不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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真相編

44話 悪魔辞典

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「話を戻す。一体、このヌマイで何の病気が流行っているのだ?」

 仕切り直すように、シャーロットが言った。

「――女王。俺から説明する」

「オースティン……!」

 そこに、オースティンがヌマイの奥から戻ってきた。微かだが、息を切らしている。

「師匠……? 腕が……!」

 全身に返り血を浴びているので分かりにくいが、右腕からは血を流していた。オースティンが怪我をしているのを初めて見たレティシアは動揺する。
 彼はレティシアに向かって何でもない、と宥めるような視線を寄越した。

「キャッ……!」

「うっ……!」

 オースティンは、魔法でセレーナとスコルを空中に浮かせると、光の物体を召喚し、それを輪状に形成して二人の胴体をしっかりと拘束した。まるで無形の鎖に縛られたかのように、彼らは動きが取れなくなってしまった。

「良いか、このセレーナは聖女などではない。ただ転移魔法で病を北の地から、このヌマイに移しただけだ。俺とレティがここに来た時にはヌマイではもう何百人以上も死んでいた。そして、今も改造動物を使い、ここのヌマイの住人達を殺そうとしていた。……まあ、改造動物は全員俺が葬ったがな」

「何だと……」

 シャーロットは驚愕する。

「……待て。では、アンドレアスの呪いは……」

「さすが察しが良いな。呪痕は今レティに転移されている」

「……!」

「お待ちください! 私は、セツナ病に苦しんでいる病人や、王家の呪いを解きたかっただけで……」

 先程とまた同じような言い訳をし出すセレーナをアンドレアスが「黙れ!」と睨みつける。

「王家の呪い――か」

 オースティンが意味深に笑った。

「何だ?」シャーロットが怪訝な顔をする。

「王家に呪いをかけたのは誰だと思う。女王」

 シャーロットは眉を上げた。何当たり前の事を言っているのだ、という顔だ。

「魔女マチルダだ」

「違う」

 オースティンが即否定する。

「何……!?」

 シャーロットが目を見開く。
 グレンも、マデリーンも、ビビも、王兵の誰もがポカンとしている。
 そんな周囲の様子を見ながら、アンドレアスは先程、オースティンの家の中でのやりとりを思い出していた――


 ♢♢♢♢♢


 ――先刻。

「この呪痕、解く方法はあるのですか?」

 今はレティシアの胸にある呪痕について聞くと、オースティンは「……ある」と答えた。

「……どうすれば?」

「簡単な事だ。その呪いをかけた者……そいつを殺せば良い」

 アンドレアスは意味が分からない、とばかりに怪訝な顔をする。

「魔女マチルダは百年前に処刑されています」

「そうだ、でも呪いは止まっていない。……マチルダの仕業ではない」

 オースティンが淡々と告げたその言葉に、アンドレアスは目を見開く。

「何を言って……? マチルダは呪具を使い王家に呪いをかけた。これは事実です」

 このユハディーア王国の近代史を語る上で常識である。アンドレアスもそう教わってきているし、それに疑問を覚えた事などなかった。

「マチルダが持っていた呪具にそんな物はない。呪いをかけたとして、精々相手が足の小指を壁にぶつけて痛がる、その程度だ」

「……」

 何故そんな事をオースティンが知っているのか、アンドレアスは気になったが口には出さなかった。

「しかし、そんな中でひとつ例外があった。悪魔を召喚できる書物……通称『悪魔辞典』。魔界で製作され、紙もインクもこの世界のものではない素材で出来ている」

「悪魔辞典……? そんな物があるのですか?」

「ああ、マチルダも眉唾物だと信じていなかった。……それをある人物がザリバン家から盗んだ」

「ある人物とは?」

 まさか、その人物が、悪魔を呼び出し、王家に呪いをかけたということか。

「マチルダの妹であるエレノアだ」

「エレノア……?」

 エレノアは平民出身で、ザリバン辺境伯当主だったマチルダとは腹違いの妹だ。
 エレノアは確か、フローレス侯爵家当主と不倫して子を授かったが、その子供をフローレス家に取られてしまった。結局、泣き寝入りするしかなかったエレノアはマチルダの口利きで貴族男性へと嫁いだ――そのような噂をアンドレアスは思い出す。

「だとして、何故エレノアが王家を……?」

 フローレス家を呪うならいざ知らず、何故王家を標的にしたのか。皆目見当がつかない。

「呪った理由は分からないが、俺はエレノアが犯人だと確信し、ずっと探している」

「……探す?」

 例えエレノアが犯人だとしても、寿命で死んでしまっているのではないか。もう百年以上前の話だ。

「悪魔を召喚した時点で、その召喚した者の魂は悪魔のものとなる。永遠の若さを手に入れ、死んでも悪魔が望めば蘇ることができる。今も呪いが続いているということは、悪魔も召喚者もこの世界に存在している、ということだ」

「……そんなことが……」

 オースティンの言っていることが事実なら。

 アンドレアスは愕然とする。
 王家は無実の女性を処刑し、あまつさえ今も彼女を悪の象徴のように扱っていることになる――

「ヌマイでの処理が終わったら、レティの呪いを解くためにエレノアと悪魔を見つけ出し、葬るつもりだった」

「……当てはあるのですか?」

「最近できた知り合いに、探し屋という頼めば人を探してくれる占い師がいる。そいつによると、今エレノアは王都にいるとのことだ。詳しい場所は分からないらしいが」

「……王都に? ……エレノアは、どんな容姿なのですか?」

「至って普通だ。茶色の髪と瞳に平凡な顔」

 歳は取らないがな、とオースティンは続けた。
 それだけでは、探し出すのは難しいのではないか、とアンドレアスは思う。市民街や貴族街、はては王宮にも、そのような容姿の者は沢山いる。

「骨が折れるが、やらない手はない。レティが死んじまうからな。……でも、アンドレアス、お前からの情報で、目星が付いた」

「私から……?」

 アンドレアスが目を丸くする。

「あの時、セレーナは、間違いなく死んだ。俺もレティもこの目で見ている……なのに、お前はセレーナが一命を取り留めた、と言った」

「……!!」

「……良いか、従者スコルという奴がどんなに有能な魔法使いだったとしても、死者を甦らせることはできない。……そんな事ができるのは、悪魔だけだ」

 シン……と部屋が静まりかえる。

「では……セレーナが、エレノアだったということですか? そして、従者スコルは、エレノアが呼び出した悪魔……?」

「その可能性が高いと踏んでいる」

 オースティンが腕を組み、頷いた。そして、「動物を改造できた時点で怪しいと思っていたが」と続けた。

「レティシアも知っていたのか?」

「はい……。王宮を去った後、エレノアと悪魔の話は師匠に教えていただきました」

 レティシアは頷く。オースティンが時々長期間姿を消すのが、エレノアを探すためだったとは、レティシアもその時まで知らなかった。

「……では、王宮に戻ると言ったのは……」

「セレーナと従者を殺す為だ。――そうすれば、レティを蝕む呪痕も消えるだろう」

 オースティンがそう言ったところで、ジーニー侯爵一行が来襲し、やり取りは終わったのだ。


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