9 / 22
青年期
【過去】兄様は行きたくない
しおりを挟む兄に紹介されて半年、二人はひっそりと逢瀬を重ねていた。
屋敷で会う時は、兄に頼み友人としてブライアンを招いてもらい、外で会う時は、人目のつかない森や草原へとピクニックに出かけていた。
その間、両親から一度も結婚や婚約の話は無く、ブライアンに関しても特に何も言われる事は無かった。後々考えれば一応兄の友人とはいえ、年頃の男性が頻繁に屋敷に出入りし、エレノアと親しげに話している。その事に対して、両親が何も言わないのは変なのだが、その時は、両親の口から結婚や婚約の話が出て来ない事に安堵するばかりで、変だとは思う事は無かった。
「おや、その様な姿で遠乗りをするおつもりですか?もしかして、私に抱えられて乗りたいと、敢えてその様な姿で来られたのですか?」
現在 エレノアとブライアンは、エレノアが暮らしている屋敷の馬小屋に居る。
今日は、馬で遠乗りに出かける予定で、丁度 馬に鞍を付けてもらっている所へブライアンがやって来たのだ。
「あら、乗馬には横乗りと言われる乗り方がある事を知らないのですか?」
今日エレノアが着ているのは、紺色のドレスで、何時もとは違い、ワイヤー入りのパニエは身に付けていないものの、ふんわりとしていて、一見すると乗馬には向きそうに無い。
「知っておりますが、横乗りではゆっくりとしか走れないでしょう?今日の目的地は少し遠いので、私と共に乗った方が早く着きますよ。」
「あら、ゆっくりと馬に乗りながら、会話と景色を楽しむのも良いかと思ったのですが。」
半年の間に、二人の距離は随分と近くなった。もちろん物理的な距離では無く、心の距離だ。
物理的な距離で言えば、二人はいまだに寄り添う事も無ければ、腕を組んで歩く事も無く、馬車や階段などでエスコートをする時以外、手を触れず、互いに一定の距離を保っている。
それでも、二人の心の距離が近づいていると言えるのは、互いを見つめる時の温かな眼差しと、皮肉を込めた話し方だ。一見すると仲が悪い様にも見えるのだが、エレノアには、まるで気の置けない関係の様に感じられ、心地良かった。
「それは、とても魅力的なお誘いですが、今日はどうしても行きたい所があるんです。」
勿論、婚約もしていない男女が二人だけで外出する事は無い。
馬小屋の入り口では、メイド達と共に、今日の付き添い役として連行されたエレノアの兄が立っている。
「 どうして・・・どうして、私が付き添いなのだ・・・行きたくない。何故せっかくの休日に、付き添いなど・・ハァ・・リリーちゃん・・。」
リリーとは、半年ほど前に産まれた、兄の娘ローリエの愛称だ。
義姉は、跡取となる男子が産めなかった事を、申し訳無く思っていた様だが、兄の方は産まれたばかりの娘を見た瞬間、涙を流して喜び、現在進行形で溺愛している。そんな、娘と引き離された事が不満らしく、ずっと小声で文句を言っていたのだ。
「森の中へ、今の時期しか咲かない珍しいハルデスという花を、一緒に見に行きたいのです。」
ブライアンは、あくまでエレノアに向かって言っているが、その言葉に反応したのは、エレノアの兄だった。
「ハルデス・・?」
「その花を贈られた相手は、必ず幸せになれるという花なのですよ。しかし、確かに貴女とゆっくり話をしながら、のんびりとするのも良いですね。」
ブライアンはあくまでエレノアに向かって言っているが・・・・・
「行こう!!早く行こう!!エレノアお前は、滅多に横乗りなんてしないし、何時もは男性用の乗馬服を着ているだろう。早く着替えて、早く行こう!!」
先程まで、全身で行きたくないと言っていた人とは、別人の様に目を輝かせている兄に、思わず溜息交じりの声が漏れる。
「お兄様は付き添いのはずですが・・・。」
「何を言っている。ブライアンさ・・・君がせっかくお前の為にと計画してくれたのだから、行くべきだろう。」
兄の言葉は力強いが、その目が泳いでいる様に見えるのは、多分気のせいでは無いだろう。
「お兄様は、リリーと義姉様にその花をプレゼントしたいだけではないですか?」
「えっと・・・・・勿論だ!!他の目的が無ければ、付き添いなどしていられん。俺・・・私は、本当は、家から・・・リリーとアリアから離れたく無い。」
何故か一瞬戸惑っている様にも見えたが、それでも全力で言い切った兄に、ブライアンは苦笑いを浮かべ、エレノアは大きな溜息を吐き出した。
「兄様・・・分かりました。分かりましたよ。」
そう言い、エレノアはもう一度大きな溜息を吐き出してから、自分のスカートの端を掴むと、力一杯 引っ張った。
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

悪役令嬢はデブ専だった
嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
恋愛
少女漫画の悪役令嬢に転生したちょっとおバカな女のコ、ヴァネッサ。前世の記憶を思い出し、デブ専であった自分を思い出した彼女は、ヤケになって婚約者である王子殿下にデブ専性癖のことを打ち明ける。
絶対ドン引きされて早めに婚約破棄されるだろう、と思っていたのに、なぜか殿下に気に入られてしまい……。
※男の肥満化要素あり
※ムチムチ体型のデブはいいぞ、という話です
※真面目に恋愛してるか怪しいコメディ寄りの作品です

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる