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せめて後悔はしたくない
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これから傭兵を正規兵に仕立てる訓練を行うと言っても、まずは、行軍である。
つまり、マラソンである。
「おらあああああ!! 遅いぞ!!」
「ずりいぞ!! てめえ!! 馬車に乗りやがって!!」
「俺は良いんだよ!!」
俺は馬車に乗りながら、必死について来る兵士たちに向けて、野次を飛ばし続ける。
傭兵たちも、正規兵になれると知って、必死についてくる。
しかし、その傭兵たちの顔は鬼のような眼差しで俺を睨んでいた。
初めてのマラソンに加え、野次も飛ばされるものだから、精神状態も穏やかでないのだろう。
俺が優雅に食事をとっていると、誰かが石を飛ばしてきやがった。俺には当たらなかったが、皿が滅茶苦茶になってしまった。
その怒りで俺も石を投げ返し、投げてきた奴に向けてクリーンヒットさせた。
よし!!
もちろん、兜に当たった程度なので、痛みはないが、衝撃は伝わっただろう。
石を投げた傭兵がますます苛立った顔を向けてきました。
それから、手始めの1時間のマラソンが終わると、今度は隊列の維持。次に命令に対する即応性。最後にバリスタや大砲などの武器に対する訓練を積ませます。
そうして、一か月の訓練が終わると、多少はみんな使い物になってきました。
俺はゲクラン将軍に呼び出され、作戦会議に参加させられます。
「今回は敵も本気だ。傭兵を10万人を用意してくるようだ。おそらく、今のビクトリアの財政では、この人数が限界だろう」
「人数的にはこちらが有利のままですね。ビクトリアの常備軍はどのくらいでしょうか?」
「およそ3千人。また、ヴィルヘルムが指揮をするようだ」
「なら、敵に遅滞戦術をしかけて侵攻を遅くし、その間にこちらの本隊でビクトリアを攻めましょう。もし、敵の大将であるビクトリアが打ち取れれば、傭兵に対する支払いもできなくなり、金目目当てで集まった傭兵は自然と解散するでしょう。そうなれば、常備軍とヴィルヘルムだけが敵となり、こちらは50万対3001で戦いを始めることができます。城攻めの経験はありますか?」
「3回はあるが、それだけの人数であれば、攻略自体は簡単であろう。奇襲と、敵の対応を超えた攻撃を仕掛け続けることが、城攻めの基本だ」
「分かりました。信じます」
「だが、ヴィルヘルムは強敵だぞ。具体的にどう戦うつもりだ?」
「最初に言った通りにまずは遅滞戦術をしかけて、敵の進行を遅らせます。遠距離の攻撃をメインにバリスタや大砲で迎え撃ち、突破されそうになったところで撤退します。そうして後方に引いてある新しい防御陣地に籠って陣形を整えて、再度防衛します。これを繰り返して、敵を疲弊させて戦闘のたびに相手の足を止めます」
「分かった」
「敵はこちらの戦力も知っているはずでしょう。ですから気を抜かないようにしてください」
「その点においては大丈夫なはずだ。なにせ、弱小国の我が辺境地が50万もの軍勢が出せるほどの資金をまともに持っているとは思ってもいないだろうからな。50万人の公募も、心理を突くために言った出まかせだと相手は思っている。それほどまでに50万人の動員は異次元なのだ。丈殿。貴殿は、まさに神のごとき技を持っている」
「いきなり褒められても、大した話じゃありませんよ」
「いや、それほどのことだ。若いのに凄まじい才能だ」
ゲクランは俺に向き直ると、真剣な様子でそう言ました。
それからゲクランは、ワインをセラーから取り出してグラスを二つ置く。一つは俺ので、一つは自分の物のようだ。
「いける口か?」
「ええ。断ることなんてできませんからね」
「君は正直だな」
そう言いながらも、ゲクランは薄く笑う。
注がれたワインを俺は一口飲み、そこらの安酒でないことだけは分かる。
「良いワインですね」
「ほう。酒は好きか?」
「ええ。大好きです」
俺がそう言うと、ゲクランはグラスを掲げて楽しそうに笑った。
「英雄に乾杯」
――――
俺は、敵の進行ルートに対し、幾重にも防御陣地を敷き、木製のスパイクなどで足止め箇所を作り、バリスタや大砲も設置していった。
また、武器が鹵獲されないように爆薬も設置しておいであるので、敵に塩を送るようなことにはならないはずだ。
正式に宣戦布告が来たのはそれから一か月後だった。
「しかし、なぜ、ビクトリアは、わざわざ宣戦布告の手紙なんて寄こしたのでしょうか? 奇襲を仕掛けた方が勝率が上がったはずだと思うのですが」
「簡単なことさ。騎士道という奴で、お互いに正々堂々と戦うためだ。だからこそ、私もヴィルヘルムを殺さなかったのだ。さらに言えば、傭兵を公募すれば、戦争を仕掛けるのだとどのみち相手側に察知される。奇襲戦争は周りに卑怯者だと思われるし、良いことなどまるで無いのだよ」
「そういうことですか」
俺がそう言うと、ゲクランは馬のたづなを強く握った。
「気を引き締めろよ」
「ええ。分かっています」
作戦の復習だが、俺はただ敵を迎え撃つだけ。城攻めはゲクランがやってくれる。
宣戦布告から一時間ほどが経って、監視の一人から連絡が入り、侵攻ルートが特定できた。どうやら敵は部隊を三つに分けてこちらに攻撃を仕掛けてきたようだ。
おそらく、敵は迂回して背面からこちらに攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。
だが、俺は全ての進行ルートに既に防御を敷いている。
敵も三部隊に分けたとなれば、一部隊はおよそ3万ほど。こちらは10万ずつの兵力で迎え撃てる。戦力は三倍でこちらが有利。ランチェスターの法則においても兵力の二乗と三倍差によって、実質の戦力効率はこちらは最大化までされている。
あとは、どうやってヴィルヘルムを倒すかだ。
どうやら、本陣は俺に向かってきているようだ。ヴィルヘルムが率いる部隊が遠くの場所に見える。
だが、敵はじっとこちらを見ているだけで、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。
そして、伝令が来て、他の防御箇所で戦闘が起きたという報告を耳にした。
現状では、人数差で、およそこちら側の優勢だそうだ。
それから少しして、敵の部隊の撃退に成功したという連絡が俺の耳に入ると、遅れて、ヴィルヘルムがこちらに攻撃を仕掛けてきた。
だが、それも、こちらの遠距離攻撃によって先に数が減り、ヴィルヘルムは射程距離の違いから、中々こちらに攻撃を仕掛けられないでいる様子だった。
そんなヴィルヘルムも、ついには決死の攻撃をしかけてきて、こちらもその猛攻に耐えきれず、バリスタや大砲が次々に焼かれていきます。
こちらが武器を失った隙に、ヴィルヘルムは、敵の全軍の歩を進めて一気に攻めてきました。
俺は部隊に撤退を命令して、後方の陣地に立て籠ってまた、遅滞攻撃を仕掛けます。
「何をやっている! もっと死ぬ気で戦え! 敵は弱小国だ! 兵力は殆ど残っていないぞ! どうせ、たまたま運が良く本隊を北に回していただけだ。ならば、こちらは手薄である!」
というヴィルヘルムの怒号が聞こえてきた。
その声を聞いて、俺が雇った傭兵たちも、これは勝ち戦だということを確信したようで、ほくそ笑みながら戦っていた。
しかし、思ったよりもヴィルヘルムの火力は凄まじく、俺もとうとう最後の防御陣地にまで追いやられてしまった。ですが、まあ、こちらの損害殆どゼロなんですけどね。
「どうやらそこが最後の防御陣地のようだな! もう、後方に城が見えるではないか! 雑魚のくせに頑張ったことは認めよう! 大人しく私に殺されるんだな!」
と、ヴィルヘルムが高らかに笑って言いました。
ちなみにですが、遅滞戦術において、局所的な敗北は必ずしも大局的な敗北には繋がらないのです。敵を罠に誘い込むこと、これも遅滞戦術の重要な一つなのです。
敵を誘い込んだところは、ちょうど、ひらけた平地に出る場所です。
従って、こちらの立地は平地なので、敵を囲むように戦闘正面幅を増やせます。
一方で敵は、狭い獣道から50人ほどしか隊列を組んで出てこれないので、えっと……、こちらが約300の大砲やバリスタを使って迎撃ができるというわけです。
こちらの一斉射撃に面を食らい、さすがのヴィルヘルムも退きました。
もし、仮にヴィルヘルムが、一方のバリスタや大砲に攻撃を集中すれば、側面を狙われて殺される可能性があります。そのため、今回ばかりはヴィルヘルムも全く前に出られないようです。
それどころか、全軍に後退を命令してくれました。
それから10分経つか経たないかのころ、敵の後方から悲鳴がこちらにまで響いてきました。
後ろからやって来たヴィルヘルムの伝令が血相を変えた様子でこう言います。
「報告です! 敵が後方に現れ! こちらは退くことができません!」
と。
ヴィルヘルムの顔から血の気が引いていくのが、俺の距離からでも分かりました。
ヴィルヘルムは完全に戦意を喪失して、馬から手綱を完全に手放しました。
「降伏だ……」
その言葉を聞いた瞬間。俺の兵士たちが歓声を上げました。
無抵抗となった傭兵たちを解散させ、ヴィルヘルムを縛り上げさせます。
合流したゲクランは、どうにもビクトリアの首を持っているようです。
「これで、ビクトリアの支配下は、全て私たちのものだ。駐屯軍を送っておいたがために遅れた」
「ああそれで……。どうにも遅いと思いましたよ」
「ああ。ビクトリアに降伏の書面を書かせるのに手間取ってな。それで書かせるのには成功したのだが……、つい殺してしまってな!」
そう言って、ゲクランは笑いました。
俺はもちろん引いていました。
人を殺すなんて、俺はやっぱり嫌です。次からは、平和的に解決していきたいです。
俺たちが街に戻ると、またしても俺とゲクランは英雄と呼ばれて市民たちに出迎えられました。
俺たちの武勇について聞かれますが、人殺しを自慢に思えない俺は、改めて話すと言って逃げるしかありませんでした。
それに、直接戦ったのは兵士ですから、賞賛を受けるべきは彼らです。
そして、そんな俺をモナが捕まえに来て、それからカレン先生が俺を捕まえに来ました。いったいどういうことなのでしょうか?
「凄いです! 丈様! 素敵です!」
とモナちゃんが飛び跳ねながら俺のを服を掴みます。
「実は魔法を使って遠くから見ていたのだけど、戦いがまるで芸術てきでしたわ! さすが丈様ね!」
「いや……、それほどでもありませんよ……」
「「まあ! 素敵! 丈様! 謙遜なさるのですね!」」
二人の声がちょうどハモると、二人はお互いを睨みつけるように見ました。女同士の喧嘩というやつでしょうか?
「そこのちっちゃいあなた、誰? 私は丈様の教師をやっていたものですけれど?」
そう言うカレンさんは、胸を張りながら鋭い視線をモナちゃんに送ります。
まるで、女のプライドをかけた戦いのようです。
「あなたこそ。誰なんです? 私が先に丈様に求愛したのですわ。邪魔をしないでくださいます?」
年も離れているというのに、女性同士で、しかも、二人して険悪な雰囲気を漂わせるので、俺は面倒くさくて、その場をそーっと後にすることにしました。
俺が離れてからも、喧嘩の声が響いてきて、それが余計に嫌でした。
「俺は金目当てなんて嬉しくないんだよ。金が無くなりゃどうせ離れるに決まってるんだ」
俺は倉庫の自室に戻ると、自分が落ち着くのを待ちました。ただ単純に、今日は、戦争で疲れてしまったのでしょう。
しかし、前世では、あれほどまでに金が欲しくて炎上までしたのに、この満たされない気持ちの正体はいったいなんなのでしょうか。人殺しの俺は生きていても良いのでしょうか。
体も心も疲れているはずなのに、頭の中はそんな嫌なことばかり考えてしまいます。早くに寝てしまおうとも思いますが、眠ろうにも眠れませんでした。
仕方なく気分転換に散歩にでも出ようかと思いますが、また、市民たちに纏わりつかれるのも嫌なので、俺は人気のない場所を目指すことにしました。
道中でも寄ってくる人間には軽く挨拶をして相手をしつつ、どうにか人気のない場所を目指すと、俺は、自然とカイセルの牧場にまで来ていました。
餌の干し草を押し車で運ぶカイニスが、俺を見かけて手を振ります。
「英雄さんがこんなところでなにしてんだよ!」
無邪気な少年の顔で笑うカイニスが俺のところまで来て、そう言いました。
「なんだか満たされなくてな」
「まあ、戦争に行ってきたんだもんな……」
「人を殺すのも好きじゃないし、寄ってくる女性が、俺が金を持った途端に態度を変えてくるような人ばかりでな。俺が金を失えば離れるんじゃないかなって考えると、全く信頼できなくてな」
「そうか……。辛いな……。俺は、そんなに金なんて持ったことないから本当のところはお前の気持ちは分からないけど、でも、そのことだったら、金を切っ掛けくらいに考えるのも良いんじゃないのかなって、俺は思うぜ」
「切っ掛け?」
「だって、相手の顔が良ければ付き合いたいだろ? 相手の身なりがちゃんとしていたら、付き合いたいとも思うだろ? 相手が賢かったリ、運動ができたりしたら、憧れたりするだろ? 初めはお金ってだけで、信頼は、後から築けば良いじゃんか。最初から信頼のある相手なんていないだろ? そりゃあ、親とかってのは別だぜ?」
「たしかに……。言われてみると、そうかもしれないな……」
カイセルにそう言われて、頭の中でぐるぐる回っていたものが、少しだけ整理できたような気がしました。
人を殺したことは悪いが、生まれ変わりもあることだし、俺はその分、人を助けて罪を償って生きていくべきではないだろうか? そうしたら、俺は、こんなところで、短い人生を終えて逃げるべきではないだろう。
それに、彼らも望んで戦ったはずだ。
「なんだか少し解決したよ。そもそも俺はカイニスに会いに来るつもりで来たわけではなかったんだけどさ。気持ちに整理がつけたような気がするよ。ありがとう」
「一言余計だっつーの。まあ、お互いに助け合えて良かったよ」
そう言って、カイニスがまた少年のような無邪気な顔で笑いました。
俺が前世で悪いことをしたのは確かさ。それで人間不信になったのも確かさ。当時、金も無くなった俺は、追い詰められて、人に暴言を吐き続けていないと、自分があまりにも下に見られているせいで、そうしないと精神が保っていられなかったんだ。
自分が悪いのも分かっていたけれど、世界には、甘えも一切許されず、救いも逃げ場も無いのだと知ると、悲しかったし、悔しかった。
だから、俺は、この世界をそんなことにしたくはないような気がする。
いずれは、誰も追い詰められないほどに裕福に、誰もが見下されない社会を築いて……。
つまり、マラソンである。
「おらあああああ!! 遅いぞ!!」
「ずりいぞ!! てめえ!! 馬車に乗りやがって!!」
「俺は良いんだよ!!」
俺は馬車に乗りながら、必死について来る兵士たちに向けて、野次を飛ばし続ける。
傭兵たちも、正規兵になれると知って、必死についてくる。
しかし、その傭兵たちの顔は鬼のような眼差しで俺を睨んでいた。
初めてのマラソンに加え、野次も飛ばされるものだから、精神状態も穏やかでないのだろう。
俺が優雅に食事をとっていると、誰かが石を飛ばしてきやがった。俺には当たらなかったが、皿が滅茶苦茶になってしまった。
その怒りで俺も石を投げ返し、投げてきた奴に向けてクリーンヒットさせた。
よし!!
もちろん、兜に当たった程度なので、痛みはないが、衝撃は伝わっただろう。
石を投げた傭兵がますます苛立った顔を向けてきました。
それから、手始めの1時間のマラソンが終わると、今度は隊列の維持。次に命令に対する即応性。最後にバリスタや大砲などの武器に対する訓練を積ませます。
そうして、一か月の訓練が終わると、多少はみんな使い物になってきました。
俺はゲクラン将軍に呼び出され、作戦会議に参加させられます。
「今回は敵も本気だ。傭兵を10万人を用意してくるようだ。おそらく、今のビクトリアの財政では、この人数が限界だろう」
「人数的にはこちらが有利のままですね。ビクトリアの常備軍はどのくらいでしょうか?」
「およそ3千人。また、ヴィルヘルムが指揮をするようだ」
「なら、敵に遅滞戦術をしかけて侵攻を遅くし、その間にこちらの本隊でビクトリアを攻めましょう。もし、敵の大将であるビクトリアが打ち取れれば、傭兵に対する支払いもできなくなり、金目目当てで集まった傭兵は自然と解散するでしょう。そうなれば、常備軍とヴィルヘルムだけが敵となり、こちらは50万対3001で戦いを始めることができます。城攻めの経験はありますか?」
「3回はあるが、それだけの人数であれば、攻略自体は簡単であろう。奇襲と、敵の対応を超えた攻撃を仕掛け続けることが、城攻めの基本だ」
「分かりました。信じます」
「だが、ヴィルヘルムは強敵だぞ。具体的にどう戦うつもりだ?」
「最初に言った通りにまずは遅滞戦術をしかけて、敵の進行を遅らせます。遠距離の攻撃をメインにバリスタや大砲で迎え撃ち、突破されそうになったところで撤退します。そうして後方に引いてある新しい防御陣地に籠って陣形を整えて、再度防衛します。これを繰り返して、敵を疲弊させて戦闘のたびに相手の足を止めます」
「分かった」
「敵はこちらの戦力も知っているはずでしょう。ですから気を抜かないようにしてください」
「その点においては大丈夫なはずだ。なにせ、弱小国の我が辺境地が50万もの軍勢が出せるほどの資金をまともに持っているとは思ってもいないだろうからな。50万人の公募も、心理を突くために言った出まかせだと相手は思っている。それほどまでに50万人の動員は異次元なのだ。丈殿。貴殿は、まさに神のごとき技を持っている」
「いきなり褒められても、大した話じゃありませんよ」
「いや、それほどのことだ。若いのに凄まじい才能だ」
ゲクランは俺に向き直ると、真剣な様子でそう言ました。
それからゲクランは、ワインをセラーから取り出してグラスを二つ置く。一つは俺ので、一つは自分の物のようだ。
「いける口か?」
「ええ。断ることなんてできませんからね」
「君は正直だな」
そう言いながらも、ゲクランは薄く笑う。
注がれたワインを俺は一口飲み、そこらの安酒でないことだけは分かる。
「良いワインですね」
「ほう。酒は好きか?」
「ええ。大好きです」
俺がそう言うと、ゲクランはグラスを掲げて楽しそうに笑った。
「英雄に乾杯」
――――
俺は、敵の進行ルートに対し、幾重にも防御陣地を敷き、木製のスパイクなどで足止め箇所を作り、バリスタや大砲も設置していった。
また、武器が鹵獲されないように爆薬も設置しておいであるので、敵に塩を送るようなことにはならないはずだ。
正式に宣戦布告が来たのはそれから一か月後だった。
「しかし、なぜ、ビクトリアは、わざわざ宣戦布告の手紙なんて寄こしたのでしょうか? 奇襲を仕掛けた方が勝率が上がったはずだと思うのですが」
「簡単なことさ。騎士道という奴で、お互いに正々堂々と戦うためだ。だからこそ、私もヴィルヘルムを殺さなかったのだ。さらに言えば、傭兵を公募すれば、戦争を仕掛けるのだとどのみち相手側に察知される。奇襲戦争は周りに卑怯者だと思われるし、良いことなどまるで無いのだよ」
「そういうことですか」
俺がそう言うと、ゲクランは馬のたづなを強く握った。
「気を引き締めろよ」
「ええ。分かっています」
作戦の復習だが、俺はただ敵を迎え撃つだけ。城攻めはゲクランがやってくれる。
宣戦布告から一時間ほどが経って、監視の一人から連絡が入り、侵攻ルートが特定できた。どうやら敵は部隊を三つに分けてこちらに攻撃を仕掛けてきたようだ。
おそらく、敵は迂回して背面からこちらに攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。
だが、俺は全ての進行ルートに既に防御を敷いている。
敵も三部隊に分けたとなれば、一部隊はおよそ3万ほど。こちらは10万ずつの兵力で迎え撃てる。戦力は三倍でこちらが有利。ランチェスターの法則においても兵力の二乗と三倍差によって、実質の戦力効率はこちらは最大化までされている。
あとは、どうやってヴィルヘルムを倒すかだ。
どうやら、本陣は俺に向かってきているようだ。ヴィルヘルムが率いる部隊が遠くの場所に見える。
だが、敵はじっとこちらを見ているだけで、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。
そして、伝令が来て、他の防御箇所で戦闘が起きたという報告を耳にした。
現状では、人数差で、およそこちら側の優勢だそうだ。
それから少しして、敵の部隊の撃退に成功したという連絡が俺の耳に入ると、遅れて、ヴィルヘルムがこちらに攻撃を仕掛けてきた。
だが、それも、こちらの遠距離攻撃によって先に数が減り、ヴィルヘルムは射程距離の違いから、中々こちらに攻撃を仕掛けられないでいる様子だった。
そんなヴィルヘルムも、ついには決死の攻撃をしかけてきて、こちらもその猛攻に耐えきれず、バリスタや大砲が次々に焼かれていきます。
こちらが武器を失った隙に、ヴィルヘルムは、敵の全軍の歩を進めて一気に攻めてきました。
俺は部隊に撤退を命令して、後方の陣地に立て籠ってまた、遅滞攻撃を仕掛けます。
「何をやっている! もっと死ぬ気で戦え! 敵は弱小国だ! 兵力は殆ど残っていないぞ! どうせ、たまたま運が良く本隊を北に回していただけだ。ならば、こちらは手薄である!」
というヴィルヘルムの怒号が聞こえてきた。
その声を聞いて、俺が雇った傭兵たちも、これは勝ち戦だということを確信したようで、ほくそ笑みながら戦っていた。
しかし、思ったよりもヴィルヘルムの火力は凄まじく、俺もとうとう最後の防御陣地にまで追いやられてしまった。ですが、まあ、こちらの損害殆どゼロなんですけどね。
「どうやらそこが最後の防御陣地のようだな! もう、後方に城が見えるではないか! 雑魚のくせに頑張ったことは認めよう! 大人しく私に殺されるんだな!」
と、ヴィルヘルムが高らかに笑って言いました。
ちなみにですが、遅滞戦術において、局所的な敗北は必ずしも大局的な敗北には繋がらないのです。敵を罠に誘い込むこと、これも遅滞戦術の重要な一つなのです。
敵を誘い込んだところは、ちょうど、ひらけた平地に出る場所です。
従って、こちらの立地は平地なので、敵を囲むように戦闘正面幅を増やせます。
一方で敵は、狭い獣道から50人ほどしか隊列を組んで出てこれないので、えっと……、こちらが約300の大砲やバリスタを使って迎撃ができるというわけです。
こちらの一斉射撃に面を食らい、さすがのヴィルヘルムも退きました。
もし、仮にヴィルヘルムが、一方のバリスタや大砲に攻撃を集中すれば、側面を狙われて殺される可能性があります。そのため、今回ばかりはヴィルヘルムも全く前に出られないようです。
それどころか、全軍に後退を命令してくれました。
それから10分経つか経たないかのころ、敵の後方から悲鳴がこちらにまで響いてきました。
後ろからやって来たヴィルヘルムの伝令が血相を変えた様子でこう言います。
「報告です! 敵が後方に現れ! こちらは退くことができません!」
と。
ヴィルヘルムの顔から血の気が引いていくのが、俺の距離からでも分かりました。
ヴィルヘルムは完全に戦意を喪失して、馬から手綱を完全に手放しました。
「降伏だ……」
その言葉を聞いた瞬間。俺の兵士たちが歓声を上げました。
無抵抗となった傭兵たちを解散させ、ヴィルヘルムを縛り上げさせます。
合流したゲクランは、どうにもビクトリアの首を持っているようです。
「これで、ビクトリアの支配下は、全て私たちのものだ。駐屯軍を送っておいたがために遅れた」
「ああそれで……。どうにも遅いと思いましたよ」
「ああ。ビクトリアに降伏の書面を書かせるのに手間取ってな。それで書かせるのには成功したのだが……、つい殺してしまってな!」
そう言って、ゲクランは笑いました。
俺はもちろん引いていました。
人を殺すなんて、俺はやっぱり嫌です。次からは、平和的に解決していきたいです。
俺たちが街に戻ると、またしても俺とゲクランは英雄と呼ばれて市民たちに出迎えられました。
俺たちの武勇について聞かれますが、人殺しを自慢に思えない俺は、改めて話すと言って逃げるしかありませんでした。
それに、直接戦ったのは兵士ですから、賞賛を受けるべきは彼らです。
そして、そんな俺をモナが捕まえに来て、それからカレン先生が俺を捕まえに来ました。いったいどういうことなのでしょうか?
「凄いです! 丈様! 素敵です!」
とモナちゃんが飛び跳ねながら俺のを服を掴みます。
「実は魔法を使って遠くから見ていたのだけど、戦いがまるで芸術てきでしたわ! さすが丈様ね!」
「いや……、それほどでもありませんよ……」
「「まあ! 素敵! 丈様! 謙遜なさるのですね!」」
二人の声がちょうどハモると、二人はお互いを睨みつけるように見ました。女同士の喧嘩というやつでしょうか?
「そこのちっちゃいあなた、誰? 私は丈様の教師をやっていたものですけれど?」
そう言うカレンさんは、胸を張りながら鋭い視線をモナちゃんに送ります。
まるで、女のプライドをかけた戦いのようです。
「あなたこそ。誰なんです? 私が先に丈様に求愛したのですわ。邪魔をしないでくださいます?」
年も離れているというのに、女性同士で、しかも、二人して険悪な雰囲気を漂わせるので、俺は面倒くさくて、その場をそーっと後にすることにしました。
俺が離れてからも、喧嘩の声が響いてきて、それが余計に嫌でした。
「俺は金目当てなんて嬉しくないんだよ。金が無くなりゃどうせ離れるに決まってるんだ」
俺は倉庫の自室に戻ると、自分が落ち着くのを待ちました。ただ単純に、今日は、戦争で疲れてしまったのでしょう。
しかし、前世では、あれほどまでに金が欲しくて炎上までしたのに、この満たされない気持ちの正体はいったいなんなのでしょうか。人殺しの俺は生きていても良いのでしょうか。
体も心も疲れているはずなのに、頭の中はそんな嫌なことばかり考えてしまいます。早くに寝てしまおうとも思いますが、眠ろうにも眠れませんでした。
仕方なく気分転換に散歩にでも出ようかと思いますが、また、市民たちに纏わりつかれるのも嫌なので、俺は人気のない場所を目指すことにしました。
道中でも寄ってくる人間には軽く挨拶をして相手をしつつ、どうにか人気のない場所を目指すと、俺は、自然とカイセルの牧場にまで来ていました。
餌の干し草を押し車で運ぶカイニスが、俺を見かけて手を振ります。
「英雄さんがこんなところでなにしてんだよ!」
無邪気な少年の顔で笑うカイニスが俺のところまで来て、そう言いました。
「なんだか満たされなくてな」
「まあ、戦争に行ってきたんだもんな……」
「人を殺すのも好きじゃないし、寄ってくる女性が、俺が金を持った途端に態度を変えてくるような人ばかりでな。俺が金を失えば離れるんじゃないかなって考えると、全く信頼できなくてな」
「そうか……。辛いな……。俺は、そんなに金なんて持ったことないから本当のところはお前の気持ちは分からないけど、でも、そのことだったら、金を切っ掛けくらいに考えるのも良いんじゃないのかなって、俺は思うぜ」
「切っ掛け?」
「だって、相手の顔が良ければ付き合いたいだろ? 相手の身なりがちゃんとしていたら、付き合いたいとも思うだろ? 相手が賢かったリ、運動ができたりしたら、憧れたりするだろ? 初めはお金ってだけで、信頼は、後から築けば良いじゃんか。最初から信頼のある相手なんていないだろ? そりゃあ、親とかってのは別だぜ?」
「たしかに……。言われてみると、そうかもしれないな……」
カイセルにそう言われて、頭の中でぐるぐる回っていたものが、少しだけ整理できたような気がしました。
人を殺したことは悪いが、生まれ変わりもあることだし、俺はその分、人を助けて罪を償って生きていくべきではないだろうか? そうしたら、俺は、こんなところで、短い人生を終えて逃げるべきではないだろう。
それに、彼らも望んで戦ったはずだ。
「なんだか少し解決したよ。そもそも俺はカイニスに会いに来るつもりで来たわけではなかったんだけどさ。気持ちに整理がつけたような気がするよ。ありがとう」
「一言余計だっつーの。まあ、お互いに助け合えて良かったよ」
そう言って、カイニスがまた少年のような無邪気な顔で笑いました。
俺が前世で悪いことをしたのは確かさ。それで人間不信になったのも確かさ。当時、金も無くなった俺は、追い詰められて、人に暴言を吐き続けていないと、自分があまりにも下に見られているせいで、そうしないと精神が保っていられなかったんだ。
自分が悪いのも分かっていたけれど、世界には、甘えも一切許されず、救いも逃げ場も無いのだと知ると、悲しかったし、悔しかった。
だから、俺は、この世界をそんなことにしたくはないような気がする。
いずれは、誰も追い詰められないほどに裕福に、誰もが見下されない社会を築いて……。
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幾度も迫る危機、流される血と涙。明かされる異世界の真実……果たして最後の楽園は見つかるのか?異世界チートの暴虐を蹴散らす怒りの砲声と共に少年は叫ぶ、「戦車前へ!」
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