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真相編
49話 百年前④ 襲来
しおりを挟む「スコル!」
エレノアは伯爵家に戻ると、スコルを探し声をかけた。
「エレノア様。どうしましたか?」
「……王子たちの呪いって、まさか貴方がやったわけではないわよね?」
スコルは眉を上げて沈黙した後、口元に微かな弧を描いた。
「……それが貴方の望みでしょう」
「!! な、何言って……私の望み?」
「カミーラ王妃が憎かったのでしょう。王子たちに死んでほしいと思っていたのではありませんか?」
「……っ」
その言葉は、まさに図星だった。エレノアは、王妃という地位を手に入れ、男子を三人も産んだカミーラに嫉妬し、憎んでいた。自分とは余りにも違う、順風満帆な彼女に対する嫉妬の感情が、心の奥で膨れ上がっていた。
――姉は自分を疑っている。
彼女の目が、自分の心の内を見透かしているかのように感じられた。このままでは、自分はどうなってしまうのだろうか。
エレノアは恐怖に襲われた。自分が望んでいた暗い望みが、いつの間にか思いもよらぬ形で現実になろうとしていることに気付き、混乱と恐れが彼女の心を支配した。
「そうそう、国王陛下から、手紙がエレノア様宛に届いています」
スコルはそう言って、王家の印が付いている封筒を差し出した。エレノアは手紙を受け取り、緊張しながら中を開いた。そこには、リックの直筆で書かれた内容が記されていた。
『呪いをかけた犯人がマチルダではないかと疑っている。情報提供を依頼したい』
(……? なぜ、リック様はお姉さまを疑っているの……?)
マチルダの真意はともかく、表向きザリバン家は王家に忠誠を誓っている貴族の筆頭である。
エレノアは迷った挙句、王宮を訪れ、リックと対面した。
そこで彼女はリックから衝撃的な話を耳にした。数か月前、リックは暗殺未遂に遭ったというのだ。国民の混乱を防ぐため、このことは公表されていなかったが、捕まった犯人を尋問したところ、なんとその犯人がマチルダに指示されたことを示唆したというのだ。最初は犯人の世迷言だと信じなかったリックだが、犯人の身元を調べてみると、以前ザリバン家に勤めていた者だったことが分かった。
リックの話を聞きながら、エレノアの胸にかすかな希望が宿った。彼女にとってこれはチャンスだ。王家を呪った疑いを自分に向けないための、絶好の機会だった。
(お姉さまが悪いのよ……私を、妹を疑うから……)
エレノアは、ザリバン家に大量の呪具があることを話し、マチルダが以前リックを暗君と話していたことも告げた。
話しながら、背筋に冷たいものが走り、良くないことになるのではないかという不安がよぎったが、しかし自分が疑われるよりはずっとマシだと感じていた。
(お姉さまなら、きっと切り抜けられる……)
マチルダは完璧だ。このような事態、難なく乗り越える……。
前に王宮で再会したときのリックは冷たかった。しかし、その時のリックは、まるで昔の恋人時代に戻ったかのように、エレノアの話を真剣に聞いてくれた。そして、「証言、感謝する」と、彼女に笑いかけてくれた。
それから、あっという間にマチルダは王家を呪ったこと、反乱を企てている、という容疑で捕まった——
エレノアは姉を陥れてしまったことに、深い後悔の念に苛まれていた。悩み抜いた末、彼女はある決心を固めた。自首しよう——その決意は、彼女の心に重くのしかかる罪の意識から解放されるための唯一の道のように感じた。
しかし。
裁判も行わずリックの指示でマチルダが処刑された、と一報が入った。
捕まってから、何日も経ってない。あまりのスピードに、エレノアは混乱した。
(どうして……あんなに強いお姉さまがあっさりと処刑されるなんて……)
カミーラもまた、親友であるマチルダが処刑されたという衝撃的な事実に、ショックで倒れてしまった。
エレノアは急いで王宮へとあがり、「見舞い」という名目でカミーラのそばに寄り添った。二人は共に涙を流しながら悲しみを分かち合った。
そうしながら、エレノアは心の中で、何をしているのだろうかと自問自答した。涙が頬を流れるたびに、その思いはより一層深まっていく。
でももう取り返しがつかない……。
心に重くのしかかるその事実が、エレノアをさらに絶望へと誘う。後悔や無力感が胸を締め付ける。
その晩、リックの部屋を訪ねた。部屋の前には騎士たちが立っていたが、全員をスコルが気絶させ、外の見張りは彼に任せた。
扉を開けると、リックは驚くこともなく冷静に彼女を迎え入れた。
「エレノア、君のおかげであの魔女を葬ることができたよ」とリックは淡々と言った。
エレノアの胸に、やり場のない怒りが沸々と湧き上がる。
「魔力を封じる縄を外国から取り寄せたんだ。まさかあんなに効果があるとはな。あれほど強大な力を持った魔女でも、魔力を封じれば何もできない」
リックはくつくつとおかしそうに笑った。
「陛下……。何故裁判も行わず、即日処刑をしたのですか? もしかしたら姉にも言い分があったかも知れません」
自分で証言しておいて何を言っている、と客観的にこの状況を見ているもうひとりのエレノアが嗤ったが、怒りが収まらないのを感じた。
「マチルダが犯人だろうとなかろうと関係ない」
「は……?」
「マチルダは最近調子に乗りすぎた。この前も、私の政策に対し貴族たちから嘆願書を集めて苦言を呈してきた。何様のつもりだ」
「それは……」
リックが傍若無人な政策で、国民を苦しめるからだろう。
「いいか、大体おかしいのだ。あれほどの魔力を持った者がこの国にいることが。あの女が反乱を企ててなかったとしても、これから先どうなるか分からないではないか」
「でも、呪いの犯人は……? 姉が死んでも、辺境伯家の呪具を全部壊しても、第二王子も第三王子の呪痕も、消えてないらしいじゃないですか!」
「……それは、これから考える」
「……考えるって、」
「おそらく、ザリバン家の人間がまだ呪具を隠し持ってるはずだ。明日、あの家の関係者全員を拘束するよう命じる予定だ」
「……」
言っていることの辻褄が合わない。こんなに、浅慮な人間だったであろうか。エレノアは腹が立つと同時に落胆した。
こんな奴に、姉は殺されたのか。
そして、このままだとザリバン家の人間はただでは済まない可能性が高い。数年だが世話になった家令や使用人達の顔が浮かぶ。
ふと、自分にかかる影で、後ろにスコルが立っているのに気づいた。
「どうする?」抑揚のない声で問いかけられる。
「殺して」
自分でも考えられないくらい、冷たい声が口から出た。
こうして、あっさりと、リックはスコルの手によって殺された。
♢♢♢♢♢
次の日、リック王の変死体が発見され騒ぎになったが、エレノア達が疑われることはなかった。皆、マチルダの呪いだと噂したが、世間には病死として発表された。
エレノアは、第一王子と親友だけでなく、いきなり夫を失ったカミーラに寄り添うため、しばらく王宮に滞在することに決めた。
すべての事態の元凶が自分にあることは、もちろん痛感していた。しかし、そんなことを考えていても意味がないと、エレノアは自分に言い聞かせた。
そうしていないと、とても立っていられなかったのだ。
マチルダが死に、リック王が崩御してから一週間経ったころ。王宮に激震が走った。
最近その名を国内に轟かせている魔導士オースティンが王宮に単身一人乗り込んできたのだ。
オースティンは、マチルダが捕まった時、外国にいてこの事態を一切知らなかった。
帰国してザリバン家に訪れると、屋敷は国軍によって囲まれていて、物々しい雰囲気に包まれていた。
まだ残っていた数人の使用人にマチルダが王家を呪った罪で処刑されたことを聞かされた。
オースティンはその足で王宮に襲撃してきたのだ。
王宮に姿を現したオースティンはまさに怒髪天といえるほど激高していた。王宮を半壊させ、王宮騎士達を捻じ伏せた。
そしてカミーラの部屋に侵入し、カミーラに対し「なぜマチルダを殺した」と詰め寄った。そしてそんな光景を、エレノアは震えながら物陰に隠れこっそりと見ていた。
カミーラは涙を流しながら、マチルダのことを何度も謝罪した。その姿は痛々しく、オースティンも次第に態度を軟化させた。
「マチルダが冤罪だったと、全国民に知らせろ」とオースティンは言った。
「……必ず知らせます。マチルダの名誉を回復するために、全力を尽くします」
カミーラの声には、固い決意が込められていた。オースティンはその後、マチルダの遺骨を回収するとすぐに王宮を去った。
そう、確かにこの時マチルダの無罪を世間に公表することを二人は約束したのだ。
――しかし、結局今までマチルダは大罪人としてこの国に伝わっている。
カミーラの名誉のためにいうと、カミーラはマチルダの冤罪を晴らすために、家臣たちにしっかりと指示を出していた。文書が作成され、国民に向けた発表の準備が進められた。
しかし、それが公表されることはなかった。カミーラが亡くなったからだ。
死因は、階段から足を踏み外した転落死。
彼女の死にエレノアは一切関与していないが、もしかしたらただの事故ではないかもとエレノアは考えていた。
すぐに第一王女が女王に即位した。彼女は若かったが、リックとは違った意味で行動力があり有能であった。まず彼女は、緊張状態であった周辺国との関係を回復するため、積極的に対話を行い、平和条約を結んだ。国内の輸出業に力を入れ、苦しんでいた民達へ支援を行った。
しかし、彼女がカミーラの意思を受け継いでマチルダの冤罪を国に知らしめることはしなかった。
ただでさえ王家が呪われ相次いで第一王子、国王、王妃が亡くなり国家が揺れていて不安定だった。人気の高かった貴族を無実の罪で処刑したなんて反乱が起こってもおかしくない、そう考えたのだろう。
逆に女王はこの国難がマチルダの仕業だということを深く強調付ける為に、マチルダがいかに邪悪な魔女か、国民に噂を流した。
エレノアはこの辺りの裏事情を官僚である夫のアシュフォード伯爵から聞いていた。
いつまで経ってもマチルダの冤罪が公表されないことにオースティンがまた王宮に攻め込まないか、エレノアは心配した。しかし、そんな思いとは裏腹にオースティンは王宮ではなく、アシュフォード伯爵邸……エレノアの前に現れたのだ。
オースティンは、その端正な顔に冷徹な目を宿しながら、エレノアをじっと見つめた。その目は、まるで彼女の心の内を透かし見るかのように鋭く、エレノアは思わず息を呑んだ。
「オースティン、久しぶりね。元気だった?」
震える声を気取られないよう、エレノアは明るく言った。
「……臭い」とオースティンは吐き捨てた。
「は?」
「気付かないのか? ……この屋敷は、魔の臭いに汚染されている。やはり、マチルダの遺言通りお前が悪魔辞典から悪魔を呼び出し、王家を呪ったのだな」
エレノアは、オースティンの発言に狼狽した。姉は遺言なんてものをオースティンに残していたのか。
「……カミーラ王妃が急死し、上手く命令が通らなかったのだろうのな。まだマチルダの冤罪は公表されていない。――だったら、俺の手で真犯人を捕まえ出し、王家に冤罪で無実の女を処刑した罪を自覚させてやる」
オースティンは殺気あふれる表情でエレノアを見つめ、その眼差しはまるで鋭利な刃のようだった。
エレノアは、その圧倒的な威圧感に恐怖した。
(殺される……!!)
後ずさるエレノアの前にスコルが立ちふさがった。そこからはあまり覚えていない。
すさまじい戦闘が繰り広げられ、屋敷は全壊した。
気付くとオースティンの足元にボロボロになったスコルが横たわっていた。
オースティンがスコルへ止めを刺そうとしたが、すんでのところでスコルはエレノアを連れ逃亡した。
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