不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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番外編

妹の恋のはなし

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 ※レティシアの恋を見守るクレアの話



 王宮に上がった聖女レティシアが、クレアの行方不明の妹であることが判明し、彼女と奇跡の再会を果たした。

 だが、その喜びの裏で、父と人身売買組織との繋がりが明らかになり、さらには父がレティシアを売り払ったことも判明した。

 父は捕まり、クレアがフローレス家を立て直すことを女王に命じられた。

 クレアは業務の忙しさに追われていたが、癒しを求め、レティシアを家に呼んだ。

 約束の時間を少し過ぎた頃、レティシアがやってきた。

「すみません、お姉様、授業が長引いてしまって……」と、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

 レティシアは、アンドレアスが手配した講師のもと、王宮で貴族令嬢の教養レベルの授業を受けている。本来なら、侯爵令嬢としてこの家や学校に通い受けるべき教育であったが、フローレス家は彼女にその機会を与えることができなかった。クレアはそのことに対して、深い罪悪感を抱いていた。

 せめてもの気持ちとして、レティシアの授業料を支払うことをアンドレアスに申し出たが、彼には断られてしまっていた。


「どう、レティシア? 勉強のほうは? 大変でしょう」

「大変ではありますが、学ぶことは好きなので楽しいです」

 レティシアは、笑顔を浮かべて答えたが、その裏に少し疲労が見え隠れしているのをクレアは気付いた。

「無理はしないでね……」と、クレアは心配そうにレティシアの顔に手を伸ばし、「隈ができてるわ、可愛い顔が台無しよ」と優しく撫でた。

「宿題とかもあるの? それで夜遅くまで寝れないのかしら?」

「え……? ああ、違います。これは……昨晩、アンディ様……殿下と私の部屋に一緒にいて、それで寝れなかったのです」

「……………………え?」

 クレアは、婚約者であるグレンとのやりとりで、アンドレアスがレティシアのことを特別に思っていることを知っていた。
 父の事件の際も、アンドレアスは彼女の様子を心配して家まで様子を見に来てくれた。そんな彼に対して、クレアは好印象を抱いていた。

 そして、レティシアの気持ちを聞いてはいなかったが、おそらく彼女もアンドレアスに対して特別な感情を抱いているのではないかと思っている。クレアは密かにニマニマしながら甘酸っぱい二人の関係を見守っていた。しかし、その思いは一瞬にして揺らいだ。

(……待って。最近の子って、こうなの?)

 心の中でクレアは思った。
 ――ちょっと無責任じゃないですか殿下……!?

「……レティシア。あのね、」

 クレアは妹に忠告しようと決心した。いくらレティシアがアンドレアスに好意を持っているとしても、まだ婚約もしていない相手との軽率な関係は避けるべきだと。

「?」

 レティシアの無垢な瞳がこちらをじっと見つめている。

(……! レティシアは悪くないわ……! これもすべて、そのような教育を施せなかった我が家の責任よ!!)

 クレアは何と言っていいか迷った末に、「私が王家に殿下との婚約を迅速に進めるよう進言するわ」と告げた。

「え? お姉様、何を言って……?」

「だから、くれぐれも婚約……いえ、結婚前に子供ができないよう気をつけなさい」

 これが、クレアの言える精一杯の譲歩であった。彼女は妹を思う気持ちから、心を痛めながらも言葉を選んだ。

 レティシアはクレアの言葉に「こど……」とつぶやいた後、目を見開くと、顔を茹でだこのように真っ赤にした。

「ち、違います! 昨日は……殿下は忙しいので、夜中しか私が時間魔法をかける暇がなかったのです。そして、その後色々話をしていたら、盛り上がってしまって……遅くまでずっとお話していたんです」

 レティシアは必死に弁明した。

「……本当?」クレアは疑いの眼差しを向ける。

「本当です!」

 レティシアは必死に訴えかけた。

 その姿を見て、クレアはひとまず安心し胸を撫でおろす。

「……そう。だとして、王子殿下が婚約者でもない貴女の部屋に夜訪れるのは外聞が良いとは言えないわ。さっきも言ったけど、早いところ婚約を進めましょう」

「こ……、や、やめてください……お姉様……!」レティシアは慌てふためく。

「なんで? 貴女、殿下のこと好きではないの?」

 クレアは眉を寄せた。

「…………え」

 レティシアは一瞬呆然とした後、消え入りそうな声で、「す、好きですけど……」と言い、俯いた。

「まあ! そうよね。ねえ、それって初恋?」

「…………は、はい」

「うふふ。かわいい」

 クレアは胸がキュンとする思いだった。
 しかしそんなクレアとは裏腹にレティシアは「でも、ダメです…」と弱々しく言った。

「なにが?」

「私、髪と瞳が……」

 と、レティシアは、少し泣きそうな声色で続けた。

 そんなこと? とクレアは言いそうになったが、やめた。
 紫の髪と瞳に世間の差別があることは明白であるし、だからこそレティシアは髪と瞳の色をカモフラージュしている。そして、それが原因で彼女は父に捨てられたのだ……。
 トラウマになっていて当然である。

「……殿下は気にしないと思うけど」

 クレアは答えた。

「…………そ、そうだと思いますか……?」

 とレティシアは自信なさそうにしながらも、微かな希望を求めたような声色で顔を上げた。

「ええ」

「……言おうと思っているんですけど、なかなか勇気が出なくて」

「自分のタイミングで、言えるときに言ったらいいわ」

 そう言ってクレアは、元気がないレティシアを優しく慰めた。

 




 そして、現在。

 魔女マチルダの冤罪、および王宮に上がった聖女セレーナが、彼女の妹エレノアであり、王家を呪った真の犯人だということが判明した。
 様々な問題が解決した後、レティシアとアンドレアスの婚約が結ばれた。クレアは正式にフローレス侯爵家の当主を継ぐことになった。父の不祥事の件でクレアに因縁を付けてくる者もいたが、それよりもマチルダの冤罪や王家の謝罪、ジーニー侯爵の投獄などの話題で持ち切りとなり、少数に終わった。


「グレン、最近私、レティシアと会えていないんだけど……どう、あの子はうまくやっているかしら?」

 クレアは、フローレス家を訪ねてきたグレンに尋ねた。

「ああ。王妃教育も始まったが、講師も目を丸くしている。とてつもなく習得が早いそうだ」

「……さすが、私の妹だわ」

 クレアは感嘆の声を上げた。昔から頭が良く、物事の理解が早かった妹のことを思い出していた。
 何せ(クレアは抗議していたが)、彼女は父に使用人の仕事をやらされていた時も、あっという間に業務をマスターし、誰よりも働いていた。また、クレアが帰省した際、世間話としてこの国の情勢や、歴史について話すと、レティシアはクレアもドキリとするほど鋭い質問を投げかけてくるほどだった。

「レティシアは殿下とは仲良くやっているかしら?」

「……仲が良すぎるくらいだ。たまに目のやり場に困る」

 グレンはげんなりした表情で言った。

「……そう」

 クレアは嬉しくなった。あの子は本当は幸せになるべくしてなる子なのだ。髪と瞳の色で自分を抑え込んでいたが、今はその必要がなくなった。アンドレアスの思いを純粋に受け入れ、自分の気持ちも隠すことなく全力で愛情表現をしているのだろう。


「あ。くれぐれも結婚までは子供ができないよう、殿下にも念を押しておいてね」

「……こど……わ、分かった」

 グレンが神妙な顔をして頷いた。
 


 
 番外編 妹の恋のはなし おわり
 
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