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魔女裁判開廷

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 エリーチカを連れて、村の長なる者を探す。
 この村には、警察という組織が無く、有志による自警団が取り仕切っている。その自警団は村長の管轄にあり、その村長と話を付けて、まずは、公正に近い裁判を行おうと思うのだ。


 まずは、槍武器を持った自警団の悪魔の一人犯人を捕まえたと言う。

 すると、悪魔の特徴である、黒い翼と長い尻尾が威圧的に大きく広げられて、まるで、私たちを威圧するかのような態度を取られ始めた。


「紫色の髪。おそらく、魔女だろうが、まずは証人の元へと連れて行く」

「分かった」


 悪魔は、私が持つエリーチカを縛る縄を取ろうとしてきた。なので、その手を軽く跳ねのけた。


「私が責任を持って縄を持つ」

「あなたがどんな身分かは分かりませんが、これからはこちらの領分です」

「であれば、君が魔女を捕まえれたとでも言うのだろうか? 逃げられないと誓って言えるのか? ただ連れて行くだけだ。私が犯人を捕まえてきたとすれば、その実力はあるという証拠にもなる。君ではどうなるか分からないからな」

「……」


 私がそう言うと、悪魔は困ったように口ごもった。


「とにかく縄は私が持つ」

「いや、しかし……。これは自警団の仕事ですので……」

「とにかく連れて行ってくれ。村長にも話があるんだ」

「ええ。まあ、分かりました……」


 悪魔は渋々といった様子で、私を案内し始める。

 まずは、私たちは被害者の子供の家を回って、エリーチカが子供を誘拐して殺した犯人であるということを裏付けさせる。

 当然、エリーチカはもう魔女ではない。なので、環境に追い込まれて事件を起こしたと前を置きをして、私は親の方々に説明を続けようとするが、恐怖で泣きじゃくる子供がいては説明の続きもできるわけがなかった。

 今はとりあえず、裁判を待つことにして、次に村長と話をしに行く。

 レンガ造りの、街の中央にある大きな家が村長の家で、家に上がれば、奥の方に、どっしりと床に座って構えた老いたバーサーカーがいた。

 老いてもなお、筋肉質な体で、村長は、鋭い目つきを私に向けてきた。

 私を案内した自警団の悪魔が、その村長に話を通す。


「そうか。そいつが犯人か」

「ええそうです。しかし、まずは私の話を聞いていただきたい。それはこの子が魔女だった時の話しで、この子はもう魔女ではありません。魔女になったというのも無理やりにされたようです。魔女になれば、抑えられた欲も抑えられなくなり、本人は抗いようなく行動をしてしまうのです」

「詳しい話は本人から聞かせてもらおう。魔女。名前を名乗れ」

「この子はエリーチカ。私はアーシャと申します。私がこの子の弁護を務めさせていただきます。なので、話があればまず、私が答えさせていただきます」

「弁事とはなんだ? 奇妙な物言いをするな」

「弁事とは、本人の代わりに主張をして助けることです。今のこの子は衰弱していて、答えるのも難しいでしょう。ですから、私が代わりに答えさせていただきます」

「お前はそいつの何なんだ? なぜ、庇う? 家族なのか?」

「それは、私がこの子に同情をしているからです。この子と血の繋がりはありません」

「魔女に同情するか」


 村長の目つきが一段とするどくなるのを見た。


「通常。この子の処遇はどのような経緯を経て決まるのでしょうか? ぜひとも公正な判断をしていただきたく思います」

「そんなもの。話を聞いてみなければ分からん」

「では、話をするとしましょう。何から話しましょうか?」

「全てを話せ」

「では、話をさせていただきましょう」


 エリーチカから聞いた話を、私が話していく。当然、分の悪いことは伏せておくが、そんなのは、この子がエッチが好きだとか、事件と関係なく、この子の印象に関わることだけだ。

 少しでもエリーチカに同情をしてくれるかと期待していたが、村長は、


「そいつの行動の理由は分かった。だが、村の子供に手を出した以上、殺さねばならん。でなければ、誰も納得はしないだろう」


 そう言う村長は、全身の白髪を逆立てて、明らかな殺意を私に向けてきた。

 私は一瞬だけ、その殺意に飲み込まれそうになった。自分の体をぎゅっと絞り、自分を奮い立たせる。


「では、まず、納得するかどうか、確かめるのはどうでしょうか? 民衆の前で私が弁論をして、村長であるあなたが、反論をする。それで周りの反応を確かめるのはどうでしょうか?」

 
 民衆の前で弁論をするというのは、もろ刃の剣であり、こちらの立場が一方的に不利になる場合もある。だが、そうしなくては、そもそも理解も得られないだろう。
 

「よくもまあそんなことを。子供を殺された親の前でも同じ態度がとれるのか? そんなもの死を望むに決まっている」

「ええ同じ態度ができますよ。なんの情もなくこの子を殺す方が私にとっては、辛いことですから。では、いつから弁論をさせていただいても?」

「いつでも」

「では、失礼させていただいて……」


─────


 場所を変え、広場の前に、エリーチカを連れだす。本当はエリーチカに顔出しすらもさせたくは無かったが、今の姿を見せなくては誰の心も動かせないだろう。


 村長が一緒に立ち、何事かと集まる民衆の前で私は息を継ぐ。

 そして、ただ一言。強く、私の話を黙って聞け! と怒鳴りつけた。

 行き交う全ての者たちの注目が私の一身に集まると、私は限定の沈黙を貫いた。


















 最初は一分も続いた沈黙が、













 二分
















 三分と続く。













 何が起きるのかと、周りがそわそわとする中、私は更に沈黙を重ね続ける。

 この中の誰もが沈黙の強さを知らないのだ。かのアドルフヒトラーのように私がこの場を支配するためには、沈黙が不可欠なのだ。
























 風も吹かず、静まり返った広場に、ついに、五分もの時間が流れた。何も私が話そうとしないことに嫌気がさしたのか、村長が動こうとしたのを見て、私はついに口を開く。


「この少女が子供を殺した犯人である。だが、この子は無情にも、親の犠牲となって抗いようもなく魔女となって子供を殺した。村長は殺せと言うが、それはあまりにも無情ではないか? エリーチカ。今一度、私の質問に答えてくれ。君はなぜ、子供を殺した?」

「それは、素敵な体が羨ましかったからです……」

「なぜ、羨ましく思った?」

「私は……」


 人前で言うのが憚れているような面持ちで、エリーチカは口ごもった。
 私はそんなエリーチカの気持ちを汲み取ることはせず、ただ強気に聞いていく。


「君はお父さんとお兄さんから虐待を受けて育った。二人による近親相姦で赤ん坊を妊娠させられて、その赤ん坊も悪魔への生贄に使われてしまった。それで、自分の体が汚れていると思い始め、幸せそうな子供の体が羨ましく思うようになった。そうだね?」

「……。はい……」

「では、なぜ、君はその欲望を止められなかったのだ?」

「魔女になってしまうと、欲望が止められなくなってしまうからです……」

「では、なぜ、君は魔女になった?」

「お父さんに悪魔を呼ぶための生贄にされて、勝手に悪魔が私を魔女にしたのです」

「そう。つまり、この子は、被害者なのである。家畜でさえも我が子に愛情を注ぐが、この子は生まれ持っての愛情を一切注がれてこなかった。君たちは、この子を可哀そうだとは思わないか? 君たちは自分の娘を平気で犯せるのか?」


 私の問いに、誰も答えず、更に沈黙が流れる。











 また、一分












 二分と経ち、私が話を進めないので、とうとう答える者が現れた。


「そんなことできるわけがない」


 そう言う、私のことを見る悪魔は、淫魔の姿のそれだが、その目は真剣に私を見つめている。


「そうだ。自分の命よりも大切な存在を傷つけることなど、できるわけがないのだ。子供は全て愛情を注がれるべきだ。この子は間違いを犯してしまったが、決して望んで行ったわけではない。育った環境に問題があったのだ。この子を殺したところで、死んだ子供が返ってくるのだろうか? 否。それはあり得ない。殺した後に流れるのはただひたすらの虚無だけだ。殺して気が済んで、死んだ我が子に思いを馳せて、老人になっても我が子が返ってくることはないのだ。だが、この子には死んで、惜しいと思う者すらもいない。この子は産まれた時から、誰からの愛情も受けずに死ぬのだ。それは、あまりにも悲しいことだ。エリーチカ。君は被害者たちに対して、今、どんな思いでいる? 正直に答えてくれ」

「……。私が殺した子供たちも、気を狂わせてしまった子供たちにも、取り返しのつかないことをしてしまいました。お詫びをしたところで意味なんてありませんが、ただ、一つ、私の命で気が済むのであれば、どうぞ使ってください。今は、ただ、申し訳ない気持ちでいっぱいです……」


「子供は全て愛されるべきなのだ。しかし、このエリーチカはただの一回も愛されたことが無い。それに、誠心誠意反省をしている。被害者の気持ちは当然、推し量れないほど辛い思いだろうが、この子を殺すことよりも、この村に尽くさせる事の方が重要ではないだろうか? 殺すだけでは何も解決はしない」


 私の質問に再びまた沈黙が流れる。この場にいる殆どは、内容を理解しきれていないだろうが、民衆というものは、分かりやすい物事に手を伸ばす性質がある。
 進むべき道を提示してやれれば、ある程度動いてくれる。


 だが、そこに、被害者の母親であろう人が怒鳴った声の叫び声が入ってきた。


「馬鹿なこと言うな! 私の子供は、そいつに殺されたんだ!」


 皆の注目が、一斉に声の主に集まる。顔を真っ赤にして、怒りに染まった姿は、私とエリーチカに対して、一方的な殺意として向けられている。


「あなたの気持ちも分かる。だが、このエリーチカも被害者だ。この子が死んだら、あなたも許せると誓うべきだ。死んだ後に罪を償う方法なんて無いのだから。それから先、あなたも、この可哀そうなエリーチカを殺したことで、一生をかけて死を弔い続けるべきだ」

「なんでそんな罪人を弔わないといけないんだ!?」

「殺すということにはそれだけの責任があるからだ! 私たちは、生き物を殺して食べて生きている! そうして、生きているのに、無駄に生きて、余った食べ物は捨てて、それが許される品性は、どこにも存在しうるべきではない! 殺すこと自体が重大な行為であるなら、エリーチカを殺したあなたにも当然、その責任や罪というものを着せられるべきだ! だからこそ、あなたはこのエリーチカを殺したあと、この可哀そうな子を許さなければならないし、環境によって道を踏み外すことになったこの、可哀そうなエリーチカを、一生をかけて弔い続けなければならない。殺すというのは、どんなことにおいても、責任をとらなければならない行為なのだ。だからこそ、文明的な人間は本能的にそれを知っていて、どんなに嫌いな奴がいようとも簡単に殺さずに済んでいる。あなたにこの子を殺すことの罪を一生をかけて償えるのか?」


 母親は、押し黙り、怒った顔を更に真っ赤にして、言う言葉を考えているようだ。それで出てきた言葉が、


「屁理屈をこねるな!」


 だ。


 私がそれから何を言おうとも、それは屁理屈であると言い続ける。やはり、私が想定していた状況の一つになってしまった。


 そこに村長が、


「やはり、殺すべきだそうだ」


「待ってくれ。今は冷静ではないだけで、時間をかければ話を理解してくれるかもしれない」


「なら、どのくらい待てばいい?」


「一か月」


「だめだ。いくらなんでも長すぎる」


「なら、二週間」


「いや、今日中に決めろ」


「今日中だと? あとから、状況がひっくり返るような証拠が出てきたらどうするつもりだ?」


「なら、そんな証拠があるという証拠を出せ。出せないならそれまでだ」


 この村においては、きちんと時間をかけてでも人の話を聞くという習慣がなく、早々に話を終わらせようとしまっている。
 これでは、説得をし終える時間がそもそも存在しない。どうにか時間を稼ぐべきだが……。


「……。分かった」


 認めたくない敗北だった。


 村長が、自警団たちにエリーチカを連れて行かせようとするので、私が庇うように間に入り、牢屋まで私が連れて行く。



─────



 檻を隔ててエリーチカといる私を、自警団の三人と村長が見張るようにしている。


「今日の夜。また、被害者たちを集めて話をさせてやる。それで、死刑が望まれれば、そのまま死刑を執行する」

「いや、駄目だ。殺す時は私がこの子を殺すと決めている」


 そうお互いに主張し合う私と村長は睨み合い、今にも殴りかかりそうな雰囲気を前面に押し出し合う。


「お前がこの子を殺すのか? どうにもただ庇っているにしては必死であるし、殺せるとは思えないが?」

「いや。この子が死を望まれるだけのことをしたのは事実であるし、私の子供がこの子に殺されたとなれば、私だってあの母親のように取り乱すだろう。ただの一度も愛情を受けられなかったこの子が可哀そうで、殺すにしても、苦しまないように一瞬で終わらせてやりたい。それができるのはわたしだけだ」

「見張りは付けるが、死刑となれば絶対だ。もし、殺さずに逃すことがあれば、お前もこの村の敵とみなす」

「分かった」


 本当は、こっそり、エリーチカを死んだことにして逃がすことも考えていたが、なにせ、私でもどうすべきが正解か分からない。やはり、女王が冥福を授けられるというのなら、殺して全ての罪を濯いでもらった方が良いのかもしれない。


「なあ、エリーチカ。腹は……、減っているわけがないよな……」

「そうですね」


 エリーチカは微笑みを伴ってそう言う。

 魔法でできることは、科学でできることが大半だ。罪を無かったことにすらできないなんて、魔法は魔法ではない。


 私は今一度帰って、各種スクロールに貯蓄している魔力をかき集めて、女王を呼びだす。


「また私を呼んだか」

「失礼しました。今回は、知識の宝庫とも言えるほどの聡明な女王様に、聞きたいことがあって呼び出しました。殺したものを蘇らせたり、罪を無かったことにできる魔法は存在しませんか?」

「そんな魔法はない。しかし、方法としては、あるにはあるが、それをすれば、神を怒らせ、敵に回すだけになるだろう。問題は、その元魔女のことだろう? 冥福を授ければ、何もかもが満たされる。死んだあとは、こちらでやっておくから、安心して殺せば良い」

「あの子は愛情を受けて育って来れなかった。だから、今、愛情を与えてやりたいのです、簡単に殺すことなんて、やはり、私にはできない」

「ならば、私が、この元魔女を輪廻に戻して、人間にしてやろう。こればかりは特別なことだが、生き返らせることよりも、簡単な話だ。それで少しは楽になるか?」

「生まれ変わってどこの人間になるのですか?」

「そこまでは保証できんよ」

「あの、しかし、彼女は次こそは幸せになるべきなんです。辛いまま人生が終わって、その次も辛い人生だったら。まるで、救いようがないじゃありませんか? 何かもっと良い方法はありませんか? それに、殺された子供たちも救いたいのです」

「この世とはそういうものだ」


 女王はきっぱりとそう言い切った。

 私は悔しかった。


「……。分かりました……。では、冥福だけでもお願いします……」

「分かった」



─────



 日も暮れ。夜に入ろうとしたころ、被害者たちとその母親が集められ、そこに、村長と自警団と私がいる。

 それを眺めるように民衆たちが群がり、今か、今かと開始を待って、魔女に対する怒声が響いている。


「アーシャ。この状況がひっくり返るような証拠はあるか?」

「ありません……」

「では、これが最後だな」


 村長と話をしてから、私は一歩前に出て、最後の話の準備をする。








 


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