不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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真相編

50話 百年前⑤ 私の夢

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 それから百年、ずっとエレノアはスコルとともにオースティンから逃げた。
 オースティンの魔法なのか、二人はこの国から出ることができなかった。出ようとすると、結界のようなものに阻まれてしまうのだ。
 スコルはオースティンにやられた傷がなかなか治らず、百年のうち三分の一は魔界で英気を養い、オースティンから隠れた。

 五十年経った頃、スコルとエレノアは王都に姿を現した。スコルは、オースティンに復讐するための計画を練り、その手段として恐ろしい力を使うことを決意した。
 スコルが地面に力を込め、思念を集中させると、周囲に地震が起こり始めた。大地が揺れ、魔力が大地を裂き、魔界への穴が開いた。その穴から、魔獣たちが次々と姿を現し、王都に混乱と恐怖をもたらした。

 スコルの狙い通り、オースティンは王都の混乱を聞きつけ、現れた。
 とっくに老人になり力も衰えていると思っていたのに、現れた彼は、二十代の青年の容姿だったことに、エレノアは驚く。
 周囲の魔獣たちが暴れ回る中、オースティンは冷静さを失わず、戦闘態勢に入った。
 スコルは復讐に燃える気持ちを込めて、魔獣たちを一斉にオースティンに向けて放った。

 オースティンは身の回りの魔獣たちを難なくかわし、一体一体を確実に仕留めていく。

 再びスコルはオースティンに返り討ちにあい、命からがら逃げだした。

 そうしてまたエレノアと二人オースティンから隠れながら生活をした。



 ♢♢♢♢♢

 それから、どのくらい経ったか。
 オースティンの影に怯えながら、何十年もひっそりと生きて、エレノアはもう疲れてしまった。生きる意味を見失っていた。

(私……なんのために生きているの? 何の夢も目的もなく、このまま永遠の時を生きるのかしら)

 その時二人は王都にいた。王都では大規模な祭りをやっている。

 そこでエレノアは、王族のパレードを見た。
 女王と王配、王妹、そして王女と王子が民衆に手を振っている。その華やかさにエレノアはまぶしいものを見るように目を細めた。
 ふと、末端の席に座っている王子の顔を見て、エレノアは驚愕した。

 
(リック様……?)

 まだ十歳ほどであろう。しかし、その顔はかつて愛し愛されたリックにそっくりであった。あと数年もすれば、瓜二つになるだろう。
 その時、エレノアの心に宿ったものはまさしく喜びの炎であった。

 ――そうだ、私の夢は……王妃になることだわ!

「スコル。ねえ、王家の呪いは解くことはできないの? このままだとあの王子も大人になる前に死んでしまうわ」

「一度かけた呪いは、例えかけた当人でも解除はできない。私とお前が死なない限りな」

「そんな……」

 エレノアの曇った顔を見て、スコルはニィ……と笑った。

「しかし、あの呪いを誰かに移すことはできる」

「移す……?」

「そうだ。お前に転移魔法を授けよう。これで誰か適当な者に王家の呪いを移すのだ」

 スコルはエレノアに転移魔法の能力を与えた。

 だとして、どうやってアンドレアスの元に近づけばいいのか。

 療養のため代々王子は離宮に住んでいるという話だ。スコルの力で強引に侵入することも考えたが、もっと自然に……彼の懐に入ることはできないだろうか。

 まだ、アンドレアスが死ぬまで数年の猶予がある。死ぬと分かっている王子に婚約者があてがわれることもない。じっくりと計画を練ろう。幸い時間だけはある。

 それから四、五年ほど経ち、北の地のジル地区を訪れた際にエレノアはワグナー伯爵家の令嬢を街で見かけた。その姿はまるであのカミーラの生き写し。それもそのはず、ワグナー家はカミーラの生家だったのだ。彼女はこのジル地区に平民の恋人がいたらしい。結構な頻度で遊びにきているようだった。

 そこでエレノアは恐ろしい計画を思いついた。
 
 カミーラにそっくりなセレーナに成り代わり、リックそっくりなアンドレアスの妃になることを……。

 荒唐無稽なことだが、自分にはスコルがいる。不可能を可能にしてくれる。姿が変われば、オースティンに気付かれる可能性も低くなる。

 スコルにこの話をすると、彼は案の定にやにやと笑みを浮かべながら、興味深く聞き入ってくれた。

 でもどうやって彼女と成り代わろうか。
 ちょうどその頃、ジル地区を騒がせている連続美少女誘拐事件の話が二人の耳に入ってきた。

 スコルとエレノアはコンスタツォ家の雇われ魔法使いが誘拐犯だと突き止めると、彼の地下室に忍び込んだ。そこには十体近くの少女の遺体がつるされていた。

「……皆、中身が取り除かれてガワだけしか残っていないわね」

 エレノアは吐き気をこらえながら凄惨な室内を眺めた。

「これは良い」とスコルが嗤った。

 スコルの計画通り、セレーナをうまく誘導し、魔法使いに誘拐させた。

 すぐその後、オースティンが少女を連れてジル地区に訪れているところを目撃した。エレノア達を捕まえにきたかと急いで身を隠したが、どうやら違うらしい。彼はこの事件の解決しにきたそうだった。

 そして、オースティンの通報により衛兵たちが魔法使いの地下室に踏み込む前に、セレーナの遺体を、持ち去った。

 他人の体がしっかり馴染むまで一年ほどかかったが、こうしてエレノアは、ワグナー伯爵令嬢・セレーナになることができた。
 後は王宮に上がり、アンドレアスの呪いを他の者に転移させるだけ……。しかし、なかなか王宮に行くチャンスは訪れなかった。


「ん……?」

「どうしたの、スコル」

「誰かが……王家の呪いを解こうとしているな」

 スコルは言った。なんでも、アンドレアス王子の呪痕の力が弱っている、というのだ。おそらく、物理的に体内の根を焼いているのだろう……そうスコルは言ったが「意味がないことだ」と笑っていた。

 しかし、数日後スコルは眉を寄せ、つぶやいた。

「呪痕が……止められている」

「え?」

 それから幾ばくもなく、アンドレアスの呪いの進行が止められ、オースティンの弟子が王宮に上がったというニュースが伯爵よりエレノアの耳に飛び込んできた。オースティンだけでなく、弟子までもがエレノアの邪魔をする……そのことに彼女は深く憤った。

 幸い、オースティンの弟子は王家の呪いは解けていないようだ。当然だ、エレノアもスコルも生きているのだから。

 そしてエレノアは、スコルとともに隣国リンズベルからセツナ病を持ち込んだ。

 当然、この疫病を解決することで王宮に上がるきっかけを作ることだった――

 
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