美少年幽霊の狂愛〜私は彼に全てを奪われる

べーこ

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本編

愛の示し方〜僕の愛は奪う事(中編)

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注意!少しだけ暴力、死、グロ描写があります。



 僕が真っ先に向かったのは信濃さんの家だった。

 普通なら自分の家族のもとに行くのだろうけど、頭に思い浮かんだのは彼女のことだった。

 外を走るけれど、感覚は大分生きていた時と違う。まず暑い、寒いの温度が感じられない。いいや、温度が感じられないというよりも触覚を全て失った。

 走っている今も、地面に足が付いてる感覚はなく、ふわふわと宙を漂う感じで違和感があって仕方が無い。それに風を切って走っているはずなのに風を感じることもない。夢なのだろうか。ううん違う。夢だったらこんな鮮明に景色が目に映らない。それにこんなにはっきりと想いを巡らす事はない。だからこれはきっと現実だ。

 そして、なぜだか死をすんなりと受け入れている自分がいることも不思議だった。霊となった理由もなんとなくだけどわかっている。信濃さんの事が心残りなのだろう。

 彼女の家に着くと、家から明かりが漏れている。誰かがいるのは間違いない。

 今の自分ならきっと壁とかも通り抜けられるだろう。だから、お邪魔させてもらおう。

 これを現代の法に照らし合わせたら不法侵入というものだろう。だけれども彼女のことが気になって気になって仕方がなかったのだ。

 玄関に手を伸ばしてみる。予想通り、するりと手は戸をすり抜けてしまった。なんだか不思議な感じがする。そのままゆっくり歩いて玄関に向かっていく。僕の体はやはり邪魔な戸をすり抜けて彼女の家に入り込んでしまった。

 こんな形で好きな女の子の家にお邪魔したくなかったなと思う。

 三和土には女性物の靴と子供の靴、男性物の靴が綺麗に並べられている。
 だけど1つだけ気になる点がある。

 男性物の靴があるのはいい。おそらく彼女のお父さんのものだから。
 だけど学生が履く黒い革靴があるのはおかしい。

 信濃さんの家族は4人家族で、男性の肉親はお父さんしかいないと言っていた。
 さらにその革靴は他に置いてある男性物の靴と明らかにサイズが違う。おそらく客人なのだろう。

 僕は気になって、そのまま壁を抜けて信濃さんを探す。

 1階のリビングではあずさちゃんがお母さんとテレビを見ている。肝心の彼女の姿は見えない。彼女はおそらく自分の部屋にいるのだろう。
 だけど、彼女の部屋がわからない。片っ端から彼女を探そうと思ったときにあずさちゃんがこちらに振り返る。そして僕のいるところをじっと見つめる。もしかして僕が見えるのだろうか。

「あずさどうしたの?いきなりそっち向いて」
「今、誰かいた気がしたの」
「ヤダっ?!お化け?!あっ、あずさのせいで今のシーン見逃したじゃない」

 良かった。僕の姿は見えていないようだ。もし姿が見えたら大騒ぎなんてものでは済まない。僕は不法侵入の不審者でお縄についてしまうことだろう。既に止まっているはずの心臓がバクバク言っている気がする。

「そういえばお母さん、お姉ちゃん最近元気ないね。せっかく、カレシ来てたのになんか暗い顔してたよ」
「あずさ、お姉ちゃんにも色々あるのよ。だから、そっとしといてあげなさい」
「うん、わかった。でもあずさは前来た赤城君の方がカッコよくて好きだったのに。あずさなら絶対赤城君がいい」

 彼氏?その言葉を聞いた途端に僕は信濃さんを見つけるために家中を探し回った。

 2階にある角部屋の扉をすり抜けると信濃さんと茶髪の男子がいた。
 信濃さんは学校指定のセーラー服で、男子の方は同じ学校の制服を着ていた。
 男子の方は朧気だけれど、隣のクラスでこんな顔の人がいた気がする。

 信濃さんはベッドに腰をかけ、顔を俯かせている。隣に腰掛ける男子が信濃さんを慰めている。

「ほのかちゃん、赤城の事は気にすんなよ。あいつは運が悪かっただけだよ。」

 そう言って、男は彼女の背中を優しく摩る。男の声は間違いなく恋人に向けるそれだった。

 ひどい。僕は想いすら告げられなかった。どうして君は彼女の隣にいるの?
 僕に無くて、君にあったものは何だったの?
 絶対僕の方が彼女の事愛しているのに。

「だけど、私自分かわいさに赤城君の事避けて、酷いこといっぱいした!こんなことになるなら赤城君の事避けなきゃよかった」

 そう言って、信濃さんは泣き出してしまう。なんで今更後悔するの。だったら最初からそんなことしないでよ。僕がどれだけ悲しくて辛かったと思ってるの。ねえ、泣きたいのは僕のほうだよ。

 僕はすぐさま彼女に駆け寄って涙を拭おうとする。だけれど、僕が彼女に近づいても触れることはできなかった。

「ほのかちゃん。泣いてもいいけど、涙が落ちて布団濡れちゃうよ。それに大丈夫、俺がいるよ」

 そう言って男はハンカチで彼女の涙をぬぐう。そして、彼女を抱きよせる。
 ドラマの1シーンを見ているみたいだった。ヒーローとヒロインの甘く切ないラブシーンだ。僕の死はそれを盛り上げるスパイスでしかない。

 いったい僕の人生ってなんだったんだろう。好きな女の子に想いを伝えられず、それどころか理由もわからずに避けられる。そして、霊になって彼女に会いに行けばすでに男とできていて、睦まじい様子を見せつけられる。虚しいにも程がある。

 この光景を見ているのが辛くて、部屋から、家から飛び出した。僕がずっとずっと焦がれていた場所を大して知らない男が陣取っているのが辛かった。

 線香花火のように静かに燃えてい恋心はぽとりと落ちていく。そして、溶け落ちた純粋な恋心という名の火の玉は黒い灰になっていく。

 家から飛び出した後、僕は笑っていた。もう笑うことでしかこの膨大な感情を処理できなかったのだ。
 笑うたびに何かが抜け落ちていく感覚に襲われる。「何か」がなんなのかはわからない。だけどきっと僕が大切にしていたものなんだろう。

「あーはっはははは。僕はとんだ間抜けじゃないか。初恋で舞い上がって、調子に乗って恋文まで書いて、そんなの意味は無かったのに。想いを告げることなくのたれ死んだんだ。しかもずっと好きだった彼女には恋人がいた。あー、おっかしいや」

 もう泣いているのか笑っているのか自分がどんな顔をしているのかわからない。

 信濃さんへの怒りと憎しみが込み上げてくる。怒りは南極に吹くブリザードのように冷たく、そして強く僕の心の中で吹き荒れる。憎悪は火柱のように激しく燃え上がり、僕の中でずっと燃えている。

 許せない。全てが許せない。

 僕を孤独から救いあげて人の温かさを教えてくれたのは君だ。君からしたら僕は周りにいるただの友人の中の一人かもしれない。だけど僕には君が青春を彩る唯一の色だったんだ。僕は君ただ1人でよかったんだ。君さえいれば他の人は必要ないんだ。

 君には僕は大勢いる中の1人だろう。だけど、僕は違う。

 君がいないと僕は呼吸もままならないんだ。知らないでしょう。君に避けられてから僕はずっと暗い水底に沈んでいくような気持ちだったんだ。

 それなのに君は簡単に僕を切り捨てたんだ。

 僕を弄んで楽しかった?君と一緒に過ごせることで一喜一憂している僕は滑稽で仕方なかった?

 ねえ、信濃さん。僕は君が思っている以上に色々な想いを抱いてるんだ。

 そして、その1つ1つはどれも重たくて、とてもじゃないけれど君にはその1つですら支えきれないよ。きっと君はその重さに耐えきれずに、押しつぶされてしまうんだろう。

 でも君にはその僕の想いを1つ残らず受け止めてもらうよ。

 だっておかしいじゃないか。君が僕を狂わせたんだ。僕を狂わせた分だけ君もおかしくならないと納得いかないだろう。ううん、僕以上に狂ってもらう。

 君は与えることで僕を狂わせたね。だから、僕は奪うことで君を狂わせてあげるよ。

 君の何もかもを奪って、僕しか瞳に映しだせないようにしてあげる。与える愛があるなら奪う愛があってもいいじゃない。

 待っててね、骨の髄まで愛してあげるから。

 僕の死から2週間ほど経った頃、僕は信濃さんに再び会いに行くことにした。

 2週間待ったのは、彼女が僕の死という傷が少し癒えるのを待っていたから。

 彼女の心の傷が癒えないうちに、会いに行って精神崩壊でもされたらそれこそたまったものではない。精神が壊れて逃げるなんてことは許さない。

 それにこの2週間の間に現状を把握したいというのもあった。現状を把握しないと始まらないだろう。

 わかった事がいくつかある。
 まず、僕は間違いなく死んだということだ。こっそり見聞きしたことを整理すると僕は交通事故で車に轢かれて即死だったそうだ。
 自宅に戻ると仏壇の置いてあった部屋には僕の遺影が飾られていた。

 次にわかったことは信濃さんはクラスの女の子に唆されて、僕を避けていたということだ。
 信濃さんは僕を嫌っていたわけではなかったのだ。それは安心した。だけど僕に何か一言言って欲しかった。そうすれば何か行動ができたかもしれない。

 彼女らは信濃さんの悪口をずっと話していた。
 
「男好き」
「赤城君に近づくなんて身の程知らずな見栄っ張り女」
「大人しそうに見えて性格悪い」

 聞きたくないのに聞こえてきて気分が悪い。彼女が悪口を言われている原因は僕と仲良くしていた事だと言うのもわかった。
 彼女が悪く言われる筋合いなんてない。彼女はどうしてこんな最低な人間達を選んだんだろう。

 僕なら絶対に大事にするしこんな悪口言わないよ。

 最後にわかったことは幽霊だからかわからないけれど僕はいくつか不思議な力が備わっていた。

 心霊現象と言われること一般は大体できるみたいだ。まるで最初から記憶に刻み込まれているかのようで試さなくても自分ができることは大体わかる。

 物は念じるだけで自由に浮かせられるし、金縛りにかける事だって朝飯前だ。僕が悪意をこめて言葉を囁けばその人間を害することができるだろう。また、人の夢の中に入り込んで好き勝手することもできる。

 完全に化け物、もしくは悪霊だ。
 人を呪って害するために生まれ変わったみたいじゃないか。だけど、こんな化け物みたいな存在になったのはきっと信濃さんへの想い故なんだと思う。

 だから信濃さん、覚悟してね。僕の想い、全部、全部受けて止めてね。

 信濃さんの部屋は前回お邪魔した時に場所は覚えた。彼女に久々に会えると思うと動きを止めたはずの心臓がドキドキと鼓動している気がする。

 幽霊の体は便利で誰にも気づかれることはない。壁や戸をすり抜けてしまうから鍵なんて意味がない。どこへでも侵入できる。

 信濃さんはイスに座って、机に向かって本を読んでいた。真剣に本を読んでいる姿も可愛い。僕は信濃さんの後ろに立つ。

 今の僕の声は彼女にしか聞こえないし、姿だって彼女しか認識できないようにしてある。

「信濃さん」

 信濃さんの後ろで僕は囁く。僕の声が聞こえた途端に信濃さんは体をビクッとさせる。
 そして読んでいる本のページを繰るペースが速くなる。おそらくろくに読めていないだろうってくらいのペースでページをめくって行く。

 本当にわかりやすくて可愛いな。こういったところも魅力的だと思う。

 もう一度呼びかける。

「信濃さん、聞こえているんでしょう?」

 さっきよりもゆっくりと言い聞かせるように呼びかける。

 本を持っている手が震えている。
 これだけわかりやすい反応をしても気付かないふりをしてやり過ごそうとしているのが滑稽だ。まちがいなく役者には向いていないなと思う。

「信濃さん、手が震えているよ。聞こえているんでしょう?」

 先ほどよりも、語気を強めて呼びかける。それに、気付いてないふりをしていることも指摘して逃げ道を塞ぐ。

 それでも気がつかないふりをして、彼女はただ時を過ぎるのを待っていた。その態度は死ぬ直前にとられた態度に似ていて怒りがこみ上げてくる。

「そう。またそうやって無視をするんだね。いいよ。実力行使をするから」

 僕は霊になった時に備わった不思議な力で彼女の体を動かないようにしてしまう。そして、首だけはこっちを見るように動かす。

 無理やり振り向かされた信濃さんと僕の目がやっとあう。僕と目が合った彼女は化け物を見る目でこっちを見ていた。

「やーっと見てくれたね。久しぶり、会いたかったよ」

 彼女が悲鳴をあげそうになるが、声もあまり大きな声を出せないようにする。これも先ほどの霊力を使った念力の応用だ。人間だった時にはできないことができて幽霊様々だなと思う。
 僕の方を見たので霊力での体の拘束は緩めてあげる。ただ、逃げられないように椅子からは立つことはできないくらいには動きを封じさせてもらう。

「どうして、貴方は死んだはずじゃ……」

 彼女の声が震える。目を見開いて、体が震えている。きっと彼女の心臓も脈を速く打っているんだろうな。おそらく、死んだ人間を見たことによる恐怖から来るものだろう。

「そうだよ。だけど君への想いが強すぎて霊になったんだ。今やっと伝えられる。君のことが好きだよ」

 人生初めての告白がまさか死んでからすることになるとは思わなかった。それも予定していたとものと大分違う。本当はラブレターを渡す予定だったのに。

「え?」

 信濃さんが目を大きく開く。驚いてますと雄弁に表情で語っている。

「やっぱり気がついてなかったんだね。僕は君のこと好きだよ。それも初恋なんだ。それなのにあの仕打ち。ねえ、僕の事弄んで楽しかった?信濃さん、僕の心踏みにじって気持ちよかったの?」

 信濃さんは僕の言葉に傷ついたような顔をする。罪悪感からか、僕から目を背ける。そして小さい声でごめんなさいと謝る声が聞こえる。

「赤城君……」

 何か言いたそうに僕の名字を呼ぶ。彼女の顔は恐怖に満ちていて、今にも叫び出しそうだ。

「そんなに露骨に怖がらないで。悲しくなるから」

 後ろから僕は彼女を椅子ごと背中から抱きしめる。だけど彼女の体に触れることはなかった。
 姿や声を認識してもらうことができても、触れることだけは決してできない。触れようとしても空気のようにすり抜けてしまう。

「こうやって君に会えたのは嬉しいけれど触れられないのは寂しいな。君を抱きしめているはずなのに触れている感覚がないや」

 信濃さんはびくびくしながら僕に問いかける。

「赤城君、本当に貴方なの?」
「そうだよ。正真正銘、本物の赤城陽光だよ。名字じゃなくて名前で呼んで欲しいな。僕たちこれから長い付き合いになるんだから」
「長い付き合いってどういうことなの?貴方何考えてるの?」

 信濃さんが取り乱したように言う。

「言葉のままだよ。僕は君への想いで化けて出てきたんだ。だからずーっと君のそばにいるね。太陽が昇る朝から、夕日が沈んで月が輝く夜まで。桜が咲き乱れる春、眩しい日差しと蝉時雨が聞こえる夏、暑さが和らいで楓や紅葉が色づく秋、雪に覆われた銀世界と夜空に輝く星が綺麗な冬。季節が何度巡ってもずっとそばにいるよ」

だからよろしくねと僕は精一杯微笑みかける。

 信濃さんにこれからもよろしくねと挨拶した後は宣言通りにずっと彼女のそばにいた。
 朝は、誰よりも最初におはようと囁き、学校は当然ずっと一緒だ。夜寝るときはずっと彼女の寝顔を見つめていた。

 そして、最初に決めたとおりに彼女の持っていた物を僕は少しずつ奪い始めた。

 まず僕が奪ったのは、彼女の恋人だった。

 こいつは呆気なかった。夢の中で憎しみの言葉をこめた呪詛を囁くだけで簡単に壊れてしまった。挙げ句の果てに、彼女と別れるからもう許して欲しいと顔を醜く歪めて懇願してきた。

 その一言は僕の憎しみをさらに増幅させた。これしきの事で彼女を手放すなんて。
 僕が身を焦がすほど欲しかった彼女をあっさり捨てるなんて許せない。所詮彼の愛はこの程度のものなのだ。僕の方が彼女をずっと愛してあげる事ができる。

 憎しみのままに力を振るい、甚振ったのは覚えている。

 最後に男は恐怖のあまり僕の前で失禁した。夢の中とはいえ不快極まりない。
 腹が立ってその男を思い切り蹴飛ばしてやった。

 どうして、こんな自分勝手で情けない男が彼女の心を射止めて隣にいたのだろう。本当に腹立たしい。
 今では、廃人になってどこかの病院にいるらしい。ざまあみろ。

 次に僕が奪ったのは彼女の周りの人間だ。

 僕は彼女に害をなす人間を積極的に呪った。
 彼女の悪口を言ったり、嫌がらせする人間には、再起不能の怪我をさせたり、時には殺した。

 僕の大事な女の子を傷つけて笑っている人間なんている価値がないでしょう? 
 そんな人間全員消してやる。彼女を傷つけられたらたまったものではない。彼女を傷つける人間は僕だけでいい。

 だから彼女に害なす人間は呪って彼女から遠ざける。

 その一環で、彼女に僕から離れたほうがいいと彼女を唆した女も殺した。

 僕と彼女を引き離した元凶だ。これは僕個人の復讐でもある。おそらく、僕が知る限りで一番の苦痛を与えてから殺した。最後は憎しみのあまり、その女の心臓を霊力を使って思い切りつぶしてしまった。
 こいつが変なことを彼女に言わなければ、こんな現在にはならなかったのにという怒りからだった。

「私、信濃さんがうらやましかっただけなの。君の事ずっと好きだったの。赤城君お願い、許して」

 僕がとどめを指す直前に彼女は最期にそう喚いていた。

 彼女の最後の言葉は僕に対する告白という名の命乞いだった。初めてされた告白だった。けれど信濃さん以外の女から好きと言われても全く響かない。好きという言葉はただ音となって通り抜けていくだけだった。

「言いたいことはそれだけ? さよなら」

 そしてあの女は物言わぬ肉の塊になった。

 おかしいことにどれだけ人に危害を加え、殺しても何とも思わなくなっていた。

 いつの間にか信濃さんは孤立していた。
 僕が彼女に悪意を持つ人間を手当たり次第に呪ったせいだ。

 そのせいで信濃さんに近づくと不幸が起こるって噂が立つようになったからだ。

 今までいた友達もみんな彼女から離れて行った。そして遠巻きに接するようになった。

 ねえ、信濃さん。君は孤立が嫌で僕を避けたのに結局一人ぼっちになっちゃったね。
 僕が彼女にそういうと彼女はただ俯いて、ひどいとだけ零した。

***

 いつの間にか時は流れて、僕が亡くなった初秋のころから雪化粧が美しい冬になっていた。

 僕の心は穏やかに舞い降りる雪のように落ち着いていた。信濃さんは孤立しているし、腫れものに触るような扱いをされているから邪魔な害虫は寄ってこない。

 彼女が会話するのは教師、家族、そして僕だけになった。
 恐怖でもいい。彼女の関心が僕に向いている事が嬉しくて仕方がなかった。

 だけど僕はすっかり忘れていた。信濃さんは意外と行動力があること。そして、後先を考えないでその場の感情で行動してしまうことを。

 12月のある日僕は珍しく信濃さんのそばにいなかった。彼女といつか出かけたいと思う場所の下見に行っていたからだ。

 電車とバスを乗り継いで行くことができる夕陽が綺麗に見える展望台のある小さな山だ。

 そこは昔、父さんが母さんに告白したという思い出の場所であるらしい。僕も子供のころ1度だけ母さんに連れてきてもらったが、確かに綺麗だった。

 赤い夕陽が街を照らし出して地平線に沈んでいく光景は、ほんの数十分しか見ることのできない儚くも美しいものだった。

 数年ぶりに訪れたここは何も変わっていない。
赤い夕日が地平線に沈んで空を茜色に照らしだす光景は綺麗だった。
 いつか信濃さんにも見せてあげたいな。

 下見を済ませて彼女の家に戻ると彼女はどこかに出かけているみたいで姿は見えなかった。
家にいるのは妹のあずさちゃんだけだった。

 どこに出かけているのだろう。おそらく図書館にでも遊びにいってるのかと僕は呑気に構えていた。今の彼女は出かけるような友人がいないから僕は安心しきっていたのだ。
 彼女が戻ってくるまで僕は彼女の部屋にある小説を拝借して、時間を潰していた。

 しばらくするとすごく嫌な匂いが漂ってくる。線香とよくわからないお香が混じったすごく嫌な香りだ。
 修学旅行に参拝したお寺とかがこんな香りしていたような気がする。

 霊となってから僕はお寺で焚くようなお香の匂いが不快に感じるようになっていた。

 その香りは少しずつ強くなってきてムカムカとしてくる。その香りの出所が気になって香りが強くなるところを辿ってみる。

 すると信濃さんの姿が見える。そして気がついてしまった。その香りは彼女から漂っているという事に。

 今まで、彼女からそんな香りがしたことはなかった。
 僕がわかるのは彼女は寺かそれに近しい場所に行っていたことだ。彼女がそんなところに行く理由はおそらく1つしかない。
 
 本当に酷い人だね。

 彼女に話を聞くために玄関で彼女を待ち構える。
 ガチャリと鍵が開いて、戸が開いた。おそらく彼女が帰ってきた。その証拠に不快な匂いが一層強くなる。
 家に入った信濃さんはどこか浮かない顔をしていた。

「おかえり。お疲れのところ悪いけれど訊きたいことがあるんだ。どこ行ってたの?すっごーく嫌な匂い漂わせているね」

 信濃さんがヒッと小さな悲鳴を上げる。やっぱり怒っていることが伝わっているのか彼女は怯えた表情を見せる。

 そして、僕から目を逸らす。彼女が目を逸らすときは大抵言い訳を考えている時だ。彼女は後ろめたいことがあると目を逸らし言い訳を思いつくまで黙り込んでしまう。

 今きっと、僕を怒らせないように必死になって言い訳を考えているのだろう。

 そんな彼女の態度に焦れた僕は最低最悪、そして下劣な手段をとることにした。信濃さんに口を割らせるにはおそらく最も有効な手段だ。

「まただんまり?じゃあ君が喋りたくなるようにしてあげる」
 
 僕は踵を返して、ある場所へ向かう。

 2階に上がるとちょうど探していた女の子がいた。彼女の妹のあずさちゃんだ。僕はわざとあずさちゃんにも自分の姿を見えるようにする。

 そして彼女の目の前に立って笑いかける。すると目をキラキラと輝かせて嬉しそうに笑う。あずさちゃんの僕に対する好意はとってもわかりやすい。彼女にとって僕の顔はとても魅力的に映るらしい。

「王子様のお兄ちゃんだ~」
「ありがとう。あずさちゃん、お兄ちゃんと楽しいところに行こうか」

 過剰っていっていいほど優しく、穏やかに呼びかける。僕はやりすぎなくらいに感情表現を意識しないと表に出てこないらしいのでおそらくやりすぎるくらいでちょうどいいと思うのだ。
 あずさちゃんの意識をちょっとだけ眠らせて、僕の意のままに動く人形にしてしまう。

「うん。あずさ、お兄ちゃんと楽しいところに行きたい」
「いい子だね。じゃあ行こうか」

 そして、僕は信濃さんの部屋へゆっくりと歩みを進める。あずさちゃんは覚束ない足取りで僕の後をついていく。

 そのまま、壁を抜けて彼女の部屋へお邪魔する。そして浮かび上がって外へとでる。そして、彼女の部屋の窓を霊力を使って開ける。

 信濃さんが僕の後を追って部屋に入ってくる。開いた窓とその先に浮かび上がる僕を見て、僕がやろうとしていることに気がついたみたいだ。
 信濃さんには金縛りをかけて動けないようにしてしまう。

「お願い!やめて!」

 叫ぶ彼女を無視してあずさちゃんに呼びかける。

「あずさちゃん、僕の所へおいで」

 僕は窓の向こうから手を差し伸べる。僕の手を取ろうとして窓から身を乗り出したらあずさちゃんは下へ落ちて行ってしまうだろう。

 雪がうっすら積もっているとはいえほんの数ミリしか積もっていない。
 
 コンクリートに体をぶつけてまちがいなく怪我はするだろう。打ちどころが悪いと死んでしまうかもしれない。

 あずさちゃんは僕の言葉に操られるように歩みを進める。
 彼女が窓枠まで近づいた時、ごめんなさい!と大きな声が聞こえた。

「ごめんなさい!霊能者の元に行ってました!全部話すし、謝るから、お願い!あずさは傷つけないで!お願いします!」

 信濃さんがここまで大声を出したのは初めて聞いた。そのあとはゴホゴホとむせこんでしまう。
 ちゃんと本当の事を言ったのであずさちゃんを正気に戻してあげる。

 正気に戻ったあずさちゃんはどうして自分が信濃さんの部屋にいたのかを疑問に思いながら、部屋から出ていく。

ここからは信濃さんと僕、2人の話し合いの時間だ。
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