「利吉さん、私は貴方に殺されるならどんな苦しみでも受け入れます。いいえ。貴方に殺されるなら苦しくなんてない。貴方ではなくあの方に嫁ぐのは私には考えられないのです」
切なげに女が語る。その真剣な声は間違いなく心からの想いだった。
「わかった。そこまで言うのならば……。六花、先に待っていてくれ」
意を決したように男は強く短刀を握る。そして、女の左胸を貫いた。温かい血が男の顔にかかる。それは生温かく、鉄の香りが漂う。目を瞑っていても触覚と嗅覚が男に現実を訴えかけてくる。
肉を貫く嫌な感触が短刀を通して伝わってくる。
女の苦しそうな呻き声が静かな山中に響く。女の着物を赤い血が染め上げていく。
「貴方の事お慕い申し上げております。私は先に彼方で待っています」
胸を刺されて痛みで息も絶え絶えになりながら女は最後の言葉を遺して生き絶えた。
「今から俺も行くから。六花待っていてくれ」
男は短刀を抜き、小さく呟いた。白く舞い落ちる雪だけが二人を見守っていた。
季節外れの雪だった。神無月の頃なのに白い花びらのように雪がひらりと舞い落ちる。木々が赤く色づきはじめていて白と赤の対比が目を惹く光景だ。人気のない山の中に静かに雪が降る風景は厳かだ。雲に覆われた灰色の薄暗い空のせいでどこか暗く寂しい雰囲気も感じる。
山の中に男と女がいた。女は口を開く。
「雪が降っていますね」
「そうだな。この時期に雪が降るって話は初めて聞いたな」
冷たく吹いてくる北風が二人の体を冷やしていく。
風が、雪が、空の色が全てがこれから自分たちの行いを咎めるように思えた。
男の手が震えるのはきっと寒さだけのせいではないだろう。今から愛しい人の命をこの手で奪うのだ。
もう自分たちは後戻りすることは出来ない。
「利吉さん……」
まだ少女と言っても差し支えのない歳の女が男の名前を呼ぶ。その声は不安でありながらもどこか期待に満ちたもののように聞こえる。
「本当にいいのか」
男は静かに問う。ただ女と違い声には迷いの色を感じ取ることが出来る。男の顔は不安に満ちている。体も震えていて顔色も頗る悪い。
「もちろんです。私は貴方としか結ばれたくないのです。この恋が叶わぬのならせめて愛しい貴方の手で死にたい。そして願わくば来世で再び貴方と巡り会いたいのです」
女は迷いなく答える。迷いが見える男とは違い女の目は決意に満ちている。簡単にその決意は揺らがないだろうと男は察した。
女は男の右手を握り、自分の左の胸へと持っていく。
「貴方の短刀で私の心の臓を貫いてくださいませ。私は先に涅槃でお待ちしております」
男は懐から短刀を取り出す。鞘から刀を抜いた。刀身は青黒い光を放っている。とてもよく切れるのだろう。
しかし男は躊躇う。今世では結ばれることのできない2人だ。しかし命を奪うのは気がひけるのだ。愛しいから殺したくない。愛しいから生きていて欲しいと思う。
男の心境を読み取ったのか、女が口を開く。
「利吉さん、私は貴方に殺されるならどんな苦しみでも受け入れます。いいえ。貴方に殺されるなら苦しくなんてない。貴方ではなくあの方に嫁ぐのは私には考えられないのです」
切なげに女が語る。その真剣な声は間違いなく心からの想いだった。
「わかった。そこまで言うのならば……。六花、先に待っていてくれ」
意を決したように男は強く短刀を握る。そして、女の左胸を貫いた。温かい血が男の顔にかかる。それは生温かく、鉄の香りが漂う。目を瞑っていても触覚と嗅覚が男に現実を訴えかけてくる。
肉を貫く嫌な感触が短刀を通して伝わってくる。
女の苦しそうな呻き声が静かな山中に響く。女の着物を赤い血が染め上げていく。
「貴方の事お慕い申し上げております。私は先に彼方で待っています」
胸を刺されて痛みで息も絶え絶えになりながら女は最後の言葉を遺して生き絶えた。
「今から俺も行くから。六花待っていてくれ」
男は短刀を抜き、小さく呟いた。白く舞い落ちる雪だけが二人を見守っていた。
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