51 / 64
真相編
50話 百年前⑤ 私の夢
しおりを挟むそれから百年、ずっとエレノアはスコルとともにオースティンから逃げた。
オースティンの魔法なのか、二人はこの国から出ることができなかった。出ようとすると、結界のようなものに阻まれてしまうのだ。
スコルはオースティンにやられた傷がなかなか治らず、百年のうち三分の一は魔界で英気を養い、オースティンから隠れた。
五十年経った頃、スコルとエレノアは王都に姿を現した。スコルは、オースティンに復讐するための計画を練り、その手段として恐ろしい力を使うことを決意した。
スコルが地面に力を込め、思念を集中させると、周囲に地震が起こり始めた。大地が揺れ、魔力が大地を裂き、魔界への穴が開いた。その穴から、魔獣たちが次々と姿を現し、王都に混乱と恐怖をもたらした。
スコルの狙い通り、オースティンは王都の混乱を聞きつけ、現れた。
とっくに老人になり力も衰えていると思っていたのに、現れた彼は、二十代の青年の容姿だったことに、エレノアは驚く。
周囲の魔獣たちが暴れ回る中、オースティンは冷静さを失わず、戦闘態勢に入った。
スコルは復讐に燃える気持ちを込めて、魔獣たちを一斉にオースティンに向けて放った。
オースティンは身の回りの魔獣たちを難なくかわし、一体一体を確実に仕留めていく。
再びスコルはオースティンに返り討ちにあい、命からがら逃げだした。
そうしてまたエレノアと二人オースティンから隠れながら生活をした。
♢♢♢♢♢
それから、どのくらい経ったか。
オースティンの影に怯えながら、何十年もひっそりと生きて、エレノアはもう疲れてしまった。生きる意味を見失っていた。
(私……なんのために生きているの? 何の夢も目的もなく、このまま永遠の時を生きるのかしら)
その時二人は王都にいた。王都では大規模な祭りをやっている。
そこでエレノアは、王族のパレードを見た。
女王と王配、王妹、そして王女と王子が民衆に手を振っている。その華やかさにエレノアはまぶしいものを見るように目を細めた。
ふと、末端の席に座っている王子の顔を見て、エレノアは驚愕した。
(リック様……?)
まだ十歳ほどであろう。しかし、その顔はかつて愛し愛されたリックにそっくりであった。あと数年もすれば、瓜二つになるだろう。
その時、エレノアの心に宿ったものはまさしく喜びの炎であった。
――そうだ、私の夢は……王妃になることだわ!
「スコル。ねえ、王家の呪いは解くことはできないの? このままだとあの王子も大人になる前に死んでしまうわ」
「一度かけた呪いは、例えかけた当人でも解除はできない。私とお前が死なない限りな」
「そんな……」
エレノアの曇った顔を見て、スコルはニィ……と笑った。
「しかし、あの呪いを誰かに移すことはできる」
「移す……?」
「そうだ。お前に転移魔法を授けよう。これで誰か適当な者に王家の呪いを移すのだ」
スコルはエレノアに転移魔法の能力を与えた。
だとして、どうやってアンドレアスの元に近づけばいいのか。
療養のため代々王子は離宮に住んでいるという話だ。スコルの力で強引に侵入することも考えたが、もっと自然に……彼の懐に入ることはできないだろうか。
まだ、アンドレアスが死ぬまで数年の猶予がある。死ぬと分かっている王子に婚約者があてがわれることもない。じっくりと計画を練ろう。幸い時間だけはある。
それから四、五年ほど経ち、北の地のジル地区を訪れた際にエレノアはワグナー伯爵家の令嬢を街で見かけた。その姿はまるであのカミーラの生き写し。それもそのはず、ワグナー家はカミーラの生家だったのだ。彼女はこのジル地区に平民の恋人がいたらしい。結構な頻度で遊びにきているようだった。
そこでエレノアは恐ろしい計画を思いついた。
カミーラにそっくりなセレーナに成り代わり、リックそっくりなアンドレアスの妃になることを……。
荒唐無稽なことだが、自分にはスコルがいる。不可能を可能にしてくれる。姿が変われば、オースティンに気付かれる可能性も低くなる。
スコルにこの話をすると、彼は案の定にやにやと笑みを浮かべながら、興味深く聞き入ってくれた。
でもどうやって彼女と成り代わろうか。
ちょうどその頃、ジル地区を騒がせている連続美少女誘拐事件の話が二人の耳に入ってきた。
スコルとエレノアはコンスタツォ家の雇われ魔法使いが誘拐犯だと突き止めると、彼の地下室に忍び込んだ。そこには十体近くの少女の遺体がつるされていた。
「……皆、中身が取り除かれてガワだけしか残っていないわね」
エレノアは吐き気をこらえながら凄惨な室内を眺めた。
「これは良い」とスコルが嗤った。
スコルの計画通り、セレーナをうまく誘導し、魔法使いに誘拐させた。
すぐその後、オースティンが少女を連れてジル地区に訪れているところを目撃した。エレノア達を捕まえにきたかと急いで身を隠したが、どうやら違うらしい。彼はこの事件の解決しにきたそうだった。
そして、オースティンの通報により衛兵たちが魔法使いの地下室に踏み込む前に、セレーナの遺体を、持ち去った。
他人の体がしっかり馴染むまで一年ほどかかったが、こうしてエレノアは、ワグナー伯爵令嬢・セレーナになることができた。
後は王宮に上がり、アンドレアスの呪いを他の者に転移させるだけ……。しかし、なかなか王宮に行くチャンスは訪れなかった。
「ん……?」
「どうしたの、スコル」
「誰かが……王家の呪いを解こうとしているな」
スコルは言った。なんでも、アンドレアス王子の呪痕の力が弱っている、というのだ。おそらく、物理的に体内の根を焼いているのだろう……そうスコルは言ったが「意味がないことだ」と笑っていた。
しかし、数日後スコルは眉を寄せ、つぶやいた。
「呪痕が……止められている」
「え?」
それから幾ばくもなく、アンドレアスの呪いの進行が止められ、オースティンの弟子が王宮に上がったというニュースが伯爵よりエレノアの耳に飛び込んできた。オースティンだけでなく、弟子までもがエレノアの邪魔をする……そのことに彼女は深く憤った。
幸い、オースティンの弟子は王家の呪いは解けていないようだ。当然だ、エレノアもスコルも生きているのだから。
そしてエレノアは、スコルとともに隣国リンズベルからセツナ病を持ち込んだ。
当然、この疫病を解決することで王宮に上がるきっかけを作ることだった――
64
お気に入りに追加
336
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~
水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。
それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。
しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。
王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。
でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。
※他サイト様でも連載中です。
◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。
◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。
本当にありがとうございます!
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる