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本編
愛の示し方〜僕の愛は奪う事(ヤンデレ視点) 前編
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冷たい口付けのヒーロー視点です。
僕はかなり不器用だった。不器用と言っても手先ではない。人間関係の構築に関してだ。
引っ込み思案な性格と感情が表情に出にくいという2点が合わさって小学校、中学校の9年間友達はほとんどいなかった。
陽光という明るくさわやかなイメージをもつ僕の名前だけど名前負けもいいところだった。
陰気で根暗で本が友達の僕。明らかにいじめられそうな雰囲気なのに何故かいじめに遭う事はなかった。それだけは幸運だった。
僕は決まって言われる言葉がある。
「赤城って人形みたいで怖い」
言われてみればそうかもしれない。
顔色は常に血の気がなくて病人みたいで不健康極まりない。肌の色は出来の悪い人形の塗装みたいな不気味な白さだ。皮を剥いたジャガイモみたいだねと親戚に笑われた事もある。
つりあがった目は冷たく親しみにくい雰囲気だろう。自分でもキツい目つきだと思う。さらに自分で思っているよりも顔に感情がでないせいで常につまらなさそう、怒っていると勘違いされる。
誤解を解こうにも自分からどう話しを切り出していいかわからずいつの間にか孤立している。
それを小学生、中学生とずっと繰り返してきた。
そのせいで今まで友人といえる友人ができることはなかった。
それでも友達は欲しかった。独りぼっちは寂しい。
たくさんの友人が欲しいわけじゃない。たった1人でいい。
こんな臆病で、引っ込み思案な僕と心から友達になってくれる1人を求めていた。
友人のいない僕は趣味に傾倒する事となる。趣味も当然1人で完結できるものばかりだった。
独りの放課後は趣味であるスケッチと硬筆と毛筆、読書、そして学生の本分である学業に全て費やした。
そのおかげで絵はそうでもないけれど、字は硬筆も毛筆もかなり上達した。
字を書くことは赤城に任せておけばいいだろうという評価をもらえるくらいには達筆であったと自負している。
学業成績も地元の公立とはいえども常に10位以内に食い込めるくらいには成績は良かった。
僕の小学校、中学校の生活は孤独で彩りのない日々だった。
そして僕は高校生になった。
進学先として選んだところは一応地元ではそこそこの進学校だった。
僕の成績ならもっと上にいけると県でトップの公立高校も勧められた。
しかし通学に2時間かけてまでその学校に通いたいとは思わなかったのだ。
今度こそ上手くやるぞ、友達を作って人並みの学生生活を送ると意気込んでいた。だけれども15年間培ってきた性格というのはそうそう変わらない。
結局またもや僕はクラスに馴染む事はできずに友達がいないままだ。
部活動に入ることも考えたけれどやりたいことが無かった。
何よりもそこでも馴染めなかったらどうしようという不安が強かったのだ。そのせいで僕は結局どこの部活動にも所属しなかった。
僕の日常は授業を受け、昼休みは読書をし、放課後は図書室で本を読むか、近場でスケッチをする。中学生の時と代わり映えのないものだった。
だけど高校1年生の初夏、僕は運命の出会いを果たすことになる。
その日は日差しが暖かくて、雲1つない青空だったのを覚えている。そして若葉の緑がとても鮮やかで目に焼き付いていた。
「赤城君」
後ろから女子の声が聞こえたので返事をして振り返る。そこには同じクラスの信濃ほのかさんがいた。
彼女とは同じクラスであること以外に接点は全くない。今日になるまで話したことすらなかった。
どうして僕に声をかけたのかがわからない。
「えーっと、赤城君がこないだの昼休みに読んでた本あるでしょ。実はその本の作家さん好きなんだけど、周りに読んでいる人いなくて、その本読んでいる人初めてだからつい声かけちゃった」
上擦った声で彼女が話す。
確かにこの間僕が読んでいた本はあまり有名ではない。僕もこの作家のことはつい最近まではまったく知らなかった。
だけれども書店で彼の本を見たときに、タイトルに惹かれて衝動買いしてしまったのだ。
内容は意外にも面白かった。
「信濃さんもこの本が好きなの?」
「うん、今すごいはまってる作家の1人なんだ。でも誰も知らないみたいで……」
信濃さんがゆっくりと喋る。そして実はこの本が好きだけど自分以外に読んでいる人はいないとの事だ。
それで同じ本を読んでいた僕に興味を持って声をかけたそうだ。
家族以外の人間とこういった世間話をしたのは久しぶりだ。緊張してしまう。
「僕も好きだよ。周りで読んでいる人は初めて見たよ」
「それで図々しいんだけど、その本や作家さんについて感想話せたらなあって思って」
「いいよ」
その日、初めての友達ができた。同じ趣味を持つ友達。
実はすごく嬉しかった。
信濃さんは連絡先も交換しようといい、自宅の電話番号を書いたメモをお互いに交換した。
彼女は僕の渡したメモをまじまじと見ていた。
「赤城君って字すごい綺麗なんだね。赤城君の字、好きだよ」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」
僕を見て笑った彼女の笑顔は少し眩しかった。彼女と出会ってから僕の日常は白黒の風景から鮮やかに色づいた。
放課後に彼女と話すわずかな時間は1日の中で1番の楽しみになりつつあった。
教室では信濃さんは常に友達といたから声はかけられなかった。女の子の中に男が1人入って行く勇気はない。
僕と彼女は意外と共通点が多かった。好きな物が結構似ているのだ。
好みの作家だったり、テレビ番組、そして好きなお弁当のおかずなど。だから話が合うし弾む。そして感情表現が豊かな信濃さんは見ていて面白かった。
嬉しいときは目一杯笑い、怒るときは眉をつり上げる。悲しいときはその眉がさがり口角も下がる。顔だけじゃ無くて声でも感情をはっきりと表す。
感情表現が乏しいと言われる僕からしたらちょっと羨ましい。僕と信濃さんで足して2で割ればきっとちょうどいいなあって思う。
そして、月日が経つと僕と信濃さんは2人で遊びに行くようになった。
これは僕の提案だった。
僕と信濃さんは好みが合うので2人で図書館にいけばお互いに好きな本に出会えるのではという僕なりの考えだった。
町に出ると、どうしてかはわからないけれどいつも周りからじろじろ見られるので外出はあまり好きじゃなかった。
だけれどそれでも信濃さんと過ごす穏やかな時間と比べたら全然気にならない。
僕たちはいつも図書館で待ち合わせをして、お互いに好きな本を解散まで読み続ける。
時間に余裕があれば適当なお店に入ってお薦めの本をお互いに紹介しあう。
実際に彼女の薦めてくれた本はどれも僕好みで時間を忘れて読みふけってしまうことが多々あった。
運命という言葉は普段は信じていないけれど僕と信濃さんの出会いはそうだったと思っている。
僕と信濃さんの関係性は距離が近づく度に少しずつ変わっていった。正確に言えば信濃さんではなく僕が変わってしまったのだ。
僕はいつのまにか彼女に恋をしていた。もちろん初恋だ。彼女を好きならない理由が僕にはないぐらいだった。
いつも独りぼっちの僕に人の温もりをくれた。僕の青春は信濃さんと言っても過言では無い。
その恋心に1度気がついてしまえば彼女の全てが魅力的に見えてくる。柔らかい笑顔に、明るい語り口は僕にないものだ。
授業中にうとうとと船を漕ぐところも愛おしい。席が近かったら後ろからトントンと背中を突いて起こしてあげたいと思う。
彼女の居眠りを指摘すると、彼女はリンゴのように顔を真っ赤にする所はすごく可愛らしかった。
あと彼女の書く少し丸みのある柔らかい字も好きだ。彼女の親しみやすい性格をよく表していると思う。
当然その想いに気がついてしまえば行動だって変わる。僕はその想いを自覚してから少しだけ大胆になった。
彼女と時間が合えば声をかけて一緒に登下校するようになった。僕は自転車通学で彼女は徒歩だ。
偶然を装って彼女と会うことは簡単だった。だけど毎日だと怪しまれるから週に2回くらいのペースに抑えた。
彼女と話していると時間の流れが速く感じる。まるで流れ星のように一瞬で時が過ぎ去っていく。だけれど書道部の信濃さんと帰宅部の僕では下校時間だけは合わなかったのが残念だった。
彼女が終わるまで待っていても良かったがストーカーとは思われなくなかったので諦める事にした。かといって信濃さん目当てで書道部に入部する勇気もなかった。
時期外れの新入部員は目立って仕方がない。そんなイレギュラーな存在になる事に耐えられそうになかった。
***
6月の梅雨の時期になると文化祭に準備に向けて、遅くまで残ることが増えた。
僕たちのクラスの出し物は模擬店で、和風の喫茶店をイメージした内装にするらしい。
僕と信濃さんはポスター制作係に回された。メンバーは僕と信濃さん以外にも美術部の男子が2人と信濃さんの友達1人いて、計5人だ。
最初は彼女と一緒の係ですごく嬉しかった。だけれど、信濃さんは書道部の出し物で忙しいようだ。こちらにほとんど顔を出すことが無かったのは残念だ。
1度だけみんな夜遅くまで作業をしている日があった。下校する頃にはすっかり日が落ちていた。
その日は新月で月明かりもなく、いつもよりもどこか暗く感じる日だった。
「信濃さん、危ないから家まで送ってくよ」
「駄目だよ。赤城君に悪いよ」
「夜遅いし危ないから送ってく。僕は一応男だし、自転車だからそんなに時間もかからないよ」
信濃さんはその後も色々あったが僕が無理矢理送っていった。僕が彼女と一緒にいたいだけの口実だった。
真っ暗な街道を2人で歩くのは初めてのことだった。
なにか面白い気の利いたことを言えればいいのだが、僕にそんな技術があるわけもない。
ひたすら長い沈黙が続く。隣にいるのが信濃さんってだけでその沈黙すら心地いいといったら彼女はどんな反応をするのだろうか。
彼女の家に着くと、彼女の面影がある10歳くらいの女の子が戸をあけて出てきた。
髪の毛を耳よりも高い位置に2つに結んでいてリボンで飾っている。おそらく彼女の妹さんだろう。
「お姉ちゃん、このお兄ちゃん誰?もしかしてカレシ?すごいカッコイイ!王子様みたい」
妹さんらしき人は黄色い声を上げる。信濃さんと僕が恋人同士に見えると言われてちょっと嬉しくなる。
さらに生まれて初めて家族以外の人間から格好いい、王子様みたいだのという褒め言葉をもらったのでちょっと照れてしまう。実際に顔に熱を感じる。
だけど、この子の審美眼が少し心配になる。僕の容姿は残念ながら王子様って言えるような輝きはないと思う。
僕の中の王子様ってもっと優しくてキラキラしている人を指す。僕なんて王子とは真逆のところにいる。
「ありがとう。王子様なんて初めて言われたからすごく嬉しいよ」
僕なりに頑張って妹さんにほほえむ。ちゃんと笑えているといいんだけど。
「そんなわけないでしょ。赤城君はお姉ちゃんと同じクラスの人。夜暗くて危ないから送ってくれたの。たまたまよ。こんなカッコいい人がお姉ちゃんの彼氏なわけないでしょ」
信濃さんは口を開けてあははと笑う。
僕と信濃さんはただのクラスメイトでしかないのだ。だけど、信濃さんも僕の容姿を格好いいと思ってくれているのかと思うとちょっと嬉しい。それとも信濃さんも審美眼がおかしくて、ゲテモノ好きとかなのだろうか。
「へえ、赤城君って言うんだ。そうだよね。こんなカッコイイ人がお姉ちゃんと付き合うわけないっか」
「こらっあずさ!」
姉妹の微笑ましいやりとりを見ていると心が和む。その後、僕は信濃さんにまた明日とさよならの挨拶をして別れた。
そして時は流れ、文化祭が近づいてくる。
ポスターは無事に完成した。美術部も書道部も忙しいので僕が下絵を描き、色塗りは信濃さんの友人に任せたという形になった。
今日は文化祭当日の打ち合わせだ。当日の動きをクラスのみんなで話し合う。信濃さんは書道部の関係で放課後早々にそちらに顔を出しているので不在だ。
今回の話し合いは文化祭当日の接客係と裏方の調理係、宣伝係の配置と、そのシフト調整だ。部活動などをしていると活動次第ではどうしてもシフトに入れない時間帯があるので調整をしなくてはならない。
話し合いは着々と進んでいく。というよりもスケジュールに融通聞かない人からシフトを決め、時間に余裕ある人がその穴を埋めるという形なのであっさりとシフトは決まった。
僕は希望通りに調理係の方へ回してもらえることになった。最初は宣伝係を薦められたけど人前に出るのは向いてないという自覚があるからお断りした。
「赤城、ちょっと頼みあるんだけどいいか?」
帰宅しようとした途端に中野君に話しかけられる。
「頼みって何?」
「赤城、調理班だろう。申し訳ないけどやっぱり宣伝に変わってくれないか。お前が口べたなのは知ってるから、お前にはサクラを頼みたい」
中野君の話しを掻い摘まんでまとめると、僕は教室内にある飲食スペースでお茶をするだけでいいらしい。彼曰く美味しそうに食事をしてくれれば客がそれを見て店に入ってくれるかもと言うことだ。
最初は人前に出るのが嫌なので断ったけどどうしてもと言われると断れなかった。
「赤城にしかできないんだよ。頼む」と言われると流石に強く断ることはできない。
中野君には期待しないでねとだけ伝えて軽い気持ちで了承した。その時の僕はこの頼みを断るべきだったことに気がつかなかった。
文化祭当日の朝、学校に来て、教室に向かうとクラスの女子が待ち構えていた。
「赤城君、この服に着替えてもらっていい?浴衣の着付けできる?できなかったら中野に言って、あいつできるから」
彼女から紺色の浴衣と黒い帯、下駄を渡される。
うちのクラスの模擬店のテーマは和風なので浴衣を渡される事は何ら疑問に思わなかった。
幸いにも和服の着付けはできるので1人で着替えることができた。
僕の今日の仕事はこの姿で、飲食ペースでお茶を飲むことだ。そんな事でお客さんが来るとは到底思えないが引き受けたからにはちゃんとやろう。
「あの男の子、すっごい美形じゃない」
「めっちゃイケメンじゃん」
僕が座って模擬店の出し物の1つである麦茶を飲んでいるといつの間にか視線が集まっていた。
うちの学校の制服じゃないから多分他校だったり、地元から来る一般のお客さんだろう。
僕は何かしてしまったのだろうか。居心地が悪くて悪くてしょうがない。
不安になって、接客をしている中野君に視線を送る。
すると中野君と目が合う。僕が用事があると察したのかさりげなく僕の元へやってくる。そして、耳元で囁く。
「その視線は気にするな。赤城の今日の仕事はそのイケメンフェイスで客寄せすることだ」
僕ってイケメンなのだろうか。不細工ではないけれど、イケメンではないと思う。
もやしみたいな貧相な体格だし、墨汁みたいな髪の毛、鋭い目つきと今人気の芸能人とは似ても似つかない。
イケメンとはもっと背が高くて逞しくて男らしい精悍さに満ち溢れた人を指すのではないかと思う。
間違っても僕みたいな陰気なガリガリモヤシを指す言葉ではないと思うのだけど。
「僕ってイケメンなの?」
「お前馬鹿にしてるだろ。お前がイケメンじゃなかったらうちの高校の男子は全員ブサメンだよ。お前レベルのキレーな顔なんてテレビでもそうそう拝めないよ」
中野君は大笑いしながら去って行く。
自分の顔が世間一般に受ける顔だとは思わなかった。両親は昔から僕のことを美形とは言っていたけどそんなの正直親の欲目でしかないと思っていたのだ。
だって今まで特別な告白とかだって受けた事はない。
芸能界にスカウトされた事があるわけでもない。
簡単に言えば自分が美形だと自覚するエピソードが今までに全くない。
中野君の言葉からして僕の仕事は客寄せパンダだと言うことだ。
「うわーマジで超イケメンじゃん」
「でしょー、正直言って彼氏霞んで見えてくるもん」
僕の容姿は意外にも受けがいいらしい。実際にお客さんは少しずつ増えた。だけどみんながみんな僕を見るので疲れて仕方がない。
高校に入学して僕の初めての文化祭は客寄せパンダで終わった。
3日連続でシフトが入っているのは知っていた。だけど人の視線をずっと受けながら過ごすのは想像以上に疲れた。
シフトの入ってない自由時間ですら、知らない人達に声をかけられ、全然楽しめなかった。
というか話した事のない男に写真一緒にいいですかはちょっとないだろ。無遠慮にも程がある。
書道部の展示に行きたかったけど行くことはできなかった。ずっと知らない人間の相手をしていたから。
結局文化祭では1度も信濃さんに会うことはできなかった
文化祭が終わってから数日後の放課後、信濃さんと喫茶店でお茶をしていた。誘ったのは僕からだった。
あの最低な文化祭を忘れたくて信濃さんを誘った。
最初はいつものような世間話だった。昨日の晩ご飯や、学校の授業の感想とかとりとめも無いことばかり話していた。
話しが弾んで僕の話題になった。
「赤城君って意外と人なつっこいよね。最初の印象と大違い」
最初の印象とはどのようなものだったんだろう。気になるので聞いてみることにする。
「最初の印象ってどうだったの?」
「何というか、一匹狼っていうか、高嶺の花というか。とにかくめっちゃ近寄りがたかった」
「そんな印象だったの。僕、人見知りだから声かけられないだけだよ。声かけられたり遊びの誘いがあったら普通に嬉しいし」
高嶺の花、一匹狼。そんなかっこいいものじゃない。周りにうまく馴染めなかっただけのただの陰気な男子だ。
「そうなんだ」
「うん。実は信濃さんが声かけてくれたときはすごく嬉しかったよ。中学の時も友達がいなかったし」
信濃さんは紅茶で喉を潤したあとにそうなんだと相づちを打つ。彼女は喫茶店に来るといつも紅茶を頼む。ちなみに僕も紅茶派だ。
違いは信濃さんがアールグレイの砂糖入りが好きで、僕はアッサムティーにミルクを入れるのが好きだ。砂糖は無い方が好きだ。
やっぱり彼女といると心が穏やかで安らかな気持ちになる。僕はやっぱり彼女が好きなんだなと思う。だってこんな気持ちになるのは初めてだ。
***
高校生になってから初めての夏休みを迎えた。
夏休みに入ると当然彼女とは会えなくなる。
色のついた世界が再び白と黒の無彩色の世界に戻っていくようだった。
彼女と話したくて何度ももらった連絡先のメモを片手に電話を手に取った。だけど自分から電話をかける勇気がなくて結局一度も彼女に電話をすることはなかった。
彼女に会えないことや話せないことがこんなに寂しいとは思わなかった。やっぱり僕には信濃さんが必要なんだといやでも気がついてします。
信濃さんへの恋心は線香花火のように小さく燃えている。小さいけれど、熱く静かな想いがパチパチと燃えていた。
夏休みの間、僕は彼女に思いを伝えるためにひたすら恋文を認めていた。
ラブレターという方法を選んだのにはいくつか理由がある。
まず僕が致命的と言っていいほど口下手なことだ。多分直接想いを告げたら間違いなく上手くは行かないだろう。というか何を言い出すか自分でもわからない。
次に信濃さんは僕の字がはっきりと好きだと言った。本当は僕自身を好きと言って欲しいがそれは高望みというやつだろう。
それに僕は自分で言うのもなんだが字の綺麗さに関してはかなりの自信がある。昔から硬筆は校内コンクール常連だし、毎年年賀状の宛名書きを手伝わされるくらいには綺麗な字を書いている。
戦うなら自分の得意分野で戦うのが1番いいし、賢明な選択だろう。
机に向かって万年筆を取る。インクをつけて、用意した白い便箋に想いを綴る。
1文字、1文字丁寧に文字を綴っていく。
僕の想いが信濃さんに届きますようにと祈りを
込めながら。
夏休みが明けて、学校が始まってから信濃さんの様子は大きく変わっていた。そして僕を取り巻く状況も変わり始める。
「信濃さん、おはよう」
「おはよ、赤城君」
いつもの明るい表情がない。信濃さんはこちらを一瞥した後にすぐに友達のところへ行ってしまった。何か悩みでもあるのだろうか。
「赤城君、おはよう」
明るくて甘ったるい女の子の声だ。
信濃さんの声じゃない。今まで学校で僕に挨拶してきたのは教師か信濃さんぐらいだったのでちょっとびっくりする。
挨拶してきたのは同じクラスの女の子だった。
「おはよう」
それから僕の周りには人が集まり始めた。とくに女の子が中心だ。
今までは1人だったので違和感があって仕方がない。だけど、その中には信濃さんはいない。
いままで孤立という状況に近かった僕になぜこんなに人が集まってくるのかがわからなかった。
僕は中野君にその理由を聞きに行った。
クラスの中心的人物で男女問わず友人の多い彼なら理由を知っているだろう。
それに中野君とは文化祭をきっかけに少しだけ話すようになった。といっても事務的な会話が主で、たまに世間話を一言、二言話すくらいだけだ。
それでも中野君は同性で一番声をかけやすいクラスメイトだった。
中野君のいい意味で壁を作らない雰囲気は嫌いじゃない。
彼に今の僕の取り巻く状況を説明すると彼はおもむろにため息をついた。
「鈍いにもほどがあんだろ。みんなお前にお近づきになりたいんだよ。文化祭でも思ったけどお前はもうちっと自分がべらぼうにキレーな顔してること自覚しろ。なんでこんな美形なのに自覚ないんだか」
当たり前のことをなんで聞いてくるんだと雄弁に表情は語っていた。
「でも今までは誰も僕に近寄って来なかったよ」
「はあ。お前最初の時なんて人形のように無表情だっただろ。世の中なんてつまらないみたいな顔してただろ。お前のために教えてやるけど、美形の無表情ってけっこー怖いんだぞ。実は俺も最初お前の事ちょっと怖かった。だけど、最近は結構穏やかな表情も見せるし、少しとっつきやすくなったからな」
「そうだったんだ」
「そうなんだよ。お前はもっと自信を持てよ。じゃあな色男。モテモテで羨ましいね!」
そう言って中野君は去って行った。
信濃さんはどうしてかはわからないけれど僕を避け始めた。
登下校の時にいつも信濃さんがいる道を通っても彼女はいない。教室では常にだれかと一緒にいた。なんかの話で盛り上がっていて、僕の入る余地は全くない。
僕が何かをしてしまって、信濃さんの不興を買ってしまったのだろうか。
そしたら直接謝りたい。そして前みたいな穏やかにいろいろな話がしたい。なによりも信濃さんと話せない日々は地獄のようだった。目の前にいるのに手が届かない。
僕に必要なのは彼女ただ1人だ。他の人間なんてどうだっていいんだ。有象無象の集まりでしかない。今の僕は1人じゃないけど1人ぼっちだ。
信濃さん、君がいないと意味がないんだ。僕は、君1人がそばにいてくれるなら周りにいるすべての人間が敵になっていいとまで思っているんだ。
それなのに彼女は僕と目が会うたびに罪悪感に押しつぶされそうな顔を一瞬だけ見せて僕から目を背ける。
直接話を聞こうと思っても常に誰かに囲まれている。1人でいるときはさっさとどこかに行ってしまうせいで話し合いの余地がないのだ。
あまりにも酷い仕打ちだ。
信濃さん、僕は君にとってなんだったの?孤立している僕に話しかけてきたのはからかいのつもりだったの? 僕は君にとってどうでもいい存在だったの?
どうにかして信濃さんに想いを伝えたいと思いながら鬱屈した日々を過ごしていた。
彼女と仲直りしたくて話をどう切り出すか毎日毎日考えていた。
そして考え抜いた結果、ちょっと強引でもいいから話し合おうと決めたのだ。考えてもわからないなら対話するしかない。顔と顔を突き合わせて気持ちを伝えるしかないのだ。
そうしようと決めて僕は帰り道を歩く。
明日はどうやって彼女を呼び出そうか。それとも電話をしてみた方がいいのか。
そう考えていると何か大きな塊が勢い良くぶつかってきた。と思えば、恐ろしい痛みとともに体が宙に浮いた。そのあと、思い切り地面に叩きつけられてからの意識はない。
目が覚めたら、すっかり日は落ちていて、街灯だけが唯一の光源だった。
この町はこんなに暗くて寂しかっただろうか?
あの時感じた痛みはもうなかった。
持っていたはずの通学鞄が無い。鞄はどこだろうと思って周りを見渡すがどこにもなかった。
ふと手をみると僕の手は透けていた。手の向こう側にはうっすらと外の景色が映っていた。
これは悪い夢なのだろうか。
僕はかなり不器用だった。不器用と言っても手先ではない。人間関係の構築に関してだ。
引っ込み思案な性格と感情が表情に出にくいという2点が合わさって小学校、中学校の9年間友達はほとんどいなかった。
陽光という明るくさわやかなイメージをもつ僕の名前だけど名前負けもいいところだった。
陰気で根暗で本が友達の僕。明らかにいじめられそうな雰囲気なのに何故かいじめに遭う事はなかった。それだけは幸運だった。
僕は決まって言われる言葉がある。
「赤城って人形みたいで怖い」
言われてみればそうかもしれない。
顔色は常に血の気がなくて病人みたいで不健康極まりない。肌の色は出来の悪い人形の塗装みたいな不気味な白さだ。皮を剥いたジャガイモみたいだねと親戚に笑われた事もある。
つりあがった目は冷たく親しみにくい雰囲気だろう。自分でもキツい目つきだと思う。さらに自分で思っているよりも顔に感情がでないせいで常につまらなさそう、怒っていると勘違いされる。
誤解を解こうにも自分からどう話しを切り出していいかわからずいつの間にか孤立している。
それを小学生、中学生とずっと繰り返してきた。
そのせいで今まで友人といえる友人ができることはなかった。
それでも友達は欲しかった。独りぼっちは寂しい。
たくさんの友人が欲しいわけじゃない。たった1人でいい。
こんな臆病で、引っ込み思案な僕と心から友達になってくれる1人を求めていた。
友人のいない僕は趣味に傾倒する事となる。趣味も当然1人で完結できるものばかりだった。
独りの放課後は趣味であるスケッチと硬筆と毛筆、読書、そして学生の本分である学業に全て費やした。
そのおかげで絵はそうでもないけれど、字は硬筆も毛筆もかなり上達した。
字を書くことは赤城に任せておけばいいだろうという評価をもらえるくらいには達筆であったと自負している。
学業成績も地元の公立とはいえども常に10位以内に食い込めるくらいには成績は良かった。
僕の小学校、中学校の生活は孤独で彩りのない日々だった。
そして僕は高校生になった。
進学先として選んだところは一応地元ではそこそこの進学校だった。
僕の成績ならもっと上にいけると県でトップの公立高校も勧められた。
しかし通学に2時間かけてまでその学校に通いたいとは思わなかったのだ。
今度こそ上手くやるぞ、友達を作って人並みの学生生活を送ると意気込んでいた。だけれども15年間培ってきた性格というのはそうそう変わらない。
結局またもや僕はクラスに馴染む事はできずに友達がいないままだ。
部活動に入ることも考えたけれどやりたいことが無かった。
何よりもそこでも馴染めなかったらどうしようという不安が強かったのだ。そのせいで僕は結局どこの部活動にも所属しなかった。
僕の日常は授業を受け、昼休みは読書をし、放課後は図書室で本を読むか、近場でスケッチをする。中学生の時と代わり映えのないものだった。
だけど高校1年生の初夏、僕は運命の出会いを果たすことになる。
その日は日差しが暖かくて、雲1つない青空だったのを覚えている。そして若葉の緑がとても鮮やかで目に焼き付いていた。
「赤城君」
後ろから女子の声が聞こえたので返事をして振り返る。そこには同じクラスの信濃ほのかさんがいた。
彼女とは同じクラスであること以外に接点は全くない。今日になるまで話したことすらなかった。
どうして僕に声をかけたのかがわからない。
「えーっと、赤城君がこないだの昼休みに読んでた本あるでしょ。実はその本の作家さん好きなんだけど、周りに読んでいる人いなくて、その本読んでいる人初めてだからつい声かけちゃった」
上擦った声で彼女が話す。
確かにこの間僕が読んでいた本はあまり有名ではない。僕もこの作家のことはつい最近まではまったく知らなかった。
だけれども書店で彼の本を見たときに、タイトルに惹かれて衝動買いしてしまったのだ。
内容は意外にも面白かった。
「信濃さんもこの本が好きなの?」
「うん、今すごいはまってる作家の1人なんだ。でも誰も知らないみたいで……」
信濃さんがゆっくりと喋る。そして実はこの本が好きだけど自分以外に読んでいる人はいないとの事だ。
それで同じ本を読んでいた僕に興味を持って声をかけたそうだ。
家族以外の人間とこういった世間話をしたのは久しぶりだ。緊張してしまう。
「僕も好きだよ。周りで読んでいる人は初めて見たよ」
「それで図々しいんだけど、その本や作家さんについて感想話せたらなあって思って」
「いいよ」
その日、初めての友達ができた。同じ趣味を持つ友達。
実はすごく嬉しかった。
信濃さんは連絡先も交換しようといい、自宅の電話番号を書いたメモをお互いに交換した。
彼女は僕の渡したメモをまじまじと見ていた。
「赤城君って字すごい綺麗なんだね。赤城君の字、好きだよ」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」
僕を見て笑った彼女の笑顔は少し眩しかった。彼女と出会ってから僕の日常は白黒の風景から鮮やかに色づいた。
放課後に彼女と話すわずかな時間は1日の中で1番の楽しみになりつつあった。
教室では信濃さんは常に友達といたから声はかけられなかった。女の子の中に男が1人入って行く勇気はない。
僕と彼女は意外と共通点が多かった。好きな物が結構似ているのだ。
好みの作家だったり、テレビ番組、そして好きなお弁当のおかずなど。だから話が合うし弾む。そして感情表現が豊かな信濃さんは見ていて面白かった。
嬉しいときは目一杯笑い、怒るときは眉をつり上げる。悲しいときはその眉がさがり口角も下がる。顔だけじゃ無くて声でも感情をはっきりと表す。
感情表現が乏しいと言われる僕からしたらちょっと羨ましい。僕と信濃さんで足して2で割ればきっとちょうどいいなあって思う。
そして、月日が経つと僕と信濃さんは2人で遊びに行くようになった。
これは僕の提案だった。
僕と信濃さんは好みが合うので2人で図書館にいけばお互いに好きな本に出会えるのではという僕なりの考えだった。
町に出ると、どうしてかはわからないけれどいつも周りからじろじろ見られるので外出はあまり好きじゃなかった。
だけれどそれでも信濃さんと過ごす穏やかな時間と比べたら全然気にならない。
僕たちはいつも図書館で待ち合わせをして、お互いに好きな本を解散まで読み続ける。
時間に余裕があれば適当なお店に入ってお薦めの本をお互いに紹介しあう。
実際に彼女の薦めてくれた本はどれも僕好みで時間を忘れて読みふけってしまうことが多々あった。
運命という言葉は普段は信じていないけれど僕と信濃さんの出会いはそうだったと思っている。
僕と信濃さんの関係性は距離が近づく度に少しずつ変わっていった。正確に言えば信濃さんではなく僕が変わってしまったのだ。
僕はいつのまにか彼女に恋をしていた。もちろん初恋だ。彼女を好きならない理由が僕にはないぐらいだった。
いつも独りぼっちの僕に人の温もりをくれた。僕の青春は信濃さんと言っても過言では無い。
その恋心に1度気がついてしまえば彼女の全てが魅力的に見えてくる。柔らかい笑顔に、明るい語り口は僕にないものだ。
授業中にうとうとと船を漕ぐところも愛おしい。席が近かったら後ろからトントンと背中を突いて起こしてあげたいと思う。
彼女の居眠りを指摘すると、彼女はリンゴのように顔を真っ赤にする所はすごく可愛らしかった。
あと彼女の書く少し丸みのある柔らかい字も好きだ。彼女の親しみやすい性格をよく表していると思う。
当然その想いに気がついてしまえば行動だって変わる。僕はその想いを自覚してから少しだけ大胆になった。
彼女と時間が合えば声をかけて一緒に登下校するようになった。僕は自転車通学で彼女は徒歩だ。
偶然を装って彼女と会うことは簡単だった。だけど毎日だと怪しまれるから週に2回くらいのペースに抑えた。
彼女と話していると時間の流れが速く感じる。まるで流れ星のように一瞬で時が過ぎ去っていく。だけれど書道部の信濃さんと帰宅部の僕では下校時間だけは合わなかったのが残念だった。
彼女が終わるまで待っていても良かったがストーカーとは思われなくなかったので諦める事にした。かといって信濃さん目当てで書道部に入部する勇気もなかった。
時期外れの新入部員は目立って仕方がない。そんなイレギュラーな存在になる事に耐えられそうになかった。
***
6月の梅雨の時期になると文化祭に準備に向けて、遅くまで残ることが増えた。
僕たちのクラスの出し物は模擬店で、和風の喫茶店をイメージした内装にするらしい。
僕と信濃さんはポスター制作係に回された。メンバーは僕と信濃さん以外にも美術部の男子が2人と信濃さんの友達1人いて、計5人だ。
最初は彼女と一緒の係ですごく嬉しかった。だけれど、信濃さんは書道部の出し物で忙しいようだ。こちらにほとんど顔を出すことが無かったのは残念だ。
1度だけみんな夜遅くまで作業をしている日があった。下校する頃にはすっかり日が落ちていた。
その日は新月で月明かりもなく、いつもよりもどこか暗く感じる日だった。
「信濃さん、危ないから家まで送ってくよ」
「駄目だよ。赤城君に悪いよ」
「夜遅いし危ないから送ってく。僕は一応男だし、自転車だからそんなに時間もかからないよ」
信濃さんはその後も色々あったが僕が無理矢理送っていった。僕が彼女と一緒にいたいだけの口実だった。
真っ暗な街道を2人で歩くのは初めてのことだった。
なにか面白い気の利いたことを言えればいいのだが、僕にそんな技術があるわけもない。
ひたすら長い沈黙が続く。隣にいるのが信濃さんってだけでその沈黙すら心地いいといったら彼女はどんな反応をするのだろうか。
彼女の家に着くと、彼女の面影がある10歳くらいの女の子が戸をあけて出てきた。
髪の毛を耳よりも高い位置に2つに結んでいてリボンで飾っている。おそらく彼女の妹さんだろう。
「お姉ちゃん、このお兄ちゃん誰?もしかしてカレシ?すごいカッコイイ!王子様みたい」
妹さんらしき人は黄色い声を上げる。信濃さんと僕が恋人同士に見えると言われてちょっと嬉しくなる。
さらに生まれて初めて家族以外の人間から格好いい、王子様みたいだのという褒め言葉をもらったのでちょっと照れてしまう。実際に顔に熱を感じる。
だけど、この子の審美眼が少し心配になる。僕の容姿は残念ながら王子様って言えるような輝きはないと思う。
僕の中の王子様ってもっと優しくてキラキラしている人を指す。僕なんて王子とは真逆のところにいる。
「ありがとう。王子様なんて初めて言われたからすごく嬉しいよ」
僕なりに頑張って妹さんにほほえむ。ちゃんと笑えているといいんだけど。
「そんなわけないでしょ。赤城君はお姉ちゃんと同じクラスの人。夜暗くて危ないから送ってくれたの。たまたまよ。こんなカッコいい人がお姉ちゃんの彼氏なわけないでしょ」
信濃さんは口を開けてあははと笑う。
僕と信濃さんはただのクラスメイトでしかないのだ。だけど、信濃さんも僕の容姿を格好いいと思ってくれているのかと思うとちょっと嬉しい。それとも信濃さんも審美眼がおかしくて、ゲテモノ好きとかなのだろうか。
「へえ、赤城君って言うんだ。そうだよね。こんなカッコイイ人がお姉ちゃんと付き合うわけないっか」
「こらっあずさ!」
姉妹の微笑ましいやりとりを見ていると心が和む。その後、僕は信濃さんにまた明日とさよならの挨拶をして別れた。
そして時は流れ、文化祭が近づいてくる。
ポスターは無事に完成した。美術部も書道部も忙しいので僕が下絵を描き、色塗りは信濃さんの友人に任せたという形になった。
今日は文化祭当日の打ち合わせだ。当日の動きをクラスのみんなで話し合う。信濃さんは書道部の関係で放課後早々にそちらに顔を出しているので不在だ。
今回の話し合いは文化祭当日の接客係と裏方の調理係、宣伝係の配置と、そのシフト調整だ。部活動などをしていると活動次第ではどうしてもシフトに入れない時間帯があるので調整をしなくてはならない。
話し合いは着々と進んでいく。というよりもスケジュールに融通聞かない人からシフトを決め、時間に余裕ある人がその穴を埋めるという形なのであっさりとシフトは決まった。
僕は希望通りに調理係の方へ回してもらえることになった。最初は宣伝係を薦められたけど人前に出るのは向いてないという自覚があるからお断りした。
「赤城、ちょっと頼みあるんだけどいいか?」
帰宅しようとした途端に中野君に話しかけられる。
「頼みって何?」
「赤城、調理班だろう。申し訳ないけどやっぱり宣伝に変わってくれないか。お前が口べたなのは知ってるから、お前にはサクラを頼みたい」
中野君の話しを掻い摘まんでまとめると、僕は教室内にある飲食スペースでお茶をするだけでいいらしい。彼曰く美味しそうに食事をしてくれれば客がそれを見て店に入ってくれるかもと言うことだ。
最初は人前に出るのが嫌なので断ったけどどうしてもと言われると断れなかった。
「赤城にしかできないんだよ。頼む」と言われると流石に強く断ることはできない。
中野君には期待しないでねとだけ伝えて軽い気持ちで了承した。その時の僕はこの頼みを断るべきだったことに気がつかなかった。
文化祭当日の朝、学校に来て、教室に向かうとクラスの女子が待ち構えていた。
「赤城君、この服に着替えてもらっていい?浴衣の着付けできる?できなかったら中野に言って、あいつできるから」
彼女から紺色の浴衣と黒い帯、下駄を渡される。
うちのクラスの模擬店のテーマは和風なので浴衣を渡される事は何ら疑問に思わなかった。
幸いにも和服の着付けはできるので1人で着替えることができた。
僕の今日の仕事はこの姿で、飲食ペースでお茶を飲むことだ。そんな事でお客さんが来るとは到底思えないが引き受けたからにはちゃんとやろう。
「あの男の子、すっごい美形じゃない」
「めっちゃイケメンじゃん」
僕が座って模擬店の出し物の1つである麦茶を飲んでいるといつの間にか視線が集まっていた。
うちの学校の制服じゃないから多分他校だったり、地元から来る一般のお客さんだろう。
僕は何かしてしまったのだろうか。居心地が悪くて悪くてしょうがない。
不安になって、接客をしている中野君に視線を送る。
すると中野君と目が合う。僕が用事があると察したのかさりげなく僕の元へやってくる。そして、耳元で囁く。
「その視線は気にするな。赤城の今日の仕事はそのイケメンフェイスで客寄せすることだ」
僕ってイケメンなのだろうか。不細工ではないけれど、イケメンではないと思う。
もやしみたいな貧相な体格だし、墨汁みたいな髪の毛、鋭い目つきと今人気の芸能人とは似ても似つかない。
イケメンとはもっと背が高くて逞しくて男らしい精悍さに満ち溢れた人を指すのではないかと思う。
間違っても僕みたいな陰気なガリガリモヤシを指す言葉ではないと思うのだけど。
「僕ってイケメンなの?」
「お前馬鹿にしてるだろ。お前がイケメンじゃなかったらうちの高校の男子は全員ブサメンだよ。お前レベルのキレーな顔なんてテレビでもそうそう拝めないよ」
中野君は大笑いしながら去って行く。
自分の顔が世間一般に受ける顔だとは思わなかった。両親は昔から僕のことを美形とは言っていたけどそんなの正直親の欲目でしかないと思っていたのだ。
だって今まで特別な告白とかだって受けた事はない。
芸能界にスカウトされた事があるわけでもない。
簡単に言えば自分が美形だと自覚するエピソードが今までに全くない。
中野君の言葉からして僕の仕事は客寄せパンダだと言うことだ。
「うわーマジで超イケメンじゃん」
「でしょー、正直言って彼氏霞んで見えてくるもん」
僕の容姿は意外にも受けがいいらしい。実際にお客さんは少しずつ増えた。だけどみんながみんな僕を見るので疲れて仕方がない。
高校に入学して僕の初めての文化祭は客寄せパンダで終わった。
3日連続でシフトが入っているのは知っていた。だけど人の視線をずっと受けながら過ごすのは想像以上に疲れた。
シフトの入ってない自由時間ですら、知らない人達に声をかけられ、全然楽しめなかった。
というか話した事のない男に写真一緒にいいですかはちょっとないだろ。無遠慮にも程がある。
書道部の展示に行きたかったけど行くことはできなかった。ずっと知らない人間の相手をしていたから。
結局文化祭では1度も信濃さんに会うことはできなかった
文化祭が終わってから数日後の放課後、信濃さんと喫茶店でお茶をしていた。誘ったのは僕からだった。
あの最低な文化祭を忘れたくて信濃さんを誘った。
最初はいつものような世間話だった。昨日の晩ご飯や、学校の授業の感想とかとりとめも無いことばかり話していた。
話しが弾んで僕の話題になった。
「赤城君って意外と人なつっこいよね。最初の印象と大違い」
最初の印象とはどのようなものだったんだろう。気になるので聞いてみることにする。
「最初の印象ってどうだったの?」
「何というか、一匹狼っていうか、高嶺の花というか。とにかくめっちゃ近寄りがたかった」
「そんな印象だったの。僕、人見知りだから声かけられないだけだよ。声かけられたり遊びの誘いがあったら普通に嬉しいし」
高嶺の花、一匹狼。そんなかっこいいものじゃない。周りにうまく馴染めなかっただけのただの陰気な男子だ。
「そうなんだ」
「うん。実は信濃さんが声かけてくれたときはすごく嬉しかったよ。中学の時も友達がいなかったし」
信濃さんは紅茶で喉を潤したあとにそうなんだと相づちを打つ。彼女は喫茶店に来るといつも紅茶を頼む。ちなみに僕も紅茶派だ。
違いは信濃さんがアールグレイの砂糖入りが好きで、僕はアッサムティーにミルクを入れるのが好きだ。砂糖は無い方が好きだ。
やっぱり彼女といると心が穏やかで安らかな気持ちになる。僕はやっぱり彼女が好きなんだなと思う。だってこんな気持ちになるのは初めてだ。
***
高校生になってから初めての夏休みを迎えた。
夏休みに入ると当然彼女とは会えなくなる。
色のついた世界が再び白と黒の無彩色の世界に戻っていくようだった。
彼女と話したくて何度ももらった連絡先のメモを片手に電話を手に取った。だけど自分から電話をかける勇気がなくて結局一度も彼女に電話をすることはなかった。
彼女に会えないことや話せないことがこんなに寂しいとは思わなかった。やっぱり僕には信濃さんが必要なんだといやでも気がついてします。
信濃さんへの恋心は線香花火のように小さく燃えている。小さいけれど、熱く静かな想いがパチパチと燃えていた。
夏休みの間、僕は彼女に思いを伝えるためにひたすら恋文を認めていた。
ラブレターという方法を選んだのにはいくつか理由がある。
まず僕が致命的と言っていいほど口下手なことだ。多分直接想いを告げたら間違いなく上手くは行かないだろう。というか何を言い出すか自分でもわからない。
次に信濃さんは僕の字がはっきりと好きだと言った。本当は僕自身を好きと言って欲しいがそれは高望みというやつだろう。
それに僕は自分で言うのもなんだが字の綺麗さに関してはかなりの自信がある。昔から硬筆は校内コンクール常連だし、毎年年賀状の宛名書きを手伝わされるくらいには綺麗な字を書いている。
戦うなら自分の得意分野で戦うのが1番いいし、賢明な選択だろう。
机に向かって万年筆を取る。インクをつけて、用意した白い便箋に想いを綴る。
1文字、1文字丁寧に文字を綴っていく。
僕の想いが信濃さんに届きますようにと祈りを
込めながら。
夏休みが明けて、学校が始まってから信濃さんの様子は大きく変わっていた。そして僕を取り巻く状況も変わり始める。
「信濃さん、おはよう」
「おはよ、赤城君」
いつもの明るい表情がない。信濃さんはこちらを一瞥した後にすぐに友達のところへ行ってしまった。何か悩みでもあるのだろうか。
「赤城君、おはよう」
明るくて甘ったるい女の子の声だ。
信濃さんの声じゃない。今まで学校で僕に挨拶してきたのは教師か信濃さんぐらいだったのでちょっとびっくりする。
挨拶してきたのは同じクラスの女の子だった。
「おはよう」
それから僕の周りには人が集まり始めた。とくに女の子が中心だ。
今までは1人だったので違和感があって仕方がない。だけど、その中には信濃さんはいない。
いままで孤立という状況に近かった僕になぜこんなに人が集まってくるのかがわからなかった。
僕は中野君にその理由を聞きに行った。
クラスの中心的人物で男女問わず友人の多い彼なら理由を知っているだろう。
それに中野君とは文化祭をきっかけに少しだけ話すようになった。といっても事務的な会話が主で、たまに世間話を一言、二言話すくらいだけだ。
それでも中野君は同性で一番声をかけやすいクラスメイトだった。
中野君のいい意味で壁を作らない雰囲気は嫌いじゃない。
彼に今の僕の取り巻く状況を説明すると彼はおもむろにため息をついた。
「鈍いにもほどがあんだろ。みんなお前にお近づきになりたいんだよ。文化祭でも思ったけどお前はもうちっと自分がべらぼうにキレーな顔してること自覚しろ。なんでこんな美形なのに自覚ないんだか」
当たり前のことをなんで聞いてくるんだと雄弁に表情は語っていた。
「でも今までは誰も僕に近寄って来なかったよ」
「はあ。お前最初の時なんて人形のように無表情だっただろ。世の中なんてつまらないみたいな顔してただろ。お前のために教えてやるけど、美形の無表情ってけっこー怖いんだぞ。実は俺も最初お前の事ちょっと怖かった。だけど、最近は結構穏やかな表情も見せるし、少しとっつきやすくなったからな」
「そうだったんだ」
「そうなんだよ。お前はもっと自信を持てよ。じゃあな色男。モテモテで羨ましいね!」
そう言って中野君は去って行った。
信濃さんはどうしてかはわからないけれど僕を避け始めた。
登下校の時にいつも信濃さんがいる道を通っても彼女はいない。教室では常にだれかと一緒にいた。なんかの話で盛り上がっていて、僕の入る余地は全くない。
僕が何かをしてしまって、信濃さんの不興を買ってしまったのだろうか。
そしたら直接謝りたい。そして前みたいな穏やかにいろいろな話がしたい。なによりも信濃さんと話せない日々は地獄のようだった。目の前にいるのに手が届かない。
僕に必要なのは彼女ただ1人だ。他の人間なんてどうだっていいんだ。有象無象の集まりでしかない。今の僕は1人じゃないけど1人ぼっちだ。
信濃さん、君がいないと意味がないんだ。僕は、君1人がそばにいてくれるなら周りにいるすべての人間が敵になっていいとまで思っているんだ。
それなのに彼女は僕と目が会うたびに罪悪感に押しつぶされそうな顔を一瞬だけ見せて僕から目を背ける。
直接話を聞こうと思っても常に誰かに囲まれている。1人でいるときはさっさとどこかに行ってしまうせいで話し合いの余地がないのだ。
あまりにも酷い仕打ちだ。
信濃さん、僕は君にとってなんだったの?孤立している僕に話しかけてきたのはからかいのつもりだったの? 僕は君にとってどうでもいい存在だったの?
どうにかして信濃さんに想いを伝えたいと思いながら鬱屈した日々を過ごしていた。
彼女と仲直りしたくて話をどう切り出すか毎日毎日考えていた。
そして考え抜いた結果、ちょっと強引でもいいから話し合おうと決めたのだ。考えてもわからないなら対話するしかない。顔と顔を突き合わせて気持ちを伝えるしかないのだ。
そうしようと決めて僕は帰り道を歩く。
明日はどうやって彼女を呼び出そうか。それとも電話をしてみた方がいいのか。
そう考えていると何か大きな塊が勢い良くぶつかってきた。と思えば、恐ろしい痛みとともに体が宙に浮いた。そのあと、思い切り地面に叩きつけられてからの意識はない。
目が覚めたら、すっかり日は落ちていて、街灯だけが唯一の光源だった。
この町はこんなに暗くて寂しかっただろうか?
あの時感じた痛みはもうなかった。
持っていたはずの通学鞄が無い。鞄はどこだろうと思って周りを見渡すがどこにもなかった。
ふと手をみると僕の手は透けていた。手の向こう側にはうっすらと外の景色が映っていた。
これは悪い夢なのだろうか。
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