佐藤君のおませな冒険

円マリ子

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41. 桃源郷③

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 気がつくと俺は二人掛けソファで横になっていた。西田が見当たらずキョロキョロすると、もう一つのソファに座った先生が言った。
「西田君はベッドに寝かせてあるよ。」
 先生はいつもの落ち着いた先生に戻っていた。
「佐藤君、ちょっと私の話を聞いてくれないかな。」
「え?」
「西田君にも話していない昔話だよ……。」

 先生は俺に、過去の想い人である田中京子さんの話、西田との文通からこれまでを簡単に話してくれた。
「私の京子さんを失った穴を埋めてくれたのは西田君なんだよ。でも、どこかで身代わりにしている罪悪感が拭えなくて……できるだけ見ないふりをしてきた、ずっとね。卑怯なんだ。」
 声音はいつもと同じだが、俺には苦しそうに聞こえた。
「西田君から君とラブホテルに行ったと聞かされて、嫉妬したよ。私から恋人になれと言ったくせにね。西田君に依存している自分に気がついてしまった。つくづく己の弱さ、ずるさが嫌になってしまったよ。」
「先生、俺たち恋人ではないです。安心してください。」
「はは、君は優しいな。でも、君も好きなんだろう。それに西田君も君のこと好きだと思うよ。君たちの純粋さが羨ましい。」
「先生……。」
「西田君は君に任せて、私は離れようと思った。でも、やっと分かったんだ。西田君の渇望を見て、渇望する彼は怖いくらい美しいと思った。西田君が桃源郷と言ったとき、昔、京子さんと見た桃源郷を、西田君と見たいと思った。体中の血が沸き立ったよ。彼の欲を満たしてやるのが私の至上の悦びなんだ。そして君もあんなに私を求めてくれた。」
「あれは、その……恥ずかしいです。」
「まあいいじゃないか、もう少し言わせてくれ。今も京子さんとの思い出は忘れられない。でも君たちは身代わりよりももっと大切な存在だとはっきり分かったよ。だが、西田君をずいぶんと傷つけてしまったのも確かだ……。私がもっと普通に愛してやれれば良かったのか。」
「普通ってなんですか?西田にも俺にも今の先生だから必要なんです。異常かもしれないけど、本当です。」
 普通……ふつう……このよく分からないもののために、俺は抑圧されてきたと思う。家族の要求、世間の要求、それで自分を作って、それで俺はどうだったろう。異常な今のほうがずっと生きていると感じられる。それが悪いことなのだろうか。
「俺、前に親父の話をしましたよね。学校でもそうなんです。人の目を気にして、無難に過ごすのが一番で、それでいて自分がない自分が嫌で。でも、先生と西田の前では違うんです。受け入れてもらえてると思えるんです。だから二人とも大切です。」
「佐藤君、ありがとう。そろそろ西田君も目が覚めているかもしれないね。様子を見にいこうか。」

 灯りが消されたベッドルームの暗がりの中、西田の白い肌がうっすら光っているみたいに浮き上がって、俺は息を止めた。まるで、現実じゃないみたいな感じがした。
「西田君。」
 先生が呼びかけると、ゆっくりと目が開いた。
「ごめんなさい。」
 やっと聞こえるほどの声で西田が言った。
「謝ることなんてないだろ。君はこれっぽっちも悪くない。」
「そうだよ西田!」
「佐藤君……僕、君を利用した……先生にもわがまま言った。」
 そこまで言うと堰を切ったように泣きはじめた。
「西田君、私が悪かった。君が大切なのに、傷つけてばっかりいるな……。でも、今回のことではっきりはっきり分かったよ。私も君が必要だ、愛している。」
「先生!」
 二人は熱い抱擁と接吻を交わした。俺にはそれがとても眩しかった。以前感じた疎外感や嫉妬は消えていた。今なら素直に受け入れられる。二人には積み重ねた年月があるのだから。
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