不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした ~正体を隠し王宮に上がります~

長井よる

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真相編

40話 来襲②

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 ※残酷な描写注意



「……ジーニー侯爵。一体、何の真似だ?」

 アンドレアスは、玄関先に立つレティシアを庇うように前に出た。

「……これはこれは、王太子殿下。ご無事でしたか。殿下ともあられる方が、こんなゴミ溜めのような場所に……。私たちは、ヌマイに紫魔女レティシアがいると聞き、こうしてやってまいりました。身柄をこちらに引き渡してください」

 ジーニー侯爵は、アンドレアスの姿を視界に入れると、微笑みながらそう言った。

「……今はだめだ。良いか。今このヌマイで蔓延している疫病を治めるため、レティシアとオースティンはここに来ていたのだ。明日、私がレティシアを王宮に連れ帰る。だから、侯爵、其方は退け」

 アンドレアスは毅然とした態度で言い放った。

「明日……ということは、もうここでの疫病が終息する目処が付いているということですか?」

 その瞬間、聞き覚えのある涼やかな声が響いた。

(……!)

 レティシアは目を見開いた。

 現れたのは、セレーナであった。彼女の顔や首、服からはみ出る肌の部分は、所々包帯で巻かれていた。

「ここでの疫病が、何の病なのか殿下はご存知なのですか?」

 セレーナは続けた。

「君が一番知っているんじゃないか? セレーナ」

 アンドレアスがそう言うと、セレーナは「何のことですか?」と、笑みを浮かべた。



「あ! 死神のお姉ちゃんだ!」

 家屋の影に隠れていた数人のヌマイの住人、その中の小さな男の子が声を上げた。死神と呼ばれたことに、セレーナは思わず眉をぴくりと上げた。

「本当だ、あの人……」

「また来たの?」

 他の者たちもひそひそと話し始める。ヌマイの住人によると、一か月ほど前、セレーナらしき少女と男が突然このヌマイに現れたという。彼らはこの地に似つかわしくない美しい装いをしており、人々の印象に強く残っていた。その二人を見かけた翌日から、この地で病が流行り始めたというのだ。

 ーーその時、ドシン!と大地を揺るがすような足音が響き渡り、無数の改造動物たちが姿を現した。五十体以上は軽くいるだろう。

「な、なんだ……あれは?」

 ヌマイの住人たちは恐れおののく。

 突然、一体がヌマイの住人の一人に襲いかかった。その瞬間、オースティンが閃光のように動いた。彼は住人を庇うように前に飛び出し、改造動物を一刀両断した。肉片が空中に舞い上がる。

「わああ!!」

「助けて、助けてええ!!」

 他の改造動物たちは、なぜか住人たちだけを狙い、ヌマイの奥へと逃げ惑う者たちを執拗に追いかけていく。彼らの鋭い目は、恐怖に満ちた住人たちを捉え、その獲物を逃すまいと迫り来る。まるで本能に突き動かされるように、改造動物たちは狂ったように住人を追い詰めていった。

「チッ……」

 オースティンはすぐさまそれを追って、ヌマイの奥へと姿を消した。

 
「……セレーナ。君が転移魔法で北の地で流行ったセツナ病をこの地に運んだ、ということは分かっている」

 アンドレアスの言葉に、セレーナは目を見開いた。

「改造動物で、このヌマイの住人を皆殺しにでもして証拠を隠滅するつもりか?」

「……そんな……。酷いです、殿下……」

 セレーナは泣きそうな表情を浮かべ、両手で顔を覆った。それを庇うように、ジーニー侯爵が口を開く。

「殿下、たとえセレーナ嬢が転移魔法を使ったとしても、それはそんなに悪いことでしょうか? 北の地で懸命に生きる者たちと、この外れ者しかいないヌマイ……どちらを取るべきか、火を見るより明らかでしょう」

 その言い草に、アンドレアスは眉を顰めた。

「……それだけではない。セレーナ、君は私の……王家の呪いを解いたふりをして、レティシアに呪痕を移したのだろう」

 セレーナはびくっと肩を震わせた。そして、顔を覆う手の指の隙間から目をギョロっと出して、

「何だ。レティシア様、言ったのね」

 そう言いながら、レティシアを睨みつけた。

「私を攻撃した後、王宮に何の説明もせず姿を消したから……レティシア様は自己犠牲が強いお方だと思っていたのに。――結局、殿下に泣きついたの?」

「……!」

 アンドレアスは、レティシアやオースティンの言うことを疑っていたわけではない。しかし、それでもこのセレーナの態度の豹変ぶりには驚きを隠せなかった。

「……殿下。これもヌマイの時と同じ理論です。王家の呪いを他の者――特にレティシアのような罪人に移すことに、何の問題があるでしょう。むしろ、これはセレーナ嬢の功績とも言えるのではないでしょうか?」

 いけしゃあしゃあと、ジーニー侯爵が言い放つ。ピキッ……と何かの音がして、レティシアは隣のアンドレアスを見た。

「――黙れ、侯爵。その汚い口を閉じろ」

 完全に怒っているアンドレアスの言葉に、レティシアは驚きを隠せなかった。ジーニー侯爵は一瞬たじろいだ後、「殿下はまだお若い。レティシアという魔女にそそのかされても無理はない……」としどろもどろに言った。

「すみません、殿下……。私は少しでも王家のお役に立ちたかっただけなのですが……。疫病のことも呪痕のことも、余計なお世話だったのかもしれませんね……」

 たった今レティシアに敵意をむき出しにしたくせに、殊勝な態度で謝るセレーナ。その落差に、まともな精神ではないとアンドレアスは薄寒くなった。

「謝ってどうにかなることではない。一体、何人死んでいると思っている」

「……。どうしても、レティシア様をこちらへは渡してくれない、と言うことですよね?」

 セレーナが「スコル」と従者の名前を呼ぶと、後ろから現れたのは、相変わらず年齢不詳で特徴のない顔をした男だった。スコルは冷静に兵士たちに何やら指示を出す。兵士の一人は、まず家屋に隠れていたヌマイの住人の元へと近づいた。周囲の者たちが驚きと戸惑いの表情を浮かべる中、その兵士は瞬時に剣を振りかざし、あっという間にその体を切り伏せた。

「ギャッ……」

 住人は短い断末魔を上げ、地面に倒れ込んだ。レティシアもアンドレアスも、いきなりの光景に衝撃を受けた。

「……?! 何の真似だ?」

 アンドレアスが声を荒げるが、兵士たちはそのまま無情にもさらに三人を斬り伏せる。周囲には血生臭い臭いが漂い、恐怖と混乱が一気に広がっていく。

「わああ!」

 兵士がヌマイの男の子を人質に取り、背後からその首に剣を突きつける。

「助けてえ!」と、男の子は泣き叫んだ。

「待て、何をしている!」アンドレアスが声を荒げる。

 突然の事態に、住人たちは恐怖に駆られ、悲鳴を上げながら逃げ惑い、辺りは大混乱に陥った。セレーナは、男の子に近づいた。

「……よくもさっき私のことを死神って言ってくれたわね」と、男の子を睨みつける。

「うぅ、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 男の子は震えながら謝った。

「――殿下。これは交渉です。この子の命、及び今この場にいるヌマイの住人たちを救いたければ、レティシア様をこちらに渡してください」

 セレーナは涼やかな声で言い放った。男の子以外の住人たちも、兵士に捕まり武器を突きつけられていた。

「……セレーナ、レティシアをどうするつもりだ?」

「勿論、この前の私への仕打ち、そしてカトレア森でジーニー侯爵のご嫡男を殺害した罪……。しっかり償っていただきます」

 そう言って、彼女は乾いた声で笑った。

「わかりました」

レティシアが答え、前に出ようとするが、「駄目だ」とアンドレアスが彼女の腕を掴み、自分へと引き寄せた。

「さっき、私に君を守らせてくれ、と言っただろう」

「ア、アンディ様……でも……」

 二人のそのやりとりに、セレーナが顔を歪める。

「はぁ……? 何なの、苛つくわね……この子や住人たちがどうなっても良いってこと? さすが王太子殿下。そりゃあ、どこぞのガキや薄汚い人間たちより、自分の好きな女のほうが大事よね?」

 セレーナは吐き捨てるように言い放ち、兵士に「殺して」と指示を出す。

「待て! セレーナ。……レティシアを渡す以外のことなら言うことを聞く。だから、その子や他の皆を離せ」

 アンドレアスはそう答えた。

「……ふぅん。そう、殿下が何でも言うことを聞いてくださるのね」

 セレーナは口角を上げた。

「では、殿下、武器を捨て、こちらへと来てください。」と手招きをする。

 大人しく従ったアンドレアスが、セレーナの前に立った。

「その子を解放しろ」

「まだ、ダメよ。……跪いて」

 レティシアは狼狽するが、アンドレアスはそのまま膝を折った。セレーナの前に跪く形となり、彼女はフフフ……と不適な笑みを浮かべた。そして、アンドレアスの顎に手を掛け、上を向かせる。顔がくっつきそうなほどの至近距離で、セレーナが言う。

「私、まだ“褒美”を貰ってないのです」

 その発言に、レティシアは反応した。

(まさか……)

「私を殿下の妃に――王妃にしてくださる?」

 そう、セレーナは言い放った。



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