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青年期
【過去】あ?
しおりを挟む書斎を兼ねたリビングと、扉の先にあるベッドルームとバスルームのある寝室。
そこは、今朝までエレノアが毎日、寝て起きてくつろぐ場所のはずだった。
しかし今は、大きな異物がリビングに置かれたソファーを占拠している。
「それでは我が妻よ、話をしようか。」
まるで自分の部屋の様に、慣れた様子でソファーに腰掛ている異物。
「とっとと説明をしてください。」
まるで他人の部屋にお邪魔しているかの様に、目の前のソファーに座ろうともせず、廊下へと繋がる扉の前に佇んでいる、部屋の主人。
片や上機嫌で、片や不機嫌な二人・・・部屋の中には他に誰も居ない。
普通、婚約者同士で部屋でお話をするとなれば、メイドが部屋の隅で気配を消し、立っていたはずなのに・・・
「説明か・・・俺は約束を守っただけだが?」
エレノアには、ブライアンが何の事を言っているのか分からなかった。ブライアンとした約束など、次に会う日にちや、その日に何をするかくらいしか思い当たらない。
「約束?何の事ですか?」
「幼い頃の約束だ。」
幼い頃・・・そう言えば、最初に会った頃にそんな話をした事を思い出す。
しかし、最初に思い出せなかったのだ、今になって突然思い出せるわけが・・・・
「そう言えば最初に会った時に、随分と昔に会った事があると言っていましたね。」
「まさかとは思うが、まだ分からないのか?」
呆れた顔をしながらため息を吐きだすブライアンに、エレノアは怒るでも無く無表情を返す。
「何がですか?」
「俺の名前は、レンデウス・アサルト・デルキデアス・ド・ブライアンだ。」
堂々と自信に満ち溢れた声で言い切ったブライアンはきっと、これからエレノアの表情が驚愕の表情に変わるだろうと思っていたのだが・・・
「へぇ、そうですか、初めて聞きました。」
エレノアの表情は相変わらず無表情で、声には抑揚が無く、どこからどう見ても驚愕には程遠い。
「いや、貴族である以上、王族の名前を知らないという事は無いだろう。」
「あら、王族の方だったのですか、申し訳ありません無知なもので。」
いくら無知であろうとも、王族の名を知らないはずは無い。貴族であれば子供であろうと、当然知っている事なのだから。
目を細め訝しむブライアン。無表情を貫くエレノア。
「ならば、8年前ここに来た、デブで生意気な男の子の事は覚えているだろう?」
「知りません。」
「『貴方が兄様に勝てたなら妻になってあげます。』と言っただろう。」
「人違いです。」
見つめ合い・・・・睨み合う二人。
部屋の中の空気は張り詰め、静寂が訪れる。
・・・
先に口を開いたのはブライアンだった。大きな溜息と共に肩の力を抜き、眉間の皺を伸ばすと、人好きしそうな笑みを浮かべる。
「そうか人違いか、それならば仕方がない・・・うむ仕方がない。結婚式の話をしよう。」
エレノアの思考が一瞬停止した。
「・・・は?」
「大まかな流れは伝統で決まっているが、エレノアの希望があれば・・・・。」
勝手に話を進められ、停止していた思考が一気に覚醒する。
「何故そうなるのです!そこは『人違いだったのか・・大変申し訳無いが、結婚の話は無かった事にしてくれ。』と、言うところではないのですか!!」
思っていた言葉とは違ったどころでは無い。今までの話の流れを全力で放り投られ、結婚するのが当然の様に結婚式の話をされたのだ。しかも腹立たしい事に、ブライアンは何故エレノアが文句を言っているのか分かっていない。
「何故そうなる?きっかけは8年前の約束だが、俺がプロポーズしたのは今のエレノアだ。何の問題も無い。」
堂々と言い切られ、思わず言葉に詰まる。
確かにきっかけがどうであれ、ブライアンがプロポーズをしたのは今のエレノアで、人違いであろうと気にしないと言うのなら、問題無いのかもしれない・・・しれないが、ここで納得するわけにはいかない。
「うぐぅ・・・でっ、ですが私は、『次男で騎士団に所属している方』という条件を出したはずです。貴方も知っていましたよね。ですが、貴方は私の条件に合っていません。」
「おや?エレノアは、私自身では無く、条件で俺を選んだのか?先程もらった了承の言葉は、打算であったか・・・」
先程までの、訝しむ様な表情はどこへやら、悲しそうな表情で傷付いた声を出すブライアン。その姿は、わざとらしいのに、それでも悪事をした気になってしまう。
「そんな事はあぁ・・・その・・・でっ、ですが、貴方は私の兄と共に、私に嘘をついて騙したでしょう。そんな方を信用できません。」
ブライアンのプロポーズを受け入れた時、条件など頭の片隅にも無く、そうするのが当然であるかの様に、受け入れた。だから本当は条件など今更どうでもいいと思っている。しかし兄とブライアンはエレノアをを騙したのだ。簡単に納得出来るものでは無い。
「嘘?騙す?そんな事はしていないぞ。」
「ですが、騎士では無いですよね。」
「何を言っている。騎士団に所属した、れっきとした騎士だそ。万が一戦争となった時、王族であろうと実力の無い者では、指揮が取れないからな。王族は必ず騎士団に所属する。」
エレノアは忘れていたが、この国の騎士団は誇り高く、弱い者、実力の無い者には従わないとされている。確かに王族相手では、目に見えて反抗はしないだろうが、嫌々従っている様では、有事の際に綻びが出てしまう。だからこそ、王族は騎士団に所属し、心身を鍛えると共に、騎士達と連携を深めている。
「でっ・・・ですが、次男では無いですよね?」
「一応次男だぞ。俺が幼い頃に兄がうっかり、他国の商家の娘の所へ、婿入りと言う名の駆け落ちをしたから、扱いが長男となっているが、一応次男だ。」
「うっかり・・・駆け落ち・・・。でっ、でも・・・王族の妻ともなれば、幼い頃より特別な勉強を受けなければならないと聞きます。私では、力不足でしょう。」
「何を言っているんだ?ずっと受けていただろう?」
「え?」
「8歳の頃からずっと。」
8歳の頃・・・それは、性格の悪いブ・・・膨よかな少年が、この屋敷を訪れた年。
そして、その少年が帰った翌日から、確かに怒涛の勉強漬けの日々が始まった。しかし、それは上位の貴族に対して無礼をはたらいたからだと思っていた。もう二度とあのような事をしない様にと、再教育されているのだと思っていた。
「それは・・・・無礼をはたらいたから・・・・では?」
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思わず、少し低い声が漏れる。
「は?」
「まあ俺は、産まれた時から王位に近かったからな、俺がエレノアを妻にと望んだ時点で、万が一に備えて王妃教育を始めてもらっていたから、問題無いだろう。良かったな。」
「あ?」
たった一文字で人間は怒りを表せるらしい。
腹の底から、低く唸る様な声が漏れ出していた。
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