不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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エピローグ

54話 相談

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 ――百年前の王家へ呪いをかけた犯人は、マチルダではなかった。実際の犯人は、彼女の妹エレノアだった。この事実が、王家から正式に国民に発表された。王家が過去の過ちを認める形となり、少なかなず世論は揺れた。
 さらに、エレノアと共謀した罪でジーニー侯爵も投獄されることとなった。


 
 【sideマデリーン】

 ヌマイの騒動から一週間が経過した。王宮は未だに混乱が続いている。

 マデリーンがレティシアの元に訪ねてきて、お茶を飲みながら言った。
 
「ビビは私の家で引き取ることになったわ」

「そうなの! それは良かったわ」

 レティシアはほっとする。

 ヌマイでの虐殺を生き延びた百人余りの者たち。彼らの心には深い傷が残っていたが、王家から一時的に彼らのために新しい住まいを手配するとの知らせが届いた。ヌマイもきちんと領主を置き、整備された後は戻りたいものは戻ってもいい、という話であった。
 今までこのヌマイは所有者不明で放置されていたが、今回のことでメスが入った形となったのだ。

 マデリーンがビビを引き取るのは王家の依頼ではなく、マデリーンがビビに対する贖罪を果たしたいと強く思っていたことからだ。

「あんなにやせ細っていたのだもの……。うちで雇ってぶくぶくに太らせてやるわ」とマデリーンは笑った。

 しばし雑談した後、「そういえば」とマデリーンが言う。

「あの時私も一緒にエレノアの記憶を見たけど」

「うん」

「一番の謎はさ、オースティン様とマチルダの関係よね。結局二人は恋人同士だったのかしら?」

「ああ……」

 確かに。あの記憶だけではよく分からなかった。
 マデリーンはきらきらと目を輝かせている。

「そうだとしたら美男美女のカップルよね! とてもお似合い! ……あ、でもそうするとさ、オースティン様ってレティシアを見ても本当になんとも思ってなかったのかな。だって好きだった人に瓜二つなわけでしょ。ドキドキするでしょ、普通!」

「……まさか」

 そう答えたが、確かに記憶の結晶で見たマチルダはレティシアの生き写しだった。

「そういえば、レティシアはこれからどうするの?」

「え?」

「今は王宮はマチルダの冤罪の件でごたついているし、レティシアも色々聞かれて忙しそうだけど……でもこれが終わったらどうするの? オースティン様のもとへ帰るの?」

「マデリーン。そのことなんだけど……。ちょっと相談したいことがあって」

 レティシアは緊張した面持ちで、マデリーンを見つめた。



 【sideジェイク】
 
 マデリーンと話した翌日、レティシアは、フローレス侯爵邸を訪れていた。
 
 父のジェイクに会うためだ。彼は一時衛兵に捕まったものの、裁判が始まるまで自宅謹慎という処置を受けていた。

 クレアの意向なのだろうか、ジェイクは屋敷の奥の静まり返った部屋におとなしく収まっていた。
 ここは……レティシアが幼少期を過ごした場所だ。そんなことを思いながら、部屋をノックすると、「どうぞ」というジェイクの声が返ってくる。

「お久しぶりです、お父様」
 
 ジェイクは、見慣れない質素な服を着ていた。どうやら自分で部屋の掃除をしているところだったらしい。手にほうきと塵取りを持ち、腰を屈めているその姿に、レティシアは少し唖然としたが、表情には出さないよう努めた。

「レティシア……」

 ジェイクはレティシアの顔を見ると、気まずそうに目を伏せた。

「……お父様、部屋を丸く掃いてしまうと、角のゴミが取れないです……貸してください」

 レティシアはほうきと塵取りを受け取ると、掃除を始めた。そんなレティシアの姿を見て、ジェイクは口を開いた。彼の声は物悲しく響いた。
 
「悪かったな……今まで」

「え……」

 再会してからも、ジェイクには何度か謝られたが、その言葉は結局本心ではなかった。
 レティシアはどう受け取っていいか戸惑ってしまった。ジェイクに促されて椅子に座ると、小さな机を挟んで、向かい合って座る形になった。

「言い訳に聞こえるかもしれないが……私の話を聞いてほしい」

「……はい」

「私は、幼少期からフローレス家の跡継ぎとして、血のにじむような努力をしてきた。事業は成功し、領地も潤い、他の貴族や領民からの支持も厚かったと思う」

 その通りであり、嘘ではない。ジェイクは真面目で能力の高い男だ。傍目から見れば、品行方正な立派な貴族として映るだろう。

「しかし、そんな私にとって唯一の汚点が……あのマチルダの血が流れているということだった」

「……」

「表向きは関係ないことになっているが、やはり周囲は知っている。学生の時も、この侯爵家を継いだ後も……マチルダのことで侮辱する者が幾人もいた。しかし、私は気にしていない振りをした。ただ彼らは私を嫉んでいるだけだと。そして、同時にこうも思った。王家に害をなした人物の血が流れているのだとしたら、その分私は努力し、能力を高め、王家を支えようと」

 ジェイクの王家への忠誠心は本物だった。七年前、王都の祭りでアンドレアスを見た時、ジェイクがふと零した「お可哀そうに」という言葉。それはまごうことなき本心から出た言葉だった。

「そんな私のもとにお前が生まれた」

「……」

「私の絶望はすさまじかった。もしお前の存在が世間に知られれば、それはマチルダとの関係を証明したようなものだ。そして、愛する妻がお前を産み落とし、すぐに亡くなったのも耐え難いことだった。お前を……私からすべてを奪うために生まれてきた悪魔のように感じた。だから、私は……お前が憎く、実際に酷く当たった。裏社会の人間を頼り、お前を売った。後は知っての通りだ。さんざん脅され、世間に罪をバラされることを恐れた私は、悪事に手を染めた。そうなると不思議なもので、本業の方も調子が出なくなり、ジーニー侯爵に足を掬われ、貴族議院の議長の座を奪われた。そしてますます私のモチベーションは下がり、腐っていった」

 ジェイクは、他の闇社会とつながりのある悪徳貴族とは違い、程よい付き合い方に慣れていなかったのだろう。彼は足元を見られ、搾り取られ続けた。

「聖女として戻ってきたお前と再会した。あの腹立たしいジーニー侯爵の目的が、子供を王家に捧げて勢力を強めることだとしたら、今度はこちらがその座を奪ってやると思った。しかし、結局クレアに秘密がばれ非難され、お前にもきつい仕置きをされた。今となっては当然の報いだ。……あの時、アンドレアス殿下に怒鳴られたことで、私は……後悔した。王家のお役に立つために精進してきた私が、王家の政策に背き、人身売買をしている組織を支援したことだけじゃない。……妻が命をかけて生んだお前を蔑ろにしていたことに気付いたからだ」

 レティシアは顔を上げ、ジェイクの顔を見つめた。ジェイクの瞳からぽろりと涙が落ち、頬を伝った。
 
「私は……私を血で侮辱していた者達と同じことをお前にしていた。マチルダが冤罪だったかどうかは関係ない。お前をただ私の娘として大切にすべきだったのだ」

「お父様……」

「本当にすまなかった。およそ貴族の娘とは思えない辛い生き方をお前にさせてしまった」

 ジェイクが頭を下げ、誠心誠意の謝罪をする。
 
「……物事は一長一短です」

 レティシアは答えた。

「何……?」

「お父様がもし私に辛く当たらなければ、私は料理も掃除もできないままでしたでしょうね。捨てられなければ師匠と出会えることはなかったので、魔法も使えないままですし。この髪と瞳のせいで嫁ぐこともできず、ずーっとこの家に穀潰しとして居座っていたかもしれません。ああ、縄抜けもできないですね」

「……な、縄抜け……?」

 ジェイクはぽかんとしている。

「……お父様、貴方がやった人身売買組織の支援で、辛い目に遭った国民が何人もいるかと思います。その罪はもちろん誠心誠意償っていただきたいですが……私に対してのことは、もう気にしないでください」

「レティシア……」

 これは、レティシアの本心であった。ジェイクの所業で酷い目には散々あったが、あのヌマイでの騒動を経て、この人生も悪くないとそう心から思えるようになった。
 だって、ジェイクに捨てられてから沢山の出会いがあった。オースティン、マデリーン、ビビ……そしてアンドレアス。あの環境ではないと恐らく出会わなかったし、出会ったとしても深い関係を築くことはできなかっただろう。

「それに、お父様にとって、憎き罪人は曾祖伯母のマチルダだったわけですけど、実際の犯人は直系の曾祖母のエレノアだったんですよね」

「え?」

「悲しいことに、かえって血が濃くなってしまいましたね」

「あ、ああ……そう言われれば、そうだな」

 レティシアはジェイクを元気付けようとしているのか貶しているのか良く分からない励まし方をする。

「でも、関係ないです。お父様はお父様ですから。自分が、どう生きるかですよ」

 そう言って、レティシアは笑った。
 ジェイクはその笑顔を見て思った。
 強い子だ、と。――自分もこのように強く生きられたら、どんなに良かったか。

「あ、そうそう。お父様、今日訪ねた理由ですが、お父様に報告したいことがありまして……」

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